(8)閑話:廊下にて
晩餐会に向かう廊下でのシルビアとセオディアの会話。
ドレスの色の意味をシルビアは了承して着ているが、カイルはまだ気づいてないという話。
シルビアは晩餐会の会場に向かう長い廊下をセオディア・メレ・エトゥールにエスコートされながら歩いていた。カイルの予想に反して、甘い会話よりやや遠いものになっていた。
「カイルがなぜ、無自覚なのか」という話題になっていたからだ。
「無自覚というか、無頓着というか、自分が関与しない他人の心理は鋭いのですが、自分が関わる事柄に関しては鈍いのは確かです。カイルの同調能力の防衛本能かもしれませんが」
「防衛本能?」
「他人から敵意を向けられた感受性の強い人間が正気を保てましょうか?」
「敵意など山ほど転がっているが」
「メレ・エトゥールの場合は多すぎです。繊細なものは、それに耐えられませんよ」
「それは私が図太いと言ってないか?」
「まさか繊細とはおっしゃりませんよね?」
見つめあって、先に笑ったのはセオディアだった。
「シルビア嬢の辛辣な言葉に、ガラス細工のように繊細な私の心は深く傷ついた」
「真に繊細な方は、そのような物言いはしません」
「そうか、一つ賢くなった」
交わされる会話にシルビアは吐息をもらした。
「普通は晩餐会のアドバイスとかしませんか?」
「特にない。貴女は完璧だ」
「……貴方の辞書には緊張という言葉はございませんか?」
「緊張すると何かいいことがあるとでも?」
予想外の切り返しに、シルビアは本気で考えこんでしまった。
「ない……いえ、ほどよい緊張感があった方が物事はよい方向に進むのでは……」
「シルビア嬢は真面目だな」
「それが私の欠点です」
「欠点ではなく長所だろう」
シルビアは驚いたようにセオディアを見つめた。そんなことを、言われたのは初めてだったからだ。
「からかわないでください」
「どこが、からかっていると?」
「どこもかしこもです。帰りたくなりました」
「協力してくれる、と言ったではないか」
「……過去の私を殴りたい気分です」
「それでも私は味方を得たことに嬉しかったが」
「……」
この男は策士だ。腹黒だ。詐欺師だ。
頭の回転は早いし、国を統率する能力は充分すぎるほどあるし、加護があるほど精霊に愛されている。
だが、個人的に関わるとやっかいこの上ない。
――関わると、振り回されるのだ。それは間違いない。事実振り回されている。
「……私が青いドレスを着たことが、協力の証ですが、足りませんか?」
「事情を知っても、なお着てくれたシルビア嬢を愛してやまない」
「そういう言葉は、将来の本物の妃にとっておいてください」
「……シルビア嬢は手強いな」
「何ですか?」
「なんでもない」
扉の前にたどりついた。
メレ・エトゥールは、扉の前の近衛に頷いてみせた。
近衛は扉の向こうに合図を送る。
「セオディア・メレ・エトゥール並びにシルビア・メレ・アイフェス・エトゥールのご入場」
扉が開いた。
階下の大勢の視線が突き刺さる。メレ・アイフェスの女性がエトゥールの貴色とされるブルーのドレスを着て登場したのだ。
そこには政治的意味合いが強い。メレ・アイフェスはエトゥールから離れるつもりがないということと、公の場でのエスコートで、メレ・エトゥールの婚約者候補の筆頭であると宣言したことに等しい。
セオディア・メレ・エトゥールに自分の娘を嫁がせようと今日の晩餐会を待ち望んでいた貴族達は見事に出鼻がくじかれたのだ。
祝福のどよめきが半分、嫉妬と失望のどよめきが半分だった。
セオディア・メレ・エトゥールはシルビアの手をとり、寄り添った。
「大丈夫、あれらは森で戯れるウールヴェだと思えばよい」
「――」
囁かれた意表をつく冗談にシルビアの緊張は一気にほぐれた。
シルビアは微笑みを浮かべ一歩を踏み出した。




