(2)情報収集
サイラスは大爆笑をした。
「そうなる気がしたんだよね」
彼はまだ笑っている。
シルビアとカイルは城下の滞在先にサイラスを訪ねた。彼は、メレ・エトゥールから「打診」を受けたあとは、とんと城によりつかなくなった。素晴らしい危機回避能力だった。
もちろん、メレ・エトゥールが三人目のメレ・アイフェスの出席をあっさり諦めるはずがない。この先、どうなるかカイルも予想がつかなかった。
サイラスとリルは、なかなかいい場所に店を得ていた。中心街に近く、二階は居住スペースになっている。リルの家にあるという「在庫」とやらを王都に少しずつ運びいれているらしい。
彼は晩餐会に出ることになった二人の話に、無情にも笑い転げている。
「打診があったときに、僕達に警告してくれればいいのに」
「戦略的見地から犠牲は必要だった」
彼は涼しい顔でお茶を飲む。
その犠牲者であるカイルはため息をついた。シルビアの表情も暗い。
「ダンスなんて難しくないだろうに」
「他人事だと思ってるな」
「ダンスは難しくないのですが……」
「何が問題?」
「常時、微笑みながら踊るというのが難易度が高すぎます」
ああ、とサイラスとカイルは納得した。
元々シルビアは表情が豊かではない。親しくなれば、それなりに表情の機微は見分けがつくが、いつも冷静な印象を周囲に与える。
「楽しいことを思い浮かべれば?」
「楽しいことですか……」
「アイリのお菓子とか」と、カイル。
ふっと、シルビアの表情は緩んだ。
「その方法、いいですね」
ステーションにいる頃より、はるかに表情は豊かだけどなぁ、とカイルは思うが、本人には自覚はないらしい。
「で、最近の南地方の様子は?」
「直轄地になったけど、まだまだだなあ」
サイラスが感想を述べる。
「魔獣は多いし、隊商を襲う盗賊団もいて治安は悪い」
「魔獣については第一兵団を中心に討伐隊を組んでいます。団長はカイルが救ったクレイという方です」
ああ、初めての夜に聖堂で見かけた人か。あのあとに、メレ・エトゥールが優先的に治療を望んだ人物だと記憶している。
「シルビア、詳しいね」
「……貴方が寝ている間にいろいろあったんですよ」
シルビアはなぜか遠い目をした。
「そういや、サイラスが討伐隊を拒否したのはなんで?」
「あの領主が油断ならない相手だから」
「セオディアが?」
「じわじわと取り込んでくる。討伐隊にかかわれば、次は訓練や技を教えてくれになるに決まってる。下手したら兵団か近衛に取り込まれる。だから回避したんだよ」
「……」
「どっぷりハマっている二人が回避するには手遅れだ」
嫌な予言をサイラスはする。
「サイラスから見たセオディア・メレ・エトゥールの印象は?」
「食えない、曲者、腹黒、イーレとディム・トゥーラを足して2で割った印象」
「それって最凶では……」
「だから逃げ出したんだ」
「よくそこまで見抜けますね」
「危機管理ができないと先発隊は務まらないって」
サイラスはひらひらと手をふる。
「で、今日はどうしたの?ダンスの愚痴だけじゃないだろうに」
「サイラスは今、どこまで足を伸ばせる?」
「商業ギルドの保護効力があるところまでなら」
カイルは懐から羊皮紙を取り出した。中身を見たサイラスが感心する。
「地図か」
「僕が描いた」
「なんだって?これだったら、一儲けできるぞ?」
「サイラス、視点が商人のものになってます」
「おっと失敗失敗」
サイラスは舌をだす。
「流通したら戦争に利用されるからやめてね」
「まあ、そうなるよな。で?」
「街や村の位置を把握したい」
「その理由は?」
「ステーションの支援がなくなった時に備えたい。僕達は今、ディム達に依存している状態だ。中央が来たら、イーレは地上に降りて、ディム自身は拘束されると彼は予想している」
「まあ、そうなるな」
「衛星軌道上の『眼』を奪われる状態だ。今のうちに地上の正確な情報を取り込みたい」
「街と村だけでいいのか?」
「できれば、村や街に近く人目のつかない確定座標候補も」
「それはディムに投げれば、いいんだな?」
「そう」
「あとは?」
「世界の番人――精霊の伝承を集めたい。精霊と精霊獣のことならなんでも。王都では限界がある。田舎の方が口伝とかある可能性が大きい」
「なんで?」
「あの番人が大災厄について語れないのが、誓約の為なら誓約を解除した方が正確な情報が手に入る」
「その手がかりになると?」
「そういうこと」
「まあ、人と話すならリルの方が適任だな。やってみるけど期待しないでくれよな。それよりディム達が不在になったら通信機が役立たずになることはどうする?」
カイルとシルビアが視線をかわす。
「なんか代案があるわけだ」
「ウールヴェを使おうと思います」
その言葉にサイラスはすごく嫌そうな顔をした。
「ウールヴェは使役できるんだ。精神感応の増幅効果がある。連れていれば、僕と連絡取れると思う」
サイラスはさらに嫌そうな顔をした。
「今、連れていないだろう?」
「いますよ」
シルビアが自分のウールヴェを呼ぶと、彼女の手のひらにフェレットに似た白いウールヴェが現れる。
「……それ……どこから跳躍してくるんだ?」
「城の私の部屋から」
「……」
「その気持ちはよくわかる。僕にとって精霊鷹がそんな感じだった」
「精霊鷹に失礼です」
シルビアがカイルを叱る。
「あんなに美しくて賢い生き物なのに」
思い出したのかシルビアはうっとりと吐息をつく。
「……この通り、シルビアはメレ・エトゥールに洗脳されている」
「……ウールヴェを使うという案は保留でいいかなぁ」
サイラスが珍しく苦悩の表情を浮かべる。
「かなり心の準備がいる。例えるなら、イーレと一騎打ちをしろと言われている気分だ」
「「そこまで⁉︎」」




