(21)対話⑤
正常に戻ったカイルの精神領域でディムは空を仰ぎ、カイルは床に手をつき脱力した。強大なプレッシャーは、領域とともに消失している。
「あれは……何?」
「精霊です。『世界の番人』とも言われてます」
「ファーレンシアが聞く声と同一?」
ファーレンシアは頷いたが、戸惑ってもいた。
「こんなにはっきりと言葉が聞こえて、会話を交わしたのは初めてです」
「多分ディムが居たからだ。あの中で自我を保つのは難しいと思う」
姿形がない存在――確かにその通りだ。今までファーレンシアが説明しようとしていた事柄をはっきりとカイルは理解した。あれほど忌避していた精霊鷹が可愛く思える。
「大災厄については?」とディムが問う。
「大災厄がきてエトゥールが滅びると言われてました」
ファーレンシアが淡々と告げる。
「事実なのか」
少女は頷いた。カイルは驚いたようにファーレンシアを見つめた。
「滅びの前兆の夢を見たって、このこと?」
またもや、ファーレンシアはこくりと頷いた。
国の滅亡など、少女が背負うには重すぎる未来ではないだろうか。カイルは決心した。
「番人がどうして僕を指名したのか、わからないけど、やってみるよ。大災厄を止める」
「カイル!安請け合いをするなっ!」
「安請け合いじゃない。ディム、協力してくれるだろう?」
「俺は協力するなんて一言も言ってないぞ」
「言ったよ」
「言ってない」
「僕が帰るまで支援追跡をするって言ったよ」
カイルはディムを見上げた。
「僕が帰れないから、支援追跡は続行だよね」
「――」
ディムはまじまじとカイルを見つめた。
「……………………お前は悪魔か?」
「たまに言われる」
ディムは大きなため息をついた。
「姫を連れて、とっとと現実世界に戻れ。今後についての話はそれからだ」
「わかった」
カイルは立ち上がって、ファーレンシアを見つめる。
「ファーレンシア、来てくれてありがとう。いつも助けられる」
「……いえ」
カイルは辺りを見回した。それから首を傾げる。
「どうした?」
「……起き方がわからない」
いつも同調する側だったので、対象の精神領域から離脱することばかりだった。番人の同調が長かったせいもある。自分の精神領域からどうやって離脱すればいいんだろう。
ディム・トゥーラは、呆れたようにカイルを見つめた。
「……世話がやける。俺が弾き飛ばすか」
同調を解消するには本人の意思か、感情の乱れだ。
カイルに強い衝撃を与えるものは何か。
ディム・トゥーラはちらりとファーレンシアを見つめてからカイルに笑った。こういうことは不意打ちに限る。
「……よし、わかった。一応、お前に選択権を与えよう」
ディムはカイルの両肩をぽんと叩いた。いつもと違い、やけにその叩き方が優しく、カイルは警戒した。
「どんな?」
「提案は二つだ」
「うん?」
「ステーションにある絵を姫に見せるのと、燃やすのとどっちがいい?」
「ちょっと待ったああああああ!!!」
「――!」
部屋の天井が目に入る。今度は夢か現実か?
ファーレンシアが覗きこむようにカイルを見つめていた。カイルが目覚めたことにほっとした表情を見せ、それからポロポロと泣き出した。
「目覚めました」とシルビアが告げる。
『これで起きないなら俺は引退する』
ディム・トゥーラの声が聞こえる。無事に同調から解放され現実に戻ることができたのだ。
「ディム」
カイルは寝たまま呼びかけた。
「ありがとう」
『ウールヴェの件は許したわけじゃないからな。疲れた。寝る。全員一日騒ぎを起こすな』
「……うわ、不機嫌」
「当たり前です。誰のせいだと思っているんですか。あなたも安静ですよ」
カイルの生体反応を追いかけながら、シルビアも冷淡に告げる。既視感のある光景だ。
「ファーレンシア様もお疲れでしょう。ご協力ありがとうございました。ゆっくりおやすみください」
「あ、はい……あの……カイル様に一つ質問が……」
「?」
「すてーしょんの絵とは、何ですか?」
しっかり聞かれているっ!!!
ディム・トゥーラはウールヴェの名付に怒っていた。これは彼のささやかな復讐なのだ。なんたる罰ゲームだ、とカイルは嘆いた。
「……今度、話すよ」
「約束ですよ?」
カイルが頷くと、少女は涙をぬぐい微笑んで立ち上がった。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ、ファーレンシア」
少女が立ち去ると彼女のそばにいた白い大きな獣が寝台にあがりこんできた。
「?」
純白の狼もどきが、我が物顔でカイルの枕元を陣取る。
「……何これ」
「貴方のウールヴェです」
「はい?」
いやいや、僕のウールヴェは手のひらに乗るよく惰眠をむさぼる可愛い奴で……
――――ヒドイ あいり ノ オ菓子 追加
間違いなくウールヴェのトゥーラだった。




