(11)野生のウールヴェ②
――遺伝子情報が狂ってないか?
さすがのサイラスもあっけに取られた。あの小さな白毛玉が成長して、どうやってこの大きさになるというのだ。それに何かがおかしい。
『サイラス、おかしいぞ。こいつ、唐突に現れた』
そうだ。違和感の正体はそれだ。ディム・トゥーラが二人に近づくものを見落とすはずがない。こんな巨大なものを気付かないということは、ありえない。
「み、見つかっちゃったよ、サイラス、逃げてっ!」
「リル、あいつの弱点は何だっ?!」
「え?あ?し、知らない」
「ディム!猪の弱点て何?!」
『鼻、耳の後の首、心臓』
「さすが、専門家!」
『って言うか、それを猪と思っていいのかね?』
「論文の考察は後にしてくれっ!」
野生のウールヴェはサイラス達に突進してきた。
ひょいとリルを抱きかかえると、サイラスは木の枝にジャンプして避けた。巨大猪との戦闘など想定していなかったので剣以外の武器は荷馬車だ。
遠隔武器など弓しかないが、弓で倒せるとは到底思えなかった。
巨大猪はそのまま突進して木々を薙ぎ倒していく。
道ができたような状態を見下ろして、サイラスはつぶやいた。
「すごい破壊力だな……」
「辺りを開拓する時は便利だって、父ちゃん言ってたよ」
確かに便利かもしれない。コントロールできれば、だが。
目標を見失なってやりすごせたか、と思ったら巨大ウールヴェはくるりと方向をかえ、再び正確にサイラスのいる木に向かってきた。
「に、逃げて、逃げて――っ」
サイラスはリルを抱きかかえたまま、木から木へと飛んだ。森の中を逃げたが、追跡が止む気配はない。白い巨大な四つ足が、道なき道を突き進んでくる。
「ウールヴェは執念深くて追いかけてくるんだよ」
『羆か』
「だってサイラス、幼体を連れているじゃん」
『それだ!』
いつのまにか幼体が長衣のフードに潜んでいた。ひっぺがそうとしてもガッチリ長衣に爪をたてて剥がれない。
サイラスは幼体を引き剥がすことを諦めた。
武器が必要で一度荷馬車に戻らなければならないが、親ウールヴェを荷馬車から引き離す餌は必要だ。幼体を利用するしかない。
「リル、防護の張り方は覚えているな?」
リルは頷く。
「荷馬車を中心に防護を張って、その中にいろ。絶対に出るな。ディム、リルを頼む」
『了解』
荷馬車にたどりつきリルをおろすと、サイラスは3本の槍と弓矢を手にしてすぐに森に戻っていく。彼を追跡する激しい破壊音は荷馬車から離れていった。
震えながらもリルは教えられた通り、小さな金属球を荷馬車の下に置き、精霊に声をかけた。すぐに荷馬車の周辺に防護が張られた。
『そこから出ないように、この中は安全だ』
「う、うん」
リルはほっと息をついた。まだ追いかけられた恐怖が残っていた。多分、サイラスがいなければ踏み殺されていたに違いない。
『リル、あれは何だ?』
「野生のウールヴェ、そのまま育ってしまったヤツだよ。害獣で、家とか潰したりする超やっかいものなんだ」
『確かにあれでは簡単に潰せるな』
「精霊様、サイラスは大丈夫かな?」
『大丈夫、サイラスは2番目に強い』
その力強い言葉にリルは安心したが、ん?となった。
「サイラスより強い人がいるの?」
『いるいる。サイラスの師匠が彼の10倍以上強くて、白毛マンモスウールヴェ以上の破壊力を持っていて毎度、犠牲者が多数だ』
ガツッと妙な音が響いて精霊の言葉はそれっきり途絶えた。




