(10)野生のウールヴェ①
リルが人と交渉し、サイラスは魔獣退治に力仕事と、役割を分担しエトゥールへの旅は続いた。
リルから周辺の話をききながら、サイラスは言語を習得した。サイラスの言葉が流暢になったことにリルは驚いたものの、会話が増えたことに喜んでいるようだった。
事故が起きたのは5日目だった。川に水を酌みにいったリルが魔獣に襲われたのだ。
「サイラス――!」
リルの悲鳴に駆けつけたサイラスが剣を振るい、事無きを得たが、襲われたリルよりサイラスの方が事態を重くみた。
「リルに通信機を持たせたいんだ」
事故の夜、サイラスはディムに提案した。ディムに習得した言語を転送する。
「生体認証さえすればディムが現在位置を把握できるから、今日みたいなことは防げるし、最悪、防護壁は遠隔でそちらで発動できるだろう?」
『可能だが、俺のことはどうやって説明するんだ?』
「あの子は賢いし、口は堅い。適当に話を作る」
翌朝、サイラスはリルに話をもちかけた。リルに護るものをつけたい、と。
「も、もしかして精霊様?!」
サイラスには精霊が何か理解できなかったが、すごくワクワクされていることは感じた。
「精霊って何だ?」
「世界を守ってくださるんだよ。不思議な力を持っているよ」
「そんな高級なものではなく……下僕みたいなものかな」
『おい、こら、待てや』
「やっぱりサイラスは精霊使いだったんだね」
誤解が生まれていたが、サイラスは説明を放棄した。
リルの指先から血をもらい、イヤリングを模した通信機の生体認証をさせた。これでこのイヤリングはリル専用になり生体反応を追跡できる仕組みだった。サイラスはイヤリング型の通信機をリルの耳につけた。腕輪に模した単体の防御もつける。
「何か喋ってみて」
「せ、精霊様?」
リルがおそるおそる声をかける。
「……」
「……」
「……この場合、なんて答えたらいい?」
「……私にきかないでよ」
イーレは逃げた。
サイラスは平然としていたが、ディム・トゥーラは純心な子供を騙している後ろめたさを強く感じた。
『リル』
リルはドキっとした。精霊様の声だ。本当に声が降ってきた。名前まで知っているなんて。
『サイラスがいない時は護るから、指示に従ってくれ』
「は、はい!」
『目立つから、小声で頼む』
「……はい」
この方法は案外うまくいった。身の危険が迫った時に、ディムはリルに警告し、指示を出す。魔獣が近づけば、荷馬車に戻り、サイラスから受け取っていた金属球で広範囲の防護を張るという単純な行為を繰り返した。その間にサイラスが魔獣を狩った。
サイラスの視覚は完全リンクしており、映像は観測ステーションに送られてくるが、インプラントが何もないリルの情報はステーションから観測できる生体情報に限られた。ディムはクトリが増やした動体追跡ユニットをリルの周辺に幾つか配置し、子供の身を守ることに専念した。
彼女に近づいてきた魔獣はサイラスが全て狩り、素材として近隣の村で売った。
路銀以上の儲けを出しながら、エトゥールへの二人の旅は続いた。
それに遭遇したのはたまたまだった。
リルが木の根元に座り込み、何かを熱心に見ていた。白い毛玉が木の虚にいた。小さく手の平に乗るサイズだった。
「うさぎか?」
「……ウールヴェの幼体……」
はじめて聞く名前だった。
「売れるのか?」
「……金貨1枚くらいかな」
銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚、とリルから教わったサイラスは感心した。
「高額だなぁ……6匹いる。リルの生活も安泰じゃないか」
「ま、待って。これを手に入れるのは覚悟がいるんだよ」
「覚悟?」
リルはソワソワしている。
「幼体を発見するのは稀だから宝箱に遭遇したようなものだけど……これ、怖いんだよ」
「怖い?」
リルはあたりを用心している。
「何が怖いんだ?」
リルは答えない。だが、さすがのサイラスも異常に気づいた。
鳥の声が唐突に止んだ。森が不気味な静けさに包まれた。
「……やばいよ、やばいよ」
リルは真っ青になった。
「何がやばいんだ?」
「親のウールヴェがくる」
サイラスは幼体をもう一度見下ろす。幼体がこの大きさなら成獣の大きさはおよそ推測できる。
「四つ目より楽勝だろう」
その時、大地が揺れた。木がメキメキと音をたて折れる。大地の揺れはおさまらない。
ステーションでのんびりと鑑賞していたディム・トゥーラはぽかんとした。
地上のサイラスも同様である。
体高15メートル越えの白毛のマンモス猪が現れた。




