(13)和議の鍵③
西の民のハーレイは後日の和議に同意して部屋から立ち去った。
彼の中にあったエトゥールへの敵意は消え去っていたことを誰もが感じていた。
ファーレンシアはカイルを見つめていた。
彼女は彼が和議の鍵だと先見の予言を受けていたが、こんな風に西の民の凍った心をとかすとは思わなかった。カイルがいなかったら、和議のきっかけは生まれなかったのは確かだ。
――さすがに疲れたなあ
カイルが大きく息をついた。ハーレイの過去はカイルには重すぎた。
「カイル殿、感謝する」
セオディアはカイルに礼を述べた。
「そっちの方がやっかいだと思うけど?」
カイルはセオディアの手元に残った羊皮紙の束をさした。
「カイル殿はどこで気づいた?」
「この部屋に貴方が真に信頼できる人間しかいなかったからかな。貴方は中枢にエトゥールに仇なす者がいると気づいていたんだ」
「否定はしない」
「ここ数日読まされた書の類は、地方の税率が違ったことと南の援助が多かった。貴方なら公平をこころがけるだろうし、僕を使って、齟齬を洗いださせたのも偽造を疑ったからでしょ?西の民の親書は、別の国へのものを入手したか、インクを消したかわからないけど」
「継承して2年は摂政をおいた。その時に親書用の白紙は用意した記憶がある」
「南は誰の領地?」
「母方の祖父です。6年前に亡くなり叔父がついでます」
ファーレンシアが答えた。
「その6年前の死因に問題は?」
「……そうくるか」
カイルは肩をすくめた。
「そういう可能性もあるって話。当時の摂政があなたの祖父なら、遺品の引き継ぎで親書の白紙も手に入ったかもしれない」
セオディアは黙っている。
「僕の拉致は城内のできごとで、警備に穴があるのかと思ったけど、実際はそうでもなかった。侍女や使用人の身元もしっかりしていた。でも、たまに知らない顔も見かけた。城に出入りし、滞在していく身分の高い人のお付きの使用人や専属護衛が入れ替わっていても、誰も誰何しないよね。身元はそのお偉いさんが保証しているはずだから。それがメレ・エトゥールの親族なら信用はさらに高い。しかも馬車で乗りつければ、人を運び出すのは簡単だろうし」
「そこまでわかっていたら、なぜ言わない?」
「油断した僕が悪い。おまけに当時貴方は戦争で不在だった。僕にメレ・アイフェスの自覚がなかった。すぐに帰還する僕について事を荒立てる必要がなかった。あと、3、4ほど理由をあげられるよ」
「――」
「だったらなぜ、今、こんなに首を突っ込むのです」
シルビアがカイルに問いかける。
「腹が立ったからかな」
「エトゥールに?」
「まさか。……シルビア、皆がドン引きするから、質問の言葉を選んでよ」
「あ……」
メレ・アイフェスの怒りを買ったのかと、二人以外の全員が顔を引き攣らせ緊張している。
「すみません、言葉の選択を誤りました。カイルは貴方達に腹を立てているわけではなく――カイル、何に腹をたてて、干渉する道を選んだのです?」
「僕達、みんな盤上の駒だから」
「盤上の……駒?」
「隣国も南の親族も西の民もエトゥールですら、皆が盤上の駒だ。誰かが何の目的か知らないけど、盤上遊戯を楽しんでいる。それが腹が立った」
「……この絵以外の黒幕がいると思っているのですか?」
「いる。間違いなくいる。エトゥールの滅亡を望むような陰湿さを感じる」
ファーレンシアは驚いたようにカイルを見た。
カイルは不意に強い目眩を感じた。
まずいなあ。
同調酔いかもしれない。こういう時、ディム・トゥーラの不在を痛感する。彼がいれば何の問題もなく、調子を取り戻せるのだが……。
カイルの異変に気づいたのはファーレンシアだった。
「カイル様、大丈夫ですか?」
「――ちょっと眠い」
「補助もなしに同調するからです。同調酔いですね?」
シルビアは冷たかった。相当怒っている。
アイリに新しいレシピを渡して、シルビアの機嫌を取らないといけないなあ、とカイルはぼんやり思った。
「部屋で休みなさい。小言は明日にします」
「小言があるんだ?」
「当たり前です。ここはいいから、部屋に戻って休みなさい」
「そうする」
ミナリオが立ち上がろうとしてふらついたカイルを支えた。さすがのシルビアも眉をひそめた。
「カイル様!」
ファーレンシアが悲鳴をあげた。
カイルは意識を失い倒れた。




