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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第9章 精霊の誓約
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(1)先見①

 東国イストレからエトゥールに戻る道は平坦ではない。山や森を抜け、商人泣かせの悪路で有名だ。ガラス製品などは、梱包の緩衝材を惜しむと全滅することもある。

 その点、今回の仕入れは気楽だった。目的の商品は高級紙だったからだ。それ以外の頼まれた品は、茶葉や日持ちする菓子だったりした。破損の心配はない。


――気楽なはずだったんだけどな


 リルは御者台から(ほろ)に囲まれた荷台を覗き込んだ。荷台が気になって仕方がなかった。


 東国(イストレ)で拾ったサイラスの知人である少年は、身体を丸めて爆睡している。荷台は悪路のせいで、揺れまくって寝心地は最悪なのに、彼は身動き一つしない。

 頭でも打って死んでいるんじゃないか、と心配になるくらい、反応がなかった。


 サイラスは再会した仲間を放置して、御者台で二頭の馬を操ることに専念していた。リルはサイラスに問いかけた。


「サイラス、彼は大丈夫なの?」

「冬眠中の熊みたいなものだから、放置でいいぞ。どうせ数週間寝てなかっただろう」

「冬眠中の熊――熊だって、こんなに揺れたら起きると思う……」

「でも、起きないだろう?」

「うん」

「多分、ずっと起きていたんだろうな」

「そんなことができるの?」

「あいつら、研究馬鹿だから、一週間くらい徹夜で議論を平気でするんだよ。そのあと、あんな風によく爆睡する。火事になっても起きないだろうさ」

「火事になったら死んじゃうじゃん!」

「もしくは、火事の中でも議論する」

「…………賢者(メレ・アイフェス)って、変人?」

「まごうことなき、変人集団だ」


 サイラスはきっぱりと肯定した。まるで自分がメレ・アイフェスであることを忘れているようだった。


「サイラスも変人に分類されちゃうよ」

「卵で訓練しないと、養い子の手も握れないのは、変人の極みだろう?」

「……サイラスは不器用なだけだもん。ねぇ、クトリ様はなんで東国(イストレ)にいたの?」

「知らん。俺みたいに飛ばされたんじゃないかな?南に、西に、東とくれば、次は北の可能性がある。そっちの方がやっかいだ」

「サイラスは南だったもんね。あたしにしてみれば、出会えたから、精霊様ありがとうみたいな感じだけど――あ!」


 リルは声をあげた。


「ずっと、精霊様の声が聞こえなかったんだけど、どうして?」

「精霊様?ああ、ディムのことか。まあ、クトリが理由を知っているだろう」


 クトリはステーションで何があったのか、頑なに語ろうとしなかった。現地の子供(リル)がいるから話題を避けたのか、サイラスには、判断がつきかねた。


「そっか、あたしが精霊様に嫌われたわけじゃないんだ。安心した」


 嫌われる心配をするところが、歳相応の子供らしくサイラスは小さな笑いをもらした。


「サイラス」


 不意に荷台の方から、声がとんだ。


「クトリ、起きたか」

「少し大きい嵐がきますよ」


 リルとサイラスは思わず、空を見上げた。雲ひとつなく晴れ渡っている。


「リル、近くに避難できる洞窟は、あるか?」

「あるけど……いや、晴れてるし……」

「こいつが、嵐がくるといったら、絶対にくる」


 リルはサイラスの言葉に、荷台のメレ・アイフェスを振り返ったが、彼は再び爆睡していた。





 サイラスは、道をはずれ、リルの示した洞窟に向かった。

 彼は洞窟にたどりつくと、奥にまで荷馬車を入れた。すぐに野営のための(まき)を取りに行くために、斧を手にした。


「リル、荷馬車のまわりに防護(シールド)をはって、でるなよ」

「相変わらず過保護だなあ」

「リルの大好きな精霊様が不在なんだ。それぐらい、用心した方がいい」

「はーい」


 リルはサイラスを見送ると、いつものように金属球を荷馬車の下に置き、周囲に防護(シールド)をはった。荷台からスキレット(フライパン)を取り出すときに、ちらりと確認したが、メレ・アイフェスは相変わらず死んだように眠っていた。


 サイラスが戻ってきた頃、風が強くなってきた気配があった。二人で調理している時に、横殴りの雨がふり始め、雷が轟いた。

 リルは天候の急変に唖然とした。自分達以外の馬車は、荷を濡らして、酷い目にあっているに違いない。


「ほらな、こいつの天気予報は正確なんだよ。なんたって専門家だから」

「どうやって、先見したの⁉︎」

「先見?ああ、こいつは、自然現象が予知できるんだ」


 エトゥールの妹姫と()()『先見』のメレ・アイフェス――リルが誤解したことに、サイラスは気づかなかった。


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