(1)先見①
東国からエトゥールに戻る道は平坦ではない。山や森を抜け、商人泣かせの悪路で有名だ。ガラス製品などは、梱包の緩衝材を惜しむと全滅することもある。
その点、今回の仕入れは気楽だった。目的の商品は高級紙だったからだ。それ以外の頼まれた品は、茶葉や日持ちする菓子だったりした。破損の心配はない。
――気楽なはずだったんだけどな
リルは御者台から幌に囲まれた荷台を覗き込んだ。荷台が気になって仕方がなかった。
東国で拾ったサイラスの知人である少年は、身体を丸めて爆睡している。荷台は悪路のせいで、揺れまくって寝心地は最悪なのに、彼は身動き一つしない。
頭でも打って死んでいるんじゃないか、と心配になるくらい、反応がなかった。
サイラスは再会した仲間を放置して、御者台で二頭の馬を操ることに専念していた。リルはサイラスに問いかけた。
「サイラス、彼は大丈夫なの?」
「冬眠中の熊みたいなものだから、放置でいいぞ。どうせ数週間寝てなかっただろう」
「冬眠中の熊――熊だって、こんなに揺れたら起きると思う……」
「でも、起きないだろう?」
「うん」
「多分、ずっと起きていたんだろうな」
「そんなことができるの?」
「あいつら、研究馬鹿だから、一週間くらい徹夜で議論を平気でするんだよ。そのあと、あんな風によく爆睡する。火事になっても起きないだろうさ」
「火事になったら死んじゃうじゃん!」
「もしくは、火事の中でも議論する」
「…………賢者って、変人?」
「まごうことなき、変人集団だ」
サイラスはきっぱりと肯定した。まるで自分がメレ・アイフェスであることを忘れているようだった。
「サイラスも変人に分類されちゃうよ」
「卵で訓練しないと、養い子の手も握れないのは、変人の極みだろう?」
「……サイラスは不器用なだけだもん。ねぇ、クトリ様はなんで東国にいたの?」
「知らん。俺みたいに飛ばされたんじゃないかな?南に、西に、東とくれば、次は北の可能性がある。そっちの方がやっかいだ」
「サイラスは南だったもんね。あたしにしてみれば、出会えたから、精霊様ありがとうみたいな感じだけど――あ!」
リルは声をあげた。
「ずっと、精霊様の声が聞こえなかったんだけど、どうして?」
「精霊様?ああ、ディムのことか。まあ、クトリが理由を知っているだろう」
クトリはステーションで何があったのか、頑なに語ろうとしなかった。現地の子供がいるから話題を避けたのか、サイラスには、判断がつきかねた。
「そっか、あたしが精霊様に嫌われたわけじゃないんだ。安心した」
嫌われる心配をするところが、歳相応の子供らしくサイラスは小さな笑いをもらした。
「サイラス」
不意に荷台の方から、声がとんだ。
「クトリ、起きたか」
「少し大きい嵐がきますよ」
リルとサイラスは思わず、空を見上げた。雲ひとつなく晴れ渡っている。
「リル、近くに避難できる洞窟は、あるか?」
「あるけど……いや、晴れてるし……」
「こいつが、嵐がくるといったら、絶対にくる」
リルはサイラスの言葉に、荷台のメレ・アイフェスを振り返ったが、彼は再び爆睡していた。
サイラスは、道をはずれ、リルの示した洞窟に向かった。
彼は洞窟にたどりつくと、奥にまで荷馬車を入れた。すぐに野営のための薪を取りに行くために、斧を手にした。
「リル、荷馬車のまわりに防護をはって、でるなよ」
「相変わらず過保護だなあ」
「リルの大好きな精霊様が不在なんだ。それぐらい、用心した方がいい」
「はーい」
リルはサイラスを見送ると、いつものように金属球を荷馬車の下に置き、周囲に防護をはった。荷台からスキレットを取り出すときに、ちらりと確認したが、メレ・アイフェスは相変わらず死んだように眠っていた。
サイラスが戻ってきた頃、風が強くなってきた気配があった。二人で調理している時に、横殴りの雨がふり始め、雷が轟いた。
リルは天候の急変に唖然とした。自分達以外の馬車は、荷を濡らして、酷い目にあっているに違いない。
「ほらな、こいつの天気予報は正確なんだよ。なんたって専門家だから」
「どうやって、先見したの⁉︎」
「先見?ああ、こいつは、自然現象が予知できるんだ」
エトゥールの妹姫と同じ『先見』のメレ・アイフェス――リルが誤解したことに、サイラスは気づかなかった。




