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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第8章 精霊の絆
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(37)閑話:誤解

――ぼく 嘘 は 言ってない (byウールヴェ)

「カイル殿、責任をとってもらおうか」


 (へび)(にら)まれたカエルとは、こう言う時の比喩(ひゆ)に違いない。セオディア・メレ・エトゥールは今現在進行形でカイルを睨んでいるわけではない。

 だが彼の背後から立ち昇るオーラは、逃げることは絶対に許すまじ、と明確に主張していた。

 職務を放棄して、偽装駆け落ちをしたアドリー辺境伯エルネスト・ルフテールに対してではなく、目の前のカイルに対してだった。


 周囲の人間は、触らぬ神に祟りなしとばかりに、誰もカイルに救いの手を差し出さない。

 ファーレンシアなど、戻ってからなぜか口を聞いてくれずカイルをさらに悩ませていた。


「……どう責任を取ればいいんだろう?」

「とりあえず、アドリー辺境伯の地位についてもらう。前任の推薦(すいせん)もあることだ」

推薦(すいせん)?」

「辺境伯は後継者にカイル・メレ・アイフェス・エトゥールを指名している」


 メレ・エトゥールが示した書に、置手紙と同じエルネスト・ルフテールの整った署名を見たとき、絶望のあまりカイルは片手で顔を覆った。


「……あの男、用意周到すぎる」

「それについては、同意する」


 セオディアは書類にサインをして、カイルに渡す。


「引き受けるけど、暫定的なものにして欲しい」

「よかろう」

「あと、アドリーの実務を回すための信頼できる優秀な人材を三名ほど」

「その心は?」

「これは僕をアドリーに足止めする手段だ。だからこそ、足止めされず、動きまわりたい」

「動きまわってどうする」

「あの二人を捕まえたい。今、一番事情に精通している人間だ。絶対あの書状の落とし前をつける。僕のプライドはボロボロだ」

「書状?」


 カイルは(ふところ)から、例のウールヴェのイラスト付の書状を取り出し、メレ・エトゥールに見せた。


 読んだセオディア・メレ・エトゥールは大爆笑した。


 その反応に黙ったままの周囲の面々が興味深そうな顔をする。セオディアは、そばに立っているシルビアに書状を渡した。

 目を通すなり口元を押さえたシルビアは、すぐに同席しているイーレと西の民の若長に渡した。

 イーレは容赦なく笑い声をたて、ハーレイは笑いを誤魔化すために咳き込んだ。ずっと黙ったままのファーレンシアまでもが、笑みを漏らし、すぐに表情を消した。


「みんな、ひどいよ」

「まあ、ご指摘の通り詰めは甘いわね。なんで正体に気づいたときに、私達に相談しないのよ」

「確証がなかったからだよ」

「私に遠慮したわね?」

「うっ……」

「そういうところが、大馬鹿なのよ」


 イーレが傷心のカイルにトドメを刺す。


「動きまわるにしても、数日はエトゥールにいてもらおうか。いろいろとあるからな」

 メレ・エトゥールの含みのある言葉は気のせいだろうか?


「この初代の件だが、あと何人いると思っているのだ?」

「この途方もない話を信じるわけ?」

「今更だろう。信じられないものを散々見せられているのに。君達が不老長寿なら、同族の初代メレ・アイフェスが生きていても不思議じゃない」


 メレ・エトゥールの質問に、カイルはちらりとイーレを見るが、彼女は首をふった。彼女も知らないのだ。


「僕達にもわからない。世界の番人が知っているかもしれない」

「わかった。カイル殿、少し話がある」


 全員が退室し、カイルだけが残される。まだ説教を受けるネタが残っているのか、とカイルは意気消沈した。


「カイル殿」

「なんだろう」

「私も鬼畜だ、鬼だと罵られるが、一応、人としての情は持っている」

「うん?」

「こういう地位にいる故に、人の気持ちを見抜くことができる、と自負している」


 いつになく、セオディア・メレ・エトゥールは回りくどい。


「そして、ファーレンシアは私に残された唯一の肉親だ。大切に思っている」

「うん、よくわかっている」

「私も、こういうことは口をなるべくはさみたくはないのだが――」


 しばしの沈黙の後、メレ・エトゥールは顳顬(こめかみ)に指を押し当て、切り出した。


「浮気はよくない」

「…………はい?」


 すっと一枚の羊皮紙が差し出された。いつのまにかなくなった辺境伯と歌姫の素描だった。


「え?どうして、これがここに?」

「確かに魅力的な女性だが、彼女に会うために命をかけるというのは、いささか軽率ではないだろうか?カイル殿の好みがこういうタイプだというのも予想外で、妹が真逆なのはよくわかるが――妹は傷ついている」

「え、待って、なんの話?」

「彼女に夜這(よば)いをかけて、辺境伯に矢を射られたのだろう?」

「――」


 カイルは自分の背後に爆弾が落下し、派手に爆炎があがった気分を味わった。


「……いや……待って……夜這(よば)いって……なんの話?」


 冷や汗を感じ、喉がカラカラになった。アドリーからの帰還後、ファーレンシアが冷たいのは、まさか……。


「歌姫に会いに、辺境伯の館に侵入し、辺境伯に矢を射られた、と君のウールヴェが証言している」

「誤解だっ!いや、あってるが、誤解だっ!」

「……どっちなんだ……」

「誤解だ!」

「だが絵を描いている」

「彼女は辺境伯といたんだ。ちゃんと辺境伯も描いてるだろう⁉︎」

「まあ、確かに」

「辺境伯が歌姫を囲っている、という噂の真偽を確かめに行っただけだ!」


 カイルは慌てていた。自分のウールヴェの報復の言葉を思い出していた。言いつけるとは、このことなのか?


「……まさかと思うけど、ファーレンシアはそんな誤解を……」

「しているから、侍女達に泣きつかれているのだが。ここしばらく、洋裁関係の失敗がひどくて、高級布が全滅しているそうだ」

「――」


 カイルは絵を(つか)んだ。


「話の続きはまた、あとでっっ!!!」


 青年は部屋を飛び出していく。おそらく、ファーレンシアを探しに行ったのだろう。だが、既に侍女達を敵に回し、一筋縄ではいかないことをセオディアは予想した。


「……やれやれ、賢者のくせに世話がやける」


 メレ・エトゥールは、つぶやいた。


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