(31)愚者⑬
アドリー辺境伯が彼女の能力を知って保護した、というのなら、貴族を敵に回しても歌姫を落籍させたことは理解できる。彼女の癒しが、肉体を対象にするのか、精神を対象にするのかは、不明だったが、野放しにできないという判断は支持できた。―
もちろん、純粋に恋人として手元におきたかった、という可能性もある。
だが、問題はそこではない。
カイルは今まで、「精霊の加護」は一定の地位にある血筋の人間が持つものだと考えていた。平民出身の歌姫が「精霊の加護」を持つなら、その仮説は覆る。
しかもアドリー辺境伯は他人の「精霊の加護」を見抜くことができるのだ。彼はどうやって能力者である歌姫を見いだしたのだろうか?
この惑星は最初からおかしい。
文明レベルと一致しない能力者が、どうしてこうも存在するのだろうか?
西の地で出会った男も、歌姫も、それを見出すアドリー辺境伯も異質だった。
カイルは歌声をききつつ、考えこんだ。
アドリー辺境伯は片手をあげて、次の歌を唄おうとしていたミオラスをとめた。
「閣下?」
彼は窓の外の暗闇を見ていた。
「どうかされましたか?」
「ああ、ミオラス、ちょっと次の歌を待っていてくれ」
エルネストは唇に指を1本たてる。
それから窓をさりげなく開けにいく。まるで風を少しいれようとしたような自然の姿だ。しばらくバルコニーで夜風を味わうように外を見ていた彼は、部屋に戻ってきた。
だが、次の瞬間、歌姫は目を見はった。
アドリー辺境伯が壁の装飾として飾られた長弓と数本の矢を手にしたからだ。
「閣下?!」
歌が止んだ。
窓があき、アドリー辺境伯がバルコニーに出てきたのが見えた。歌声がしたのは、その部屋だったので、歌姫は辺境伯のために歌っていたのだろう。
夜風にあたっている辺境伯の元に、歌姫が現れないだろうか、とカイルは好奇心から期待したが、残念ながら辺境伯はそのままバルコニーから部屋に消えた。
ん?
アドリー辺境伯が次に現れた時、歌とは全く無縁の長弓を持っていた。慌てたように歌姫が彼を追いかけて出てきた。
なるほど、噂通りの美女だった。中央にいれば、モデルか女優で名を馳せそうな妖艶さがあった。彼女が奇跡の歌声の主らしい。
ウールヴェの視線と、辺境伯の視線があったのは気のせいだろうか。
いや、まさか――。
アドリー辺境伯が長弓を優雅に構え、矢尻が中庭の茂みに潜んでいる自分達に正確に向けられたと思った時、カイルは焦った。
ちょっと、待ったぁぁぁぁぁぁ。
『トゥーラ、逃げろ!!』
――!!!!
容赦なく矢が立て続けに降ってきた。
――トゥーラ、逃げろ!!
ミオラスは確かに青年の声をきいた。
アドリー辺境伯は矢を次々と放った。彼の弓の腕は、以前みたことがあり、恐ろしく正確なことを彼女は知っていた。
「エルネスト様!」
ミオラスはさらに矢をつがえようとしている辺境伯の身体に縋りつき、制止した。
「おやめくださいませ!」
「おや、久々に名前で呼んでくれたね、ミオラス。アードゥルばかり名前で呼ぶから、私は少し拗ねていたよ」
「お戯れを!」
「君の歌を邪魔するとは、万死に値すると思うんだが」
「私の歌にそこまで価値はありません!」
「いいや、価値はあるとも」
「閣下!」
「残念、鼠は逃げてしまった」
辺境伯のつぶやきにミオラスはほっとした。
「今日はここまでにしよう。素晴らしい癒しに感謝するよ、ミオラス」
エルネストが長弓を持ったまま部屋を出ていくと、ミオラスはすぐに角灯を手にとり、中庭へ急いだ。目指す茂みでエルネストが放った矢が数本、すぐに見つかった。集めた矢に血糊がついてないことにほっとする。「トゥーラ」と呼ばれた存在は無事に逃げたらしい。
それからミオラスは青年の声を以前に聞いたことがあることを思い出した。
――この腹黒精霊、でて来やがれっっっ!!
あの時、辺境伯は聖地で精霊獣が遠吠えしたようだ、と言った。彼は中庭にいた存在を知っているのだろうか。
「!?」
宿の部屋に待機していたミナリオはギョッとした。
何もない中空にいきなり黒い生物が出現したからだ。剣を抜きそうになり、それが馴染みのウールヴェであることに気づく。
だが、ウールヴェの方はもっと酷かった。
バランスを崩したまま無様に着地し、椅子を巻き込み転がり、勢いはそのままで壁にぶつかった。結構、派手な音と振動が響いた。ぶるぶると身体を震わし、光に包まれていつもの白い毛並みに戻る。身体の大きさも元に戻った。トゥーラは疲れ果てたように、ぐったりと床に横たわった。
「カイル様!?」
寝台ではカイルが半身を起こし後頭部を押さえ込む。ウールヴェが壁に頭を打ちつけた衝撃がダイレクトに伝わったのだ。
「イタタ……」
「なにごとです!?」




