(28)愚者⑩
「古来よりエトゥールの防衛の要であるアドリーは、そのように維持に努めてまいりました」
「アドリーの歴史は古いのですか?」
「初代エトゥール王の命で、アドリーの基礎となる砦が築かれたといわれています」
「それに関しての書はありませんでした」
「ほぼ口伝ですね」
「アドリーの城砦の建設にメレ・アイフェスが関わっているために、書が残されていない可能性はありますか?」
「面白い発想です」
辺境伯は小さく笑った。
「だから、口伝として残された可能性はあるかもしれません。しかし先人については、メレ・アイフェス達の方が詳しいのではないですか?」
アドリー辺境伯は切り返してきた。カイルは辺境伯の頭の回転の速さに驚いた。彼は違うメッセージを言葉に乗せている。
――なぜ、メレ・アイフェスの歴史を知らないのか、と
これは困った問いだった。どこまで、どうやって説明するべきだろうか。
イーレの原体が初代エトゥール王に仕えた導師の一人である可能性は大いにあるが、確定した証拠があるわけではない。イーレ自身が持つはずの原体の記憶があれば、話は簡単だったはずだ。だが、彼女の記憶は失われている。
しかも世界の番人が示唆する大災厄も絡んでいる。
メレ・エトゥールの政治的な思惑もあるだろう。
ましてや、衛星軌道に鎮座している観測ステーションから来ました、などは言いようがない。
「なぜ、メレ・アイフェスの伝承にこだわるのです?」
辺境伯は追求の手を緩めない。
「……どうやって説明したらいいのか、わかりません」
「――」
馬鹿正直に答える青年にエルネストは呆れた。
何か誤魔化す発言をしたら、突っ込むつもりだったのに、メレ・アイフェスは正面から受けたち、かえって己を窮地に立たせている。不器用このうえない。
「メレ・アイフェス?」
「はい」
「馬鹿正直すぎませんか?」
「そうかもしれません」
「政治家としては、致命的ですよ?」
「僕は政治家ではないし、政治家になるつもりもありません」
「そうはいかないでしょう」
「政治家にはなりません。そのような才はありません。メレ・エトゥールのように権謀術数が得意なわけでもありません」
「メレ・エトゥールほど狡猾になれ、とは言いませんが、少しは学んでもいいのではありませんか?」
「無理です」
カイルはきっぱりと言い切った。
「あんな狡猾で腹黒な策士なんかになれません」
「腹黒……何がありました?」
「……いろいろと」
辺境伯はカイルの憮然とした表情に吹き出した。
「本当に馬鹿正直ですね。まあ、メレ・エトゥールに嵌められているところは想像できますが」
アドリー辺境伯は、カイルを見つめた。
「もう少し貴方が狡猾な人物ならよかった。こういう素直な反応をされるとは思いませんでした。貴方が本物か見極めたかったのですが」
「実を言うと、僕がエトゥールに降りたったのは事故に近いものです」
「事故?」
「世界の番人に拉致されただけです」
「世界の番人!」
辺境伯は目を見張る。
「――それを信じろと?」
「普通はそういう反応だと思います。メレ・エトゥールとファーレンシア姫は受け入れてくれました。ファーレンシア姫は僕が来ることを先見していたそうです」
「……」
「メレ・アイフェスと呼び始めたのは、周囲です。僕はその言葉が翻訳できず、意味に気づかなかった。この珍しい髪と瞳の色が、それに拍車をかけました」
カイルは小さく息をついた。
「本当は導師でも賢者でもない、ただの――」
研究馬鹿と言おうとして、口をつぐんだ。
「だが、聖堂で多数の命を救った」
「治療に長けた仲間に助けてもらっただけで僕の功績ではありません」
「エトゥールに監禁された西の民を救出した」
「たまたま僕も拉致監禁されていた場所に彼等がいたからです」
「舞踏会場ではメレ・エトゥールを襲撃から護った」
「護るために戦って活躍したのは仲間です」
「西の民との和議を実現した」
「相手の若長が理解ある人物だったからです」
「自分の功績を認めないとは、筋金入りの頑固ですね。おまけに無自覚ときている。さぞ、メレ・エトゥールは苦労なさったことでしょう」
辺境伯はカイルを言葉で一刀両断する。反論できない青年を見て、彼は笑いをもらしつつ歩き出した。




