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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第8章 精霊の絆
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(12)取引⑫

 ファーレンシアは遮蔽(しゃへい)をしつつ、カイルとの繋がりを維持していた。彼女の膝に頭を預け、同調する青年に変化がなく、呑気な昼寝をしている光景に似ている。

 だが、彼は今、西の民のために奔走しているのだ。


 前回の事故があったにもかかわらず、彼は躊躇(ちゅうちょ)せず、白い(ハヤブサ)で飛ぶ選択をした。

 お人好しだと思う。西の地より自分の安全を優先させて欲しかったが、彼はそれをよしとしない。

 毎回、ファーレンシアは葛藤(かっとう)している。

 かといって、困難に直面した西の地を見捨てる選択をするカイルは想像できなかった。


 勝手な感情という自覚がファーレンシアにはあった。後ろめたさもある。

 エトゥールのために彼を巻き込んだのは、セオディア・メレ・エトゥールと自分だ。それなのに、彼が他人のために動くと、危ない目に遭わないかやきもきしてしまう。

 セオディア・メレ・エトゥールは、カイルが西の民に取り込まれることを恐れている。


 多分、カイル本人は、そんなエトゥール王家の憂いに頓着していない。それこそ、精霊鷹のような自由な翼で、ある日突然、旅立つかもしれない。

 それは他のメレ・アイフェスにも言えた。彼等は何も縛るものがない自由な存在に思えた。

 

「……困った人」

「ファーレンシア様?」


 思わずつぶやいた言葉をシルビアに聞かれてしまい、ファーレンシアは慌てた。


「あ、いえ……これがただの昼寝の光景なら、どんなにいいか、と」

「……カイルはやらかしますからね」

「そんな不吉なことをおっしゃらないで」

「不吉ではなく、経験則というか――」

「やらかすことを想定した方がいいと?」

「その方が何かあったときに、動じませんよ」


 思わず納得しそうになって、ファーレンシアは慌てて首をふる。


「私の修行が足りないようです。なかなかそう考えれません」

「普通はそうです。あとは――慣れ?」

「――シルビア様、それでは参考になりません」


 ファーレンシアは、頬をふくらませ抗議する。カイルと知り合って過ごした時間はまだ僅かだ。カイルを熟知しているシルビアが羨ましかった。


「いえ、本当に慣れるしかありませんよ?」


 真顔で言うシルビアに、ファーレンシアはふと微笑んだ。


「でも、慣れることができるくらい同じ時間を過ごせたら、素敵ですね」

「……ファーレンシア様」

「私にはこんなことしかできませんし……」

「こんなこと、ではないのですよ?」


 シルビアはファーレンシアの言葉に、やや困惑した表情を浮かべた。エトゥールの姫は自分の能力を過小評価する傾向にある。


「カイルの規格外の能力に対応できるだけでも、稀有(けう)な存在なんですよ?」

「……そうなのですか?」

「私は何度、カイルが昏倒(こんとう)させた能力者の手当をさせられたことか。仕事を増やすから、私の部署――えっと、同じ治癒師仲間の中での評判は悪かったのですよ」


 思わぬシルビアの思い出話に、想像してファーレンシアは笑いをもらした。


「いえいえ、笑いごとじゃないのですよ?本当にカイルの同調能力につきあえるのは、ディム・トゥーラぐらいでしてね。彼が不在の時のトラブルは本当に悲惨でして……」

「今度、その話を詳しくきかせてください」

本人(カイル)には内緒にしてくださるなら」

「もちろんです」


 シルビアとの会話で、ファーレンシアの気は晴れた。悩んでも仕方ないものは、悩むだけ損だ。

 その時、カイルの思念が届いた。


『ファーレンシア』


「はい」


『シルビアに解毒剤と傷薬を用意してもらって。人間用と獣用を大量に。人間用は村の誰かを使いにして、ハーレイに届けさせて』


「はい」


 ファーレンシアは傍に座るシルビアを見た。彼女にも思念は伝わっており、シルビアは頷くとすぐに用意を始めた。


「獣用はどうしますか?」


『大量の布と一緒にミナリオに渡して。ミナリオに僕の馬を準備してもらって』


 ファーレンシアが伝言を伝えるとミナリオは顔をしかめた。


「カイル様の馬、というところが引っかかります。単独行動は禁止と釘を刺しておいてください」


 ミナリオは馬の準備をするために部屋から出ていく。


「カイル様、単独行動は禁止ですよ?馬で移動するときはミナリオを同行させますからね」


『うっ……』


 青年の思念波に若干のたじろぎが混じった。図星だったらしい。


「本当に、もう……」


『ごめんごめん、ファーレンシア、遮蔽(しゃへい)を強めて』


「はい」


『これから、ちょっと無茶をする。衝撃が行くと思う。耐えられなかったら、僕との繋がりを断線(カット)して』


「嫌です」


『……もしもし?』


「嫌です。それぐらいなら、遮蔽(しゃへい)を強化します。ご心配なく。何をされるのですか?」


『同調のはしご』


「はい?」


『行くよ。遮蔽(しゃへい)を強化して』


 衝撃は確かにきた。ファーレンシアは目を見張った。メレ・アイフェスのディム・トゥーラと経験した世界の番人の領域に少し似ていた。ずしりと重力が増した。軽やかな精霊獣ではなく、もっと重い――だが、世界の番人ほどではない。


「カイル様、何と同調したのですか!?」


 返事はなかった。

 やりとりを聞いていたシルビアが断定した。


「ファーレンシア様の能力を信頼して、やらかしてしまったようです」

「……嬉しいような嬉しくないような、複雑な気分です」

「そうなりますよね」


 ファーレンシアは気を取り直して、カイルの行動を支えるため遮蔽(しゃへい)を強化した。

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