(9)取引⑨
シルビアが西の民の子供を連れて部屋に入ってきた。だが、それはイーレだった。いつもの1本の長い三つ編みは、細かく編み込まれ、帽子を被った姿は短髪に見えた。色も染められ、西の民に多い茶髪になっていた。肌の色も日焼けした西の民と同一だった。
赤い瞳は、ハーレイと同じグレーの瞳になっていた。
あまりの変装ぶりにカイルはしげしげと彼女を見つめた。
「その肌の色はどうやって?」
「火傷などの傷を隠す、治療用肌下地です」
「瞳の色は?」
「リンク用の光学迷彩眼です」
「どうよ、どっから見ても、西の民の子供でしょ?」
イーレは得意気に胸をはる。
困ったことにハーレイの髪の色と瞳の色を完全に一致していた。もしかしたら、わざと模倣したのかもしれない。
「……イーレはハーレイの隠し子だったのか」
「……イーレを拾ったときに、その手の噂は散々否定する羽目に陥ったが、また繰り返されるのか」
闘いには動揺しない西の民の若長は、絶望のあまり片手で顔を覆って嘆いた。
イーレはニヤニヤと彼を眺めた。
「どう、やっぱりお父さんと呼ぶべき?」
「本当に学習能力がないな」
ハーレイは即座にイーレをやや乱暴に小脇に抱えると、戸口から、ぽいっと外に放り出し締め出した。二回目だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
外から謝るイーレをハーレイは放置した。
「カイルの嘘つきめ、メレ・アイフェスも変化できるじゃないか」
「……あれは、女性が化ける類だと思う」
口を滑らせたカイルは、残った女性二人に睨まれた。
「ファーレンシア、自分の遮蔽も忘れずにね」
「はい」
「シルビア、あとはまかせた」
「わかりました。そちらも油断せずに用心してください。次の治療は優しくしませんよ?」
「……待って、前回の治療が優しいって言うの?」
「試したいなら、ご自由に」
「……気をつける」
ハーレイの客間の寝台の上にファーレンシアはあがり、カイルにいつものように膝枕をする姿勢をとる。
あらぬ噂がたたないように、専属護衛のミナリオとアイリも部屋にいた。
だが、彼等の方が、その光景に赤面しており、かえってカイルは少女の膝の柔らかさを意識してしまった。
ハーレイが隼を腕にとめ、待機している。
カイルはすぐに意識を落とした。
隼が同調したことを示すために、一度羽根を大きく広げた。ハーレイは頷いて家の外に向かって歩きだした。
「すぐに移動を始める。すでに四隊ほど、森の中を移動中だ。距離をとっているから気づかれないはずだ」
『監禁場所がわかったら、すぐに教える』
「頼む。イーレは俺と一緒に行動する予定だ」
『そっちも頼むね、彼女は目を離すと、それこそ野生のウールヴェのように突進するからさ』
「気をつけよう。彼女は時々子供っぽいな」
『あれでも、僕達の指導者たる立場の一人なんだけど、ね』
「――鳥になって飛ぶのは、楽しいか?」
不意に若長が尋ねる。
『そうだね、いろいろなものを見ることができる』
「カイル、エトゥールを離れて、西の地に住むのはどうだ?」
『ミナリオがそばにいないから、勧誘?』
「そうだ。西の地も自然が豊かで悪くない場所だろう?」
『そうだね。いい場所だと思うよ』
隼の翡翠の瞳は、西の地の若長をしばらく見つめていた。
『でも、ハーレイが欲しいのは、メレ・アイフェスの知恵と技術であって、僕個人という存在ではないんだよ』
「――」
そんなことはない、と否定する前にカイルの意識が乗った精霊獣は、大空に羽ばたいていった。
ハーレイは隼を見送ることしかできなかった。
ハーレイはカイルの思念に、ほんの小さな失望と寂しさが混じっていたことを感じとっていた。若長として、カイルの魅力的な能力を欲したのは、無意識のなせる技だった。
それをカイルは見抜いていた。
それと同時にハーレイは悟った。
彼に近づく者で、下心のない者は極めて少数ではないだろうか。
彼の特異な能力は人の本音を見抜いてしまう。
清濁全ての本音を。
それを知ることは、幸せではないだろう。
「……しくった」
「大馬鹿ものめ」
つぶやくハーレイの背後に、いつのまにか占者の老女が片手で杖をつき、立っていた。ナーヤが外に出てくるとは珍しい。
「急ぎすぎじゃ。しかも誤解を与えてこじらせおった」
「ナーヤ婆、どうしたらいい? 傷つけてしまったようだ」
「知らん」
「ナーヤ婆!」
「お前が悪い」
「ナーヤ婆」
「情けない若長じゃのう。賢者のことは賢者にきけ」




