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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第8章 精霊の絆
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(9)取引⑨

 シルビアが西の民の子供を連れて部屋に入ってきた。だが、それはイーレだった。いつもの1本の長い三つ編みは、細かく編み込まれ、帽子を被った姿は短髪に見えた。色も染められ、西の民に多い茶髪になっていた。肌の色も日焼けした西の民と同一だった。

 赤い瞳は、ハーレイと同じグレーの瞳になっていた。


 あまりの変装ぶりにカイルはしげしげと彼女を見つめた。


「その肌の色はどうやって?」

「火傷などの傷を隠す、治療用肌下地(ファンデーション)です」

「瞳の色は?」

「リンク用の光学迷彩眼(カモフラージュ・アイ)です」

「どうよ、どっから見ても、西の民の子供でしょ?」


 イーレは得意気(とくいげ)に胸をはる。

 困ったことにハーレイの髪の色と瞳の色を完全に一致していた。もしかしたら、わざと模倣(もほう)したのかもしれない。


「……イーレはハーレイの隠し子だったのか」

「……イーレを拾ったときに、その手の噂は散々否定する羽目に(おちい)ったが、また繰り返されるのか」


 闘いには動揺しない西の民の若長は、絶望のあまり片手で顔を覆って嘆いた。

 イーレはニヤニヤと彼を眺めた。


「どう、やっぱりお父さんと呼ぶべき?」

「本当に学習能力がないな」


 ハーレイは即座にイーレをやや乱暴に小脇に抱えると、戸口から、ぽいっと外に放り出し()め出した。二回目だった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 外から謝るイーレをハーレイは放置した。


「カイルの嘘つきめ、メレ・アイフェスも変化できるじゃないか」

「……あれは、女性が化ける(たぐい)だと思う」


 口を滑らせたカイルは、残った女性二人に(にら)まれた。






「ファーレンシア、自分の遮蔽(しゃへい)も忘れずにね」

「はい」

「シルビア、あとはまかせた」

「わかりました。そちらも油断せずに用心してください。次の治療は優しくしませんよ?」

「……待って、前回の治療が優しいって言うの?」

「試したいなら、ご自由に」

「……気をつける」


 ハーレイの客間の寝台の上にファーレンシアはあがり、カイルにいつものように膝枕をする姿勢をとる。

 あらぬ噂がたたないように、専属護衛のミナリオとアイリも部屋にいた。

 だが、彼等の方が、その光景に赤面しており、かえってカイルは少女の膝の柔らかさを意識してしまった。


 ハーレイが(ハヤブサ)を腕にとめ、待機している。


 カイルはすぐに意識を落とした。





 (ハヤブサ)が同調したことを示すために、一度羽根を大きく広げた。ハーレイは頷いて家の外に向かって歩きだした。


「すぐに移動を始める。すでに四隊ほど、森の中を移動中だ。距離をとっているから気づかれないはずだ」


『監禁場所がわかったら、すぐに教える』


「頼む。イーレは俺と一緒に行動する予定だ」


『そっちも頼むね、彼女は目を離すと、それこそ野生のウールヴェのように突進するからさ』


「気をつけよう。彼女は時々子供っぽいな」


『あれでも、僕達の指導者たる立場の一人なんだけど、ね』


「――鳥になって飛ぶのは、楽しいか?」


 不意に若長が尋ねる。


『そうだね、いろいろなものを見ることができる』


「カイル、エトゥールを離れて、西の地に住むのはどうだ?」


『ミナリオがそばにいないから、勧誘?』


「そうだ。西の地も自然が豊かで悪くない場所だろう?」


『そうだね。いい場所だと思うよ』


 (ハヤブサ)の翡翠の瞳は、西の地の若長をしばらく見つめていた。


『でも、ハーレイが欲しいのは、メレ・アイフェスの知恵と技術であって、僕個人という存在ではないんだよ』


「――」


 そんなことはない、と否定する前にカイルの意識が乗った精霊獣は、大空に羽ばたいていった。

 ハーレイは(ハヤブサ)を見送ることしかできなかった。


 ハーレイはカイルの思念に、ほんの小さな失望と寂しさが混じっていたことを感じとっていた。若長として、カイルの魅力的な能力を欲したのは、無意識のなせる技だった。

 それをカイルは見抜いていた。


 それと同時にハーレイは悟った。

 彼に近づく者で、下心のない者は極めて少数ではないだろうか。


 彼の特異な能力は人の本音を見抜いてしまう。

 清濁全ての本音を。

 それを知ることは、幸せではないだろう。

 

「……しくった」

「大馬鹿ものめ」


 つぶやくハーレイの背後に、いつのまにか占者(せんじゃ)の老女が片手で杖をつき、立っていた。ナーヤが外に出てくるとは珍しい。


「急ぎすぎじゃ。しかも誤解を与えてこじらせおった」

「ナーヤ婆、どうしたらいい? 傷つけてしまったようだ」

「知らん」

「ナーヤ婆!」

「お前が悪い」

「ナーヤ婆」

「情けない若長じゃのう。賢者(メレ・アイフェス)のことは賢者(メレ・アイフェス)にきけ」

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