(7)取引⑦
思わぬ問題が発生した。精霊鷹が自分を使え、と主張していることはなんとなく理解した。翡翠の澄んだ目がカイルをじっと見つめる。
「いや、だからね、他意があるわけではなく、お前を使うわけには――痛い痛い」
カイルが言葉を紡ぐより早く、手の甲を再びつつかれた。手加減をしていることはわかる。精霊鷹が本気でつつけば、カイルの手は今頃血まみれになっているはずだ。
だが、手加減されていても、痛いものは痛いのだ。
「ファーレンシア、赤い姿は目立って狙われる、と通訳して!」
カイルの懇願に少女は対応したが、やがて困惑した表情になる。
「……赤くなければ、いいのか、と」
「エトゥールの象徴の色は目立ちすぎるんだよ。攻撃してくれ、といっているようなものだ。危険にさらすわけにはいかないんだ」
ファーレンシアは再び精霊鷹と向き合ったが、ますます困惑した表情を浮かべた。
「……アストライアーのように擬態する、と言ってますが」
「擬態?」
「アストライアーは古代の賢者で、イーレ様の双子の姉上ですよね?擬態するという意味がわからないのですが……」
アストライアーはクローンであるイーレの原体の名前だった。原体のように擬態するとは、どういう意味だろうか?
それとも、イーレの様に擬態するという意味なのだろうか?イーレは子供の姿で、成長をとめている。
もしくは、つい先程話した、髪の毛や肌の色を変えて誤魔化すという話のことなのか?
カイルには判断がつきかねた。
「僕にもわからないよ……」
カイルも自分の左腕に留まっている精霊鷹を見下ろした。
不意に赤い鷹は金色の光に包まれた。それは、ウールヴェのトゥーラが西の民の前で存在を誇示していたオーラの色に似ていた。
光が直視できないほど眩しくなったと思った瞬間に消える。赤い鷹は姿を消していた。変わりにカイルの腕にいたのは、やや小柄になった白い隼だった。
見守っていた全員が驚いた。
「「「え?」」」
白い隼は、精霊鷹と同じ翡翠の瞳を持っていた。
「……」
「……」
「……」
「どういうことですかっ!?」
「ファーレンシア、これはどういうことっ!?」
「わ、私にもわかりませんっ!」
メレ・アイフェス二人に詰めよられて、ファーレンシアは動揺した。
「トゥーラ!」
焦ったカイルは、自分のウールヴェを呼んだ。トゥーラはすぐに現れた。白い獣の口元には専属護衛のアイリに菓子をねだっていたような痕跡があった。
――なあに?
「精霊鷹が変化したっ!」
トゥーラは首をかしげる。
――変化 しては いけないの?
トゥーラの返答は、三人の混乱に拍車をかけた。
「変化するのが普通なんですかっ!?」
「遺伝子的におかしいだろっ!」
「今までこんなことはありませんでしたっ!」
ますます白い獣は首をかしげる。それはなんで騒いでいるかわからない、といった仕草に思えた。
――赤い から だめ って 言ったよ?
「確かに言ったけど――!」
――目 が いい もーきんるい と 思った
「――」
――早い が いい と 思ったよ
「僕の心を読んで変化したのか!?」
――よく できる子 ほめる もっと できる
――まあ 僕 ほど じゃない けど ね
カイルのウールヴェは鼻をならし、やや余計な自画自賛を付け加えた。
「――」
「――」
「――」
「カイル、もしかして隼を素体として探すつもりでしたか?」
「……確かに……目がいいのは猛禽類だし、早く飛べるのは隼だと思ったけど……こんな遺伝子構成も生物分類学も無視した変化って……」
「……そもそもウールヴェとか精霊獣って、動物ですかね?」
「……そこから論じると一週間徹夜しそうだ」
「……今はやめましょう」
「と、いうか、僕は普通に遮蔽していたのに、心が読めるのか?」
またしても、二人はファーレンシアを見た。
「……絆があるからだと思います」
ファーレンシアは微笑んで答える。
「でも僕にはトゥーラみたいに言葉は聞こえない。ファーレンシアには言葉が聞こえているのだろう?」
「まだ、日は浅いですから。言葉は聞こえなくても、何を言いたいかわかっていらっしゃるでしょ?」
「まあ……なんとなく?」
「それが絆です」
カイルは足元の白いウールヴェと腕の隼を見下ろした。
なんとなく、隼は得意そうに胸をはっているような気がした。
「何をやってるんだ?あまり時間はないぞ?」
ハーレイが戸口から顔をだした。彼は、カイルの左腕に留まった隼を見て破顔した。
「いい、隼だな。どこで見つけたんだ?今回はこれで飛ぶのか?」
若長の褒め言葉に三人は複雑な表情を浮かべた。




