(2)取引②
「そこを突っ込まれるとつらいわね」
イーレは真顔で返した。
「私も脳筋だから、弟子も当然、脳筋だと思うわ」
「だけど、養い子の手を握らない理由が骨折させるから、と言うのは問題じゃない?」
「問題だと思うけど、事実、骨折させる恐れもあるしね?」
「いや、そこがおかしいでしょ!?」
イーレの背後で、ハーレイが笑いをこらえている。カイルのそばのミナリオも同様である。
「で、サイラスのつぶした卵のことで文句をいいにきたわけ?」
「文句はあるけど、師匠として何か解決策はないのかな」
「ないわね。いっそう握ったら手が傷つくタイプのペン軸でも開発したら?」
「例えば?」
「ペン軸が鋭利な刃物とか」
「握りしめたら血だらけになるじゃないかっ!」
「抑制にちょうどいいんじゃない?」
「イーレに聞いた僕が馬鹿だったよ」
カイルは不貞腐れた。
サイラスの件で西の地を訪れたが、サイラスの師であるイーレにこの件で危機感はないらしい。脳筋の育ての親は、やはり脳筋だった。
おまけに傍聴者の二人は、笑いで悶絶している。
「二人とも、笑ってないで、なんか策を考えてくれ。サイラスの養い子の初社交がかかっているんだから」
「握力が強いのは仕方ないだろう。しかしイーレの弟子に、そんな可愛い一面があるとは思わなかったな。初対面時の俺に対する敵意は凄まじかった」
「あ、気づいてた?」
「気付くだろう?だから、皆で露骨に引き離してたのだろう?」
「だって、ハーレイも喧嘩を売られたら買うだろう?」
「買わないという選択肢があるのか?」
返答にカイルはため息をついた。
「――それが、西の民の性質と、頭の片隅にメモっておくよ。やっぱり引き離して正解じゃないか」
「養い子以前に、女性に対してどうなんだ?モテそうな容貌だが?」
「モテるよ」
「つきあう女性の手も、握って骨折させるのか?」
「それはない」
「すると、杞憂では?」
「興味のない対象だから意識してないだけよ。多分、交際相手の顔も覚えてないわよ?」
イーレの意見に男性陣が愕然とする。
「なんだって?」.
「来る者は拒まず、去る者は追わずをして、最終的に私のところに苦情が多数来るの。困った弟子よ」
「なんで?」
「師匠の私をいつでも最優先にするから誤解が生まれるの。おかげさまでこちらは逆恨みの嵐を受けるのよ」
「イーレの教育が悪かったのでは……」
「女子供に優しくしろ、って間違ってる?」
「間違っては、ないけど……」
「無関心な対象と身内に対する態度のギャップが、ひどいだけよ」
「一筋縄ではいかないことはよくわかったよ」
カイルは早期解決を諦めた。
「そういえば――井戸掘りに問題はない?」
話題の転換をはかったつもりだったが、その質問にイーレとハーレイは顔を見合わせていた。反応が明らかに変だった。
「……何かあったの?」
ハーレイは壁に貼られているカイルが作った地形図を拳で軽く叩いた。
「カイル、撃たれたのはどの辺りだ?」
「この辺りかな?」
カイルは指で示した。
「俺が精霊鷹を保護したのは、この地点だ」
「ああ、その辺りだと思う。なるべく襲撃地点から離れようとしたから」
ハーレイは襲撃地点と落下地点の中間を示した。
「ここで死体を発見した。見つけたのはイーレだ。南の氏族の男で、胸に貫通痕があった」
「……平和じゃない話題だね。精霊鷹と同じ貫通痕?」
「同じだと思う」
「その死体はどうしたの?」
「氏族の村で荼毘にふされた」
「村人の反応は?」
「特に何も」
「――その氏族はもしかして、井戸を断ってきた?」
「よく、わかったな」
「西の民の中でも、保守的かな?」
「そうとも言える」
「矛盾している」
ボソリとカイルがつぶやく。
「村の男が、奇妙な傷跡を残して死んだのに騒がなくて受け入れる――普通は犯人が誰か騒がない?殺されたら黙っていないでしょ?」




