(27)エピローグ
水場を失った氏族に、井戸を与えることは、思いの他、順調だった。カイルの作った地下水脈の地図が正確だったからだ。西の民の視点から言えば、指定された場所を掘れば水が豊かに湧くことは、精霊の奇跡に等しかった。
他の氏族への交渉は、若長ハーレイが行い、メレ・アイフェスとして村に残留したイーレが同行した。
子供姿のイーレが、向けられる様々な質問に堂々と答えることは、彼女が精霊の御使いであることを印象づけた。
おまけに彼女は強かった。
正当性をかけて、代表同士で手合せをすることもあったが、その代表にイーレが名乗りでた。左手が完治した彼女は当然無敵だった。
子供が大人を武力で制圧する姿が、精霊の祝福を受けた者であることを周囲に知らしめた。
「立ち会いなしに手合わせをしたと知られたら、メレ・エトゥールとカイルの逆鱗に触れるのではないか?」
「あら、立ち会いが必要なのは、貴方との手合わせですもの」
「――」
「世の中にはね、抜け道なんて、いくらでもあるのよ」
にやっと笑うイーレは違う意味無敵だった。
確かに彼女は、精霊の祝福を受けているかもしれない。ハーレイは密かにそんなことを思った。
彼女が同行すると、狩りの成果が倍以上違ったりする。また膨大な知識を所持しており、村の問題を見事に解決したりもした。
村の住人は異国の賢者を、不思議なほど好意的な受け入れた。皆、古の賢者の再来と思っているのかもしれない。
イーレは生き生きとしていた。西の地は、彼女の双子の姉が亡くなった可能性がある曰くつきの土地ときいていたが、彼女はそれを気にしているそぶりはなかった。
一度ハーレイはその件について、尋ねたことがある。
この土地はイーレにとって、忌わしい土地ではないのか、と――。
「別に彼女が死んだ土地だろうが、無関係よ」
「関係ないということは、ないだろう」
「私は彼女と直接会ったことはないのよ。だから例えるなら初代エトゥール王並みに、伝聞でしか知らないの」
ハーレイは驚いた。
「血が繋がっているのに?」
「血が繋がっているから、やっかいよね。周りで彼女を知っている人間は同一視するのよ。同じ血が流れていることを理由に、同じ才を求めてくるの。私はそれが嫌いだった」
「まあ、双子では、よく聞く話だな……」
「だからね、私のことしか知らない人に囲まれている『今』の方が好きなのよ。『私』を求めてくれる。幸せを感じるわ」
「それならいいが」
西の地に好意的なイーレに、ハーレイはほっとした。
「無理をしているのかと思って気になっていた」
「無理なんかしてないわよ」
イーレは笑った。
「……そうね。彼女が何を見て、何を感じたのか知りたいと思ったことはあるわ。彼女はこの地をどう思っていたのかしら」
会話の断片から、イーレは死んだ双子の姉と遺恨があるようだった。ハーレイはそれ以降、その話題に触れるのはやめた。
イーレは考えていた。
原体の記憶の欠落は、クローンとして致命的な欠陥だった。過去の十体のクローンの記憶は共有できても、どのクローンも原体の記憶を取り戻すことはできなかったのだ。
原体の記憶さえ、手にいれれば、自分は原体から解放されると思っていた。
だが、占者ナーヤとの出会いが彼女を変えた。一つの疑問が彼女の中で芽生えていた。
――果たしてそれは自分が本当に望むことなのだろうか?
自我が確立されている自分が、原体の記憶を得た時、そこにいるのは「自分」ではなく、まったく別の存在ではないだろうか?
「自分」という存在はどこに行くのだろうか?
――望むものは手に入る。苦痛と絶望と共に――。
占者の言葉が、イーレに疑念を抱かせた。望むものは間違いなく原体の記憶だった。手に入ると予言された。苦痛と絶望と同時に手に入る。苦痛と絶望をしてまで、その記憶は価値があるのだろうか?
その日、ハーレイ達一行は南に向かっていた。ハーレイは途中、見覚えのある場所を通った。
「気をつけろ、四つ目が出た場所だ」
ハーレイは警告を出した。それは精霊鷹を救出した場所だった。
「――」
イーレは違和感を感じ、馬をすすめた。何かある。
「イーレ」
ハーレイはイーレを呼びとめた。
「ハーレイ」
イーレの声がやや堅かった。
「ごめん、やっかいなモノを見つけちゃったかも」
イーレが馬を止めた少し先に何かがあった。
近づいたハーレイはそれが死体であることに気づいた。
馬から降りて確かめる。若い男の死体だった。すでに腐敗が始まっている。だが、衣服の紋様でどこの氏族かは、すぐにわかる。
「ヌア、連中に教えてこい。我々はここで待機する」
世話役のヌアを伝令で走らせる。
イーレも馬から降り、ハーレイに近づいた。
「ちょっと見せてくれる?」
「無理するな」
「大丈夫よ」
イーレは落ちついた様子で死体を検分した。
「……やっかいなことになったわね」
「まったくだ。訪問予定の氏族の若者の死体と遭遇するとは、不吉以外の何物でもない」
「いいえ、そういう意味じゃないの」
イーレは首を振った。
「これは精霊鷹を撃ち抜いたものと、同じ武器の可能性があるわ」
イーレは死体の胸元を指さす。
そこには精霊鷹と同じような貫通痕があった。
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