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セアラの方が強いから

 それは、学園に入学する半年ほど前のことだった。


 まだ仲が良かったセアラとギルバートは、共にエリオット邸の修練場を見学していた。

 騎士見習い数人に稽古をつけるマーウィンに誘われて、セアラとギルバートも手合わせをすることになった。


「セアラのことは俺が守るから」と、ギルバートは言ってくれていて。

 父や兄には及ばずとも、自分よりも強いのだと何の疑問もなく信じていた。


 エリオット家は家長が騎士団長であり、セアラの兄のマーウィンも当時既に騎士。

 騎士家系ゆえにセアラも剣を使えるというのは、ギルバートも知っていた。

 セアラもギルバートが剣を習っているというのを聞いていた。

 だから、誰も何の問題もないと思っていた。


 エリオット家の稽古が一般の剣の稽古を遥かにしのぐものだと……誰も気付いていなかった。



 ――勝負は、一瞬だった。


 大好きなギルバートにいいところを見せようと、セアラは張り切って剣をふるった。

 その速度と動きは、貴族の嗜みとして学んだ程度の剣の腕では、到底追いつけるものではない。

 ギルバートの剣は、あっけなく弾かれて地面に転がった。


 誰もが言葉を失い、カラカラと音を立てて転がる剣を見つめる。

 やがて剣が動きを止めると、ギルバートの水色の瞳が驚愕のまま見開かれていることに気付いた。


 ――何か、言わなければ。


 そう思うのに、上手く口が動かない。

 頭が回らない。

 混乱するセアラに、ギルバートは悲しそうな笑みを向けて言ったのだ。



『――俺よりも、セアラの方が強いから。守るなんて、言えないな』



 あの日から学園に入学するまで、ギルバートはセアラに会うことはなく。

 セアラは、その日を境に剣を手放した。




「……久しぶりに、夢に見ましたね」


 目を開けるや否や、大きなため息がこぼれる。

 何だか冷たいと思ったら枕が涙で濡れているし、今も頬を涙が伝っていた。

 鏡を覗いてみると、瞼が少し腫れている。


 こんな顔ではとても学園に行けないし、行く気にもなれない。

 欠席を決めて再びベッドに転がると、花瓶に飾られた花に目が行く。

 階段から転落したセアラに、ギルバートから贈られた花だ。


 淡い黄色と赤の花束は、セアラの瞳と髪の色と同じ。

 婚約者という立場から義理で贈ったのだとわかっていても、嬉しかった。

 長く楽しめるようにと日陰で吊るしてドライフラワーにしたのだが、今はそれを見ても心が沈んでしまう。


「どうすれば、良かったのでしょうね」

 言っても仕方ないとわかっているのに、呟いてしまう。

 久しぶりに夢を見たから、感傷的になっているのだろう。


「元々、両親の意向で婚約しただけですから。……仮にあのことがなくても、同じだったかもしれませんね」


 王子とも親しい公爵令息と、騎士団長の娘である子爵令嬢。

 本来ならば、婚約の話自体が持ち上がるはずもない取り合わせだ。




 ――あれは六歳の時だった。


 両親が知人だった縁でお茶会に招かれ、セアラとマーウィンも一緒にノーマン公爵邸を訪れた。

 恐らくお茶を飲んでいたのだろうが、子供はすぐに飽きてしまう。

 うろうろと庭を散歩していると、水色のスカートをはいた女の子が犬に追いかけられているところに遭遇した。


 犬は当時のセアラよりも大きくて、口から覗く牙に幼いながらも恐怖を感じたのを憶えている。

 だが女の子が泣いているのを見て、セアラは勇気を振り絞って犬の前に立ちはだかった。


 必死だったので記憶は曖昧だが、駆け付けたマーウィンによると木の棒を持って振り回し、犬を近付けなかったのだという。

 女の子は公爵の親類だったらしく、セアラの行動を気に入った公爵は、息子であるギルバートとの婚約を決めた。


 ……つまりギルバートからすれば、ただのとばっちりの婚約だったのだ。




 本来なら、公爵家の跡継ぎであるギルバートには、相応の身分の御令嬢が嫁いだだろう。

 貴族の結婚は政略的なものも多いが、この婚約には政略的な意味すら存在しない。


「いっそ、政略結婚する間柄なら。その価値があるのなら……ギル様のそばにいられたかもしれませんね」


 たとえ愛情はなくても、他に愛人がいようとも。

 政略的価値があるのなら、少なくとも妻として扱われただろう。

 だが子爵令嬢であるセアラに、それはない。


 両親が気に入ったから。


 ただそれだけの、薄い氷の上に立っているような関係性なのだ。

 だから、あの剣のことがなくても、いずれはギルバートと離れる運命だったのだろう。



「――はい。うじうじするのはここまでです!」


 勢いよくベッドから飛び起きると、寝間着を脱ぎ捨てる。

 子爵家とはいえ騎士家系のエリオット家では、使用人はいても身の回りのことは自分でするのが基本だ。


 簡素なワンピースに着替えると寝間着をたたみ、髪に櫛を通す。

 鮮やかな深紅の髪は悪目立ちする気がして嫌だったけれど、騎士になるのだからもうドレスとの色合いに悩む必要もない。


「……いっそ、短く切ってしまいましょうか」


 邪魔にならないし、それもいいかもしれない。

 ただ、切るとしてもギルバートとの婚約が解消されてからだ。

 今、髪を切ってしまえば妙な憶測をされかねないし、ギルバートにも迷惑がかかる。


「何にしても、まずはギル様の理想の花嫁を見つけないと始まりませんね」


 セアラは髪を無造作に一つに束ねると、朝食を摂るべく部屋を後にした。



ランキング上昇に感謝を込めて、夜も更新です。

ありがとうございますm( _ _ )m


活動報告でギルバートのアバターを公開します。

よろしければ、ご覧ください。


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