理想の花嫁、見つけました
「……は?」
ギルバートは端正な顔を歪めて、首を傾げた。
「だって、酷いです。私、つらかったです。一発殴らないと、気が済みません」
「え? いや……」
目に見えて焦るギルバートに、セアラはゆっくりとうなずいてみせる。
「大丈夫です。顔と急所は避けます。安心してください」
「いや。その条件が、かえって怖いんだが」
少し引いている様子に、セアラは悲しくなって俯く。
「……駄目、ですか?」
少しだけ見上げて尋ねると、ギルバートが何やら呻いた。
「おまえ……そこでそんな顔をするなよ。……わかった。お腹に一発なら――」
「――はい!」
言質を取った瞬間に、セアラの拳がギルバートのお腹に沈む。
ぐふ、という蛙が潰れたような変な声がギルバートから漏れた。
そのまま体を二つ折りにして呻くギルバートの傍らで、セアラは己の拳を掲げてにこりと微笑んだ。
「ああ、ちょっとスッキリしました。ようやく自由になった気がします」
「……剣だけじゃなくて、体術も習っているのか……?」
「はい、少しですが。女性は帯剣していることの方が少ないですから、必要かと思いまして」
「どうりで、いい拳だ……」
「あの。ギルバート様、大丈夫ですか?」
じっと動かないので少し心配になって声をかけると、ギルバートはゆっくりと体を起こした。
「ああ。……スッキリしたか?」
「いえ、まだ足りません。でも、いいんです。婚約解消しないのなら、時間はありますから」
「確かに婚約解消はしないが。まだ、殴る気か?」
ギルバートが少し怯えているが、別にセアラは暴力好きなわけではないので、そんなことは望んでいない。
「今度、手合わせをしてもらえますか? 次は負けません」
「ああ。それなら、かまわない」
ほっとした様子のギルバートに、セアラはにこりと微笑む。
「最近は剣での筋力差に対抗できるように、槍にも手を出しました。リーチがありますし、いいところまでいけるかと」
マーウィンの紹介で扱い始めたが、これが結構性に合っているらしくて、おもしろい。
「既に淑女としてあるまじき剣の腕前なのに、何で更なる武力を求めているんだよ」
「さあ、次はギルバート様の番です。どうぞ、平等に一発殴ってください」
「……おまえ。騎士家系とはいえ、その思考はどうかと思うぞ」
セアラが手を広げて拳を受け入れようとすると、目を丸くしたギルバートはゆっくりと首を振る。
「俺はいいよ。この一年、セアラを殴り続けていたようなものだから。――本当に、ごめん」
「ギルバート様」
「ギルと呼んでくれ」
「はい。ギル様」
ただ名前を呼んだだけなのに、ふわふわと幸せな気持ちが広がっていくのがわかる。
ギルバートの優しい眼差しから、同じ気持ちでいてくれていることが伝わり、更に胸が温かくなった。
「そうだ。ギル様の理想の花嫁像を教えてください。明るくて、学業も優秀で、優しくて、品のある振舞いで、ドレスも似合う……でしたか。――私、頑張ります! 他に何がありますか?」
かなり贅沢な条件だとは思うが、ギルバートが望むのならば必ずそれを叶えたい。
決意を新たにして水色の瞳を見つめると、ギルバートの口元が綻んだ。
「そうだな。……剣が使えて、槍にまで手を出して、俺を一発ぶん殴るくらいの威勢の良さがいいな」
「え? やだ、ギル様。被虐趣味があったんですね。――私、拳を磨きます……!」
セアラが右手を握りしめて掲げると、その上に手を重ねてゆっくりとおろされた。
「違う、馬鹿。セアラなら何でもいいってことだよ。俺の理想の花嫁は、もうとっくの昔に見つけている」
そう言って手を放すと、ギルバートはそのままそっとセアラの頬を撫でた。
「――セアラ、好きだ。俺の花嫁になってくれ」
「……もう、撤回できませんよ。他の人が良くなっても、離れてあげませんからね」
「ああ」
「嫉妬してほしくて他の人にかまうのも、嫌です。私も頑張りますので、ギル様も言葉にしてください」
「ああ」
「……他にはあるか?」
「あとは、ええと……」
水色の瞳にまっすぐに見つめられ、セアラは逃れることができない。
もうずっと昔から、セアラはギルバートに捕らわれているのだ。
「大好きです、ギル様。――あなたのお嫁さんにしてください」
ギルバートはこの上ないほどの優しい笑みを浮かべると、セアラの頬に唇を落とした。
ランキング入りに感謝を込めて、夜も更新です。
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これで本編は完結です。
明日はギルバート視点の番外編(2話)、明後日は愉快な後日談の予定です。
あと少しですが、引き続きよろしくお願いいたします。






