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俺が馬鹿だった

「……はい?」

 大声で叫ばれたが内容が入ってこず、セアラは瞬いた。


「ひとめぼれして、望んで婚約して。今までずっと、セアラだけが好きなんだよ!」

「……はい?」


 どうやら、セアラの耳がおかしくなってしまったらしい。

 まるで愛の告白のように聞こえるのだが、ギルバートは何を言っているのだろう。


「こうなったら、いくらでも言ってやる。――いいか、俺はセアラが」

「――ま、待ってください」

 手のひらを向けて止まれと合図すると、ギルバートは不満そうに眉を顰める。


「何だ?」

「いえ。それでは、まるで私のことを好きだと言っているように聞こえます」

「だから、そう言っている」


「でも、だって。()()()から学園に入るまで一切会ってくれませんでした。学園に入ってからは私のことを避けていましたよね? それに他の女性と親し気でしたし。婚約解消の噂も出ていましたが、特に否定もしませんでしたし」

 セアラの訴えを聞くと、ギルバートはばつが悪そうに少し俯く。



「あれは……ごめん。俺のつまらないプライドと、嫉妬だ」

「はい?」


「学園に入る前にセアラと剣の手合わせをして、俺は負けた。出会った時に助けてもらってから、セアラを守れるようにと剣を習っていたけれど……あっさり負けた」

 当時のことを思い出したのか、ギルバートががっくりと肩を落とす。


「あの頃は毎日のように父と兄と稽古をしていました。未来の公爵として色々学んでいるギルバート様とは、剣にかける時間が違いすぎます」


「――それでも! ……好きな女の子よりも自分が弱くて、守ってあげられないというのはショックだった。情けない姿を見せてしまったから、セアラには嫌われたのだろうと思うと、怖くて会いに行けなかった」


 セアラが嫌われたと思って会いに行けなかったように、ギルバートもまた怖かったのだ。

 嫌いだから会いに来なかったわけではないとわかっただけで、胸の奥のしこりがすっとほぐれていくのがわかった。


「でも、それなら何故、学園でよそよそしかったのですか?」

「あの時から、俺は寝る間を惜しんで剣の稽古を続けていた。対してセアラは剣を手放した。セアラから剣を取り上げる形になったのを申し訳ないと思う一方で、その間にどうにかセアラに追いつき、追い越したかった。そうしないと……不安だったんだ」


 剣を手放したのはセアラの判断なので、気にすることはないと思う。

 だが、最後の言葉がよくわからない。



「不安、というのは何ですか?」

 ギルバートはグラスをもうひとつ出すと水を注ぎ、セアラのぶんをテーブルに置く。

 礼を言って一口飲むと、冷たい水が体に染みわたっていくのがわかった。


「学園で久しぶりにあったセアラは、見違えるほど美しい淑女になっていた。学業も優秀で見目も麗しい。『深紅の薔薇』とまで呼ばれる、素晴らしい女性だ。……情けない俺のことを捨てて、他の男の所へ行ってしまうんじゃないかと不安だった」


 美しいという言葉に、セアラの鼓動が跳ねる。

 ギルバートにそう思ってほしくて、ずっとずっと努力してきたのだ。


「それに、セアラは俺のことを情けないと軽蔑しているんじゃないかと思うと、以前のように親しく話すことができなくなっていた」


 それは、セアラも同じだ。

 粗暴な女だと思われ、嫌われているのではないかと、ビクビクしていた。


「そんな時、たまたまアビントン嬢と一緒にいたら、セアラが少し拗ねるような態度を見せてくれた。……嬉しかった。拗ねるということは、俺のことをまだ嫌ってはいないんだと安心した。もっと嫉妬してほしくて、それで……セアラの前でだけ、他の女性とわざと話すようになったんだ」



『エリオット様、ご存知ですか? ノーマン様が私に話しかけるのは、エリオット様の姿が見えた時だけです』



 アイリーンは、確かにそう言っていた。

 他の女性と親しいと思っていたのに、すべてギルバートの演技だったというのか。

 あまりのことに、開いた口が塞がらない。


「馬鹿なことをしていると……やめるべきだとは思っていた。どうにかそれなりの剣の腕を身につけてからは、マーウィンさんに稽古をつけてもらっていた。マーウィンさん……近衛騎士から一本取れるようになれば、胸を張ってセアラに好意を伝えられる。守ると言える。そう思って、頑張っていた」


「お兄様に? ということは、うちにいらしていたんですか?」

「ああ。セアラは剣を手放してから、修練場には近付かないと言われていたし、実際そうだった。剣の稽古を再開してからは何度か会いそうになったが……」

 確かに、それまでは稽古に見学にと足繁く通っていた修練場だが、あれ以降は一切近付かなかった。


「待ってください。それじゃあ、お兄様は知っていたのですか?」

「俺の好意も目標も知っていたし、何度も苦言を呈された。セアラに対してあんな態度だったのに、エリオット家から何も言わずにいてくれたのも、マーウィンさんが裏で説得してくれたからだ」


「そんな」

 家族はセアラに甘く、ギルバートからの扱いを聞いて憤っていた。

 てっきり婚約解消を望んでいるのかと思っていたのだが……まさか、ギルバートの意向を汲んでとりなしていたとは。


「そんな時に、セアラが階段から落ちて――目覚めたおまえは、俺を気にしなくなった。それどころか、婚約解消しようと言い出し、更には俺に他の女性を薦めようとまでした」

 グラスの水を一口飲むと、ギルバートはため息をつく。



「――ついに嫌われたんだと。馬鹿な真似をしたツケが回って来たんだと、落ち込んだよ。自業自得だと。セアラが望むのなら、解放した方がいいのかもしれないとも考えた。でも、どうしてもそれはできなかった。デリック様達にも散々、正直に言って謝れと諭されたよ」

 そう言って苦笑いを浮かべると、ギルバートは水色の瞳でセアラを見つめた。


「結局、俺はくだらない小さなプライドのせいでセアラにも周囲にも迷惑をかけたし、愛想が尽きたと思う。……でも、やっぱりセアラが好きだ。他の男に渡したくないし、俺のそばにいてほしい。マーウィンさんから一本とれた今、ようやく『セアラを守る』と言えるようになった。勝手なことだと、わかっている。だけど――俺と、婚約してほしい」


「……婚約。もう、しています」

 混乱しながらもどうにかそう返すと、ギルバートは少し焦った様子で頭をかいた。


「え? ああ、いや、そうなんだが」

「……ギルバート様は、私のことが嫌いだったのでは?」

「まさか。初めて会った時から、ずっとセアラが好きだ」


 長い間、聞きたくても聞けなかった質問。

 そこに絶対に返ってこないと思っていた内容の答えが、告げられる。


「では、今までよそよそしかったのも、他の女性と親し気にしていたのも、わざとで。……私のことが嫌いなわけではないんですね?」

「ああ」


 大きくうなずくギルバートを見て、セアラの胸にずっと刺さっていた一番大きな棘が溶けていくのがわかった。



「……よかった」

 その一言を呟いた途端、目に涙が浮かんでくる。


「私、ギルバート様に嫌われたと。もう嫌だから婚約解消したいのだとばかり。……だから、諦めようと思って。ギルバート様に幸せになってほしくて、理想の花嫁を見つけよう、応援しようって」


 言葉を口にすればするほど涙は滲んでいき、ついに堰をきって頬を伝う。

 それを見たギルバートが、そっとセアラの頭を抱き寄せた。


「……ごめん、セアラ。俺が馬鹿だった」

「いいえ。私もきちんとお話をすれば良かったんです。正面から嫌いだと言われるのが怖くて。……ただの弱虫です」

「いや。俺がその話をする機会すら奪っていたんだ。セアラが悪いわけじゃない」


 そのまま何度か頭を撫でられ、涙を拭ったセアラは顔を上げる。

 セアラの顔が映り込むほど、水色の瞳がそばにあった。


「ギルバート様」

「セアラ……」


 ギルバートの手が伸び、セアラの頬に触れる。

 暫し無言で見つめ合うと、セアラは意を決して口を開いた。



「――ちょっと一発、殴ってもいいですか?」






セアラの最後のセリフに、心を込めて(*^_^*)


ランキング入りに感謝を込めて、夜も更新です。

読んでくださる皆様、ありがとうございます。

感想・ブックマークなど、とても励みになっています。

m( _ _ )m


本編は夜の更新分で完結です。

その後にギルバート視点の番外編、それから愉快な後日談の予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ここであっさり許してハピエン、なんてことにならなくて良かったー! さすがにこれは殴るべき!おもいっきりヤっちゃえ!
良かった。セアラが一発殴らなかったら私が殴ってたわ。私なら結婚式まで口きいてやらないし会わない所だよ(笑)本当に悩んだ時間返せだし、かなり厳しいお灸すえないと。
コミカライズでチラ見して興味を持って読みましたが、なんて情けなく酷い男なんでしょう。 呆れました。
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