表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

お幸せに

「ギルが勝ったね」


 デリックの言葉に席から立ち上がり、身を乗り出して会場を覗く。

 遠目ではあるが、ギルバートの頬に赤い筋が入っているように見える。

 怪我をしたのだと気付いた途端、心の奥がざわざわと不安に駆られていくのがわかった。


 二人向き合って礼をすると、ちょうどこちらに顔を向けていたランディーがにこりと微笑み、口を動かすのが見えた。

 声を出しているわけではなさそうだが、何だろう。


 ――オ、シ、ア、ワ、セ、ニ。


「お幸せに?」

 今から婚約がなくなるセアラに対して、何故そんなことを言うのだろう。

 騎士になるのはまだ先の話だし、気が早過ぎはしないか。

 それとも、唇を読み間違えただけだろうか。


「……あの対戦相手、よくわかっているみたいだね。剣の腕もいいし、将来が楽しみだ」

 デリックは納得しているようだが、セアラには何のことだかよくわからない。


 ランディーが背を向けると、反対にギルバートがこちらを向いて何かを探している。

 手を振るデリックに気付いて観覧席を見上げると、一目散に走り出す。

 どこに行ったのだろうと思う間もなく、王族専用の観覧席にギルバートが姿を現した。




「――セアラ! 俺、勝ったぞ!」

 駆け寄ってセアラの手を握ると、ギルバートは笑みを向けてくる。


「はい。おめでとうございます」

 勝利の興奮で笑顔なのだとわかってはいるが、至近距離で微笑まれれば鼓動が跳ねるのは仕方がない。

 これから婚約者ではなくなるというのに、まったく先が思いやられる。


「それよりも、血が」

 先程遠目で見た通り、やはり頬には一筋の傷ができていて、血が滲んでいる。

 それほど深くはないだろうが、早く手当てをした方がいいだろう。

 自身のハンカチを取り出してギルバートの頬に当てると、水色の瞳に驚きの色が浮かんだ。


「――あ。す、すみません。嫌、ですよね」

 傷を見てハンカチを当てたが、よく考えれば嫌いなセアラにされて嬉しいことではない。

 せっかく勝利のおかげで笑みを浮かべてくれていたのに、馬鹿なことをしてしまった。

 慌てて引こうとした手に、ギルバートの手が重ねられる。


「あ、あの……?」

 セアラの手はギルバートの頬に触れ、その上にギルバートの手がある。

 未だかつてない接触に羞恥よりも混乱が勝ち、セアラはどうしたらいいのかわからない。


「勝ったら、話をする約束だ」

「は、はい。どうぞ」


 なるほど、約束を確認したかったのか。

 手を重ねる必要性はない気がするが、とりあえず理由がわかったことで心は少し落ち着いた。

 だが、今度はギルバートの方が何やら困っている。


「あ、いや。ここでは……」

 すると、デリックとパトリシアが笑い出した。



「気にしなくてもいいけれど。まあ、仕方ないな。……パトリシア」

「本当に、世話が焼けますね」

 くすくすと笑ったかと思うと、パトリシアは目を閉じ、そのまま体が傾いでいった。


「――パトリシア、大丈夫かい?」

「血を見て、気分が……」

「大変だ、すぐに休もう」

 急に謎の芝居を始めた二人を、ギルバートが冷ややかに見ている。


「……棒読みだな」

「酷いな。誰のためにやってると思う? ……さて、パトリシアは俺が連れて行く。剣術大会の優勝者はすぐに傷の手当てをしたまえ。表彰式は代理の者を出そう。エリオット子爵令嬢、付き添ってやりなさい」


「え? 私は」

 セアラが何か言おうとする間もなく、デリックとパトリシアが観覧席から出て行く。

 王族の不調ということで、にわかに辺りは慌ただしくなる。


「ノーマン様は、こちらへどうぞ」

 使用人の案内にギルバートはセアラの手を引いて歩き出す。

 急な展開にされるがままになり観覧席を出ると、そのまま学園の建物の奥へと案内された。

 そうして辿り着いたのは、王族専用区画のいつもの部屋だ。




「何の間違いでしょうか、医務室は向こうですよね」

「いえ、殿下の御指示ですので」

 使用人は笑顔でそう言うと、あっという間に扉を閉めて出て行ってしまった。


「何なのでしょうか」

「……お節介なんだよ。昔から」


 想定外の至近距離から声が聞こえ、セアラはギルバートと手を繋いで歩いていたことをようやく思い出す。

 慌てて手を振りほどくと、ギルバートに向き直した。


「それよりも、治療を。血は、止まりましたか?」

 確認しようと頬に手を伸ばすと、ギルバートの肩がぴくりと動く。


「あ、すみません。私に触られたくないですよね。ええと。消毒薬を貰ってきます」

 さっきも同じようなことがあったのに、馬鹿な真似をしてしまった。

 すぐに立ち去ろうとするセアラの手を、ギルバートが握って引き留める。


「もう、血は止まっているから平気だ。それよりも、話をする約束だろう」

「……はい。わかりました」


 ついに、死刑宣告か。

 それなりに長かった婚約期間。

 この一年ほどは色々あったが、概ね楽しくて幸せだった。

 ……だが、もう終わりだ。


 促されるままにソファーに腰かけ、それを受け入れるために小さく深呼吸をする。

 だが、何故かギルバートはセアラの隣に腰を下ろした。

 親密な間柄ならともかく、これから他人になろうというのに、何故だろう。



「俺は、セアラとの婚約を解消しない」

「はい……え?」

 開口一番に婚約解消なり破棄なりするのかと思えば、まさかの言葉が飛び出した。


「な、何故ですか?」

「必要ないからだ」

 きっぱりと告げられ、セアラの脳内はちょっとした混乱状態に陥る。


「え? ああ、もしかして。卒業パーティーや夜会で、どーんと公開婚約破棄の予定ですか? ――わかりました。見事ぎゃふんと言ってごらんにいれます」



ランキング入りに感謝を込めて、夜にも更新予定です。

読んでくださる皆様、ありがとうございます。

感想・ブックマーク・メッセージなど、とても励みになっていますm(_ _)m


もう少しで本編は完結。

その後はギルバート視点の番外編、それから愉快な後日談の予定です。

よろしければお付き合いください。


「竜の番のキノコ姫」同時連載中です。

こちらもどうぞ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「『理想の花嫁を探して幸せにして差し上げます』と言ったら、そっけなかった婚約者が何故か関わってきますが、花嫁斡旋頑張ります」

「花嫁斡旋」
コミカライズ配信サイト・アプリ
コミックブリーゼ「花嫁斡旋」
ニコニコ漫画「花嫁斡旋」
「花嫁斡旋」公式PV
西根羽南のHP「花嫁斡旋」紹介ページ

-

「花嫁斡旋①」
「花嫁斡旋」コミックス①巻公式ページ

キルタイムコミュニケーション 雨宮皐季 西根羽南

小説家になろう 勝手にランキング ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] ぎゃふんと言ってみせます。がもうかわいくてツボです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ