認めるわけにはいかないな
「……あら。それでは、わたくしの時と同じですわ」
「はい。そのようですね」
マージョリーの言葉に、アイリーンが小さくうなずく。
「それはつまり……そういうこと、ですの?」
「はい。そういうことだと思います」
アイリーンをじっと見つめていたマージョリーは、しばらくして深いため息をついた。
「あの。それはどういう意味でしょうか?」
何やら二人は意思が通じたようだが、セアラにはよくわからない。
「ノーマン様は、エリオット様のいるところでだけ、私やコックス様とお話ししているのです。それ以外で話しかけられたことは、ありません」
アイリーンの言葉を聞いて、セアラは衝撃を受けた。
「そんな。……それじゃあ、ギルバート様は……」
「はい。そうです」
アイリーンが深くうなずくのを見て、セアラは自分の考えが正しいのだと思い知る。
「……そんなに、私との婚約をなくしたかったのですね」
「はい?」
マージョリーとアイリーンの声が見事に重なる。
「二人に協力していただいてまで、私の前で親し気に振舞っていたのでしょう? そんなに、私と不仲になりたかったんですね。……もしかして、その場で一気に婚約破棄をするつもりだったのでしょうか」
ギルバートが他の女性と親しくし、セアラがそれに対して強く異を唱えたとしたら。
セアラよりも大切な人がいるのだと、わかりやすく伝えることができるし、セアラの態度次第ではそれを理由に婚約破棄まで持っていけるかもしれない。
――何ということだ。
ギルバートはそれを望んでいたからこそ、セアラの婚約解消の提案を蹴ったわけか。
「公衆の面前で、新しい恋人と共に婚約破棄。……まさか、ギルバート様自らしっかりと筋書きを作っていたなんて。申し訳ないことをしてしまいました」
アイリーンやマージョリーと一緒にいる時に、どんどん絡みに行くべきだったとは。
知らなかったとはいえ、自分の行動が悔やまれる。
「……あなた、何を言っていますの?」
ブツブツと呟くセアラを不審に思ったのか、マージョリーが少しばかり引いている。
「こうなったら、遅ればせながら今からでも――」
「――セアラ」
二人を連れてギルバートの所に行こうと一歩踏み出すと、背後から心地良い声が聞こえる。
振り返ると、ちょうど待機場所に芥子色の髪の少年が入って来るところだった。
剣術大会なので普段の公爵令息としての装いとは違い、ごくシンプルだ。
だからこそギルバートの整った容貌が際立って、一層凛々しく見える。
ギルバートはセアラ達のそばまで来ると、ふと眉を顰めた。
「怪我をしたのか?」
水色の瞳は、アイリーンのハンカチが巻かれた手を映している。
セアラの傷などどうでもいいはずなのに。
こういうところに昔の優しいギルバートの面影が色濃くて、セアラが諦めるのをおしとどめようとするのだ。
「少し切れただけです」
「見せてみろ」
「平気です。問題ありません」
ギルバートが更に何か言おうと口を開いた瞬間、会場からギルバートとセアラを呼ぶ声が響いた。
「次の準決勝。俺とセアラの対戦だ」
なるほど、それを伝えにわざわざここまで来たのか。
それはそうだ。
ギルバートにセアラに会いに来る理由など、ありはしないのだから。
すぐに会場に向かおうとするが、何故かギルバートは動かない。
「無理はするな。棄権しろ」
冷たいその言い草に、セアラはムッとする。
「嫌です。私も、騎士になる将来がかかっていますから」
騎士という貴族令嬢に似つかわしくない言葉に、アイリーンとマージョリーは首を傾げている。
だが、ギルバートは何故か苦虫を噛みつぶしたような顔だ。
「……それが、セアラの望む将来か?」
「はい」
婚約を解消し、ギルバートに自由を。
そして、理想の花嫁を。
ギルバートに幸せになってほしい――それが、セアラの望む将来だ。
「そうか。……だが、認めるわけにはいかないな」
「え?」
何を言われたのかわからず、セアラは首を傾げる。
「約束を憶えているか? 必ず勝つから……話をしよう。――行くぞ」
ギルバートに手を引かれ、待機場所を抜けて試合会場に出る。
剣術大会のさなか、舞踏会にでも来たかのようなエスコートに、セアラだけでなく観客や選手達までもがざわめく。
これから試合なのだから、ギルバートの手を振り払って一人で歩くべきだ。
そうは思うのに、久しぶりに見た穏やかな表情に視線を逸らせない。
「セアラは剣を手放してブランクがあるのを知っている。だが、俺も負けられない事情があるんだ。勝たせてもらうぞ」
そう言って、試合会場の真ん中で手を放される。
まさかの宣戦布告に、セアラの中の騎士家系の血が騒いだ。
「私も、負けません」
すらりと剣を抜くと、互いに構える。
しんと静まった会場の中、試合開始を告げる審判の声が響いた。
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