ご存知ですか
「エリオット様」
むさくるしい待機場所に似つかわしくない可愛らしい声に周囲を見回すと、アイリーンが待機場所の端に姿を見せていた。
それどころか、隣にはマージョリーの姿まである。
選手の婚約者などは待機場所に応援しに来たりするらしいが、この二人に婚約者はいないはずだ。
応援するとすればギルバートだろうが、彼はこの待機場所にはいない。
恐らくそれを知らずに来たのだろうが……だとしてもこの二人が揃っている理由がわからない。
とにかく声をかけられたので近くに行ってみると、アイリーンが驚きの表情でセアラを見つめていた。
「エリオット様が出場するという噂を聞いて、見に来たのですが。まさか本当だったとは」
「淑女が自ら剣を持つなんて、野蛮ですわ」
「その姿も凛々しくて、とてもお似合いです。薔薇の騎士が現れたと、女生徒達がざわめいておりましたよ」
「その上、一撃で勝利するなんて」
「――恰好良かったですよね。コックス様?」
二人で矢継ぎ早に話したかと思えば、アイリーンの一言でマージョリーが口を閉ざす。
「はあ……あの。ギルバート様なら、ここにはいませんよ」
この二人が同時にギルバートの元に行けば揉める気もしたが、そのあたりは自分でどうにかしてもらおう。
だがセアラの指摘を聞いても、二人は特に動こうとしない。
「あの。ですから、ギルバート様は……」
もう一度説明しようとしたその時、審判がセアラの名前を読んだ。
どうやら次の試合が始まるらしい。
ここにギルバートがいないことはわかっただろうし、すぐに立ち去るだろう。
そう思って待機場所を出ると、次の試合に臨む。
初戦よりも屈強な男性が相手だったが、そのぶんスピードは速くはない。
女性相手だと怯んでいるところに一撃を入れ、セアラの勝利を審判が叫んだ。
「……あなた、本当に強いのですね」
マージョリーが呆れと怯えの半々といった顔で出迎えてくれた。
「ええと、ありがとうございます」
淑女としては問題だが、とりあえず今は褒めてくれているはず。
セアラが礼を言うと、マージョリーは何故か不満そうに眉を顰めた。
「エリオット様、手に傷が」
同じく何故か待機場所に残っていたらしいアイリーンが駆け寄ってくる。
絵面は素晴らしいし、男性ならば嬉しいのだろうが、セアラとしては意味がわからない。
更にマージョリーもいるので、ちょっとした麗しのオアシス状態だ。
周囲の選手たちが眉を下げて見ているが、やはりこれはおかしい気がする。
「あの、ギルバート様は別の待機場所ですよ?」
「そんなことよりも、その傷は大丈夫ですか?」
ギルバートが『そんなこと』扱いされていることに少しショックを受けていると、アイリーンが自身のハンカチを取り出してセアラの手を包み込んだ。
アイリーンの言う傷は、先程の試合で相手の剣を押し返す時に擦れたものだ。
勢いが良かったので切れてしまったらしく、手の甲に一筋の赤い線が走っていた。
「少し切れただけです。それよりも、ハンカチが汚れますから」
「いけません。きちんと手当てしないと」
「……何のために、こんなことをしていますの?」
アイリーンとハンカチの押し付け合いをしていると、マージョリーが呆れた様子で問いかけてきた。
確かに貴族令嬢が参加する大会ではないし、今までセアラは淑女たらんと努力してきた。
急な行動の変化に驚くのも無理はない。
「ギルバート様と約束したんです。勝つ、と」
「……ギルバート様のために、こんな危険な目に遭っても頑張っていますの?」
マージョリーの視線はアイリーンのハンカチが巻かれた手に向かっている。
セアラに向けられる感情に、嫌悪の気配は感じられない。
「心配してくださるんですか? 私のことは嫌っているのかと思っていました」
ギルバートに好意を持っているマージョリーからすれば、セアラは邪魔な存在のはずなのに。
こうして待機場所にまで足を運び、何だかんだで心配してくれているなんて。
「さすがは私の見込んだ理想の花嫁候補。麗しく上品な上に優しいなんて、最高です。普段はきつめなところがまた、ギャップがあってたまりません」
心配してくれたことが嬉しいし、見込み通りの女性だったことも嬉しい。
セアラが思わず微笑むと、マージョリーの眉間に皺が寄った。
「……何のことですの? あなたのことは好きではありませんわ。だって、仕方がないでしょう? ギルバート様は」
そこまで言うと、マージョリーは力なくため息をついた。
「ギルバート様は、わたくしのことなんて……眼中にありませんもの」
「ええ? まさか」
確かに、二人きりの様子を見た時には少し冷たい対応だった気もしないでもない。
しかし二人で通じ合っているような感じもあったし、他の女性に比べたら格段に会う回数も関わる回数も多かった。
まだまだこれからだと思っていたのだが、本人にそんなことを言われるのは衝撃だ。
「二人で一緒にいることも多かったですよね?」
「あれは、わたくしが無理矢理。……それを言うならアビントンさんの方が、ギルバート様と笑顔で話をしていましたわ」
その光景は、セアラも見たことがある。
マージョリーがこうまで言うということは、やはりアイリーンがギルバートの本命にして理想の花嫁なのだろうか。
セアラとマージョリーの視線を受けたアイリーンは、驚いた表情でぱちぱちと瞬きをした。
「確かにノーマン様とお話しさせていただいていましたが、あれは……」
アイリーンはそう言うと、朽葉色の瞳でセアラを見つめた。
「エリオット様、ご存知ですか? ノーマン様が私に話しかけるのは、エリオット様の姿が見えた時だけです」
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