話さなければ、何も伝わりませんよ
剣術大会が翌日に迫っているが、ギルバートの理想の花嫁の問題も放置はできない。
アイリーンとマージョリーのどちらを推すべきなのかも定まらないままだし、謎の三人目の正体も不明のまま。
学園の食堂で紅茶を飲みながら、今までの調査結果を元に作戦を練り直そうと思っていたのだが。
……何故か、セアラの隣の席には芥子色の髪の美少年が座っている。
何の偶然か気まぐれか知らないが、どうせすぐに立ち去るだろう。
そう思っていたのに、ギルバートは隣の席で紅茶を飲みながら本を読み続けていた。
しかも時々セアラを見ているのがわかるので、何だか居心地が悪い。
「……あの、ギルバート様。どうかなさったのですか?」
「何がだ」
「わざわざ私と一緒にお茶を飲む必要はないのでは」
「……それより、先日のことは憶えているのか?」
「先日? ……ああ、剣術大会の話ですか? お互いに頑張ってランディー様を打ち負かしましょうね」
拳を掲げて見せると、ギルバートの表情が曇った。
そこでギルバートは剣を振るう乱暴なセアラが嫌いなのだったと、ようやく思い出す。
もう手遅れなのだから気にしても仕方ないとは思うが、やはり胸が締め付けられる。
「憶えていないなら、いい。……婚約者と一緒に過ごすのは普通のことだろう。何が悪い?」
よくわからないが、ギルバートはご機嫌斜めのようだ。
言っていることは、まったくその通りではある。
だがそれをせずに避けていたのは、ギルバートの方ではないか。
一体、どういう風の吹き回しだろう。
「もしかして、アイリーンさんと喧嘩でもしましたか? それとも、マージョリー様でしょうか」
「は?」
ようやく本からこちらに視線を移したギルバートは、不満というよりは単純に理解できないという表情でセアラを見つめている。
「焼きもちを焼いてほしいのだとしたら、この対応は良くないと思います。きちんと直接お話をした方がいいのでは。言わなければ、何も伝わりませんよ? 誤解されて失ってからでは、遅いですから」
セアラの隣でお茶を飲むというのは、つまり嫉妬をしてもらいたいのだろう。
一応は正式に婚約者であるセアラと過ごしているのを見れば、アイリーンもマージョリーも面白くないと思ってくれるかもしれない。
だが、そんな遠回しなことをしても伝わらないし、それどころか事態が悪化することだってある。
ギルバートにはそのあたりを踏まえて、上手く立ち回ってもらわなければ困るのだ。
セアラの指摘にぽかんと口を開いていたギルバートは、やがて口元を手で覆い、何やら思案し始めた。
「それは……でも、そうか。……うん。そうだな。――俺は、馬鹿だな」
ブツブツと呟くと、ギルバートはがっくりとうなだれた。
「え? あの、そんなに落ち込まなくても。きちんとお話しすれば、きっとわかってもらえますよ」
「――セアラ」
呼ぶが早いか、ギルバートはセアラの手を包み込むようにぎゅっと握りしめる。
予想外の事態にどうしていいかわからずにギルバートを見ると、水色の瞳と目が合った。
「明日の大会は、必ず勝つ。だから……その後、話をしよう」
なるほど。
そこで、ついに婚約解消……いや、婚約破棄か。
「……はい」
覚悟していたはずなのに、胸の奥がちくりと痛んだ。
そして迎えた、剣術大会当日。
会場は学園内にある闘技場だ。
昔は庭の一角で開催していたらしいが、段々と規模が大きくなるにつれて注目度も増している。
それに合わせて、十年ほど前に建てられたものらしい。
普段は解放されて剣の練習に使われたり、舞台を設置して観劇にも使われる。
今日は満員の観客の中、本来の目的である剣の腕を競う催しが開かれていた。
参加者は百人ほどで、ほとんどが男性。
刃を潰した剣を用いるとはいえ要は金属の棒なのだから、当然、負傷者も出る。
続々と勝者が決まる傍らで医務室に運ばれる参加者を見て、セアラはため息をついた。
「毎年、こんな感じなのでしょうか」
セアラは学園に入ってから淑女たらんと努力していたので、剣術大会はろくに見学すらしていない。
なので基準がわからないが、それにしてもこの調子では医務室は大盛況だろう。
ランディーとギルバートは既に初戦を終え、どちらも順当に勝ち上がっている。
セアラも集中しなければ。
参加者の人数が多いために、いくつかのブロックに別れているので、彼らと戦うとすれば決勝近くまで勝ち上がった時だけ。
待機場所も離れているので、顔を見ずに済むのはありがたかった。
「次の選手は中央へ!」
高らかに響くその声に、セアラは深呼吸をすると足を踏み出す。
観客席から姿が見えるところまで出ると、ざわざわとどよめきが起こるのがわかった。
それはそうだ。
セアラが騎士団長の娘だということは知られていても、剣を扱うことを知る者はほとんどいない。
学園では淑女として振舞っていたのだから、さぞ驚くことだろう。
「……何の冗談だ? 『深紅の薔薇』と呼ばれる御令嬢が来るところじゃないぞ」
対戦相手はブツブツと文句を言って、審判に注意されている。
だが、その審判もセアラを見る目は不信感が隠せていない。
何にしても、まずは一勝しなければ。
セアラは剣を構えると、対戦相手を見て、静かに微笑んだ。
「――そ、そこまで!」
剣が転がる金属音と、審判の声がしんと静まった会場に響く。
弾き飛ばされた剣を呆然と見ている対戦相手に礼をすると、セアラはそのまま背を向けた。
今回はセアラを侮っている相手だから良かったが、次からはこうはいかないだろう。
何せ、選手の中には騎士見習いも多い。
筋力差もある以上、刃を交えて力勝負になれば負けてしまうので、先手必勝だ。
しっかりと気合を入れなければ。
セアラは息を吐くと、観客と同じようにざわめいている選手の待機場所に戻った。
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