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都合のいい夢

「セアラ、セアラ」


 ゆらゆらと体をゆすられて、セアラはゆっくりと目を開ける。

 赤茶色の瞳と暗紅色の髪が視界に入り、どうやらこれは兄のマーウィンらしいとぼんやりと理解した。


「おにい、さま」


 普通に呼んだはずなのに、何故か上手くろれつが回らない。

 不思議に思いつつ顔を上げると、ぐらりと目が回った。

 マーウィンが支えてくれたので倒れはしなかったが、一体何なのだろう。

 眩暈が収まって顔を上げると、そこには信じられない光景があった。


「……おにい、さまが。ふたり、います」

 目の前にマーウィンが二人立っている。

 見分けがつかないほどそっくりなのだが、どういうことだろう。


「もしや、かくされた、ふたごのきょうだい……」

 どちらがセアラの知っているマーウィンなのか見極めようと、頭に手を伸ばす。

 だが、髪を触ろうにも上手く腕が持ち上がらなかった。


 マーウィンの眉が二人同時に顰められる。

 さすがは双子、息がピッタリだ。

 それにしても体がふわふわするのに、何だかだるい。



「やはり酒だ。それも、かなり強い。恐らく果実水と間違って飲んだんだ」

「それで急に倒れて眠ってしまったんですね」

「大丈夫か、セアラ」

 マーウィンと少年の会話をぼんやり聞いていると、最後に聞き逃せない声が耳に届く。


「……ぎる、ばーと、さま?」

 マーウィンにもたれながら椅子に座ると、目の前に声の主が現れた。


「セアラ。俺がわかるか」

 目の前にいるのは、芥子色の髪に水色の瞳の少年の心配そうな顔が……二つ。


「はい。ぎるばーとさまも、ふたごだったの、ですね」

「は?」

 ギルバート達もまた、二人同時に眉を顰める。

 双子というものは本当に凄いとセアラは感心した。


「あれ。でも。ぎる、ばーとさまなら、うちにきません。……さては、ゆめですね」

「何故そう思う」

「だって」

 だって、ギルバートはセアラのことが嫌いだ。

 剣を振るう乱暴な姿を見せたこの場所に、来るとは思えない。


「先日来たばかりだろう。今日も、話をしたくて来た」

「せんじつ」

 そう言えば来たような、来なかったような。

 何だか頭がふわふわして、よく思い出せない。



「まあ、いいです。ゆめでも、あえて、うれしい」

 心のままに口元が綻ぶと、ギルバート二人が同時に頬を赤く染めた。


「ゆめって、いいですねえ。ぎる、ばーとさまの、わらったかお……すきでした」

 ()()()までは、たくさんの笑顔を向けてくれた。

 他愛のない話をして、一緒に散歩をして、お菓子を食べて……もう二度と戻れない、幸せな記憶だ。


「何故、泣くんだ」

「え?」


 双子に指摘されて重い手を頬に当てると、濡れている。

 どうやら、いつの間にか涙を流していたらしい。

 あの時に散々泣いて、もう枯れたかと思ったのに。

 不思議な感覚だったが、少し心地良かった。


「だって、もう、おわかれです」

「どういう意味だ」

「ぎる、ばーとさまとは、おわかれれす。こんやく、なくなりましゅ」

 段々とろれつが怪しくなる中で懸命に話すのだが、三人に増えたギルバートが表情を曇らせる。


「なくならない。俺の婚約者はセアラだ」

「……うそつき」

 その言葉に、セアラはゆっくりと微笑む。


 これが本物のギルバートの台詞だったら、どんなに嬉しいだろう。

 だが実際にはセアラは婚約破棄される寸前であり、それまでの間は婚約者のままというだけだ。

 三人のギルバートは今度は一斉に目を見開いている。



「……ギルバート様。セアラはそろそろ限界です。あなたの気持ちもわからないでもありませんが、意地を張っている場合ではないでしょう」

「その割には手加減しないな」


「それとこれとは別ですので。これでも騎士団長の息子で近衛騎士です。一介の公爵令息にやすやすと一本取られるわけにはいきません。……まあ、最近はだいぶ怪しいですが」

「あの時、決めたんだ。……強くなるまでは――」


「マーウィン様、いいではありませんか。意地を張っている間に、セアラ様はいただきます」

「ふざけるな」



 ……何だろう。

 三人のギルバートと二人のマーウィンと少年がひとり、何かを話している。

 早口なので聞き取れないが、何だか揉めているようだ。

 それにしても三人のギルバートはそっくりで、まったく区別がつかない。


「……みつご。どれが、ぎる、ばーとさま、れすか?」

 マーウィンに支えられながらどうにか手を伸ばして右のギルバートを触ろうとするが、空を切る。

 どうやら、回避能力に長けた人物らしい。

 同じく左のギルバートにも手を伸ばすが、あっさりかわされた。


「みぎばーと、さまと、ひだりばーとしゃま、は。すばやいれす」

「何だ右バートと左バートって。俺は、ここだ」

 真ん中バートがセアラの右手を握りしめ、じっと見つめる。

 水色の瞳が間近に見られて、セアラは嬉しくなった。


「ゆめ、にゃのに。よくできて、ましゅね」

 左手を伸ばして、芥子色の髪に触れる。

 真ん中バートは逃げなかったので、その感触が手に伝わってきた。


「かみ、きもちいい、れす。このいろ、だいしゅき」

 芥子色の髪を何度も撫でるが、真ん中バートは動かない。

 本物なら触らせてくれないどころか、ここまで近づかないし、笑顔も見ることはできない。

 さすがは夢だけあって、セアラに優しいつくりのようだ。


 名残惜しいけれど、いつまでも夢に浸っているわけにはいかない。

 こんな風にセアラだけを見てくれるギルバートは、もういないのだ。

 力が抜けてきた腕を戻すと、閉じていく視界の中でギルバートの姿を焼き付けた。


「しゃよ、なら、ぎる……ばーと、しゃま。どうか、おしあわしぇに」

 どうにか伝えたい言葉を口にすると、セアラはそのままゆっくりと目を閉じた。




「……頭が、痛いです」


 ベッドの中で目を覚ますと、頭がガンガンと痛む。

 ついでに何だか気持ち悪い。

 何故こんなことになっているのだろうと不思議に思いつつ、どうにか体を起こすとテーブルの上の水を飲んだ。


「おはようセアラ。気分はどうだい?」

 ノックと共に姿を現したマーウィンは、手にしたグラスをテーブルに置くとセアラを顔を覗き込んだ。


「……うん。まあまあ酷いな。今日は学園を休んだ方がいい。それから、これを飲んで」

 そう言って指差したのは、マーウィンが持参したグラスだ。

 中には限りなく黒に近い緑色の液体が入っていて、何かを潰しきれなかったらしい粒がたくさん浮いていた。


「これ、何ですか?」

「二日酔いには、これが一番だよ。……昨日、修練場で果実水と間違えて酒を飲んだの、憶えているかい?」

「昨日……」



 昨日は確かに修練場で稽古をしていた。

 ちょうどランディーがいたので相手をしてもらおうと思い、果実水を飲んでから――気が付いたらベッドの中だった。


「何も憶えていない?」

「はい。果実水を飲んだところで記憶が途切れています」


 まさか酒があんなところにあるなんて誰が思うだろう。

 酒を飲まないセアラが、そのまま眠ってしまったとしてもおかしくはない。

 となると、寝顔をランディーに見られたのだろうか。

 自業自得とはいえ、少し恥ずかしい。


「でも、何となくいい夢を見た気がします」

「そうか」


 どう見ても美味しくなさそうではあるが、意を決してグラスの中身を一気飲みする。

 令嬢としては絶対にありえない行動だが、どうせ騎士になる身なので気にする必要もない。

 ねっとりと喉を通っていく苦い汁をどうにか飲み干したセアラは、口直しに更に水を一気に飲んだ。


「……もう少し、寝ます」

「ああ、それがいい」

 セアラがベッドに潜り込むと、マーウィンが毛布を掛けてくれた。



「……セアラ。ギルバート様のことだが」

「はい?」

 頭が痛くてお腹が水分で一杯なので、消化の悪そうな話は今度にしてくれないだろうか。

 だが、マーウィンは明らかに顔を顰めるセアラを見ても、その場から動かない。


「婚約は解消するのか?」

「どちらかというと、破棄されそうです」

 セアラの返答を聞くと、マーウィンは大きなため息をついた。


「俺も家族も皆、セアラの味方だ。おまえが望むのなら、婚約解消に向けて力を尽くそう。……でも、本当にいいのか? 一度、しっかりと二人で話した方がいい。それからでも、遅くないぞ」

 そう言ってセアラの頭を撫でると、マーウィンは部屋を出て行った。



「……どうしたのでしょう」

 セアラに甘い家族は、ギルバートの学園での対応に怒って一時は婚約解消を勧めてきた。

 それを、セアラが止めていたのだ。

 どちらかと言えば、喜んでくれそうなものなのに。


「やはり、婚約破棄だと家として不利益なのでしょうか」

 だとしても、ギルバートが望むのならどうしようもないし、セアラとしてはすべて受け入れるつもりだ。

 話をしろというのは、きっと婚約破棄ではなく婚約解消で済ませろという意味なのだろう。


「すみません、お兄様。それでも私は、ギルバート様の望むようにして差し上げたいのです」

 もうそれくらいしか関わることはないのだから、最後くらいは頑張りたい。


 ――大好きな人に捨てられ、大好きな人の花嫁を探し、二人の幸せを遠くから祈る。

 自分の選んだ道なのだから、逃げるわけにはいかない。


「明日から、また忙しくなります。だから……今日は、休みましょう」

 セアラは小さく息を吐くと、そのまま目を閉じた。



ランキング入りに感謝を込めて、夜も更新します。

感想・ブックマーク等ありがとうございます。

とても励みになっています。


「竜の番のキノコ姫」同時連載中です。

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