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ギルバートの幸せ

「だから、何でそうなるのかなあ」

 デリックは今日もお腹を抱えて大笑いしている。

 最近、頻回に呼び出されている気がするが、もしかしてセアラの話で笑うためなのだろうか。


 パトリシアがいない状態でセアラを王族専用区画の部屋に招くというのは、一見するとあらぬ誤解を招きかねない。

 だが今まで散々招かれているのを周囲も知っているので、もはや招待なしで乗り込んでも問題なく入れるような状態だ。

 警備上どうかとは思うが、それだけ未来の国王夫妻に信頼されているというのは嬉しい。


「負けたくないという矜持もあるようですが。やはり、どうせならば自ら私を捨てたいようです。それだけ嫌われているのでしょう。騎士になるにはギル様が勝った方が都合がいいですし、私も共にランディー様を打ち負かそうと思います」


「何だろうね。食い違っているのに、協力体制になるんだ」

 ひとしきり笑ったデリックは紅茶を一口飲むと、大きく息を吐いた。



「ねえ、セアラ。一度、しっかりと話し合ったらどう?」

「何をですか?」

 恐らくはギルバートのことなのだろうが、一体何を話せと言うのだろう。


「ギルは、セアラと婚約解消しないって言っているんだろう? 何故だと思う?」

「……婚約破棄したいから、でしょうか」

 セアラとしては真面目に答えたのだが、デリックは再び笑った。


「どうしてそう思うの? 昔はあんなに仲が良かったじゃない」


 そう。

 昔は仲が良かった。

 暇があれば会いに来てくれたし、花を贈ってくれたり……何よりも、笑顔を向けてくれた。

 ――()()()までは。



 あの日、あの事件の後。

 セアラはギルバートに嫌われたのだとショックを受けて、暫く部屋に引きこもった。


 それまで毎日稽古をしていた剣にも触れなくなって閉じこもるセアラに、家族は心配ないと慰めてくれた。

 だが、それから学園に入学するまでの半年、ギルバートはセアラに会いに来ることはなかった。


 剣を捨て、ギルバートに相応しい女性になろうとレッスンに明け暮れていたセアラは、不安に思いつつも自分から会いに行く勇気が出なかった。


 それでも学園に行けば会うことができる。

 淑女としての振舞いを身につけたセアラを見れば、少しは見直してくれるかもしれない。

 そんな淡い期待も、学園が始まって儚く消え去った。


 決して虐げられたわけではない。

 暴言や暴力はもちろんないし、夜会のパートナーなどの最低限の役割はきちんとこなす。

 話しかけて無視されるようなこともない。

 ……だが、それだけだ。


 以前のように笑顔で会いに来てくれることも、手を繋いで散歩することも、他愛のない話に花を咲かせることもない。

 ギルバートのセアラに対する態度は、よそよそしいという言葉を絵に描いたようなものだった。


 それでも好きで、諦められなくて。

 どうにかギルバートに振り向いてもらおうと努力したが――階段から転落して、ようやく悟った。

 身を引くのが、ギルバートのためなのだと。



「昔……ですね。今は私のことが邪魔なのだと思います。学園でもよそよそしいですし。他の女性と親し気ですし。婚約を後悔しているのでしょう。……元々、おかしな話だったんです」

「というと?」

 セアラは少しぬるくなった紅茶を口にすると、小さなため息をこぼした。


「六歳の時にノーマン公爵家のお茶会で、犬に襲われていた公爵の親類の女の子を助けました。それを気に入った公爵が、息子であるギル様と私の婚約を決めたのです。ギル様からすれば、とんだとばっちりです」


 セアラはまだ幼かったので、そのあたりの事情をしっかりと理解していなかった。

 芥子色の髪に水色の瞳の美しい少年に引き合わされ、婚約者なのだと言われて嬉しかったのを憶えている。

 ギルバートにとってこの婚約が不本意なものだなんて、知る由もなかった。


「ギル様は今まで、ずっと我慢していたのだと思います。でも、さすがに耐えかねたのでしょう」

「それで、婚約解消? セアラはそれでいいの?」


 心配そうにセアラを見つめる瞳は優しい。

 未来の国王は、セアラのことを妹のように見守ってくれている。

 だから、セアラもこうして家族にもなかなか言えないことを、つい話してしまうのだ。


「いいも何も。嫌われているのに縋りついて、何になるのでしょうか。私は、ギル様に幸せになってほしいのです」


「……好きなんだろう?」

 ずばり胸に突き刺さる言葉に、セアラは唇を噛みしめる。


「――ええ、好きでした。芥子色の髪も、水色の瞳も、優しかったところも、ちょっと意地っ張りなところも。……私に向けてくれた笑顔も」

 ほんの一年ほど前のことなのに、もう遠い過去のような気がする。

 だがギルバートは好きな人がいて、今のセアラはただの邪魔者なのだ。


「……もう、先に進まないと。ギル様を解放してあげないといけません」

 始まりは偶然のとばっちり婚約だ。

 いつまでもそれに縋って、ギルバートを苦しめるようなことはしたくない。

 デリックは困ったような笑顔を浮かべるとソファーから立ち上がり、窓の外を眺める。



「ねえ、セアラ。俺とギルバートは幼馴染だ。彼の幸せは、俺の幸せでもある」

「はい」


「でもセアラ。それは君も同じだよ。俺は、君にも幸せになってほしい」

「ありがとうございます」

 デリックは窓に背を向けると、セアラに優しい眼差しを向ける。


「本人同士じゃないと、結局は正しく伝わらないからね。多くは言わない。……でもね、セアラ。ギルは君のことを大切に思っているよ」

「まさか」

 慰めなのだとしても、とても信じられない。


「確かに、あいつはとんだところで子供で、馬鹿だ。学園でのセアラへの態度は、愚かとしか言いようがない。……でも、セアラの知らないこともあるんだよ?」

「知らないこと?」


「そう。君達の婚約の話がどうして出たのか……あいつに聞いてみてごらん?」



読んでくださる皆様、ありがとうございます。

とても励みになっています。

ランキング入りに感謝を込めて、今夜も更新できるよう準備中です。


「竜の番のキノコ姫」同時連載中です。


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