利害の一致で共闘します
「これはノーマン様。こうしてご挨拶をするのは初めてですね。ランディー・マレットと申します」
セアラの手を放すと、ランディーはギルバートに礼をする。
早足でそばにやってきたギルバートは、そのままセアラとランディーの間に立った。
「俺の婚約者に、気安く触れないでもらおう」
「……その割には、セアラ様を蔑ろにしてきたのではありませんか?」
硬い声のギルバートに怯む様子もなく、ランディーが口元に笑みを浮かべる。
まっすぐな剣術馬鹿というイメージだったが、どうやら貴族らしく嫌味を言うことでもできたようだ。
「それは」
ギルバートが言葉に詰まるのも無理はない。
ランディーの言う通り、学園でのセアラの扱いはどう見ても親密な婚約者とは言えないものだった。
ほとんど顔を合わせない上に、偶然会ってもそっけない。
焦ったセアラが何度もギルバートの元に出向いたが、それでもよそよそしい態度は変わらず。
最近では他の女性と親し気に笑みを交わす姿を頻繁に見かけていた。
決して虐げられたり、暴言を吐かれたりはしていない。
だからこそ諦めきれなかったのだ。
いっそ『嫌いだ』と言ってくれれば、気持ちの整理がつくものを。
「婚約解消の噂も出ているようですが。……婚約がなくなるのなら、私にもチャンスがありますよね」
「――馬鹿を言うな!」
激昂したと言っていいギルバートの様子に、セアラは困惑を隠せない。
一体、ギルバートは何に怒っているのだろう。
まるでセアラを手放したくないかのように聞こえるが、それはありえない。
ギルバートは意味もなく大声を出して威圧するような人ではないのだから、何か他の理由があるはずだ。
となると、セアラと離れるのは構わないが、奪われたような形になるのは気に入らないのだろうか。
もしそうだとすれば勝手な話だが、どちらにしてもランディーとどうこうなるつもりはない。
「では、剣術大会で決めるというのはいかがですか? ノーマン様が勝てば、私は引きます。私が勝てば、セアラ様に婚約を申し入れます」
「何?」
「ええ? 婚約って、何ですか?」
じろりと睨みつけるギルバートを気にする様子もないランディーは、にこりとセアラに微笑んだ。
「先程もお伝えしましたよね? 私は本気です」
「――駄目だ!」
「では、私に勝てばよろしい」
その挑むような眼差しに、ギルバートのこめかみがぴくりと動いた。
「……ああ、わかった。そのかわり、俺が勝ったらセアラに近付くな」
「わかりました」
互いに納得した雰囲気に一瞬セアラもうなずきかけるが、正気に戻ると慌ててギルバートの袖を掴む。
「ま、待ってください、ギルバート様。ランディー様は長年騎士団の見習いとして鍛錬していて、将来を有望視されている方ですよ?」
マーウィンに気に入られて何度もエリオット邸に来ている時点で、間違いなく強い。
ギルバートの剣の腕前はあの時しか見たことはないが、大丈夫なのだろうか。
引かれた袖を見るように振り返ったギルバートの表情は硬く、セアラは思わず手を放す。
「――もちろんだ。必ず勝つから、安心しろ」
まるで諭すような優しい声にうなずきそうになるが、よく考えるとおかしい。
勝つと婚約解消せずにそのままの状態で、ランディーがセアラに近付かなくなるだけだ。
正直、ギルバートに何の利点もない。
「……必ず勝つ、のですか?」
すると、ギルバートの眉間に一気に皺が寄る。
「……俺が負けると言いたいのか」
「そうではありません。勝つ利点が、ギルバート様にはありませんよね?」
「ふざけるな。俺は、負けない」
拳を握りしめるギルバートを見て、セアラはようやく気付いた。
これはセアラ云々ではなくて、『負ける』というのが嫌なのだろう。
最近は接することも少なくて忘れかけていたが、ギルバートは負けず嫌いの意地っ張りなのだった。
「わかりました。そういうことでしたら、私もお手伝いいたします」
「手伝い?」
「私も剣術大会に出場しますので、共にランディー様を打ち負かしましょう!」
正直に言えばランディーと手合わせした経験からして、勝つのは難しいだろう。
だが他ならぬギルバートが負けたくないというのだから、セアラのできる限りのことをしてあげたい。
余計なことをと怒られるかと思いきや、ギルバートはぽかんと口を開けている。
かと思うと、みるみるうちに表情が明るくなってきた。
「セ、セアラ。それじゃあ、わかってくれたのか」
「はい」
セアラがうなずくと、ギルバートの口元が綻ぶ。
そういえば、こんな風に穏やかな顔を見るのも久しぶりのような気がする。
「わかっています。負けたからと他人に渡すような形ではなく、勝った上で自ら私を捨てたいのですよね。――了解しました」
「……は?」
口元は綻んだまま、ギルバートの動きが止まる。
「私も、騎士になるためには婚約をしている場合ではありません。本気でいきますよ、ランディー様」
「え? ええ?」
ランディーが妙な声を出しているが、セアラの心はもう決まった。
「ランディー様に見事勝利を収め。ギルバート様に婚約破棄され。私は立派な騎士になります! ――それでは、ごきげんよう!」
セアラは勢い良く礼をすると、そのまま颯爽と修練場を走り抜けた。
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