私にしませんか
「だから、何でそうなるかなあ!」
デリックはお腹を抱えて笑っているし、目には涙すら浮かんでいる。
いつものようにデリックとパトリシアに呼び出されたセアラは、ギルバートとの話を報告したのだが。
……結果、第一王子が体を二つ折りにして笑い続けていた。
「ですが、婚約を解消しないと言われたのです。つまりは、婚約破棄の方を選択するということですよね?」
デリックの背中をさするパトリシアに訴えるが、何やら苦笑されてしまう。
「せっかくこちらは円満な婚約解消に加えて、理想の花嫁まで見つけようとしているのですが。婚約破棄したいというのは、それだけ私のことが嫌いなのでしょうね」
「もう、呆れるしかありませんね。セアラは騎士でいい気がしてきました。……そういえば、剣術大会には出るのですか?」
パトリシアが言う剣術大会とは、学園の行事のひとつであり、文字通り学生達が剣の腕前を競うものである。
男女自由参加とはいえ、九割の参加者は男性。
将来騎士を目指す者はここで名を上げることが必須とも言われる、盛大な大会だ。
昨年までのセアラは淑女たらんとしていたので、見学すらろくにしていなかったが、今年は事情が異なる。
「そうですね。ギル様のことばかり考えているわけにもいきません。この大会で好成績を収めるのが、騎士団への近道。当然、参加します」
「騎士団はともかく、出るのならば応援しますよ。でも、半年も剣の稽古をしていなかったのでしょう? 大丈夫ですか?」
ようやく体を起こしたデリックから手を放すと、パトリシアはティーカップに手を伸ばす。
ひとつひとつの仕草が上品で洗練されている。
いつかはこうなりたいと思って見ていたのが、今はもう遠い昔のことのようだ。
「確かに以前ほどは動けませんが、仕方がありません」
「無理はいけませんよ」
向けられた眼差しは優しく、セアラが男性ならば惚れること間違いなしだ。
「ありがとうございます。パトリシア様、デリック様。優勝は難しいでしょうが、入賞目指して頑張ります」
小さく拳を掲げるセアラを見て、パトリシアが首を傾げる。
「入賞……というのは、一体どのくらいの?」
「およそ百人の中で、上位八人だよ。九割が男性だし、そのほとんどが剣術を習っているし、騎士団見習いもかなりの数がいる」
デリックの説明に眉を顰めたパトリシアが、恐る恐るという様子でセアラを見た。
「セアラ? その、入賞というのは……頑張る、という意味ですよね?」
「はい、頑張ります。ずっと稽古を続けていれば、優勝を狙ったかもしれませんが……恥ずかしながら、現実を見れば入賞がいいところかなと思います」
少し照れながらそう言うと、パトリシアの眉間の皺が一層深くなった。
「……デリック様?」
「まあ、見ればわかるよ。……当日、俺とパトリシアは観覧席にいるからね。顔を出してくれると嬉しいな」
「はい。良い結果をお伝えできるよう、頑張ります!」
ギルバートと共に未来の国王夫妻に仕えることは、もう叶わない。
だが騎士としてならば、二人に報いることができる。
これからは、それを目標に生きて行こう。
何故か苦笑いを浮かべる二人の前で、セアラは決意を新たに拳を掲げた。
「セアラ様も剣術大会に出場するのですか?」
いつものように稽古をするセアラに付き合っていたランディーが、ふとそう訊ねてきた。
「はい」
剣を置くと、用意されていた水を一口飲む。
柑橘の果汁が入った水は、爽やかな香りが鼻に抜けて心地良い。
昔から稽古の時にはこの果実水を飲むのが習慣になっていた。
「騎士を目指すとも聞きましたが。……本当に、ギルバート・ノーマン公爵令息とは別れるということでしょうか」
「別れるといいますか……婚約がなくなるというだけですね」
別れるも何も、セアラとギルバートとの間には婚約者という形があるだけで、それ以上のものは何もない。
「――では、私はどうですか?」
「はい?」
何を言われたのか聞こえず顔を向けると、ランディーの緑色の瞳にセアラが映った。
「ノーマン様と別れるのならば、私にしませんか?」
今度はしっかりと聞き取れたが、とても正気とは思えない内容だ。
「冗談はやめてください。それとも、慰めてくれているつもりですか?」
「本気です」
間髪入れずにそう答えると、ランディーは手にしていた剣を置いた。
「あなたの振るう剣を見た日から、ずっと忘れられませんでした。婚約者がいるのだと自分に言い聞かせていました。それがなくなるというのなら、俺のことを見てほしいです」
「そんなの、急に言われても」
「……では、剣術大会で優勝したら。少しは考えてくれますか?」
ランディーはセアラの手を取ると、恭しくその甲に唇を落とす。
先日と違って、今度は本当にセアラの肌に柔らかい感触が伝わった。
「約束、ですよ」
にこりと微笑まれたセアラは、混乱したまま目を瞬かせる。
「――俺の婚約者に、何をしている」
鋭い声にびくりと肩を震わせると、修練場の入り口には芥子色の髪の美少年……ギルバートの姿があった。
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