96話 エルフの里防衛戦⑦
話し合いも終わってちょっと一息。
朝から砦に買い物に出てきて、そのまま戦争に突入である。魔力も一度使いきったし、こうやって座っていると疲労がどっと押し寄せてくる。
特にサティなどずっと弓を撃ちっぱなしだ。大丈夫と本人は言うものの、疲れてないわけがない。
できればもう布団にでも寝転がってのんびりしたいところだ。ついでに嫁といちゃつければもっといい。昨日はアンとはやってないし、しばらくご無沙汰だ。旅の間はわりと禁欲的な生活をしていて、やっと家も作って落ち着けると思った矢先のこの騒ぎである。
新居に帰ったらアンにはたっぷり相手をしてもらおう。絶対にだ。
「姫様! 敵の総攻撃ですっ。西門が!」
エルフの伝令が部屋に報告に駆け込んできた。そのためには、まずはここを乗りきらねばならない。
「救援にゆくぞ!」
リリ様のフライで西門方面へと飛ぶと、ちょっとやばいことになっていた。西門を中心にハーピーの集団が城壁に攻撃を加えてきている。
西門からかなり離れた城壁の上に降り立つ。すぐさま弓を取り出し、こちらを発見し襲ってきたハーピーの一団を迎撃する。
西門を中心に雷鳴や、炎がきらめく。エルフの魔法による激しい反撃が行われ、今のところはハーピーを寄せ付けてはいないが、敵は城壁全域に渡って攻勢をかけてきている。防御の手が薄い、俺たちのいる方へも大量のハーピーが流れてきた。ハーピーに当たるからだろうか。幸いにも矢は飛んできていない。
「わたしがやるわ! 風よ、風よ! 来たれ、我の元へ!」
エリーが詠唱を開始した。風の範囲魔法を撃つ気だ。
「全力でやるわよ」
詠唱しながらエリーがそう告げる。
エルフたちも反撃はしているが、多すぎる敵の数に追い込まれつつある。大規模な範囲攻撃で一気に形勢逆転をはかるという判断は悪くない。全力でやるというからには、魔力を使い切る気かもしれないが、俺とアンから補充はできるのだ。
巨大な魔力の集中を感知したのか、ハーピーの集団がこちらへと向かってくる。
弓で素早く動く敵を狙うのはまだ難しい。だが、落ち着け。大丈夫だ。一匹ずつ慎重に狙いをつけていく。外しても焦らない。
サティもすごい勢いでハーピーを撃ち落としている。アンもティリカも、元からいるエルフ兵も、ハーピーを寄せ付けまいと攻撃を加えている。ハーピーは俺たちに近寄ることもできずに撃ち落とされていく。
ハーピーにサティと共に倒された記憶が少しよぎるが、大丈夫。もうあんなことは二度と起こさない。
「唸れっ! テラストーム!!」
エリーの詠唱が完了し、風の最上位魔法が発動した。
広範囲を覆う嵐が戦場に、一気に現出した。渦巻く風が大地を、木々を、魔物を切り裂き、低空にいたハーピーも巻き込んでいく。城壁にも余波の暴風が押し寄せ、伏せることを余儀なくされる。
呪文の発動が少々城壁に近いが、絶妙な距離でもある。城壁付近を飛んでいたハーピーも一瞬吹き荒れた強風によって大混乱に陥っていた。
「エリー!?」
魔法を発動し終えたエリーが、がっくりと膝を落としている。
「だ、大丈夫よ。でもちょっと魔力を使いすぎたわ」
エリーのMPをチェックするとほぼ使いきっていた。すぐに補充しないと。
「わたしが」と、アンが魔力の補充を買って出てくれたので任せる。
「おい、まずいぞ。城壁が突破されておる!」
弓を構えて、残敵を掃討しようとしたところでリリ様から声がかかった。
ここからそう遠くない位置から大量のオークが城壁内に侵入してきている。身を乗り出して確認すると、城壁にはオークどころかトロールでも悠々と通れそうな大穴が開いており、そこから大量の魔物が湧き出ていた。
土魔法か。敵のメイジは……いない。いや、どこかにいるはずだ。……だめだ、探知でもみつからない。悠長に探している余裕はない。先に穴だ。
現場は乱戦だ。空と地上と両方からの攻撃を受け、エルフと魔物が入り乱れ、魔法が放てるような状況ではない。
エリーの魔法で魔物の数が減り、敵側も混乱していると思われるのがわずかな救いだ。
「穴を塞ぐ!」
あそこまで行って土魔法で穴を……いや、ダメだ。俺とサティはいいとして、リリ様や他のメンバーを乱戦の現場に連れて行くのか?
かといって置いていくのも……いっそ、サティも置いて俺だけで……
「妾も戦う。温存しておったから魔力もだいぶ回復しておる。護衛に関しては心配するな。精霊の加護で守りも万全じゃ」
俺が迷ったのがわかったのだろう。
「ですが」
正直に言ってしまえば、リリ様はどうでもいい。いや、どうでもいいってことは全くないんだが、一番心配なのは俺の嫁なのだ。
「里に戻った時から、死ぬ覚悟はできておる。もはや命を惜しんでおる状況ではないのじゃ」
「マサル、わたしたちのことは心配しないでいいわよ。自分の身は自分で守れるから」
「どらごはいつでも出せる」
アンとティリカの言葉で決意が固まった。いざというときはどらごになんとかしてもらおう。
「わかった。俺が先頭で突っ込む。サティ、ティリカ。みんなのことは任せたぞ」
「はいっ」
サティが気合をいれて返事をし、ティリカも真剣な顔でうなずいた。
ゴーレムを出そうかと思ったが、あれは動きが鈍いし操作に気を取られる。背中の剣を抜き、盾をアイテムボックスから取り出す。サティにも追加で矢の束を出してやる。弓で魔力を温存したかったが、慣れない戦闘スタイルでのミスが怖い。
もう一度、穴の開いたあたりを確認した。エルフの魔法が何度も穴の周辺を吹き飛ばしているが、それを圧倒する速度で魔物が穴から湧き出、里に侵入してきている。その上にやっかいなのが空から来るハーピーだ。侵入を防ぐべくエルフたちが集まってきていたが、その対処だけでも手一杯で、穴をどうにかする戦力を集めることができないでいる。
集まったエルフも徐々に押され、里の内部に後退している。壁があるからこそ守りきれていたのだ。遠距離攻撃主体のエルフとて、近接戦闘の技術は決しておろそかにはしてはいない。だが体力的に劣るエルフでは魔物とのパワー差はいかんともしがたく、そしてエルフ兵は少数だ。魔力が尽きた今、接近戦となり消耗戦に持ち込まれれば、あっという間に戦線は崩壊してしまうだろう。
「行くぞ!」
火矢を連続で放ち前進する。城壁の周辺にいるハーピーを排除しつつ、穴の開いた場所の真上に到達した。
そして、穴に向けて大岩を大量に投下した。50mの高さから落下した十数個の大岩は、跳ね、壊れ、思うように穴を塞がない。さらに追加してみると穴の一部は塞がったが、この方法では完全に塞ぐのは無理そうだ。だが穴の出口は岩が積み重なり、通行の邪魔となって魔物の侵攻が多少は遅くはなった。
「俺だけで降りる。援護を頼む。ハーピーを寄せ付けないでくれ」
上は上で危険はあるが、ハーピーにだけ注意すれば、あとは高い城壁がみんなを守ってくれるだろう。乱戦となっている下よりはずいぶんと安全であるはずだ。それは俺にも当て嵌まる。下は乱戦とはいえ、ハーピーさえ城壁ラインで食い止めれば、あとはオーク主体の魔物たちだ。対処は難しくない。
「ウィンドストーム!」
風の刃が吹き荒れ、大岩の周辺の魔物を切り裂いていく。それを確認してから城壁から飛び降り、レヴィテーションで着地する。即座にアイテムボックスから大岩を大量に出し、穴を塞ぐように積み上げた。
隠密は使っていたが、それでさすがに気が付かれた。近くにいたオークが襲いかかってくる。後ろでは大岩を動かそうとしているようで、がんがんと岩を叩く音がする、
数匹のオークを切り倒し、大岩に向き直る。大岩に直接触れ、土魔法を発動させる。錬成で大岩を一塊にして、穴を完全に塞いだ。さらに硬化をかけておく。これで相手にメイジでもいない限り、まず突破は不可能だろう。
城壁でサティたちが活躍してくれているようで、俺の周辺にハーピーは皆無になっている。城壁を背に、火矢をがんがん撃ち、オークを減らしていく。魔力があがったせいか、最近は火矢の一撃でオークが倒れていく。レベル1の魔法なら連射もできるし、多少の数のオークなら範囲魔法を使うより確実に殲滅ができる。侵入した魔物の多くはそのまま里の内部へ向かったようで、穴の周辺にいたオークはほどなく殲滅することができた。
そこかしこに死体がごろごろと転がっており、それは魔物だけではなくたくさんのエルフも混じっている。一体どれほどのエルフが今回の戦闘で倒されたのだろうか。
断続的に激しい音がし、戦闘が続いているのがわかる。エルフを助けに、里の内部に入るべきだろうか? だがみんなと長時間離れるのも不安がある。魔力はたっぷりある。侵入された魔物はエルフたちに任せて、外の魔物にメテオでも撃つほうが効率がいいかもしれない。
ほんの少しの迷いが選択肢をなくした。数匹のオークが建物の影から現れこちらに向かってくる。その姿を確認してぎくりとした。後方にいる一匹。裸同然のオークが多い中での金属鎧を装備した姿。そして、一回りも二回りも大きい体躯。間違いなくオークキングだ。
手に持つ巨大な棍棒はすでに血塗られて、返り血を全身に浴びているのが、距離はあるが鷹の目ではっきりと見えてしまう。そしてそいつに続いて更に大量のオークがこちらへと向かってきた。
まだ距離はあるし、逃げるのは簡単だ。だが近くには城壁に登るための階段もある。雑魚はともかく、オークキングを野放しにするのは危険すぎる。
レヴィテーションで浮かび上がる。こちらが手の届かない距離にいればオークキングは手を出せない。ハーピーが怖いが、今のところ近くにはいない。サティたちはしっかりと仕事をしているようだ。
壁に沿って10mほど上昇する。オークたちはその間に、塞いだ穴のところに集まってきた。穴を再び開けようとしているようだが、大岩は壁と一体化しているし、硬化で金属並みの硬さになっている。オークキングでも破壊は無理なはずだ。
やつらが集まったところを見計らって頭上に、1セット99個の大岩を一気に投下した。その中心にはオークキングがいる。
オークキングが顔をあげて大量に落下してくる大岩に気がついたがもう遅い。轟音を発して半数ほどのオークがオークキングとともに大岩に潰された。
地面に降り立ち、生き残って混乱中の十匹ほどのオークを火矢で順番に始末していく。
オークを掃討しおえ、投下した大岩を回収しようとしたところで突然、目の前の大岩がぼこっとひっくり返された。
大岩で潰れたと思っていたオークキングが飛び出し、俺に襲いかかってきた。
やばい、油断した。オークキングは傷だらけで片腕をぷらぷらさせていたが、まだ手には巨大な棍棒を持っていて、俺めがけて振り下ろして来るのを必死でかわす。
不意打ちに近かったが、怪我のためか動きが鈍くなんとかかわせた。だが、パワーは健在だ。かするだけでも俺など吹き飛ぶかひき肉だ。二撃三撃とかわしている間に黒剣に魔力を集め、火の魔法剣を発動させた。
オークキングの一撃を更にかわし、懐に潜り込むと下から袈裟懸けに、金属鎧ごとバターのように切り裂いた。
ドウッとオークキングが倒れる。
「あー、びびった……」
もういないだろうな? 倒れたオークキングが完全に絶命しているのを確認して、周りを見渡す。
大岩に潰されたオークで生き残っているのはさすがにもういないようだし、見える範囲にも魔物はいないようだ。頭上にもハーピーは見えない。そろそろ戻ったほうがいいだろう。剣にまとわせていた炎を消す。剣を確認すると少し刃こぼれしてしまっているが、オークキング相手に無傷で切り抜けたのだ。この程度は致し方あるまい。
まだ熱を持った黒剣を背中の鞘に収め、大岩やオークを回収していく。特にオークキングはいい値段になるのだ。倒れたエルフは……見なかったことにしておく。息があるのを確認する気も起きないくらい、完全に死亡している者ばかりだ。蘇生魔法のようなものがない以上、死んだ者に対してできることは何もない。アイテムボックスに同じように回収するわけにもいかないし、どう扱っていいやらわからない。
大岩とオークの回収が終わった頃に、エルフの一団が里の内部の通路から出てきた。どうやら中のほうも終わったらしい。
「お前が穴を塞いでくれたのか?」
「応急処置だが、土魔法でしっかりと強化してある。もう突破はされないはずだ」
それだけ告げてレヴィテーションを発動し、彼らに手を振り城壁の上に向かった。
いい加減、上がどうなっているか心配になってきた。
次回 防衛戦⑧ 明日更新予定
防衛戦⑨ 明後日更新予定です
3話連続で防衛戦終了まで!




