95話 エルフの里防衛戦⑥
リリ様と現地指揮官らしきエルフに先導されて、南門の城壁の上の通路を少し歩くと、そこは再び激戦区となる。
矢に注意しつつ、壁伝いに移動したのだが、これが注目の的である。
「今のメテオを……」「陸王亀が」「リリ様」「あの人間が?」「何にしろ助かった」
どうやらすっかり話が広まっている。メテオで殲滅した地点から、こちらのほうへと沢山のエルフたちが応援のために移動してきているし、伝令も何人も走り回ってた。
戦闘中である。いちいち口封じをして回る余裕もないし、目立ちたくないから黙ってろとかとても犯罪者くさい。
そもそも傍からみると、目立ちたくない理由っていうのが薄いんだよな。加護のことを隠しちゃうと、目立つのが嫌いというだけではどうにも怪しい。
「ほらね?」と、エリー。
わかってるよ。派手な魔法を使って目立つのはもう仕方ない。ここに及んで手加減などできようはずもないのだ。
しかしどらごはどうしたものか。まだ余裕はあるのだが、この調子だといつ必要になるかわからない。リリ様にだけでも説明しておくべきか?
だが、戦場でいきなりドラゴンが現れても余計に混乱しそうな気もする。同じ理由でたいがも見せられない。出したとたん、エルフに集中砲火を食らいそうだ。
「ここです。お願いします」
この辺りで一番敵が多い地点である。今からメテオを再びぶっ放すのだ。
【メテオ】詠唱開始――
今回は威力も範囲も魔力がぎりぎりなので最低限だ。
だが敵の方も先ほどのメテオで主力はほぼ掃討し終えている。問題ないだろう。
それでもレベル5である。詠唱には時間がかかる。ちらりと周りをみると思い切り注目されている。
「メテオ!」
再び城壁の外に多数の隕石が降り注ぎ、焼け野原の完成だ。
魔力をぎりぎりまで使ったのでだるい。だが弓と矢をアイテムボックスから取り出し、みんなとともに残敵の掃討を開始する。
「お主は休んでおってもいいのじゃぞ?」
「少しでも敵を減らします」
状況は悪い。俺の魔力は底をついたが、体力はまだまだ残っている。魔力切れでだるいとは言っていられない。オークの一匹でも人は死ぬのだ。倒せる時に倒しておいたほうがいい。
既に攻撃を開始しているサティの横について、目に付いた敵から撃ち減らしていく。
劣勢だったエルフも形勢が逆転して活気づいている。敵は変わらず進軍してきているがそれもまばらだ。
無限に沸き出すかと思えた魔物もようやく底をついたのだろうか。
「敵の数が少ないですね」
しばらく攻撃を続けて敵の数が減ってたきたので手を休めて、リリ様に聞いてみる。俺が弓を撃っている間もリリ様のところには報告か伝令のようなものが何度も来ていた。たぶん何か聞いているだろう。
「状況は西門が一番厳しいようじゃ」
西っていうと砦方面だな。砦の戦力に対応するため、主力がそちらにいるのだろうか。
ここはもう大丈夫そうだ。魔力はもうないが西に移動してみるか? 休憩していれば少しは回復するし。
「どう思う?」
大体の掃討が終わって戻ってきたエリーたちにも西門のことを話す。
「どっちにしろ、しばらくは休憩ね。もう魔力もないわ。食事にしましょう」
言われてみるとお腹が空いてるな。朝食って以来、マギ茶は飲んでいるが何も食べてない。だがずいぶん長時間戦っていたように感じるが、メニューの時計を見ると、まだ昼過ぎくらいだ。
「リリ様、どこか落ち着ける場所に。サティ、移動するぞ!」
「はい!」
一人攻撃を続けていたサティを呼び戻す。
「ご苦労様、サティ。疲れてないか?」
「まだまだいけます」
サティは元気だな。弓を引くのもすごく力がいるのだ。俺など今の短時間ですでに腕が疲れてきている。
「まあ無理はするなよ。何か食べよう」
「はい、お腹が空きました」
「何か食べるものを用意させるかの?」
「いえ、手持ちのがありますから」
忙しそうなエルフたちの手を煩わせることもない。
リリ様に先導してもらって、南門の物見の塔へと移動する。中は小部屋になっていて、エルフたちが思い思いに休憩していたり、傷の治療をうけていたりしている。
その場の指揮官らしきエルフにリリ様が声をかけて、一室を用意してもらう。全員が座れる大きめのテーブルがあった。ゆっくり食事ができそうだ。
アイテムボックスからパンやスープ、唐揚げ、焼きたての肉、果物をぽんぽん出して並べていく。
「次はいつ食べられるかわからないわよ。しっかり食べておきなさい。リリ様もご遠慮なくどうぞ」
食事をしつつ、今後の行動方針を相談する。
「今、ポーションの調達を頼んでおる」
昨日から続いている戦闘でマジックポーションは品薄である。備蓄はもちろんしているのだが、里の全てのエルフが一斉に消費するのだ。かといって、薬には消費期限というものがあるので、必要以上に作っておくというわけにもいかない。これほどの激戦になろうとは予想できようはずもないのだ。
「とっておきがまだあるはずなのじゃ」
エルフの霊薬と呼ばれるポーションがあるという。材料は希少。作れる者もほんの数人。魔力を全回復してくれるそうだ。
「じゃあそれを待って西門に行きましょう」
エリーがそう言い、みんな賛成をする。魔力が回復さえすれば、きっと勝ち目も見えてくるだろう。
食事が終わった頃、小部屋の扉が叩かれ、エルフが入ってきた。
「おお、待っておったぞ」
「はい。手に入れるのに苦労しましたが、陸王亀の倒し手が使うのであればと」
ああ、うん。もう仕方ないよな。
「四本か。ちょうど人数分あるの。ご苦労じゃった。外の状況はどうじゃ?」
「南門はもう大丈夫です。ですが、西門から救援要請が何度も」
「それほど厳しいのか?」
「今のところ守り切れておりますが、やはり魔力が……」
エルフから霊薬の小瓶を受け取り飲み干す。魔力をチェックすると4割ほど魔力が戻っていた。みんなも満タンまで魔力が戻ってきている。
「すごいわね。もっと手に入らないかしら」
「保管してあった霊薬はそれが最後です」
持ってきたエルフがそう告げる。
「もしまだ残っていても、一回飲めば一日は再使用はできん。意味がないぞ」
同様に他のマジックポーションももう使えない。一般に信じられている理論によれば、通常使える魔力の他に潜在的な魔力を人は持っていて、ポーションはそれを引き出していると言われている。それ故、一度引き出せば回復を待たねばならないし、効果のあるポーションほど、再使用時間が長くなる。
「でもこれ、全回復してませんよ?」
「そんなはずは……」
リリ様がちらっと薬を持ってきたエルフをみる。
「間違いなく霊薬です!」
瓶のラベルにも確かに霊薬と書いてある。
「私たちはちゃんと回復してるみたいです」
アンがそういうとエリーとティリカもうなずく。
「全回復じゃなくて、一定魔力を回復する薬だったってことか」
「いや、そんな話は……じゃが陸王亀を一撃で倒したほどの魔力……」
今回のレベルアップでさらに魔力増えたしな。これが本当に全回復する薬なら助かったんだが。
「薬の効果に対する説明を書き換えんといかんの……」
「いや、そこまでしないでも……ほら、俺みたいなのはたぶん他にはいませんし、あんまり大事には」
「そうじゃったな。お前もこの件は秘密にしておくのじゃ」
「はっ」
それで用が済んだと薬を持ってきてくれたエルフが退出して、再び俺たちだけになった。
デザートにプリンを出す。さっきの霊薬が少し苦かったので口直しだ。それにもうちょっと話したいこともある。
「これは美味いのう」
「よかったらまだありますよ」
勧めてみたら3個も持って行かれた。みんなもちゃっかり2個とか食ってる。いつもは食いすぎないようにって1個ずつと決めてあるんだが、まあ今日くらいいいか。
「それでリリ様、召喚魔法というのをご存じですか?」
みんなには食事をしながら相談してある。どらごを出すべきかどうか。リリ様の前で内緒話も怪しいから堂々と話し合ってみたんだが、どらごという単語だけではリリ様には何のことか、全くわからなかっただろう。
結果は全員賛成。出し惜しみすべきでないと。俺もそう思う。
「……召喚魔法? 知らんな」
「簡単にいうと動物や魔物を魔法で召喚して、使役する魔法です。ティリカ」
ティリカがうなずくと、ほーくが机の上に現出した。
「面白い魔法じゃの。これがさっき話していたどらごか?」
まあこの程度じゃ驚かないか。
「こいつはほーくという名前です。たいがを」
ティリカがほーくを消して、たいがを呼び出す。
「!?」
声を上げこそしなかったが、巨大な虎がすぐ側にあらわれて、さすがにひどく驚いたようだ。
「こ、これが召喚魔法か……」
「ええ。いざという時はこいつに出てきてもらいますので」
リリ様はティリカに大丈夫と保証されて、おっかなびっくりたいがに触れる。
「ふかふかじゃのう……それに強そうじゃ」
「とても強い。背中にも乗れる」
ティリカが誇らしげにいう。だが本題はここからだ。
「それであと、どらごというのがいるんです。戦力になると思うのですが……」
「ほほう。どんなのじゃ?」
「ドラゴン」
ティリカが言う。
「ドラゴン? ドラゴンを呼び出して使役できるのか?」
「ええ。10m以上ある立派なやつです」
「……確かに戦力にはなるじゃろうな」
「使っても大丈夫ですかね?」
「きちんと通達を出せば……たぶん大丈夫じゃろう。敵にドラゴンがいるということも聞いておらん。しかしそのような魔法があるのか……」
「ええ。あまりおおっぴらにはしたくないんですが、もうそんなことを言っている余裕もないですし」
「ではドラゴンが味方だとだけ知らせておけば、使い手に関してはごまかせるかもしれんの」
「お願いします」
誤魔化せるのはもう望み薄だとは思うが、一応伏せておいてもらったほうがいい。
「しかし色々でてくるのう。もう他にはないのか?」
「召喚魔法が最後の切り札ですよ。なるべくなら隠しておきたかったんですが」
「確かにドラゴンを呼び出せるなどと前代未聞じゃな」
公開すればそれはそれはセンセーショナルなことだろう。
「そなたらは、その……変わっておるの」
リリ様には色々見せすぎてしまっている。ゲートに奇跡の光、フレアにメテオ。この辺りまではたぶん許容範囲だっただろう。
だがここに更に召喚魔法だ。これほどの魔法の使い手が一堂に会して、全くの無名。Bランクなのだ。
あまり考えずに雇って連れてきてみた相手が化け物じみた力を持っていたことに、リリ様もようやく疑問がわいたのだろう。だがここまでの働きを考えると、強く追求することもできない。ちょっとはこちらからフォローしておくべきだな。
俺たち一人ひとりの経歴は別に極秘でもなんでもないのだ。もし何者か? と調査されれば、少し前は極普通のメイジであり、神官であり、冒険者だったことはすぐに調べがつく。それはかなりまずい。
次はどうやって短時間にこれほどの力を手に入れたのかという話になってくる。適当な言い訳もできない。真偽官の存在がうかつな嘘は許さないのだ。
「我々はエルフの里を救うためにここまで来たんです」
伊藤神からのクエスト発行が主な理由であるが、命を危険に晒しているのだ。少しくらい格好つけてもいいだろう?
「それだけです。他には何も必要ありません」
そういえばリリ様とは金銭交渉とかも全くしてないな。まあ全てが終わってから言えば多少の報酬はくれるだろう。里が滅びたらそれどころじゃないし、このタイミングで言うのも感じが悪い。
「それは間違いなく真実」
ティリカが太鼓判を押してくれる。
「真偽官がいうのじゃ。その通りなのじゃろう。少し疑ってすまんかった」
しかし真偽官だからといって、身内の証言をここまで簡単に信じていいのだろうか。
後日聞いてみると、真偽官の証言は本当に重いようだった。真偽官の偽証による罪は魔眼の破壊で贖われる。それは真偽官同士で時折確認し合うそうで、誤魔化すのは不可能だ。厳しいが、日常生活レベルの話はさすがに関係がない。真偽官として断言したことに対して責任が生じるのだ。
こうやって断言したことが嘘だったら、真偽官としての身分は、その魔眼ごと剥奪される。どうやって魔眼を無効化するかは恐ろしくて聞けなかった……
「そなたらの崇高なる献身には感謝の言葉もない。この恩にはエルフの王族たる、リリアーネ・ドーラ・ベティコートが絶対に報いることを約束しよう!」
うあー。いざって時は逃げるつもりなのに、そんな大袈裟に言われてもちょっと困るんですが……
次回 防衛戦⑦
ニトロワ①巻
好評発売中につき増刷が決定しました!
たぶん②巻と一緒にということになるのかな
②巻は12月25日発売です。




