93話 エルフの里防衛戦④
【クエスト エルフたちを助けよ!】
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
報酬 パーティー全員にスキルポイント10
「ここからはわたしたちの出番ね! マサルはしばらく休んでなさい」
「ゲートの魔力は残しておけよ?」
そう言いながらアイテムボックスから大きな盾と、矢の入った箱を取り出す。矢は以前の反省を踏まえてかなり大量に確保してある。
「よくやってくれた、マサルよ。あとは妾たちエルフの役目じゃ。そなたらは安全なところででも待機しているがよい」
「我々も最後まで戦います、リリ様」
アンがリリ様に言う。
「じゃが……」
俺は魔力切れ。エリーはゲート担当だし、神官と真偽官に戦闘させるなどもっての外。ここに来るまで時間がなくてほとんど何の説明もしてないし、そんな感じに思ってそうだな。
だがうちが一番得意なのはこういう雑魚殲滅なのだ。
「そうですよ。俺もまだ魔力は残ってますし」
エルフの里を救うクエストは続行中だ。エルフの里はまだ救われてない。陸王亀を倒しても依然として危険な状況なんだろう。
「敵はもう目の前です。議論している時間はありません」
アンが更にそう言った後、エルフが十数人駆け込んできた。
「リリ様! 敵が向かってきております。ここも危険です!」
指揮官らしき革装備で固めた女性エルフがリリ様の元に駆け寄り言う。他のエルフ兵は城壁につき、弓を構えた。素手や杖らしきものを持っているのは魔法使いだろう。
「どこに居ても危険は同じじゃ。妾も戦う」
「ですが……せめて王の居られる塔に移動してはどうでしょうか?」
「妾には頼りになる護衛もついておる。貴様らは防衛に専念するがいい」
「護衛ですか。陸王亀を倒した魔力。ここからのように感じましたが……」
そう言ってエリーたちの方を見る。俺はと言えばリリ様の横で目立たないように大人しくしているし、リリ様は風メイジだ。候補としては一番メイジ然としているエリーだろう。
「それに関しては秘密じゃ」
「秘密ですか……」
そのエルフさんは視線を俺に移す。
魔法に長けたエルフが見れば俺がメイジでそれなりの魔力量を持っているのはわかってしまう。魔法が未発動の状態ならば見えるのは僅かに漏れ出る魔力のみだが、それでも俺くらい魔力量が多いと相対的に漏れ出る魔力も多い。
まあ多少疑われるくらいはどうということもない。目的は秘密厳守ではなくて、目立たないことなのだ。俺やエリーかもしれないとは思ってもリリ様が秘密だと言った以上、それ以上の追求もないだろう。
それに考えてみれば隠してもたぶん無駄だ。ここで火魔法を使うのって俺だけだし。高レベルの火魔法でもぶっ放せばさっきのフレアを誰が撃ったのかはほぼ確定的だ。状況を鑑みるに、魔力を温存して乗り切れるとは思えないし。
「わかりました。ですがやはりここからは退避してもらいませんと」
このエルフさんがどのような地位にあるにせよ、自分の持ち場で王族が負傷でもすれば責任問題だろうことは容易に想像できる。いくらリリ様に戦闘力があろうと、保護対象を守りながら戦うことのデメリットが大きいのは間違いない。
とはいえ、護衛ということになっている俺たちまで退避させられると少々困る。
「そろそろ敵が来ますよ」
俺はそう言って敵を指し示した。
地上では魔物がゆっくりと接近してきている。軍勢の先頭は陸王亀のいた地点に差し掛かろうとしており、魔法も届く距離だ。ハーピーたち、空の魔物はまだ様子見のようで、最初の位置からほとんど動いていない。
「でしたらここにいる間は指示にしたがってもらいますよ、リリ様」
「もちろんじゃとも」
「聞いたか、貴様ら! リリ様が我らと共に戦ってくださる。一同奮戦せよ!!」
「「おおおっ!」」
すでに配置についているエルフたちが指揮官の言葉に声をあげる。
「諸君らはリリ様の護衛ということだが……」
「もちろん戦うわよ」
エリーがそう答える。
「ならばこの場所は頼むとしよう」
「それと最初の攻撃をわたしたちに任せて欲しいのだけど。範囲魔法を撃ちこむわ」
「……よかろう」
「矢が来ます! 各員注意!」
一人のエルフの警告のあと、敵側から矢の雨が降りそそぎ、俺たちのいる塔にも何本か飛んでくる。
敵の進軍は一旦止まっていた。まずは遠距離攻撃で小手調べってことなのだろうか。城壁側からも弓や魔法で応射が行われている。
「そ、そろそろ攻撃する?」
「もっと引きつけてからにしましょう」
アンの不安そうな言葉にエリーが答える。
魔法が届く距離ではあるが、少々遠い。攻撃魔法には最適な距離、範囲がある。近いと危険だし、遠いともちろん届かない。届いても限界に近い距離だと魔力の消費が増えるし、威力も落ちる。それは魔力消費の大きい範囲魔法だとその傾向が特に顕著に現れる。
「俺も参加しようか?」
敵の数が多い。火力が足りないかもしれない。
「長期戦になるだろうし出番は十分にあるわよ。魔力は温存しておきなさい」
「それもそうか」
やっぱり長期戦になるか。見えている範囲を全滅させたところで敵全体からすればほんの一部だろう。余力は残しておいたほうがいい。
「来ます!」
エルフ兵の警告。一定のラインで停止していた敵が一気に移動を開始した。大量の魔物による全力疾走だ。ドドドドと地響きが城壁の上まで届く。
「やるわよ! いつもみたいにタイミングを合わせなさい」
エリー、アン、ティリカが詠唱を開始する。
詠唱が終わり、3人の範囲魔法が放たれ、大量の魔物が吹き飛ぶ。だが……
「もう一度よ!」
敵の波が途切れない。魔法で倒された仲間を気にする風もなく、魔物は突撃してくる。
二射、三射、四射。エリーたちの範囲魔法で大量の魔物が倒されていく。だが敵の終わりは見えない。左右の、城壁の他の場所でも同様の状況だ。
一方的な殲滅ではあるが、それも魔力を大量消費してのものだ。一度減った魔力の回復には相応の時間がかかる。エルフたちは陸王亀を倒すのに、ここまででかなりの魔力を消耗してしまっている。
圧倒的な数の敵を倒しきる前に、エルフたちの、そして俺たちの魔力が切れれば、その時は魔物の侵攻を食い止めるのは困難となるだろう。
「敵がバラけて来たわね」
四射目を撃ったところでエリーが言った。魔物は戦略を変更してきたようだ。
狭い谷間に作られたゴルバス砦と違い、平地に立つエルフの里は戦場が広い。敵は範囲魔法対策として、最初の突撃よりもお互いの距離を十分に取って接近してくる。
「どの道手前で詰まるんだから、それを待って攻撃したらどうだ?」
敵の突撃が散発的になってきて余裕がでてきたのでエリーに尋ねてみる。範囲魔法は中止してエルフ兵たちが個別迎撃中。俺たちのパーティは一旦休憩をエルフの指揮官に命じられていた。
里の壁は50mほどの高さがある上に、なみなみと水をたたえた堀がぐるりと取り巻いている。幅は20mほどもあろうか。多少の接近を許したところで問題はないだろう。
「ダメよ。敵に土メイジが混じっていたらどうするの?」
それはまずそうだ。土メイジじゃなくても水メイジなら水堀を無効化できる。
魔物にもごく少数だがメイジがいるという。幸運なことにごくごく少数だ。でなければとうの昔に全ての砦が陥落し、人族は全滅しているだろう。
だがたった一匹のメイジがいれば突破口になりうる。城壁の防衛力に任せて魔物を取り付かせるのは危険な行為だ。
例えばゴルバス砦なら一箇所穴が開けられたとしても多数の戦士でもって押し返せばいい。だが魔法を主力とするエルフは接近されれば脆い。その上防衛範囲が広く、兵力が分散している。それは魔法で十二分に補えているのだが、そこが弱点にもなりうるのだ。
では地下から攻められたらどうか? それに対しての対応は難しくない。アースソナーもあるし、魔力感知持ちが注意をしておけば不意打ちもない。
発動状態の魔力は感知が容易だ。長々と地下を掘り進んで来たところを待ち構え、出てきたところを倒してもいいし、地下にいるうちに土魔法で埋めてやってもいい。
だが正面からの全面攻勢時に城壁に穴をあけられると、一気に突破される危険が高まる。
魔物側のメイジは空の魔物や大型種と並んでもっとも警戒すべき敵なのだ。
「つまり敵のメイジを発見して排除すればいいのか」
サティの矢が接近してきた魔物を駆逐していくのを見守りながら尋ねる。
敵の矢はこの辺りには飛んでこなくなっている。敵の矢が届くということは、こちらからの矢も届くということだ。つまり敵の弓兵はサティのいい的である。サティの矢が届く範囲にはもはや敵弓兵は存在しない。さすがにこの短時間で全滅したとは思えないから後退したのだろう。
「発見できればね」
魔力の感知にも限度がある。使用中ならかなりの距離からでも感知できるものの、未発動状態で距離が離れると感知はとたんに困難になる。特に少ない魔力しか持たないメイジだと、非メイジともほとんど区別がつかない。獣人のサティでも魔力が多少なりともあったように、魔物も少ないながらも全ての個体が魔力は持っているのだ。というより、全ての生き物は魔力を持っている。その量が少なく、使い方を知らないだけなのだ。
「事前に発見できればいいのか……」
だが俺の魔力感知はレベル5だ。敵の集団を注意深く見ていく……いた。かなり遠い位置に、一匹明らかに魔力が強いのが混じっている。
魔法で攻撃するには少々遠いな。それに届いたとしても的が小さすぎる上に、そいつを守るようにたくさんの魔物が周囲を固めていた。
「サティ、あそこ。あのあたりにメイジがいるのがわかるか?」
見つけた敵の位置をサティに指し示す。サティの魔力感知はレベル3だ。位置さえ教えてやれば……
「見つけました。やってみます」
そう言うとサティは、無造作に弓を引き、放った――
「倒しました」
あっさりとサティがそう言う。
敵の魔力が消滅している。もう一度周辺を見直すが、見える範囲にメイジの反応は感じられない。
「よくやった、サティ」
「お主ら……ちょっとすごいのう。これで本当にBランクなのか?」
今まで黙って見ていたリリ様が言う。
「冒険者には最近なったんですよ」
「なるほどのう。では妾がSランクと言ったのもあながち間違いではないのじゃな」
「そうですね」
「秘密にしてくれと言ったのはゲートだけかと思ったがこういうことか。自由な冒険者にしておくには大きすぎる力じゃ」
他のエルフは少し離れた位置にいるから、声を大きくしなければ聞かれる心配はない。
有能なメイジともなれば色々と引き合いも多い。俺が冒険者になったばかりのソロの頃も色々と誘いはあったし、神殿騎士団からのスカウトも受けた。今のところそれくらいで済んでいるが、これ以上派手にやらかすとさらに面倒臭い話になるかもしれない。
「そんなところです。あまり派手にやって行動に制限がかかるのが嫌なんです」
リリ様がこの説明で納得してくれればやりやすい。先ほども秘密にしてくれたし、これで俺たちの活躍を派手に喧伝することもないだろう。
今はまだ冒険者としての経験が足りない。魔法も十分に使いこなせてない。剣も未熟だ。表舞台に立つのは時期尚早だ。
世界の破滅に関しても目の前の魔物の大軍をみれば現実味を帯びては来るが、まだまだ情報が不足している。むやみに魔物を倒したところで世界を救えるとは思えない。
どうみても敵は組織だって行動をしている。指揮のもとに、計画的に攻撃を加えてきている。
大規模攻勢の背後には魔族がいる。そういう噂だ。だが魔族を倒すどころか、その目で見たものもいないようなのだ。魔王を倒したという勇者を除いて。それも大昔の話だ。
「ねえ、リリ様。今回の攻撃。一体何者が仕掛けてきていると思いますか?」
エルフの王族のリリ様なら何か知ってはいないだろうか。聞くなら敵の攻撃が下火になっている今のうちだ。
「……魔族じゃろうよ」
リリ様がしぶい顔をしてそういう。
「魔族ですか? それは何者なんでしょう」
「魔族は魔族じゃ。それ以上は知らん」
「リリ様は嘘をついている」
いつの間にか話を聞いていたティリカがそう言った。
「し、真偽官はずるいのじゃ……」
「みだりな魔眼の行使は褒められた行為ではないが、この情報は重要だと考える」
「リリ様は何をご存知で?」
ティリカの言うとおり、見過ごしてしまうには重要な情報だ。
「……これは誰にも言うでないぞ?」
「はい。約束します」
「我らはやつらのことをダークエルフと呼んでおる。魔王に与し、闇に堕ちたエルフじゃ」
「魔王は死んだのでは?」
「じゃがそれでその配下の魔族や魔物が全滅したわけではない。そしてダークエルフも生き残っておる」
敬虔なる神の信徒たるエルフからの造反者だ。同族として許しがたい。恥である。エルフの全力を挙げ、見つけ次第、追い詰め、狩っていった。だがそれでも恐らくは少数のダークエルフが生き残り、今も裏で魔物を操っているだろうと。
「ダークエルフというからには肌が黒いんですか?」
リリ様やエルフたちは一様に透き通るような白い肌をしている。
「そうじゃ。肌が浅黒く、銀髪じゃ」
「じゃあ見分けるのは簡単そうですね」
「そう簡単でもないのじゃ。髪の色も肌の色も、偽装は難しくない」
一時的に肌や髪の色を変える薬品があるという。特徴のある耳も帽子でも被って隠せばエルフであることすらわからない。
「変装されたらお手上げじゃないですか……」
エルフだと思ったらダークエルフで不意打ちを食らう。ちょっと恐ろしいな。
「もう一点、確実に見分ける方法がある」
リリ様が憮然とした表情でそう言う。
「それは?」
「やつらは胸がでかい」
「は?」
「やつらは胸がでかいのじゃ……」
「えーと」
思い返すに、ここまでで胸が大きなエルフは見たことがないな。それに砦で聞いた、エルフは大きな胸にコンプレックスがあるといううわさ話。胸の大きな人間がいるとダークエルフじゃないかと確かめでもしたのだろうか。
「ダークエルフどもはな。胸をでかくするのと引き換えに魔族に堕ちおったのじゃ!」
えー? なんだよそれ……
次回 防衛戦⑤です。
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