92話 エルフの里防衛戦③
【クエスト 陸王亀を倒せ!】
陸王亀は7割程度の魔力で十分倒せる。
全力を出すと魔法が暴走する危険がある。
報酬 ???
クエストを受けますか? YES/NO
新規に発行されたクエストを見て、盛り上がった俺のテンションは音を立ててしぼんだ。ぽちっとYESを選択しておく。
ていうか報酬???ってなんだよ……急いでクエスト用意したから報酬考えてなかったな。
「大丈夫よ、マサルならできるって」
ちょっと沈んだ俺の表情を見て、また不安になったのかと心配したのだろう。アンが声をかけてくれた。
だが、違うんだ。全力を出そうとするのに水を差されてテンションが下がっちゃったんだよ……
「うん、俺に任せろ。陸王亀は間違いなく俺が倒す」
何の気負いもなく、静かな声でみんなに告げる。これまでは俺の魔法が通用するか不安だったが、伊藤神が倒せると言うのだ。
だが逆に考えるとあのまま全力フレアを撃っていたら、失敗して酷い目にあってた可能性が高いのか……伊藤神が介入してくるくらいだ。致命的だったのかもしれない。
回復魔法を失敗した時のように、魔力だけを消費して何も起こらないのならいいのだが、攻撃魔法の失敗の場合暴発が恐ろしい。もし敵に向けた魔法が至近距離で発動してしまいでもすればどうなるだろうか。
全力なら前回のメテオ以上の魔力である。俺を含め、周辺は消滅。城壁には大穴が空き、エルフの里は陸王亀を待つまでもなく陥落。
単に失敗するだけのことならやり直しもきくし、クエストを発行してまで止めないだろう。想像してみてゾッとする。
「そ、そうか。やってくれるか!」
切り替えよう。今回は確実に勝てる。安牌だ。それで終わったら新しく作った家にさっさと帰ろう。そうしよう。
「リリ様、どこか陸王亀が見えて誰もいない、静かな場所に案内してもらえますか?」
「わかったのじゃ。では母上、行ってまいります」
王妃様に見送られ部屋を出ると、数人のエルフが待っていた。
「父上はお休み中だ。何か動きがあるまでしばらく休ませて差し上げろ」
「はっ、リリ様」
「こっちじゃ。付いて参れ」
リリ様の先導に従ってついて行こうとすると、他のエルフもぞろぞろと付いてくる。
「あの、リリ様」
「そうじゃな。貴様ら、護衛はこの者達がやってくれる。父上の側についておれ」
「ですが、リリ様!」
声をあげた美人のエルフさんがちらりと俺を見る。どこの馬の骨とも知れぬ人間が、お姫様の側にいるのが気に入らないのだろう。
「こやつらは有能な冒険者じゃ。問題ない」
「わかりました。ですがこちら側は敵の動きが少ないとはいえ、陸王亀がいつ動くやもしれません。十分にお気をつけてください」
「わかっておる。行くぞ」
エルフたちを置いて、塔を出て通路を伝い階段をいくつか下ると城壁の上に出る。防衛のためか何人ものエルフが歩哨に立っており、外を見れば相変わらずじっとしている陸王亀が見えた。
陸王亀の上空にはハーピーが飛び回っており、後方には大量の魔物の軍勢が陣取っているようだ。陸王亀の進路にそって森がなぎ倒されており、無数の魔物がそこに待機をしている。それに森の中もよくみればちらちらと何かが動いているのが見える。探知をしてみるとぎっしりと魔物がいる。陸王亀の進軍に合わせて攻めこんで来るんだろうか。
「大きいわね」
「おっきい」
「ほんとにね」
城壁の上を歩きながらアンとティリカ、エリーが感想を述べる。実際、この距離でじっくり見ると馬鹿でかい。
陸王亀は全身に、かすかに青みがかった銀色の鎧を着込んでいた。あれがアンチマジックメタル、エフィルバルト鉱か。今は上半身しか見えないが、頭も足も、隙間なく覆われているようだ。
「……マサル、マサル」
「ん? どうしたティリカ」
「あれ、欲しい」
最後尾をサティと一緒に歩いていた俺に、ティリカが近寄ってきて小声で言う。
「あれって陸王亀?」
コクコクうなずくティリカ。欲しいって言われましても……
「召喚獣にする」
「そんなことできるの?」
「できる。マサルが倒せば、わたしが召喚魔法で従える」
ほほう。あのおっきいのを召喚獣にか。いいかもしれんな!
「任せとけ。俺がばっちり倒してやるよ」
「ティリカちゃんすごいね!」
話を聞いていたサティの言葉にティリカはご満悦のようだ。
「ここでいいじゃろう」
少し城壁を歩いた先にあった塔の屋上に上がる。そこにも何人ものエルフたちが警戒をしていたが、リリ様の命令でしばらくは俺たちだけにしてくれた。
城壁からは一段高く他からも視界が遮られ、しかも陸王亀がよく見えている。
「あっ」
サティが声を上げた。
陸王亀がもぞもぞと動き出している。どうやら休憩は終わりみたいだ。前足を動かして体を穴から引っ張り上げようともがいている。
「急いだほうがいいかな?」
「まだ時間はかかると思うぞ」
リリ様のいうとおり、まだ亀の下半身は穴の中だ。あれだけの巨体と全身を覆う装甲を引っ張り上げるのは大変だし時間もかかるんだろう。
「しかしのう。本当にやれるのか?」
「任せておいてください。俺のフレアならアンチマジックメタルの装甲も撃ち抜けますよ」
「フレア……?」
「フレアです」
「あの、言いにくいのじゃが我らにもフレアの使い手はおってな……ダメじゃったのじゃ」
「あ、そうなんですか」
そりゃ何百年も生きてれば最高レベルの魔法を習得するエルフもいるか。
「まあまあ、リリ様。ダメ元で試してみればいいじゃないですか」
アンがそう言って援護してくれるがリリ様は懐疑的なようだ。
「それはそうじゃが。どうせだったら我らと共同でやったほうがよくないかの?」
「じゃあ一発試してみてダメだったらってことで」
今回のミッションも目立たず騒がず素早く終わらせるのだ。さっさとやってしまおう。
「うむ。それならばまあ……」
リリ様も納得してくれそうなのでそろそろやるか、そう考えたとき大きな魔力の反応を感じた。エルフ王のいる塔のほうだ。
「リリ様、あれを」
お隣の塔のすぐ外に五つの火球が形成されていく。
「あれはフレアじゃ! しかも五連じゃぞ!」
「マサル様、陸王亀が」
サティの声で亀の方を見ると、頭と前足を体の中に引っ込めようとしていた。そして完全に首が収納されるとうまい具合にアンチマジックメタルの鎧がフタになっている。
「もうマサルの出番はないようじゃぞ。これで陸王亀は終わりじゃ!」
そうなればクエストはどうなるんだろう? ただ単に失敗扱いになるだけか。それで報酬がもらえなくなるのは残念だが、手間が省けるのはいい。エルフさんも余所者に倒されるより自分でやれるほうがいいだろう。
フレアの火球が徐々に形成されていく。高レベルの魔法の詠唱は時間がかかる。俺が高速詠唱をつけて半分にしても長く感じるのに、高速詠唱を持ってない普通のメイジだと長時間魔法の制御をするのはとても大変だろう。
敵の方はと見るが特に動きはない。それだけ防御に絶大な信頼を置いているのか、それとも詠唱妨害をする手段がないのか?
そのまま見ているとフレアに続いて他の魔法も発動していた。五つのフレアの周辺にはたくさんの小さな火球が生まれ――
五つのフレアと無数のファイヤーボールが一斉に発射された!
カッ! 命中した火魔法群により閃光が走り目がくらむ。そして爆発音。
「やったか!?」
リリ様、それ失敗フラグだ……
眩んだ目が回復してみると、やっぱり陸王亀は健在だった。だけど背中の装甲の一部は焼け焦げ、確実に削れている。あれだけやってこの程度か……
「ば、ばかな……」
方向性は間違ってないはずだ。でも火力が足りなかったか。
そのまま見てると陸王亀の背中に魔物がいっぱい湧いて攻撃の命中した部分に群がっている。
「修理してるみたいです」と、サティ。
そりゃそうだ。修理くらいするよな。
「やるぞ」
どうせなら修理が終わる前にやってしまおう。ダメージのある部分を攻撃すれば、より確実に倒せる。
ちらりと横を見るとティリカがこっくりとうなずいた。召喚魔法の手順はわからんが、任せておけばきっと勝手にやるんだろう。相談しようにもリリ様がいては自由にできない。
七割の魔力のフレア。メテオの時のことを思い出す。あれよりちょっと弱いくらいだな。目標は焼け焦げた部分。
【フレア】詠唱開始――
「無駄じゃ……五人の最高の火メイジと数十人の火魔法の使い手の同期攻撃さえ無理だったのじゃ。たった一人で何ほどのことができようか……」
ぼそぼそと力なくリリ様がつぶやく。言い返そうかと思ったが詠唱が始まっている。こっちに集中しないと。
フレアの魔法は、火球の魔法の最終形態だ。詠唱に従って、俺の斜め上前方に巨大な、高温の火球が形成されていく。
成功の保証があるとはいえ、このレベルの魔法を使うのはまだ二度目。慎重に魔力を集中していく。
俺の膨大な魔力を吸収した火球はエルフたちの使ったそれより更に巨大に、高温になっていく。全身に熱波が当たる。真夏の日差しのようだ。
陸王亀が身じろぎをし、再び甲羅の中に首を引っ込める。
だが無駄だ。俺の七割フレアの前にはアンチマジックメタルも、甲羅も防御の用をなさない。はず。
歯を食いしばり、いよいよ膨大になっていく魔力を維持する。
詠唱中に敵が攻撃をしてこないかと心配だったが、先ほどと同じように亀が動いた以外の動きは、修理をしていた魔物がこちらに気がついたのか慌てて退避をしようとしているくらいだ。
魔法が完成に近づくのを感じる。相変わらず制御は困難で全精力を注力する必要があったが、今はメテオの時の経験がある。間もなく詠唱は終わるはずだ……
――そして思った通りのタイミングで詠唱が完了した。
「フレア」
火球が発射される。頭上の熱がふいに消え、また冬の寒さが周囲に戻る。
高速で飛翔するフレアが陸王亀の、焼け焦げた装甲の部分に命中する。
カッとまばゆく閃光が走るが今度はちゃんと手で覆って目を守る。遅れて先ほどの数倍はしようかという爆音と衝撃波が城壁まで届いた。
見ると陸王亀の上半身がごっそりと大きく消し飛んでおり、体液らしきものが吹き出ていた。そしてゆっくりと巨体が落とし穴にずり落ちていく。
「お、おお……ほんとうにやりおった……」
メニューを開いて確認する。うん、大丈夫だ。クエストはクリアになっている。レベルは2アップか。思ったより少ないがきっと陸王亀自体はそんなに強い魔物でもないんだろう。
張り詰めていた息をゆっくりと吐く。ごっそりと魔力が減ったので、ちょっと気だるい。
「ああっ」
「ど、どうしたティリカ」
ティリカが涙目でこっちを見る。
「魔法が妨害されて失敗……」
あー、なるほど。召喚魔法がアンチマジックメタルで阻害されたのか? ありそうな話だ。
「マサル……なんとかして」
「ええっと。今からあのアンチマジックメタルの鎧をひっぺがしにいけば間に合う?」
ティリカがふるふると首を振る。
「ごめん、じゃあ無理じゃないかな」
「う、うう……」
「ど、どうしたのじゃ?」
陸王亀のほうを見ていたリリ様が、後ろで騒いでるのに気がついて聞いてきた。
「ええと。大丈夫です。こっちの事情ですから」
アンとエリーにはサティが何か話している。事情の説明でもしているんだろう。
「そうか? それならまあいいんじゃが」
さて……これで家に帰れればいいんだが。
「見て」
アンの言葉に陸王亀の居た方を見る。
まあやっぱりそうなるよな。陸王亀を倒したら、諦めて撤退してくれないかとちょっと期待してたんだが。
眼下では幾万とも知れない魔物の軍勢が、こちらに向かって進軍を始めていた。
もうひとつのクエスト。【エルフの里を救え】はいまだ未クリアの状態だ。
今この瞬間も、エルフの里は大量の魔物によって幾重にも包囲され、攻撃を加えられている。
陸王亀を倒してほっと一息ついている場合じゃない。きっと本当の戦いはこれからなんだ……
次回 エルフの里防衛戦④
戦いは続く――
「フレア……?」
「フレアです」
リリ様とのやり取りでイオナズンのコピペを思い出して話にいれようかと思ったけど無理そうだったのでやめておいた。
「当社でそのフレアはどんな役にたちますか?」
「敵単体に大ダメージを与えられます」
「ふざけないでください。敵に大ダメージって何なんですか」
「あれあれ? 怒らせていいんですか? 使いますよ、フレア」
「いいですよ、使って下さい。フレアとやらを。それで満足したら帰って下さい」
「フレア! 運が良かったな。里を苦しめていた陸王亀は倒した」
「素敵、抱いて!」
やっぱりだめそうだ。
と、頭の悪いSSは置いておいて。
①巻好評発売中のニトロワですが、
②巻の発売が決定しました!
12月25日発売です。
そろそろネットでは予約の受付も開始していると思われます。
「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた」②巻も引き続きよろしくお願いします!




