91話 エルフの里防衛戦②
【クエスト エルフたちを助けよ!】
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
「妾が今更こんなことを言うのもなんじゃが、本当にいいのか? 危険じゃぞ」
アンの奇跡の光で精霊の魔力をチャージしてもらった姫様が改めてそう言った。
本当に今更だな。でもクエストを受けてから、逃げたり失敗したらどうなるんだろう。冒険者なら依頼の失敗は罰則金だが。
今日の日誌で尋ね……いや、やめておこう。じゃあ失敗したら罰ゲームね! とか変な設定を追加をしかねない。伊藤神はそういう思いつきで行動するやつだ。間違いない。
「危険は覚悟の上です。それにゲート魔法もあります」
アンがそう答える。そのゲート担当は騎士エルフのティトスさんのほうに、くれぐれも姫様とできれば王族方を連れて帰ってきてくれと念入りに頼まれている。もう里は助からないとでも思っているようだ。よっぽど状況は悪いらしい。
「さっきは行く行かないで揉めておったのじゃないのか?」
「尻込みする者などうちのパーティには居ません」
アンが力強く姫様に断言する。アンはどちらかといえば戦闘は嫌うのに、今回は神様のクエストってことですごくやる気を出している。
「さすがは冒険者、命知らずなのじゃ」
全くだ。冒険者は戦うのが仕事で俺も自らそれを選んだとはいえ、四人も戦うのが当然だと思っているようだ。
色々と手札はあるし、用心さえすればさほど危険はないはずではあるが、もうちょっと真剣に危険に関して考えてもいいと思っているのは俺だけなんだろうか。
だがそのあたり、あまり突っ込むと俺がまるで臆病者みたいだ。実際臆病なんだけど、普通の日本人なんだしそれは仕方がないと思うんだ。
「それで行く前にお願いがあるんですが」
とりあえず俺たちの魔法については秘密にしてくれるように頼んでみる。
「ゲートが使えるとなると色々面倒じゃろうしのう。うちにも一人欲しいものじゃ」
姫様によると空間魔法は人間が開発したもので、エルフにはアイテムボックス程度で転移までとなると使い手が一人もいないそうだ。
「ええ、まあそんな感じです」
ゲートに関しては本気でこのまま秘匿しておいたほうがいいんじゃないだろうかって考えている。なにせ転移ポイントさえ設定すればどこでも侵入し放題なのだ。便利なだけではなく極めて危険だと権力者が制限を加えるのも当然のことだろう。
「ではな。ティトス、パトス。もし妾が戻らなかったらエミリオに仕え、助けてやってくれ」
姫様がお付きの騎士二人に簡単に別れを告げる。魔力は補充したし、ゆっくり話している時間はない。
「姫様……」
「姫様、お達者で」
二人とも泣き出しそうな顔をしている。
余計な人数は連れては行けない。フライにしても人数分速度が落ちるし、魔力も消費する。ゲートにも人数制限がある。この騎士二人を連れて行けば、その分脱出の時に連れていける人数が減ってしまうのだ。
エルフの姫が魔法を発動させた。姫様の背中に魔力の翼が展開される。体が風にやさしく包まれ、ふわりと浮かぶ。
これが精霊版フライか。わざわざ抱える必要もないんだな。
「俺の名前はマサル」
そういえば自己紹介もしてなかったと思い、目があったついでに自己紹介してみる。
「妾もまだ名乗っておらんかったな。我が名はリリアーネ・ドーラ・ベティコート。リリと呼ぶことを許すぞ!」
そう言うとリリ様はフライを発動させた。
飛び立ったあと、口々に自己紹介する。風切り音はするが、風自体の保護があるので大きめの声でなら普通に話すのに問題はない。
「作戦を考えたほうがいいわね」
エリーが提案をする。
さすがにいつもの、魔法をぶっ放してから臨機応変に行動する作戦ではまずいだろう。
「そうじゃの」
里への突入は簡単にできるそうだ。高空から一気にいけば地上の魔物は問題にならないし、風精霊版フライの速度なら空の魔物も振りきれる。脱出は連れている人数が多くて速度が落ちて結構危ない場面があったそうだが。
「まずはマサルが陸王亀を倒すでしょ。その後は残った魔力で雑魚の殲滅ね」
うん、いつもの作戦と変わらん。一応、脱出用の魔力は残すことだけは決めた。
「もうちょっとこう、なにか……」
リリ様の言いたいこともわかるが、敵味方の戦力がわからないし、仮に把握していても戦略など立てる能力などはない。リリ様にしても軍務にもついていない、ただの王族である。敵味方の具体的な数字を把握しているわけでもない。
敵の数も不明。陸王亀を倒せるかも不明。とりあえずいつものごとく、魔法をぶっ放してみて様子を見るしかないという結論に落ち着いた。
「ほ、本当に大丈夫かの?」
リリ様は不安でいっぱいになってきたようだ。俺だって不安なのに、俺らの力を見たこともないリリ様はもっと不安だろう。
「マサルが本気出せばいけるでしょ」
「全力を出すのはちょっと怖いんだけど……七割くらいでいいんじゃないか?」
メテオをぶっ放した時よりMP量は増えてるのだ。全魔力を出して制御しきれる自信がない。あれから練習する暇もなかったのだ。
七割程度なら恐らく問題はないだろう。もっとも七割とか都合よく調整できるかどうかも不明なんだが。
「そこは本気を出そうよ!」
「魔力の制御に不安があるんですよ。魔法の発動を失敗したら大変ですよ?」
「あー、うん……まあ失敗されても困るしのう……」
リリ様もそんな話を戦闘の直前にされても困るだろうが、本当のことなんだから仕方ない。
「それにしても精霊魔法って便利ですね。俺たちでも覚えられますか?」
話題そらしにリリ様に話しかけてみる。
「人間が覚えたという話は聞いたことがないのう。それに精霊魔法を覚えると他の系統が使えなくなるからこれはこれで不便じゃぞ?」
例えば風精霊を従えるリリ様は水を出したり火をつけたりくらいはできるが、初級の攻撃魔法すら他の系統は使えない。案外不便である。習得は諦めたほうが良さそうだ。
「それよりもマサルは何ができるのじゃ?」
アンは神官。エリーは空間魔法。ティリカは真偽官。サティは獣人で弓と剣を持っているから役割は明確だ。
俺はというと魔力感知があれば莫大な魔力があるのがわかるものの、格好は剣を担いだ冒険者だし、そこら辺まだ全然説明してなかったな。
「俺は魔法剣士です。魔法は火と土が得意ですね」
「そんな説明じゃダメよ、マサル。リリ様、マサルは火魔法を極めてます。火力だけならSランクにも引けを取りません。必ずや陸王亀を倒してくれます」
エリーの信頼が重い。今回使う予定の火魔法フレアは、練習でも最小魔力でしか撃ったことがないのだ。俺のその不安が顔に出たのだろう。
「大丈夫よ、マサルならやれるって」
「そうですよ! マサル様なら余裕ですよ!」
「マサル、がんばれ」
「うん、そうだな。やれるだけやってみよう」
嫁たちの応援で俺はやる気がでてきた。
「ほ、ほんとに大丈夫かの……?」
だがそれでリリ様は余計に不安が増大したようだ。
うん、なんかごめんね。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
広大な森の向こうに戦場が見えてきた。遥か地上ではところどころで炎があがり、白く高い城壁、そして白亜の城が見えた。その巨大な城を中心に、塔や建造物がところどころに立ち、林や農場らしき緑も多い。
エルフが数千人住むというだけあって大きい。シオリイの町の十数倍はあろうかという面積である。
陸王亀が城壁のすぐ側にいるのが見えた。100mあると言ってもエルフの里全体からすればずいぶん小さく見える。それより更に小さい魔物の軍勢はいるのかいないのか俺の目ではよくわからない。空をとぶ魔物が低空に多数飛び回っている。まだこちらに気づいた様子はない。
行き掛けの駄賃に大岩メテオをやろうかと思ったが、無駄弾になりそうだから諦めた。巨大な陸王亀にはたぶん効果がないだろう。もしフレアが失敗したら、メテオ(物理)を試してみてもいいかもしれない。
城の真上に到達し、リリ様は容赦なく垂直降下に移った。ひぅと小さい悲鳴をあげたのはアンだろう。俺もちょっときゅっとなった。
だが戦場を突っ切るのだ。速度を落としてくださいなどと言えはしない。空を飛ぶ魔物もかなりの数が戦場にいるのだ。
さすがに里の上空までは魔物の侵入は許してないようで、リリ様も速度をゆるめてくれて、ゆっくりとした速度で城の屋上らしき場所に着地した。
走り出すリリ様に続いて城の中に入る。無人だ。
「城壁のほうに行っておるのか……わしらもゆくぞ!」
再びリリ様のフライにより運ばれる。城壁のほうまで来るとさすがに散発的に戦闘音が聞こえた。爆発音は攻撃魔法だろうか。
ちょっと魔力探知でさぐってみると、城壁の塔になっているあたりに大量の魔力が感じられた。リリ様がまっすぐその塔のベランダらしき場所に降り立ち部屋に入ると、そこはエルフたちでぎっしりだった。
「リリ様!」「リリアーネ様だ」「姫様がお戻りに!?」
リリ様がエルフたちの呼びかけに答えながら人込みをかき分けて進む。俺たちも来いというので仕方なくついていく。エルフさんたちの視線が痛い。なんだこの人間は? って思ってるのがありありだよ。
「リリアーネ!」
「父上!」
父上と呼びかけられたのは、部屋の奥のテーブルに座り多くのエルフに囲まれてるイケメンのまだ若いエルフだ。というか、ここまで見たエルフの人たち、噂通り全員見た目が若い。
「なぜ戻ってきた?」
「妾も戦います!」
「エミリオはどうした?」
「エミリオは無事砦に届けました。砦では今頃防戦の準備をしているでしょう。妾に命じられた仕事はこれで終わりです。陸王亀はどうなりましたか?」
空からはちらっと見ただけで詳しい状況はわからなかった。
エルフ王に従って窓のある方へとぞろぞろと移動する。
「見よ」
窓から外を見ると、でかい亀が上半身だけ地面から生やしてじっとしていた。
「思いの外時間が稼げたようじゃ。やつめ、途中まで登ったところで疲れて休憩しておる」
「父上」
「ふむ。隣の部屋へ。詳しい報告を聞こう」
「はい。そなたらも来い」
隣室に移動する。王と、王妃。リリ様と俺たちだけになった。
「兄上は?」
「南門防衛の指揮を取っておる。それで?」
「冒険者を連れてまいりました。役に立ちます」
「我ら、エルフの里を救うため、微力を尽くしましょう」
代表してエリーが進み出て、エルフ王に軽く頭を下げる。こういう偉い人のお相手はエリーの役目だ。
「助力感謝する、冒険者たちよ。そなたらからは強い魔力を感じる。さぞや助けとなるだろう。よくぞこの死地に参じてくれた」
「そのことですが、父上。この者はゲートを使えます。万一の時は脱出を」
「いらぬ」
「父上!」
「リリアーネよ。万一の時はアルスを連れて逃げよ」
「父上……」
「ワシは逃げん。この里で200年暮らしたのだ。里が落ちる時はワシも運命を共にしよう」
「エルフの民はどうします!」
「アルスは王を継ぐにふさわしく育った。いよいよとなれば、エルフの民の脱出は義弟が指揮を執ることになっておる」
「諦めるのはまだ早いです、父上!」
「そうじゃな。だが状況は悪い。陸王亀を倒すための魔力を貯めようとしておるのだが、魔物どもの攻勢が厳しい」
「こ、この者が陸王亀を倒してくれます……」
自信なげにリリ様が俺を指さした。
「ええと。その、なるべく努力します」
弱気なご指名を受けた俺も自信なげにそう答える。断言などできようはずもないのだ。
「はっはっはっ。できることなら頼む! ふっ、うわーっはっはっはっは、げほっげほっごほっごほっ」
よっぽどツボに入ったのか、笑いすぎて咳き込んでるよ……
「父上!」
「あ、あなたしっかり!?」
「うう、すまん、げほっげほっ」
王様がふぅとため息をつく。かなり疲労が貯まっているのか、魔力の使い過ぎか。顔色が悪い。
「しばらく休む。何か動きがあったら起こしてくれ」
「はい、あなた」
王様はベッドに入るとすぐに寝息を立てた。
「母上。母上だけでも……」
「いいえ。わたくしもこの方と里と、運命を共にしましょう」
「母上……」
その時、寝ているエルフ王のまとった魔力がこちらに滲み出し、壁に近い位置で姫様たちのやりとりを見ている俺の前で人型を取った。
エルフ王の精霊か。女性形で淡いブルー。水っぽい感じだな。
(里を……王をお救いください……加護を持ちし者よ)
精霊の声にならない声が頭に届く。これは確実に俺向けに言ってるな……
「わかった」
俺が精霊に向かって小さくつぶやいてうなずくと、すぐにまた精霊はエルフ王の元に戻っていった。
「今のは何じゃ……?」
リリ様がぽかんとした顔でこっちを見て尋ねた。
「精霊の声が聞こえたんだけど」
リリ様には聞こえてなかったようだ。助かった。加護って言ってたし知られたら色々ややこしい。
「精霊はなんと?」
「里と王を救ってくれと」
「わたくしにも精霊の声は聞こえませんでした。それに精霊が独自に何かの意思を示すことなど滅多にないことです」
王妃が驚いた顔でそう言った。
「ねえ、何があったの?」
エリーが小さな声で尋ねてくる。
「精霊が人型になって話しかけてきた」
「精霊が見えたの?」
と、アンも聞いてくる。
「うん」
「わたしも見たい」
と、ティリカ。
「わたしはぼんやりとだけど見えました」
そうサティが言う。
魔力感知が高いと見えるのかな。俺がレベル5で、確かサティがレベル3だし。レベル3でもぼんやりと見える程度だと普通の人はまずお目にかかれないのかもしれないな。
「冒険者よ。名はなんと?」
「マサルです」
「マサルよ。わたくしからもお願いします。どうか、どうか里をお救いください」
「わかりました、俺にお任せください。全力を尽くしましょう!」
みんなの前でそう宣言をする。
王と王妃の覚悟を見て、弱気な気持ちは吹き飛んだ。
確かに魔力の制御には不安があるが、七割なんてちんけなことは言わずに俺の全魔力で陸王亀を倒してやろう!
その時、メニューが開いた。クエストが点滅している。
【クエスト 陸王亀を倒せ!】
陸王亀は7割程度の魔力で十分倒せる。
全力を出すと魔法が暴走する危険があるのでおすすめしない。
報酬 ???
クエストを受けますか? YES/NO
あ、うん。そうですか。
次回、エルフの里防衛戦③
「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた」①巻
ついに本日発売です!




