90話 エルフの里防衛戦① 【画像リリ様】
「開門! 開門せよ! 魔境から魔物が侵入した! 戦に備えよ!!」
エルフの突然の宣告に砦の内部が騒然とする。
伝令が走り、大きな門がゆっくりと開かれていく。
カーンカーンカーンと鐘が三度鳴らされた。
「もしエルフの里が落ちたらどうなる?」
門が開くのを待っているエルフを見ながら、エリーにそう尋ねてみる。
「次は当然この砦ね。そしてここも落ちるわ」
エルフは魔法を得意とする種族である。すべてのエルフが魔法を使いこなし、人の数倍の魔力を有する。里自体もかなり強力な要塞になっているそうだ。
そこが落ちる戦力が攻めてくるとなると、この砦など鎧袖一触だろうと。
「魔物が攻めてきたから警戒しておけってことでしょ。エルフが負けるなんてあり得ないわね」
エルフの里の人口はわからないが、千人単位のメイジがいて強大な要塞に篭っているのだ。ゴルバス砦に攻めこんで来た戦力を十倍したって落とせない。そうエリーは断言する。
だがちょっとまずくないか? クエストには陥落しそうって書いてあるんですけど……
いつまでもエルフを眺めていても仕方がない。クエストが出たことを告げようとみんなに向き直った時、サティが「あっ」と小さな声をあげた。
一人のエルフが俺の目の前の砦の壁の上に降り立っていた。突然の出現に驚いてリアクションすら取れない。フライか。
年の頃はエリーと同じくらいだろうか。綺麗な金髪をツインテールにしている。色素が抜けたような白い肌。長い耳。服や体を包むコート、装飾品も見るからに上等そうなものを身につけている。そして翼。実体じゃない。魔力の翼だ。
その翼は見てるうちにすぐに消えた。
「おヌシ……何者じゃ?」
バレた!? と一瞬思ったが、バレていたらこんな質問しないと思い直す。
この緊急事態にいきなり目の前に現れて何でこんなこと質問をしてるんだろう、このエルフさんは。
エルフさんには巨大な魔力がまとわりついていた。エルフ全体の魔力だと思ったのはこのエルフさん個人の魔力だったようだ。
それに体の周囲に魔力をまとっている人間など見たことない。魔力とは普通、体内にあるもので使う時だけ放出するものだ。エルフだけの特徴か、それとも他にもこんな感じのメイジがいて最近魔力感知を上げたから見えるようになっただけなのだろうか?
「ただの冒険者ですけど……あの、エルフの里の状況はどうなんでしょうか?」
目の前のエルフさんは不審で不穏だが、まずはエルフの里の状況を確認しないといけない。
「エルフの里は落ちるじゃろう。すまんが魔物はここで食い止めてもらわねばならん」
ダメだこれ……やはり俺の休暇は取り消し確定なようだ。いや、すばやい一撃で敵を撃退すれば……
「落ちるってそんな!? エルフが負けるんなんて」
エリーが驚きの声をあげた。
「妾もそう思っておった。だが時間の問題じゃろう」
「一体何があったんですか?」
アンが冷静に尋ねる。
「アンチマジックメタルを知っておるか?」
「エフィルバルト鉱ね。あれは使い物にならないって聞いたけど……」
エリーは知っているようだ。アンチマジックメタルという名前からなんとなく推察はできるが。
「わしらもそういう認識じゃった」
エルフの少女が詳しく説明してくれた。
アンチマジックメタル。名前の通り、魔法を阻害する金属である。数百年前、発見された当初は対魔法戦術に革命を起こすかと思われたが、結局のところ使い物にはならなかった。
まずは金属として非常に柔らかいことが特徴で、剣や盾、鎧として使うのには不向きである。
柔らかいことを考慮せずにアンチマジックメタルで鎧を作ったとしても、魔法を阻害する効果が弱く初級の魔法すら半減するのが精一杯。それくらいなら普通の盾や鎧でも十分事足りる。その上採掘量が少なく、一般にはほとんど出回っていない。
現在では加工がしやすく色が美しいので貴金属として装飾品などに使われているくらいだ。
「やつら、全長100mにもならんとする陸王亀に、体全体を覆うアンチマジックメタルの装甲をつけおったのじゃ」
大量に集めた効果か、それとも何か特殊な加工でも施してあるのか。エルフの攻撃魔法は陸王亀のまとうアンチマジックメタルの前にすべて霧散した。
陸王亀に対して物理攻撃の効果は薄いし、魔法以外の攻撃手段をエルフはほとんど用意していなかった。
「なんとか止めようと無駄な攻撃を繰り返したのが悪かった」
魔力切れである。一度魔力が底をついてしまえば、人の数倍の魔力をもつエルフの魔力回復は相応に時間がかかった。
「とりあえず落とし穴を作って時間稼ぎをしたんじゃがな」
巨大とはいえ、亀の一匹にたかが数万の魔物の軍勢。何ほどのこともなかろうと、砦に伝令すら飛ばさなかった。
エルフの里の戦力を以ってすれば問題なく殲滅できたはずなのだ。
だが魔力の切れたエルフには陸王亀どころか、オークを主力とする魔物の軍勢に対してももはや手立てはない。
そしてエルフの魔力切れを見計らったように、これまでの数倍の魔物の軍勢が攻めてきた。
魔物がエルフの里を迂回すれば今日中か、明日には砦に到達する。
陸王亀が来るまでには時間がたっぷりある。落とし穴で時間は稼いだし、まずはエルフの里を落とそうとするだろう。それに背中に余計な荷物を背負っているため、移動速度が極めて遅い。
「陸王亀を倒す方法はある」
魔法攻撃の一点突破だ。アンチマジックの効果以上の魔法を集中してぶつけてやればよい。
「最後の攻撃でほんのわずかであるが装甲にダメージが通ったのじゃ」
だが判明したところですでに魔力は枯渇しているし、陸王亀は元々防御に優れた生物だ。装甲をどうにかできても、その甲羅は魔法にすら高い耐性を示す。
100mという最大級の陸王亀である。普通に倒すだけでも難敵だ。
里はすでに完全に魔物に包囲をされている。エルフたちの魔力が回復する前に、里は陥落するだろう。
「せめて一部の者だけでもと、脱出してきたのじゃ」
だが疑問がある。何故このエルフはこの緊急事態に、俺たちのようなどこにでもいそうな冒険者にここまで詳しく説明をしているのだろう。
話の受け答えはエリーが主にやっているんだが、このエルフはことあるごとに俺の方をチラチラと見るのだ。
心当たりはありすぎるが、このエルフとは完全な初対面で俺を怪しむ理由はないはずだが……
「姫様!」
階段のほうから二人の騎士が駆け足でこちらへとやってきた。二人ともエルフだ。
「おお、ティトスにパトス。首尾はどうじゃ」
「冒険者ギルドは緊急依頼を発令してくれるそうです。国軍は周辺に知らせを飛ばし、できうる限りの動員をかけると」
「今日の宿を確保です」
ティトス、パトスと呼ばれた、重装備の騎士エルフがそう答える。双子か姉妹だろうか。とてもよく似ている。
「ご苦労。里には救援はいらんとちゃんと伝えたか?」
「はっ、砦の防備を固めるようにと申し伝えました」
「そんな!」
「ここまで手遅れになったのはエルフ自身の慢心によるものじゃ。今から軍を編成し、救援を出してもいたずらに被害が拡大するだけじゃろう」
盟約によればエルフは砦に救援を要請することはできる。だが、エルフの高いプライドがそれを許さなかった。
「姫様、そのものたちは?」
片方の騎士が胡散臭げな視線をこちらに向ける。
「冒険者じゃ」
「冒険者ならギルドに行くがいい。緊急依頼が間もなく発令される」
「こやつらは妾の護衛に雇おうと思っておる。そのための状況説明はもう済ませた」
色々と説明してくれると思ったら……
「冒険者を護衛に雇っていかがなさるので?」
「里に戻る」
しかも戦闘中の里に戻るとか言ってるし。クエストを受けるならむしろ都合はいいんだけど、こっちの意思を確認くらいはしたほうがいいと思うんだ。
「それは!?」
「戻るだけなら問題はなかろう。危うくなったらまた逃げてくればよい」
「魔力がもうないでしょう? それに危険です、姫様」
俺も危険だと思います。でもクエストがある以上行かないとダメなんだろうなあ。
このままクエストを見なかったことにしたいが、そんなことがバレたら殺される。主にアンに。
それにエルフを見捨てるのもきっと寝覚めが悪い。
クエストの発行をまだ知らされていない俺の嫁たちは、どうしていいのか判断がつかないようで、騎士と姫様の言い合いを眺めるのみ。
「このまま……このまま里が落ちるのを黙って見ていられるか! 父上も母上も兄上も全員戦っているのだぞ!」
「よく言ったわ! わたしたちが助けてあげる!」
エリーが景気よく姫様に向かって宣言をした。
「おお、やってくれるか!」
あー、もう。勝手にそんなことを……父親を魔物に殺されたエリーの気持ちはわかるし、どっち道戦うのは確定だし俺は別にいいんだけど。
だけど他のメンバーを見ても反対はないようだ。みんなわかってるんだろうか。話を聞く限り、ゴルバス砦の時より状況が悪い気がするんだが。
「しかし冒険者を数人連れて戻ったところで……」
「ティトスにはわからんか。こやつの魔力を」
俺を指差すエルフの姫様。
なるほど、魔力か。確かに魔力だけなら人の数倍はある。やっぱり使徒だってバレたわけじゃないんだな。
「確かに普通の人間にしては大きな魔力ですが」
「こやつの魔力に反応して妾の精霊が騒いでおる」
ティトスと呼ばれたエルフがじろじろと俺を見る。
「とりあえずギルドに行く? 緊急依頼がでるんでしょう?」
アンが常識的な発言をする。
だがそれじゃダメだな。もうすでに落ちそうになっているんだ。クエストにも急行せよって書いてある。
もし里を救いたいなら緊急依頼が出てから他の冒険者と一緒に、なんて悠長なことは言ってる暇はない。
「みんなちょっとこっちへ。あ、スイマセン。相談したいのでお姫様は待っててもらえますか?」
「お、おう」
みんなを連れて話を聞かれないくらい離れた位置に行き、集まって顔を突き合わせる。
「今さっき、エルフの里を救えっていうクエストが出た」
「なんですって!」
エリーが驚きの声をあげる。
「声が大きい。文面は――」
【クエスト エルフたちを助けよ!】
魔物の侵攻により、エルフの里が陥落しそうである。
エルフの里に急行し、これを助けよ!
報酬 パーティー全員にスキルポイント10
「どうする?」
「いいわね、10ポイント」
エリーはもう最初からやる気だ。クエストなど関係なしに里を救うため、戦うつもりだったのだろう。
「神様の出したクエストなのよ」
直接神様から下される依頼だ。アンには断るという選択肢はない。
「エルフのお姫様を助けてあげましょうよ!」
ティリカもコクコクとうなずいている。サティはエルフでお姫様ってところが気に入ったのだろうか。珍しく自己主張している。
「失敗したらゲートで逃げればいいしな。あまり無理をしない方向で……」
エルフのメイジ集団が対処できなかったアンチマジックメタルだ。絶対に無理だとは思わないが、俺に倒せるかどうかまったくの未知数だ。
だがどっちみち緊急依頼が出るなら、防衛戦には参加させられるだろう。姫様と一緒に行っても危険度は余り変わらない気がするし。
「何を弱気な。でもいいわ。いざって時のゲートは準備しておく」
クエストをもう一度確認して、YESを選択する。
「クエストを受けたぞ」
こうなったら覚悟を決めよう。一刻も早くクエストを終わらせて休暇の続きを楽しむのだ。
「いいか。安全第一で、全員怪我がないようにするんだ」
「もちろんよ。華麗にエルフの里を救って伝説になるのよ!」
「いや、そういうのはいいから」
伝説とかマジでやめて欲しい。今回もなるべく目立たないようにしたい。使徒だってばれそうな危険は犯せない。
「Bランクのうちは目立たないようにしようって決めただろ」
「このクエストを成功させればAランクは確実よ。問題ないわ」
「いや、そうかもしれないけど……」
「だいたいね、陸王亀を倒してエルフの里を救って。目立たないでいるってできるわけないでしょ?」
「う……」
なかなか痛いところを突いてくる。
「じゃ、じゃあ、目立たないように倒せばいいだろ。それにAランクも確実じゃないし!」
「いーえ、確実よ。エルフでも倒せなかった超大型種の討伐よ? まず間違いなくランクアップの申請は通るわね。それに報酬はどうするの? イナゴの時みたいにまたタダ働きとかイヤよ」
「ほ、報酬ならクエスト報酬があるだろ……」
「そうね、神様の依頼なんだし。この上報酬とか要求したら罰があたるわね」
アンが同調してくれる。
「うーん、報酬はそれでいいわ。マサルのおかげで借金は返せそうだし」
エリーの英雄願望は理解できるし叶えてやりたいが、こっちとしても派手なことをして使徒のことがばれるのは困るし、冬の休みも減らしたくない。
この辺りは今年は特に雪が少ない上に温暖な地域で雪がほとんど見れないが、今頃シオリイの町や王都、帝国方面は雪が積もっているだろうということだ。
雪で身動きがとれないし、魔物の動きもほとんどなくなる。冒険者はこの季節、みんな休暇を取るのだ。俺も休みが欲しい。
今回の件、クエストを無事クリアしたとしても、うまく立ち回らないと冬休みが壊滅的被害を被りそうな感じがひしひしとするのだ。
「でも緊急依頼が出るのよね?」
「そう言ってたな」
「ここで姫様に付いて行って、こっそり陸王亀を倒せたとしても、どこに行ってたの?ってなるわよ? 緊急依頼からの逃亡は重罪よ!」
いや重罪じゃねーし。罰金かギルドからの除名くらいなんだが……
「ギルドにはちゃんと報告上げて口止めを頼めばいいじゃないか」
「じゃあこうしましょう。姫様たちには軽く口止めをして、あとは成り行きに任せましょう。それで目立っちゃったらもうどうしようもないでしょ?」
大事なのはクエストを成功させ、エルフの里を救うことだと、アンはそう主張する。
「それくらいならまあ……」
なるべく目立たないように倒して素早く離脱しよう。
「それならいいわ。どう考えても派手になると思うし」
エルフの姫様のところに戻ると何やら口論をしていた。
「お前らも姫様に言ってやってくれ。せっかく脱出してきたというのに」
「跡継ぎは弟に任せればいい! だいたい継承権から言えば兄上が優先して脱出するべきじゃったのじゃ!」
「大勢を抱えて脱出なんて姫様しかできなかったから仕方がないでしょう。だいたい魔力も切れたのにどうやって戻るんです? 走るんですか? 姫様、体力ないですよね」
「半日も休めば魔力は回復するわ!」
「魔力回復薬、使いますか?」
エリーが姫様にそう提案をする。緊急事態用に常に数本、備蓄してあるのだ。
「妾の魔力はまだあるのじゃ。じゃが精霊の魔力が尽きておる。精霊は薬とか飲めんからな」
姫様の周りにたゆたっている魔力。これが精霊なのか。
フライは長距離の移動手段には向かない魔法だ。人数がふえると速度も航続距離もがくっと落ちる。一人で飛んだとしても途中で頭痛が起こり力尽きるし、魔力量の少ないメイジだと、魔力切れ状態で危険な森に放り出されるなんてことになりかねない。
だが姫様の説明によると、精霊魔法ならその弱点がない。魔法的存在である精霊なら魔力の連続使用による頭痛なんて問題は起きない。魔力量も人間の比じゃないし、精霊の魔力を使い果たしても使い手の魔力は温存される。
便利そうだな、精霊魔法。二系統の魔力タンクがある感じか。
「最上位の回復魔法でも使えれば精霊の魔力も回復できるのじゃが……ここの神殿におらんかの?」
エルフの姫がアンにそう尋ねた。
「わたしが使えます。回復しましょう」
「おお! まことか、神官殿!」
「ちょ、待ってください! 姫様、戻ってどうするというのです? 具体的に何か計画でもおありですか?」
「こやつらならなんとかできないじゃろうかって思ったのじゃ……」
ティトスと呼ばれた騎士にそう言われ、姫様は急に自信がなくなってきたようだ。
「なんとかって! そんなはずないでしょう! いくらSランクの冒険者でもこの人数では死ににいくようなものです!」
Sランク? 俺たちのことか?
「あの……俺らBランクなんですけど……」
「え? そうなのか?」
姫様がきょとんした表情でこちらを見る。
「何がSランクですか! 適当なこと言って!」
「こやつからすごい魔力を感じたのじゃ……それに奇跡の光も……」
どうやら姫様は俺の魔力を見てSランクと勝手に考え、ティトスに吹聴したようだ。
「あなた方も! Bランクごときで軽々しく助けるなどと、できもしないことを言わないでください!」
Sランクならもしや、ということがあるかもしれない。Sランク冒険者は時に戦局をひっくり返すだけの力があるのだ。だがBランクである。メイジ揃いのエルフから見れば、ごろごろしているレベルなのだろう。
「できるしやるわよ!」
ティトスのもの言いにかちんときたのだろうエリーが言い返す。
「ほ、ほら。こやつらもそう言っておる」
「お願いです。姫様を焚き付けないでください。王や王妃方は里と運命を共にするつもりです。この上姫様まで失っては……」
「大丈夫よ。危なくなったらゲートで逃げてくるから。そうだ、ついでにエルフの王様たちも助けてくればいいじゃない」
「ゲートまで使えるのか? 聞いたか、ティトス。父上や母上を救いに行くのじゃ! 妾の目には狂いはなかったわ!」
勝手にSランクって思い込んでノープランで声をかけてきたけど、確かに俺らを選んだのには間違いない。伊藤神のお導きでもあったのだろうか。
「ほ、本当ですか……?」
「ええ」
「わたしの目に誓って真実」
そう言ってティリカが普段外出中は目深に被っているフードを外す。
「あ、真偽官……本当に……」
「だから任せなさい」
「本当に、本当に王を救えるのですか?」
エリーの言葉にティトスさんは縋るような視線を向けた。
「いいえ! 救うのはエルフの里全てよ! 陸王亀はマサルが倒してくれるわ!」
俺かよ! いやまあ俺がやるんだろうけど。




