86話 農地開拓魔法
ナーニアさんのいるラルガノという村はガーランド砦周辺に点在する村の一つで、砦から徒歩で2,3時間くらいの距離にある。
ギルドを後にし、そのまま砦の外にでてフライを発動する。エリーがアンを抱えて、俺がサティとティリカを前後にひっつけた状態だ。
エリーは一度、村には来たことがあったので迷いなく見つけることができた。
壁に囲まれた小さな村だ。周辺は耕作地になっていて、空からは時々作業している人が見て取れた。
あっと思った時はもうエリーが門の近くに着地をしていた。仕方ないので後を追って横に降り立つ。
いきなり空から降り立った五人の人間。門番はたった一人。奇襲といっても過言ではない状況だ。
「な、何者だ!?」
驚き固まっていた門番が我に返り声をあげた。
「怪しいものじゃないわ」
だが黒ローブで顔も隠している人間が言ってもまったく説得力がない。
案の定、門番はその一言で余計に警戒したようだ。門脇にある警報用の鐘に手をかけた。何かあればすぐに鳴らせる体勢だ。
「あんたはちょっと黙ってなさい……」
乱暴な着地から回復したアンがエリーを押しのけて前に出た。まだちょっとふらついている。
フライの魔法は動きにかなり融通がきく。考えるだけで機動を制御できるので急加速に急停止、急旋回もお手の物だ。
ただしあまり急激な動きをすると飛行中に意識を失い大惨事、などということもあるようだ。飛ぶ時は限界をよく考えて安全運転を心がけるべきである。そう教えてくれたのはエリーなんだが、一番飛行が荒っぽい。本人はそれで平気なんだろうが、同乗者のアンはたまったものじゃないだろう。
「私は神官です」
見目も麗しいアンが名乗ると、門番の人もほっとした様子だ。神官なら小さな村を訪問しても不審な点はないし、どこでも好意的に受け入れられる。こういった接触はアンに一任しておくのが安心だ。決して俺が人見知りをするとか、門番の見た目がちょっと怖そうだとかそんな理由じゃない。適材適所ってやつだ。
「これはこれは神官様。よくいらっしゃいました。村へは何用でしょうか」
念の為にカードも確認し神官とわかったとたん、門番の人も実に丁重な対応である。
「人を訪ねてきたのです。オルバとナーニアという方がこの村にいると思うのですが」
タークスさんもこの村のはずだが、それはまあいいだろう。クエストの目的はナーニアさんだ。
「わたしは元パーティーメンバーよ。会いに来たの」
エリーが横から口を出す。
「では暁の戦斧の!」
負傷引退で里帰りしたとはいえ、Bランクのドラゴンスレイヤー。村では英雄、有名人である。
「彼らはどちらに?」
「今は村の外に出てますよ。あちらのほうへ進んだ、森との境界あたりです」
歩けば30分くらいのところらしい。距離にして2kmってところだろうか。
「ありがとうございます。そちらに行ってみます」
門番の人に見送られ、再びフライで飛び立つ。
全力でぶっ飛ばすエリーの後から追いかけて飛ぶと、ほどなく森が見えてきた。
「いました。あそこです」
サティの指差す方に進路をむける。数人が森の中で作業をしているようだ。エリーも気がついて進路を変えてきた。今度はちゃんとゆるやかな旋回をしている。アンに怒られでもしたんだろう。
森の手前で着地する。すぐにエリーも追いついて着地し、アンを置いて森の方へと駆け出した。
ナーニアさんらしき人が見える。エリーもそれを目ざとくみつけたんだろう。まっすぐそちらへと向かっている。
ナーニアさんと感動の再会を繰り広げているエリーは放っておいて、オルバさんに挨拶をする。
「お久しぶりです、オルバさん」
オルバさんとナーニアさんの他にも数人の若者が手伝って、森の木を切り倒しては運び出しているようだ。森の端には十数本の木が積み上げてある。
詳しい話を聞いてみると、こっちに戻って農業を始めると決めたのはいいが、使われてなかったり売りに出されている農地がどこにもない。近隣の村まで足を伸ばせばあったそうなのだが、やはり生まれ育った村がいい。
結局、村の近くの森を切り開く許可をもらって、昨日から開墾を始めているそうである。
森を切り開くのは重労働だが、すぐ隣には農地があり、水路が既にひいてある。村からの距離もほどほどだ。
人手も村の若者が数人協力してくれることになった。幾ばくかの報酬に加えて、剣術などを教える師匠になったそうだ。
一本一本森の木を切り倒し、根っこを掘り返し引き抜いていく。切った木は運びだして木材として活用する。それに小さい木や雑草、石や岩がごろごろしている。なるべく平坦な場所を選んであるが、それでもきちんと均さないと農地にはならない。
とりあえず春までに少しでも農地を作って、あとは数年がかりで広げる予定だそうだ。
この危険な異世界では居住場所は壁の中に限定される。別段、外で暮らしてもすぐに死亡とかそこまでの危険度はないが、一年二年と暮らしていれば魔物の襲撃は一回や二回じゃ済まされない。
たまに壁の外に住もうと思いつくやつがいても長続きすることはまずない。
結局寄り集まって壁を作り、いざという時はまとまって戦える戦力がないと長期に渡っては生き抜いていけない。
たとえばどこかに農地を作るのにいい場所があったとしても、そう簡単には開発することもできない。まずは安全な居住地の建設が必要だからだ。それゆえ村の所在地から遠くなるといくらでも土地が余っている。
「それでマサル君たちはどうしてここまで? エリーがわがまま言ったんじゃないといいんだけど」
神様の発行したクエストをクリアするためなんだが、そんなことを言えるわけもなし。
「エリーのわがままです」
神様のクエストにしろエリーのゲート用のポイント設定にしろ、エリー絡みではあるんだがなかなか説明もしづらい。そもそもの最初はエリーがナーニアさんの様子を見に行きたがったことなんだし、下手に言い訳するよりもいいだろう。エリーはまだナーニアさんといちゃついてるから聞かれてない。大丈夫だ。
「あー、なんだか済まないね……」
もう俺の嫁なんだし責任を感じる必要もないと思うんだが、四年も面倒を見てきたせいで少し負い目があるようだ。
「まあ半分くらいはそうなんですけど他にも理由はありますし」
「エルフでも見に来たのかい?」
「ああ、そうです。それもあります。色々見て回ろうと」
そう、エルフなのだ。ガーランド砦は魔境に接してはいるんだが、魔境との間にエルフの森が隣接している。森はエルフの独立領になっていて多くのエルフが住み、一般人は立ち入り禁止なのだが商取引はあるし、砦のほうにもちょくちょくエルフがやってくるという。
「エルフ! 見たいです!」
「しばらくこっちにいるし見れたらいいな、サティ」
「はい!」
「エルフの森へ行く商隊の、護衛任務とか受けてみたらいいんじゃないかな。エリーがBランクだし受けられると思うよ」
エルフの森へ行けるっていうんで人気のある依頼らしい。それをランクが高いと優先して回してもらえるとか。
「あ、俺もこの前Bになったんですよ」
「最初会った時Eランクだったよね……?」
ドラゴン討伐でDになって、ゴルバス砦でC、その後の森の往復修行でBだったかな。考えてみると中々のハイペースだ。
「結婚式の時はもうCでした。あの後、エリーに連れられてがっつり狩りを」
「あまり無茶なことをしてなきゃいいんだけど」
「魔境に行こうって最初は言われましたよ。さすがにそれは止めましたけど」
「ほ、本当にすまないね。メイジだしちょっとくらい攻撃的なほうがいいかと思って、わりと甘やかしてたところがあるから。なんなら僕の方から色々注意をしておこうか?」
「いえ、エリーには助かってますよ。うちのパーティーで唯一の経験者ですし」
まあちょっとやり過ぎなところもあるんだが、なにせまだ17才なのだ。あまり色々要求するのも酷ってものだろう。本来ならリーダーで年長の俺ががんばらないといけないところを任せているのだ。これ以上言ったらバチが当たるというものだ。
「上手くやれてるんならそれでいいんだけど」
その時、エリーがいきなり割り込んできた。
「マサル、オルバ! 話してないでやるわよ!」
「何を?」
「開墾よ!」
今日はもう午後も遅いんだが魔力はフライでしか使ってないので余裕があるし、明日から本格的に手伝うにしてもどんな作業か確認しておこうということになった。
「魔法で焼き払いましょう。一瞬よ」
そりゃメテオを使えば森は消滅するけど、土地も穴だらけになるな。単純に燃やしてもいいけど、森林火災になるのも怖い。
「切った木は回収して使うんだよ、エリー。すぐ隣には農地もある」
オルバさんがそうたしなめる。
当然だがエリーの案は却下して地道に切っていくことにした。俺やサティくらいの腕になると、剣でさっくりと木を切り倒せる。もちろんオルバさんや、ナーニアさんもその程度はできる。
とりあえず手伝いの若者の使っていた斧を借りて木を切り倒していく。彼らは今日は一日働いたので休憩だ。エリー、アン、ティリカの回収班がレヴィテーションで切った木を回収する。
俺が根っこを引っこ抜いていく。土魔法で土を掘り起こせば根っこの処理も楽々だ。
大きな木だけじゃなくて、低木や雑草、岩や倒木、色々と邪魔なオブジェクトがあるので全部取り除かなければならない。
思えば日本にいた頃TVで見た農地作りは、休耕地の復活で一からの開拓は見たことがなかった。重機もなしに人力でやるとなると、これは考えていたより手間がかかりそうだ。
邪魔な木やでかい岩もアイテムボックスで回収して、農場予定地の脇に積み上げておく。
雑用嫌いなエリーもナーニアさんのためだ。ずいぶんと熱心にやっている。
一時間ほどかけて木を切り回収してそこそこ広い農場予定地を確保した。すでに夕日が沈みかけている。ライトの魔法で照らして夜間も続行してもいいんだが、初日にそこまで無理することもないだろう。
それでも昨日と今日の作業で彼らが切り開いた森の数倍の面積が新たに追加された。
「さすがに魔法使いがこれだけ揃うと作業が早いね」
オルバさんはそう言うが、まだ大きな木や岩を排除しただけである。本当なら次は雑草や細かい石やなんやかんやを処理していくんだが、ちょっと面倒になってきた。時間も日没間近でさほど残っていない。
ここから残りの作業を土魔法で一気にできないだろうか?
「土魔法でこう、グワーッて感じで一気にだな」
「うーん。成功するかどうかわからないけど、試す価値はあるのかな。土と雑草が混ざって終わりなような気もするけど」
アンは少々懐疑的なようだ。
「やってみましょう!」
エリーは仕事が減りそうだと大賛成である。
「ま、試すだけ試してみよう。どうせ今日の作業はもうできないし」
みんなを退避させる。
地面をアースソナーで探る。土中の浅い位置にでかい岩が一個あった。土魔法で引き抜き、アイテムボックスに入れておく。天然物の頑丈そうでいい形をした岩だ。取っておいてもいいかもしれない。
農場予定地を見渡し、膝をついて両手を地面につけてイメージを練り上げる。この雑草だらけの場所を農業に適した土地に変化させなければならない。
土を掘り起こす。落ち葉や雑草を切り刻む。水も必要だ。細かい石とかはいらない。細かく粉砕しよう。
大事なのはイメージ。たくさん作物が取れる柔らかい土、豊かな土壌。
初めての魔法だ。慎重にイメージを固め、魔力を集中――
土魔法が発動した。
軽い振動が起こり、土が盛り上がる。残っていた低木や雑草があっという間に土に飲み込まれ、残ったのは50mプール二枚分ほどの面積の一面の茶色い土だった。雑草などはどこにもない。綺麗に消滅していた。
みんなで新たに誕生した農地に入って検分をする。柔らかく水を含んで湿った土は、すぐに種をまいても大丈夫そうだ。土がちょっと熱をもっていて、少し湯気があがっている。
魔力の消費もさほどではない。この分なら一日やれば広大な農場が確保できそうだ。
「なかなかいいじゃない。さすが私の旦那ね!」
エリーはご満悦だ。ナーニアさんにいいところを見せられて嬉しいのだろう。
「あとは壁も作らないとな。まあ明日にしよう明日」
「いやいや、待ちなさい。こんな土魔法みたことない。どうやってやったのよ!?」
アンの言うことももっともではある。俺もどうやったのか具体的に聞かれてもわからない。だが空中から水とか岩がでてきたり傷が一瞬で治るのだ。この程度不思議でも何でもない。魔法なんてそんなものだろ?
「そう……なのかな? 土魔法で農地を作るのなんて、やってるのはみたことないし……」
「土だけじゃないな。風と水も使ってると思う」
土が温かかったし、火も発動していたかもしれない。じゃないと草木がこれほど綺麗には消えないだろう。土魔法の錬金では草木は分解できないし、風で切り刻むだけとも思えない。
だが考えてみればメテオだって火だけじゃなくて、明らかに土魔法も混じっている。ファイアーストームなんか火と風だろうし、お湯は水と火の複合だろう。どの魔法もどうやってやっているのか聞かれてもわからないんだ。
今回の農地開拓魔法、3種か4種の混合で通常よりは制御が難しかった気はするが、全力メテオに比べればなんでもない。規模を広げて一気にやっても平気だろう。
ていうか、これってもしかして木を切る行程もいらないんじゃないだろうか。今回は木材も利用するからそれは出来ないけど、木や石がそのままの状態からやっても魔力消費が増えるだけな気がする。
「しかし悪いね。こんなに手伝わせて」
「なに言ってるのよ、オルバ。ナーニアのためよ。明日からもっと農場を広げるんだからね!」
主に俺がやることになるんだが。
「エリー……」
ナーニアさんがうるうるしている。借金の話を思い出したが、今ここでお金の話を持ち出すのはきっと無粋なんだろうなあ。後でいいか。
あ、クエストがあった。
クリアしてる! 5ポイントゲットだぜ!
ポイントの使い道を相談しないといけないな。エリーもやっと40ポイント。空間魔法を覚えられる。俺もイナゴの分はまだ手つかずだし。
「とりあえず村に戻ろうか。狭い家だけど招待するよ」
次回
ついに空間魔法レベル5の全貌が明かされる!?かもしれない
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