82話 旅路③
ティリカさん監修の尋問の結果、盗賊の拠点には案の定お宝はないことが判明した。金目のものは概ね身につけており、身ぐるみ剥いで出発と相成った。盗賊の装備や金目のものは後ほどノーマンさんに査定してもらい、俺達とファビオさんのところで分配することになった。
そして確認した結果、全員有罪だった。尋問結果は事細かに記録して、あとで盗賊を警察だか軍だか知らないが引き渡す時の証拠にする。真偽官が認定した以上、証言は事実に相違ない。
護送車には馬車の一台をあてた。荷物は全部俺のアイテムボックスに。馬車は土魔法で強化して頑丈な牢獄にした。盗賊どもを詰め込んで、蓋をすれば出来上がり。空気穴があるだけで、扉すらない完全な牢獄である。
盗賊たちは静かなものだ。騒いだり面倒を起こしたら殺すっていう脅しがきいているんだろう。いや、脅しじゃないな。本当にやるぞ、なんて念を押す必要もない。実際にやるし、それが許されている社会なのだ。恐ろしいわー。
「もし俺が皆殺しにしろって言ったら」
「皆殺し」
ティリカに聞いてみたらそう言ってうなずかれた。何故か選択権が俺にある。誰も異論は唱えないようだ。俺が見つけて、俺が倒して、俺が捕獲したから、俺が責任をひっかぶるのが当然とでも思っているんだろうか? 別に俺一人でやったわけじゃないのに。
真偽官がいるからとかは関係ない。それは事態を簡単にしただけで、例えばファビオさんのパーティーだけで同じ状況に遭遇して、同じように捕まえたとしたら、やはり生殺与奪権はファビオさんが握ることになる。
その時はどうしますっていう質問をしてみたが、やはり俺と同じような対応をするだろうと。殺伐とした異世界人でも、むやみな人殺しは嫌なものらしい。少し安心した。
「ただ、連れていけない状況なら――」
今みたいに馬車が使える時ばかりじゃない。もし安全に町なり村なりに連れて行く方策がないなら、もう殺すしかない。処刑である。現場の権限が強すぎじゃないだろうか。
異世界のリアルに嫌な気分になりつつも、嫁に慰めてもらうわけにもいかない今の状況である。現在位置は、囚人護送車の御者台。偵察は中止。一応、偵察もどうするか聞いみてみたが囚人を見張っててくれと。
自分で選択した以上きっちりと囚人の面倒は見なくてはならない。すぐ後ろにはうちの馬車がいるし、土魔法で作った牢獄はさらに硬化で固めてあり脱獄は不可能だとは思うんだが、だからと言って商隊の人たった一人に監視を任せるわけもいかない。
それに人間が七人もいるのだ。面倒事はやってくる。
「魔法使いの旦那! 魔法使いの旦那!」
盗賊が必死な声で呼びかけてくる。
「トイレだ。頼む、漏らしそうだ!」
トイレだ水だ食事だと、何かと世話も必要だ。別に閉じ込めっぱなしでもいいんだが、そうすると二日後にはこいつらは酷い有様になっているだろうし、もう面倒だと放棄してしまえば、じゃあ殺しましょうかという話になりかねない。
結局トイレは馬車内にトイレ用のツボを増設。縄などは仕方ないので解いてやった。食事もパンを朝晩だけ分けてやり、飲み水も水瓶を作って飲めるようにした。
全部外から魔法でやるから、危険も何もない。囚人達も大人しいものだ。
街道は峠にさしかかり、道は山間部を縫うように抜け結構な勾配があったりするものの、整備もされており進むには困らなかった。そして特に何事もなく馬車の列は進み、本日の野営地に到着する。街道脇にある、ちょっとした広場で小川がすぐ近くを流れている。
護送車は馬を外して、上から土魔法で更に覆いをかぶせた。馬車の牢獄を破れるとは思えないが念のためだ。
だがこれで夜の間の監視を緩くしても問題なかろうということになった。もっとも監視をゆるくといっても設置場所は野営地のど真ん中である。商隊は20人以上の集団であるし、俺達はもちろん囚人たちのすぐ隣に土魔法で即席の小屋を立てての就寝である。
「今日はお疲れ様。マサル」と、アンが布団に潜り込んだ俺を労ってくれる。
俺が土魔法で囚人を閉じ込めたり、自分たちが泊まる用の小屋を作ったのを見てた商隊の人達に、同じのを作ってあげてたのだ。もちろん「作ってくれ」なんて要求してくるわけじゃない。いいですなー、素晴らしいですなーなどと、羨ましそうに小屋を褒めるのだ。魔力は余ってたし、じゃあ作りましょうかとなる。この季節、夜の冷え込みが厳しいのだ。特にここは山間部である。彼らとて野営用の装備はきちんと持っているのだが、簡単な天幕では夜の寒さを防ぎきれない。
それで野営地には20人ほどが泊まれるよう、かなりしっかりした大きな家が建つことになった。商隊の人で大工が得意な人がいて、そこら辺の木から立派な扉も作ったので、見た目はもう普通の石造りの家だ。内部も部屋割りしてあるし、暖炉も作ったり寒さを防ぐため壁も分厚く頑丈に作ったので数年は余裕でもつんじゃないだろうか。
「旅ってほんとに面倒だな。帰りは俺達だけで帰ろうな。適当にゲート使ってさ」
「そうね、それがいい」
「行きも本当ならこんなに手間をかける必要もなかったのに。ナーニアが心配だわ」
「私はのんびりした旅も結構楽しいです」
盗賊団絡みで疲れたんだろうか、ティリカはすでにサティの横でぐっすりと眠り込んでいた。
嫁達と俺だけで自由気ままに生きたいわ。なんでこんなとこで囚人の世話したり家建てたりしてんだろうね、まったく。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日、旅五日目午後も半ばくらい。峠を何事も無く抜けて宿泊予定の村に到着したわけだが、やはり盗賊団の受け取りは拒否された。
小さな村である。捕まえた盗賊の処理をしろって言われても確かに困るよなあ。
村長さんによると、この村から一日の距離にある町にはこの周辺一帯の領主がいるので、こういう案件はそこで処理するんだそうだ。どうしてもここでというなら処刑しましょうかってなりかけたので、慌てて町に連れて行くことを約束する。こええってば……
「何かお困りのことはありませんか?」
俺の用事が終われば次はアンジェラさんの営業活動である。神官として町に行けば神殿を訪ね、神殿もない村ならこうやって布教という名のボランティア活動を行うのだ。もちろんやることは治療である。
重病人などはいないが、具合の悪いものは何人かいるそうで、村長宅で治療をすることになった。
それと今年は雨が少ないそうだ。捕まえた盗賊もそんなことを言っていた。それで水不足がなんとかならないだろうかって話なんだが、神官って雨乞いとかもできるんだろうか?
「違うわよ。井戸を掘るの」
なるほど。それなら土魔法だな。
ということは俺か!?
「お願いマサル」
そうアンにかわいくお願いされれば否応もない。無償の奉仕活動ではあるが、大事な嫁のお願いである。ほいほいやってしまうのだ。
井戸掘りは土魔法なら簡単なものだ。場所を決めて土魔法でごそっと土を引っこ抜くだけの単純作業である。深く掘る必要があったとしても手間は変わらない。
水脈が豊富なのか村長さんの指定がよかったのか三箇所の井戸を掘り、全ての場所できちんと水が出た。
水が出たのを確認したら周りの壁をきっちりと固め、あとは囲いやら屋根やら作ればどこから見ても立派な井戸の完成である。
井戸を掘ったあと、村の壁の外にある農業用水をためてある溜め池も見せてもらう。溜め池は水位が下がって底が見えているような状態だ。
細い小川を引き込んであったんだが、それが今年は水量がほとんどないそうである。井戸水を使って騙し騙しやってきたのだが、それも限度がある。このままでは作物が枯れてしまうかもしれない。
「井戸を掘るのもいいけど、直接魔法で水だしちゃだめなの?」と、思いついたことを言ってみる。
「そんなの魔力がいくらあっても……」
「魔力なら大量にあるよね?」
アンがはっとした顔をしてこちらを見る。
魔力で出す水ってどこから湧いてくるんだかよくわからないんだが、MP消費はそれほどでもないし、本気を出せばかなりの量が出せるんじゃないだろうか。うちは四人もメイジがいて全員スキルで魔力量は増強してあるし、四人ともに水魔法は問題なく扱える。
そして早めに宿に入ってもすることもないので、全員ぞろぞろとついて来ている。
「じゃあみんな、お願いできるかな?」
「それくらいいいわよ」
「手伝う」
さっそく溜め池に向けて水を放出する。四人で一斉でともなるとかなりの量だ。
この大量の水はどこから出てくるんだろう? 空気中の水分にしては多すぎるし、空気を元素変換でもしているのか、水自体を召喚でもしているんだろうか。本当に魔法って謎である。
干上がりかけていた溜め池の水位がみるみるうちに上がっていき、村人達から「おおおおおおー」とどよめきが起こる。
水位が七、八割程度に戻ったところでみんなの魔力が切れた。だが村人達は大喜びである。新しい井戸3つとこの溜め池の水で当座はしのげるだろう。雨が降らないと根本的な解決にはならないが、それはもう雨乞いでもしてもらうしかない。
終わったあとは村長の家に招かれて歓迎会である。宿に篭って嫁とのんびりといちゃつきたいところであるが、下にも置かない歓待ぶりで断れる空気ではない。それに治療のほうがこれからなのだ。
村長の家の一室に移動し、やってくる村人達の治療を進める。こういった神殿がないような村には定期的に神官がやってくるらしく、村人も手慣れた感じで順番に治療を受けていく。
ボランティアなのでもちろん無償だ。だが治療を受けた村人達は丁寧に神と神殿、そしてアンジェラに感謝の言葉を述べ、時にはうちの畑で取れたものですと、野菜などの作物を置いていく。
魔力は残り少なかったが、幸いひどい病気や怪我の人はいなかった。寒い季節なので風邪の人や、お年を召した方々で具合の悪い方が数人いたくらいだ。俺とアンとエリーの三人で交代で治療していれば、自然回復分くらいで魔力は十分に事足りた。
治療に受けに来た人は十人ほどで、30分と経たずに治療は完了した。
終わったあとは宴会である。村長宅のなかなかに広い食堂ではすっかり準備が整っており、村人達で賑わっていた。俺達は上座で主賓である。だが隠密で気配を殺していればみなスルーしてくれる。本当に使えるスキルである。色々出された料理やお酒をサティやティリカと一緒に味わっていれば、村人への対応はアンと何故かエリーがやってくれている。
「情報収集よ」とのことである。本当に優秀な嫁で助かる。
話題はやはり日照りと盗賊のこと。
日照りのほうは春になれば雪解け水で川の水量が増えてなんとかなるのだが、このままでは水不足で作物が枯れるのも覚悟していたのだという。今回の井戸掘りと水の補充は本当に何度もお礼を言われた。
盗賊の方は寝耳に水だったようだ。
盗賊が近辺に出没するとなると非常に面倒な事態だ。7人程度というなら軍や領主が動いてくれるかどうかもわからない。
村総出で山狩りにでもなると、命がけのミッションである。助っ人の冒険者などを雇うにしても貧乏な村では負担がきつい。
それを事前に見つけて狩っておきました。無償です。そりゃあありがたいことだろう。
俺はでしゃばるつもりは皆無なので、アンや神殿の功績ってことにしておいた。神様の株も上がりまくりである。
だけどこの力は神様からもらったものだし、おおむね間違っていないのだろうと思う。
宴会は早めに切り上げさせてもらった。水出しや治療では無理をせず魔力を残してはいたが、やはり使いすぎると疲労感はある。魔法使いのそこら辺の事情は一般にも知られているので、すぐに解放してくれて部屋に案内された。
村長宅の一室で、宿にはすでにこちらに泊まると連絡をやったという。
エリーはすでにふらふらしていた。俺も酒が入ったし、ナニもせずにさっさと寝た。人の家だしな……
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旅6日目。峠は抜けたのでまた平地で田園風景がちらほら見えてきた。交代しようかって話もあったが、相変わらず俺が囚人護送車の面倒を見てる。何かあった時に一番対応力があるのは俺だし、土魔法を扱えるのは俺とエリーだけだ。そしてエリーさんはこういう雑用が大っ嫌いである。
「どうしても。どうしても! っていうならやるけど」
「いえ、俺がやります……」
すっごくイヤイヤこう言われては俺がやる他はない。サティやティリカは付き合うと言ってくれるが、御者席には三人乗ればぎゅうぎゅうである。長旅であるし、無理をすることもない。
夕刻には大きな町に到着した。シオリイの町並に立派な壁に囲まれており、周辺は耕作地が広がっている。
町の入り口で商隊と別れ、門番の兵士に捕まえた盗賊を見せて事情を説明する。交渉はファビオさんがやってくれた。長く冒険者をやっているので、こういったことも何度も経験しているという。
「よくやってくれた。調査ののち、規定の報酬を払おう」
だがしかし。いきなり盗賊捕まえました。奴隷として売り払いたいですなどと言っても、調査や確認などで急いでも丸一日は待たねばならないのだが、そこはそれ。うちには真偽官さんがいらっしゃる。
「その必要はない。こいつらは私が尋問済み」
そう言って、ティリカさんが出て行けば即完了である。
「三級真偽官ティリカ・ヤマノス。任務のためにこのパーティーに同行している」
「真偽官殿ですか!?」
片方が赤目の人間なんて他にはいないし、ギルドカードにもちゃんと真偽官と記載してある。カード偽造やなりすましは誰も心配する様子もない。
こんなにあっさり信じて大丈夫なんだろうかと思うが、真偽官みたいなのがいれば良からぬことを考えても、見つかった瞬間芋づる式に摘発なんだろう。そういった詐欺行為は全く割に合わないということか。
ティリカのお陰で扱いは格段によくなり、尋問の記録も取ってあることだし、簡単な確認のみですんなりとこちらの言い分は通る。
そしてすぐに盗賊どもを売っぱらったお金は手に入ったんだが、これが思ったより少なかった。
「人を殺したことのある盗賊とか購入したい?」とエリー。
買いたくないな。それで買っていくのは肉体労働系で鉱山、軍みたいなところが主らしい。
とにかくようやく盗賊の監視から解放されてほっと一息である。盗賊の持ち物やらの分と合わせて金貨50枚ほどが分配後のうちのパーティーの分け前である。討伐から輸送まで含めて三日間の仕事で500万円は十分な報酬だろう。
まあここから更にパーティー内で分配するんだが。
旅の間、生活費はそれほどかかってないとはいえもうちょい収入が欲しいものだ。
道中にオーク軍団でも出ないものだろうか。
次回更新は来週末くらい予定です
>>道中にオーク軍団でも
ぴこーん!




