79話 出発前のお話
おれが軍曹殿に絞られてぐったりしてる間も嫁達はちゃんと動いていたようで、ナーニアさんの村へと向かう商隊を見つけてきてくれていた。今日はその顔合わせに冒険者ギルドにやってきている。
「ほら、しっかり歩きなさいよ」
ふらふらしてたらアンに怒られた。誰だか知らんが、なぜ朝一で呼び出すのか。昼くらいなら復活してるんだが、今はまだどうにも力が出ない。
「特訓のダメージが抜けきってないんだよー。あと五時間は寝かせて欲しい」
日が落ちてから軍曹殿の特訓。そのあとはご飯を食べて、きちんとお風呂に入って、更に嫁の相手も欠かさない。そうすると寝るのがかなり遅い時間になるのだ。体力も消耗しているし、睡眠不足がすごくつらい。
「リーダー不在じゃ契約ができないのよ。だいたい昨日のうちにちゃんと言ってあったでしょ。帰ったらまた寝かせてあげるから、今はしっかり歩きなさい」
そうだっけ? 聞いたような気がしないでもないけど、馬車の手配は任せっきりでいいと思ってたしなあ。
「だいたいなんで契約とかいるんだよ。乗せてってもらうだけだろ?」
「交渉したのよ。運賃タダの代わりに護衛もするってね」
「また夜警とかするの? あれ次の日眠いんだけど」
「夜警はなしね。働くのは敵が来た時だけってことにしておいたわ。それならいいでしょ?」
「それならいい」
それならいい。だからもう帰ってもいいだろうか。マジで眠いんだけど。
冒険者ギルドの二階の会議室に行くと、既に数名の人が待っていた。
「やばい、マジで眠い。寝そう」
エリーに顔を近寄せてこっそりと言ってみる。
「がんばって起きてなさい。話は私がやるから、マサルはうんうんうなずいてなさい」
「わかった。手短に頼む」
椅子に落ち着くとまた眠りそうになるのを必死でこらえる。たまにエリーが蹴ってくるのでそれに合わせてうんうんとうなずいておく。
正面のひげ面のおっさんがおれに向かって何か言っている。これもとりあえずうなずいておけばいいのかね。
「それでは訓練場へ行こうか」
訓練場?何の話だろう。軍曹殿との特訓にはまだまだ時間があるし。
「ほら、立って。ほんとにもう。大丈夫なの?」
エリーに腕を引っ張られ立ち上がる。
「眠い。もう帰ってもいいか?」
「もしかして適当にうなずいたの?」
「うんうんうなずいとけって言ったのエリーじゃないか」
「ファビオさんがマサルの腕を見たいって」
「ふーん?」
「今から戦うのよ?」
「誰が?」
「マサルが」
「誰と?」
「ファビオさんと」
「ファビオって誰?」
「マサルの正面に座ってたでしょう」
「ああ、あのひげの」
「そうよ。大丈夫なの?」
「眠い」
「いい加減目を覚ましなさい!」
頭をぱしんと叩かれた。とにかく眠いものは眠いのだ。
メインのグラウンドは現在閉鎖中だ。なので、サブグラウンドにはそこそこ冒険者が集まっており、おのおの訓練をしていた。すでにひげ面は木剣を持ってウォームアップをしている。ひげ面はおれより頭ひとつ分くらいは高い。がっしりとした体格に相応の筋肉もついている。
見た目は強そうだが、剣を振る様子を見ると中級クラスっていうところだろうか。最近、大雑把にではあるが、強いか弱いかくらいは見分けがつくようになった。うまく言えないが、強い人は動作が違うのだ。
サティが木剣を渡してくれたので受け取る。軍曹殿と鉄の剣でやっているので木剣がとても軽く思える。こいつもまともに食らったらシャレではすまない威力があるんだが。
ひげ面がニヤニヤして剣を構えている。なんかむかつくひげだな。要はこいつが喧嘩を売ってきたんだな。たぶんそういうことなんだろう。きっと俺に嫁が四人もいるのに嫉妬したんだ。
「防具はいらないのか?」
そうひげ面が聞いてくる。そう言えば服は普段着だし、盾も出してないな。防具はつけるの面倒だしいいや。盾だけ出しておこう。
「これでいい」
盾を出すと無造作にひげ面に歩み寄る。
「どうした? やらんのか?」
手を伸ばせば届きそうな距離に歩み寄って、ひげ面にそう聞いてやる。あくびをしながら。挑発したんじゃないぞ。本当に眠いんだ。
「行くぞ」
おれをギッと睨んだひげ面が打ち掛かって来るのを、ひょいっとかわす。心眼も回避も問題なく仕事してるな。なんで軍曹殿の攻撃は避けられないんだろうと、ひげの攻撃をかわしながら考える。まともに食らえば一撃で終わりそうなかなり鋭い攻撃ではあるが、動きを読むのは難しくない。
「くそっ。ちょこまかと逃げてばかりっ」
そうだな。そろそろこっちも攻撃しないと終わりそうにない。一歩踏み込み、ひげの攻撃を盾で受けるとカウンターでひげのヘルムをコツンと叩いてやる。明日から同行するんだし、怪我させるわけにはいかんしな。
だが、ひげは更に攻撃を続行してくる。おい、ひげ。実戦なら今のでお前死んでるぞ?大人しく負けを認めとけ。
仕方ないので、再びひげの攻撃をかわしながら肩、胴にも同じように軽い攻撃を当ててやる。普通の冒険者ってこんなもんなんだよな。軍曹殿が異常に強すぎるんだ。
だが、ひげは余計に興奮したようだ。顔を真っ赤にして更に突っかかってきた。往生際の悪いことだ。
いい加減ひげ面を拝むのも飽きてきたし、かわしざま首に強めの攻撃を当ててやる。倒れるほどじゃないが、息はつまっただろう。さすがにこれでひげの動きが止まった。
「今のでお前は四回死んだぞ。次はほんとに死んでみるか?」
顔を近づけてドスの利いた声で告げてやる。
「ま、まいった」
ひげが顔を青くしてやっと負けを認めた。まいったじゃねーよ。最初の一発で分かれ。このひげが。
「もう帰ってもいい?」
振り返り、後ろのエリーに聞いてみる。立ち会いが終わってまた眠気が襲ってきた。
「いいわよ、帰りましょう。それではファビオさん、明日からよろしくお願いするわね」
二度寝から起きると昼過ぎくらいだった。食堂に行くとエリーとアンが居て食事の準備をしてくれる。
「それにしたって今朝のはなかったよ」
「ほんとにね」
アンの発言にエリーも同意する。
「今朝って?」
「ファビオさんよ。あのあと一応謝っておいたけど」
アンがそう言う。ファビオって、あれか。あのひげか。
「全然話聞いてなかったんだけど、なんで勝負することになったの?」
そうアンに聞いてみた。半分寝てたからなんでそういうことになったのか、全然覚えてない。
「マサルの態度が悪いから怒ったんでしょうが。半分寝ながらろくに話も聞かないから」
あれ?喧嘩売られたのかと思ってたんだけど、もしかしておれが悪いの……?
「マサルが悪いね」
「マサルが悪いわよ」
うわー、やべえ。明日会ったらちゃんと謝っとこう。
「そうしなさい。ところでそのパスタ。味はどうかしら?」
「美味しいよ?」
嫁の作ってくれた料理は基本的になんでも美味しい。今週、たまに出てきたエリーの失敗作も最初のほど酷くはなくて、味は微妙だがちゃんと食べられるものだった。
「私が一人で作ったのよ」
改めて味を確認してみる。トマトソースのパスタなんだが、普通の味付けで普通に美味しい。これをエリーが作ったと言うのか。
「すごく美味しいよ、これ!」
「そうでしょうそうでしょう」
メニューを見ると料理スキルLv1がついてるし。ついにやったんだな!
「苦労したわよ。言うこと聞かないから」
エリーは相変わらずオリジナル料理を作ろうとするらしい。だがどうも聞いてみると、食べたことのある高級料理を再現しようとしていたようだ。アンは家庭料理がメインだし、俺はもちろん日本の料理しか作れないから教えることはできない。
それで高級料理を作ろうとすると、自分の感性に従ったオリジナリティあふれる作品になると言うわけだ。やりたいことはわかるが無謀すぎる。
「さあ、マサル。約束通り、新しい唐揚げのレシピを伝授してもらうわよ!」
そう言えばそんなことも言ってたな。
「わかった。じゃあ試しに作ってみるか。今までの唐揚げレシピと違うところはだな……」
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午後からは初心者講習会の最終日である。ウィルの首輪が外される場面は、自分の時のことを思い出してちょっと涙が出た。
一週間のブートキャンプを生き残ったウィルは、すっかり逞しく精悍な感じになった。激しい訓練でやせ細っただけの気もするが。
「済まなかったな、ウィル。こんな仕打ちをして。恨んでくれてもいいんだぞ」
そして今後は俺の周りをちょろちょろしないで欲しい。
「兄貴、俺、俺……感謝してるんすよ」
「お、おう。そうか?」
「俺、兄貴のこと全然わかってなかったっすよ。剣も強くて魔法もすごいのに、その上あんな死にそうな訓練するなんて。俺、自分がどんだけ甘いかよくわかったっす」
やっと終わって安心してるのに、あまり思い出させるな。思い出すだけでちょっと嫌な汗が出るんだ。
「俺、もっと強くなるっすよ! そしたら今度こそ兄貴の弟子にして欲しいっす!」
それはまだ諦めてないのかよ。
「とりあえず、俺は明日の朝から遠征に出る。当分家には戻らんからな」
「え? じゃあ俺はどうするんすか?」
やっぱりタカるつもりだったか。
「庭の小屋なら自由に使ってもいい。あとこれをやる。大事に使えよ」
金貨を一枚渡してやる。日本円にして十万円くらいだ。
「がんばって稼いで絶対に返すっすよ!」
「そいつは餞別だ。返さなくてもいいぞ」
厳しい訓練によく耐えていたしな。これくらいはくれてやってもいいと思う。
「兄貴……」
ウィルはジーンとしてるようだが、金貨一枚くらいは端金だ。今回の往復での収益は金貨三百枚ほどになった。日本円で約3000万円。俺個人の分け前も金貨五十枚ほどもらった。それで魔法剣に耐えられる武器を買おうかと思ったんだが、残念ながら金貨五十枚では足りなかった。今のところお金の使い道がないのだ。
「ほら、お前の仲間が待ってるぞ、行ってこい」
訓練生が離れたところからこちらも見ていた。俺がそちらを見たのに気がついて、頭を下げてくる。
「じゃあ兄貴、お気をつけて」
「おう。お前は死なないようにな」
仲間も出来たようだし、今度はそう無謀なことはしないだろう。
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翌日、待ち合わせ場所である商業ギルド横のちょっとした広場に行くと、商隊が既に待機していた。どうやら俺達のパーティーが最後らしい。馬車は二頭立てで全部で五台。縦列に並んでいる。最後尾の馬車の横にはまだ結構な荷物が積んであった。今から積み込むんだろうか。
「そこに積んであるのはマサルが持つのよ。一台うち専用にしてもらう代わりにアイテムボックスで荷物を運ぶの。ゆっくりできる方がいいでしょ?」
なるほど、確かにそうだ。けど、どう見ても馬車一台分以上あるんだけど。
「これとこれは仕事の依頼分よ。ちょっとしたお小遣い稼ぎね」
商隊の持ち主である、ノーマンさん立ち会いの元、一箱ずつ確認しながらアイテムボックスに収納していく。この荷物は終点である、ガーランド砦まで持っていけばいいらしい。
「いやあ、今回はBランクのパーティーが来てくださって本当に安心ですな。道中よろしく頼みますよ」
砦までは約二週間。移動は王国内で決まった街道を通るのではあるが、辺境に近づくに従って危険は大きくなる。だが予算の都合もあるから単純に護衛を増やすと言うわけにもいかない。そこにBランクのパーティーが無料で随行してくれると言うのだから、ノーマンさんはホクホクだろう。
出発前に謝罪を済まそうと周辺を見渡すが、ファビオさんの姿が見えない。もうすぐ出発だし、いないはずはないんだが。
先頭の馬車のほうにぶらぶら歩いて行くと、数人が雑談をしていて、その中にファビオさんがいた。声をかけようと近寄ると、ファビオさんが突然忙しそうにスタスタと歩いて俺から離れていく。だけど今たしかに俺のほうを見た。もしかして避けられてるのか。他のパーティーメンバーらしき人も俺と目を合わそうとしない。
「謝りに行ったらなんか避けられたんだけど。もう謝らなくてもいいか?」
仕方ないので戻ってエリー達に報告する。
「そんなわけにいかないでしょ。二週間一緒に旅するのよ。ギクシャクしてたら困るでしょ。ちゃんと謝って来なさい」
「へーい」
出発までにそんなに時間もないし、さっさと捕獲する必要がある。普通に近寄れば逃げられるし、ここは隠密だな。位置は気配察知で捕捉している。
まっすぐ近づけばさすがに気がつかれる恐れがあるので、隠密を発動しつつレヴィテーションで馬車の上に浮かび上がる。上方からファビオさんを確認し、後方に静かに降り立つ。都合のいい事に他の人から少し離れて一人だ。
ポンとファビオさんの肩を叩く。
「ひぃ」
振り返ったファビオさんが、俺を見て引きつった小さな悲鳴をあげた。いかん。謝りに来たのに驚かせてしまったようだ。でもこうでもしないとまた逃げられたら困るしな。とりあえずさっさと謝罪を済ませてしまおう。
「あー、昨日はなんかすいませんでした。首、大丈夫でした?」
「あ、いや。全然平気だよ」
「そうですか? まだ痛むようでしたら治癒魔法も使えますし、治しますよ」
そう言って手を伸ばすとファビオさんが一歩後ずさった。
「いいんだ。神官の人が治してくれたから」
アンがやってくれたのか。それにしてもなんでこの人は俺を怯えたような目で見るんだろう。立ち会いもすごく手加減したはずだよな。
「昨日は寝不足でね。ちょっと態度が悪かったかなって」
「いやいや、こちらこそ試すような真似をして本当に悪かった。お願いだからもう許して欲しい」
あれ? 悪いのは俺じゃなかったっけ?
「あ、うん? じゃあそういうことで。これから二週間ほどお願いしますね」
なんか違う気もするが、とりあえずこれで大丈夫だろうか。
見ると馬車の周辺が慌ただしくなって来た。そろそろ出発するみたいだ。アンがこっちに来いと手を振っていた。
「出発するみたいですね」
「そ、そうだね。急がないと!」
そう言うと、ファビオさんは馬車の方へとそそくさと歩いて行った。本当になんなんだろう、あれ?
後日判明したことだが、絡んできた冒険者を火魔法で焼き尽くそうとしただとか、嫁に手を出そうとした貴族を巨大ゴーレムで踏み潰そうとしただとか、そんな感じの俺の噂をファビオさんはどこかから聞いていたようだ。どこの暴れん坊だよ、それ!
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