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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第四章

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76話 ブートキャンプ

 夕食を食べたあとはウィルを庭に追い出して、居間にて家族会議である。今すぐと言うわけではないが、今後の予定を決めなければならない。


「私は王都かナーニアのところがいいわ」


 おれも他のメンバーも特に行きたいところがなかったし、転移ポイントを増やすべきだと思うので異論はなかったのだが、提案したエリーが迷っていたのだ。王都までは五日、ナーニアさんのいる村までは大体二週間はかかるらしい。王都に行って獲物を売り払えばここで売るよりは多少値段がよくなる。だが多少程度だし、王都を優先する理由も特にない。


「別にどっちでもいいんじゃないか?高く売れるって言ってもほんの少しなんだろう?」


「そうなんだけど、今回は量が量なのよ。かなり差がでるわ」


「いっそフライで飛んでいく?」


 フライで王都まで一気に飛んで行けばいいのだ。


「それはやめておいたほうがいいわよ」


「どうして?馬よりずっと早いだろ。休みながら行けば魔力も大丈夫だろうし」


 空の魔物に襲われるとかか?確かに飛行中は無防備ではあるが、探知もあるし事前に迎撃準備をすれば問題はないだろうと思う。


「フライの継続時間は個人差があるけど五分か十分くらいが限度ね。それ以上だと頭痛がしてくるの。酷いのよ?」


 あまりの痛さに魔力のコントロールが維持できなくなる程だという。


「マジか……」


 レヴィテーションもフライよりは長時間使えるらしいが、これも同様だ。要は魔力の連続使用がまずいらしい。牛に追いかけられた時どれくらい飛んでいたっけ?魔法を使う時はティリカに支えてもらってたけど、十分は超えてたような気もしないでもない。


「習う時に教えてもらうんだけど、大抵の人は先に魔力が尽きちゃうから関係ないのよね」


 つまり人間は宇宙に到達できないと言うことか……宇宙服みたいなのを作っていつかやろうと思ってたのに。残念だ。とても残念だ。


「やっぱり王都にしましょうか。あんまりわがまま言っちゃダメよね。ナーニアのところはそのあとでゆっくり行けばいいし」


 おれが宇宙に行けないことにショックを受けているうちにエリーが心を決めたようだ。


「お金くらい別にいいのに」


 どうせこれからもいくらでも稼げる。


「そんなのダメよ! お金は大事なんだから!」


「そうね。よく言ったわ、エリー。今回は王都にしましょう」


 その時だ。メニューが勝手に開いてクエストのところが点滅しだした。久しぶりだな、これ。


 恐る恐るクエスト欄を開いてみる。



【クエスト ナーニアさんを助けよう】

慣れない農場生活で苦労しているナーニアさんを助けてあげよう。

特に急ぐ必要はないが王都に寄り道はしないほうがいい。

報酬 パーティー全員にスキルポイント5

クエストを受けますか? YES/NO



 すっごい怪しいんだが。王都に行くと決まりかけた途端、このクエストだ。つまり王都に行くなと言うことか?それともナーニアさんのほうに何かあるってことなんだろうか。でも王都に寄り道するなと念を押してるところを見ると、どうも王都には行かせたくないような感じだ。


「どうしたの? マサルは王都行きは反対なの?」


 アンがそう問いかけてくる。


「ええっと――」


 話すかどうかちょっと迷ったが、クエストのことをみんなに説明する。


「急いで行かなきゃ!」


 エリーが立ち上がって言う。エリーが知れば当然そうなるよな。


「まあ待てって。急ぐ必要はないって言っただろ。指示は三点だ。ナーニアさんを助ける。急ぐな。王都に寄り道はするな。どれも絶対に何か意味がある。クエストを受けるなら指示は守ったほうがいい」


 前回の神殿のクエスト。あれを受けなかったのはもしかしてまずかったのかなあ。特に不具合が発生してる気はしないが、ちょっと心配になってきた。今回のクエストも含めて伊藤神に日誌で聞いてみるか。


「もちろん受けるわよね?」


「当然よ。神様の出すクエストなのよ。断るなんてあり得ないよ」


 エリーとアンがプレッシャーをかけてくる。すいません。前の時、断りました……


「ちょっと保留にしていいかな?急ぐ必要はないみたいだし、確認したいこともある」


「マサルがそう言うなら」


「とりあえず先にお風呂入っててくれる?」


 居間のテーブルに移動して、日誌を開く。アンとエリーがついて来て両脇から覗きこむ。サティとティリカは先にお風呂に行った。


「ねえ、なんて書いてあるのよ?」


「秘密」


 日誌は少し前に二冊目になっており、それ以来全部日本語で書いている。世界の滅亡に関する考察も時々するし、今は前回の神殿のクエストのこともある。読まれるわけにいかないのだ。


「だめよ、エリー。無理に聞いちゃ。神託なんだから」


 その割にはアンもばっちり日誌を見てる。異言語で書かれた神様宛の日誌である。アンは何やら高尚なことが書いてあるのを期待してる節があるのだが、内容のほとんどはおれの個人日記だ。読み聞かせたらきっとがっかりするだろう。


 質問を書き連ねて日誌をアイテムボックスにしまい込む。クエストを発行中なんだから確実に監視はしてるはずだ。もし答えてくれるなら少し待てばいいだろうか。その間、お風呂に入っておくか。


「やっぱお風呂に入るよ。二人も一緒に来る?」


 来ないそうだ。残念である。全員で入るとすっごく狭いけど、それがいいんだけどなあ。どうも他のみんなには不評のようだ。お風呂場の拡張もそのうち検討してみるか。




「二人はクエストのことはどう思う?」


 たっぷり洗ってもらって満足したあと、湯船にサティとティリカの三人で浸かりながら聞いてみる。


「マサル様が思うようにすればいいと思います」


「私もそう思う。選択権があるというのが重要な気がする。本当に何かをやらせたければそういう神託にすればいい」


「そうだよなー。強制ってわけじゃないんだよな」


 今回はYES以外あり得ない気もするが、それにしたってモヤモヤする。さて、お風呂からあがったら回答は来ているだろうか。




 来ていた。


『前回も今回も、どちらを選んでも問題はない。ただし、今回のクエストを受けるなら日程は守るべきである』


 ティリカが横に来て日誌を覗き込んでいた。サティはお風呂係なので、まだお風呂にいてアンとエリーの面倒を見ている。


「どっち選んでも問題はないって」


 日程を守れっていうのは休暇のことだろうな。エリーあたりがすぐに行きたがるだろうけど、それじゃ神様的に都合が悪いんだろう。行こうと思えばどらごで飛んでいけるのだ。それをせずに馬車でも乗り継いで普通に行けってことだな。


「クエストの是非は置いておいても5ポイントは魅力的」


 そうだね。もうちょっとで召喚レベル5がとれるもんね。


 お風呂から上がったみんなで再び会議をした結果、クエストは受けるべきだということになった。やはりエリーはすぐにでも行きたそうだったが、日誌の回答を盾に日程通りにすることに決めたのだった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 翌日早朝、みんなで連れ立って冒険者ギルドにやってきた。他のみんなには先に行っておいてもらって、おれは訓練場にウィルを確実に送り届けるのだ。


「それじゃあしっかりやれよ、ウィル」


「はい、兄貴。がんばるっすよ!」


 小屋の寝心地は良かったらしく、朝食もいいものを食わせてやったのでウィルはごきげんだ。だがこれから起こる惨状を考えると、ウィルの笑顔が少し哀れだ。


 今回の参加者はウィルをいれて10人だそうで、前回の六人よりだいぶ増えてる。冬に入っているので休みついでにということらしい。それで治癒術士も多めに確保したいとのことだった。おれは午後の後半担当。午後になるにつれて彼らは消耗していき、一番治癒術士の負担が大きい時間帯だ。だが、おれにしてみれば一日全部を担当しても余裕があるくらいなので問題はないし、軍曹殿との訓練も控えているので都合もいい。


 いい笑顔で手を振るウィルを訓練場に残して、みんなと合流する。今日は森を往復した分の報酬の受け取りをするのだ。場所はギルドの倉庫。副ギルド長に新しい真偽官、商業ギルドから来た人が五人ほど、立ち会いと報酬の査定のために来ている。既にエリーが先日のオーガを放出しており、検分が始まっている。ズタズタにして回収できなかった最後の一体を除いてちょうど十体だ。


 アイテムボックスの容量は恐らくもうギリギリだ。エリーが持っていたオーガが入ったかどうかも怪しい。これが終わったら大岩も少し整理しようと思う。よく考えたらアイテムボックスに全部入れておく必要もないのだ。庭のウィル小屋の横か、それか地下のほうにでも大岩専用庫でも作って保管しておけばいい。いや、むしろ獲物をそっちに一時保管しておけばいいのか?うん。そっちのほうがいいな。氷で冷やしておけば保存は大丈夫だろうし、地下室を拡張して倉庫を作っておこう。


「順番に出していけばいいんですかね?」


 副ギルド長のところへ行き確認をする。横には新しい真偽官らしき若い男の人が控えている。ちらりと見たがやはりオッドアイだ。


「おう。頼むわ」


 まずはハーピーから順番に放出していく。一気に出すと積み重なるから一匹ずつになるので少し面倒だ。なにせハーピーだけで二百匹以上いるのだ。倉庫は結構広いけど、スペースは足りるだろうか、少し心配だ。


 続けてオーク。こいつもかなり多い。巣の大集団以外にもちょくちょく小さな集団を発見し、その度に狩っていたのだ。森で出会う獲物で一番多いのがこいつらだ。


「こうして見ると壮観ね!」


「多すぎないかこれ……?二週間分ほどだよな」


「見つけた端から狩ってますからね」


 大量のオークを出し終わり、次の獲物を出していく。大熊、大猪、トロール、ゴブリン、ホブゴブリン、リザードマン、森狼、黒ヒョウ、マンティスや蜘蛛、アリなどの昆虫類が十種類ほど。昆虫と言ってもどいつもメートルクラスの大物ばかりだ。でかいアリがいっぱい出てきたときは正直びびった。弱かったからよかったけど。


 大こうもり、ラミア、サイクロプス、ケンタウロス、コカトリス、虎にヒョウ、でかい猿かゴリラみたいなの。大蛇、巨大ミミズにモグラなんてのもいた。おれとサティの探知とほーくの探索にかかったのを、片っ端から狩っていたらこんなカオスなことになってしまったのだ。うちのパーティーの探知範囲はかなり広大だ。全部で五十種類くらい。森にいた魔物をほぼ網羅したんじゃないだろうか。


 すでに商業ギルドの人は応援を呼びに走っているし、案の定スペースが足りなくなったので、一旦オークとハーピーをアイテムボックスに入れ直している。


「よくもまあ、これだけ狩ったもんだな」


 倉庫中に並べられた多種多様な獲物を見て、副ギルド長が呆れたようにおれに言った。


「あれも出しなさいよ、マサル」


「いいの?王都に持っていって高く売ろうって話だったけど」


「見せるだけならいいわ。こっちでも納得の行く値段だったら売ってもいいし」


「ほう。まだ何かあるのか?」


「これなんですけどね」


 アイテムボックスから出したのは上位種のハーピーとオークだ。明らかに他のよりサイズがでかいから、上位種なのはひと目見ればわかる。こいつらは種類的にはオークとハーピーと変わらないし、討伐した時のカードの記載が同じなのだ。だから討伐報酬も同じなのだが、素材、つまりお肉がそりゃあもうお高く売れる。


「どうかしら。ハーピーのほうは魔法でやったからあまり状態がよくないけど、オークは首を一刀両断よ」


 集まってきた商業ギルドの人達にエリーが説明する。


「王都に持っていくつもりだけど、値段次第ではここで売ってもいいわよ?」


 もちろんさっさと売り払いたいというのが本音であるが、そのままずっとアイテムボックスに入れておいてもいいのだ。とりあえずこの交渉はエリーにお任せでいいだろう。


「オークとハーピーはどうしましょうかね」


「空いてる倉庫があるからそこにしよう。冷蔵用の氷を頼めるか?」


「いいですよ。氷はサービスにしときます」


「そうかそうか!倉庫はこっちだ」




 上位種のオークとハーピーはいい値段で売れたようだ。ナーニアさんのことで朝からずっと心配顔だったエリーの機嫌がよくなっている。


「念の為に確認しておくが、あれはここ二週間で狩ったものなんだよな?」


 獲物は全部出し終えたので、査定は商業ギルドのほうに任せて、今度は討伐報酬の確認作業である。


「もちろんよ」


「オークとハーピーは巣があったということでいいにしても、他の数がちょっと多すぎる。また森で何かあったのか?」


「違うわよ。うちが狩りに出ればあれくらいになるのよ」


 エリーさん全然説明にもなってないよ。


「つまり索敵能力なんです。広範囲を偵察しつつ移動すれば、あの程度になるんじゃないですかね」


「理屈はわかるが、その索敵をどうやっているんだ?」


 どの程度まで話していいものだろうか。


「サティの索敵能力とおれの魔法ですね」


 獣人の耳と鼻がいいのはよく知られた事実だ。サティほどのは多分滅多にいるもんじゃないだろうけど。


 おれの魔法に関してはアースソナーという土魔法がある。土魔法で周辺の状況を探知するのだが、地下室作りとかで色々試してるうちに使えるようになった。まだ精度はいい加減なものではあるが、地下を掘ったりする時に便利である。気配察知の説明をするよりはわかりやすいだろう。


「もちろんそれだけでもありませんが、全部は話す必要もないでしょう?」


「森で魔物が活発化してるとかそういうことじゃないんだな?」


「それは保証します。見た範囲では異変はありません」


 ハーピーはドラゴンの時の残党だし、オークは砦から流れてきた魔物だ。その他に何か異常があるという兆候は感じられなかった。


「わかった。じゃあ覚えている限りでいいから魔物の出現位置を教えてくれ」


 その後は全員のギルドカードを参照しながら、魔物の位置を思い出しつつあーだこーだと割と好き勝手に発言をしていく。




「報告はこれで全部だな。報酬に関しては少し量が多いから今すぐってわけにもいかん。素材の査定とランクアップに関しても考査が必要だしな。明後日またギルドに来てくれ。その時にまとめて処理しよう。それでいいか?」


「ランクは上がるんでしょうね?」


「ああ、間違いない。だがAランクは無理だぞ」


「わかってるわよ。すぐに大物を狩って持ってきてあげるわ」


「わはははは。楽しみにしてるぞ!」




 午後からはいよいよ初心者講習会のお手伝いである。ウィルは果たして生存しているだろうか。おれのおぼろげな記憶によると、初日が一番つらい。それはもう死ぬほどつらい。


 現在の訓練場はがっちりと閉鎖されており、入場はギルドの事務所の方を通らなければならない。こちらの扉も施錠されており、見張りがついている。治癒術士であることを告げると、カードをきちんと確認してからやっと通してくれた。厳重である。


 扉をくぐり訓練場に入ると、総勢十人の新人が重い荷物を担いで黙々とグラウンドを周回していた。扉の近くに二人、魔法使い風のローブを羽織った男性が二人、座って待機していた。


「おや、君は?」


「午後の後半担当の治癒術士です」


 まだ全然早い時間だが、暇だから昼食を食べてすぐ来ちゃったのだ。


「ほう、ずいぶん早く来たんだね。まだ当分僕らがやっておくから見学しておくといいよ」


「はい」


 椅子を借りて隣に座る。あ、見てるうちに一人倒れた。軍曹殿の合図で治癒術士の一人が駆け寄っていく。倒れたのはウィルじゃないようだ。意外とがんばるな、ウィル。


 ウィルが走っているのを眺めていると、ウィルが顔をこちらに向けふと目があった。


「兄貴!なんスカこれええええええええ」


 ウィルがトラックを外れておれの方へと駆け寄ってくる。おお、まだまだ元気そうだな。


「治癒術士殿に掴みかかるとはどういうつもりだ、貴様! 罰として荷物増量だ!」


 即座に軍曹殿の罵声が飛ぶ。


「サー、イエス、サー!うわあああああああああああああ」


 ウィルが泣きながら重りの置いてあるところに駆けていく。今のはおれのせいじゃないぞ、ウィル。そんな恨めしそうな目で見るな。


「知り合いかい?」


「そんなとこです」


「無事生き残れるといいねえ」


「ほんとですね」


 ウィル君の地獄は始まったばかりだ。あと一週間、がんばって生き延びて欲しい。 

次回は6/4の予定です



一週間後、ブートキャンプを生き残ったウィルはすっかり逞しく。一緒に訓練を乗り切った仲間と仲良くなり、パーティーも組むことに。

「済まなかったな、ウィル。こんな仕打ちをして。恨んでくれてもいいんだぞ」

そして今後はおれの周りをちょろちょろしないで欲しい。

「兄貴、俺、俺……感謝してるんすよ」

「お、おう。そうか……」




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