70話 野営
「今のオーク、本当なら僕達だけで遭遇してたかもしれないのか」
アルビンがゴーレムの背中で揺られながら話しかけてくる。怪我はアンに治してもらったものの、結構な重傷でしばらくは安静が必要なので、ゴーレムで輸送しているのだ。
「そうかもしれない」
そう答える。ルートからするとかなりの確率でかち合っただろう。アルビンはそのことに思い当たったのか青い顔をしている。オークキングに七十体の配下。四人ではひとたまりもない。
あのオークキングを含む集団が集落に戻ってからなら、もっと楽に倒せたんじゃないだろうかと少し考えたのだ。だが、そうするとこいつらは死んでたかもしれない。オークの移動速度は、足の早い人間ならなんとか逃げ切れる速度だという。ただし、荷物も何もない状態で平地での話だ。
「ランクがあがって浮かれてたんだな。僕達に森はまだ早かったようだよ。生きてそれがわかっただけでも運がいいさ。それに報酬も悪くないし、ゴーレムの移動は楽だしね」
元はEランクだったのが、砦の防衛戦でDに上がったばかりだという。ちなみにオークの報酬はカードに記録された討伐分を除いて七:三で分配することにした。
兎にも角にも、少し口が重くなったアルビンとその仲間たちと共に行軍は続いた。魔物はその後しばらくは出て来なかった。大きな巣がある周辺はどこもそんな感じだ。倒したオークがおそらく通ってきたルートだということもあるのだろう。
丁度良さげな広場を見つけたので昼食がてらの休憩を取ることにする。彼らのメニューはパンに干し肉という質素なものだ。こちらもそれに合わせてパンと兎の串焼きにして、作りおきのスープを魔法で暖めて提供する。
「ありがとう。魔法が使えると便利でいいね」
アルビンがアイテムボックスから色々取り出すおれを見て言う。魔法がないと荷物は重いし、食料や水も自前ってことになるのか。それで旅とか無理じゃないだろうか。水とか必要分全てを持ち歩くわけにもいかないし、どうやって確保するんだろう。
「ところで、聞こう聞こうと思ってたんだけど。女性ばかりだね」
周辺警戒のために少し離れて座ったおれの側に来て、アルビンが声をひそめて聞いてきた。別に中央で嫁と一緒に食事をしながらでも周辺の探知はできるのだが、警戒する振りだけでもしておかないといけない。
「そっちも女性が一人いるよね」
「うん。妹なんだ。他の二人も同郷でね」
そういうパーティー多いんだろうか。今のところオルバさんとラザードさんくらいのところしか出身とかは聞いたことはないが、両方同じ村の出身で構成されてたし。
「ある程度の年齢になると、村の自警団に入って戦闘の訓練をするんだ。自分の村くらいは自分で守らないとね。それでその時の仲間でそのまま冒険者になったんだ」
なるほど。冒険者になる前からある程度気心が知れてるとやりやすいだろうな。
それでそっちは?とアルビンが話を蒸し返してくる。
「四人ともおれの嫁なんだよ」
これを言うのはちょっと恥ずかしい。
「四人全員?」
サティ達のほうを振り向いてそう言う。多重婚が認められてるとは言え、嫁を四人引き連れたパーティーというのは珍しいのだろう。
「そう。四人共」
「そりゃすごい。どういう馴れ初めなんだい?」
「まあ色々だよ。ちょっと話すには時間がないな」
「失礼だけど年は?」
「23」
「僕は21だ。年下だとばかり思ってた。ランクも上だし、タメ口は失礼だったかな?」
うん、年下だと思ってるのはわかってた。背も低いし童顔だしな。
「そんなに違わないし、変に構えられてもやりにくいよ」
「そうかい?じゃあこのままで」
「それはそうと妹さん、あの二人に付いてるけどあっちに行かなくていいの?」
アルビンの妹さんは他の二人と昼食を食べたあと、仲良さげに会話をしているようだ。
「よくはない。だけど邪魔すると怒られるんだ……」
「そ、そうか。大変なんだな」
どっちと付き合ってるんだろう?両方か?女性の逆ハーレムというのもありなんだろうか。興味はあったが、アルビンにそれを聞くのはさすがにためらわれた。
午後からの移動では3回魔物と遭遇したが、どれも単独か少数で問題なく倒した。そして日没が近くなり適当な場所で野営の準備を開始し、このパーティーでの初めての森の夜を迎えることとなった。
「ここらへんでどう?」
「そうね、いいんじゃないかしら」
サイズは5人で寝れるくらいで、形はかまくらでいいか。地下に部屋を作って篭れば安全だと提案してみたが、エリーに却下された。普通の野営にも慣れておいたほうがいいとの意見だ。
イメージを作り詠唱を開始する。詠唱に従って土壁が半球状に徐々に形成され、ドームが完成する。入り口は這って入れるくらいのサイズ。壁もとりあえずはそれほど分厚くはしてない。
エリーとティリカがごそごそと中に入る。
「どう?」
中を覗いて声をかける。
「ちょっと狭いけどこれでいいわ」
承認してもらったので、改めてかまくらに硬化を念入りにかける。これで多少の攻撃では破壊することはできないはずだ。
「アルビンのところも同じのでいいか?」
「うん。何から何まで悪いね」
「いいっていいって。魔力は余ってるから気にするな」
一緒にオークキングに殺されそうになった仲だしな!大怪我させてしまった罪悪感も少しある。下手したら本当に死んでたかもしれなかったんだ。
もう一つのかまくらをたき火を挟んで九十度の位置に作る。出来には満足してくれたようだ。季節は冬。既に一月に入っている。粗末な土の家とはいえ、屋根と壁があるのはとてもありがたいのだ。
アンとサティ、それにアルビンの妹さんが仲良く食事の準備をする。メニューはパンにスープに焼いたオーク肉。最近は魔物の肉も気にならなくなってきた。食べ慣れてみると結構いけるものだ。夕食をおえて、見張りの相談をした結果、双方二人ずつ立てることになった。
「おれとサティは確定だな。あとは見張りに立たなくていいのが一人」
「ティリカが休むといいわ」
「そうね。ティリカは休んでおきなさい」
一応この中でおれにつぐ年長者なティリカだが、何故かみんなに年下扱いされている。体力がないのを心配しているのか、見た目でつい最年少扱いをしてしまうのかはよくわからないが、庇護欲がかきたてられるのは確かだ。
「私もやる」
ティリカの強い主張で、木切れでくじを作り引いた結果、アンがお休みすることになった。最初の見張りはサティとティリカだ。
「じゃあ気をつけてな。何かあったらすぐに起こすんだぞ」
「はい、お休みなさい。マサル様」
「居眠りしないようにね、ティリカ」
「しない!」
エリーの言葉にティリカが珍しく憤慨して言う。
「冗談よ。じゃあ先に休ませてもらうわね」
ちょっと心配ではあるが、サティがいるなら平気だろう。念の為に5m級のゴーレムを二体配置してあり、周辺は魔法のライトで明るく照らしてある。夜の魔物はたき火くらいなら無視して襲って来るものの、明るいところは苦手だ。寄ってくる確率は減るはずだ。たいがを出して周辺を見回らせるのも考えたんだが、見られると面倒だ。いざという時に取っておけば十分だろうということになった。
「なあ、昼間のオークキングだっけ?あいつえらく強かったんだけど」
かまくらに引きこもり、毛布をかぶって寝ながら話す。装備を付けたままなので寒くはないが、寝苦しい。
「そりゃキングだしね。一対一はきついわよ。小回りがきく分、ドラゴン並にやっかいな魔物かもしれないわね」
あんな風に懐に入られれば、迂闊に大魔法を撃つわけにもいかない。レベル2程度の魔法ならダメージはあるものの鎧と頑強な肉体で防ぎ、無視して突っ込んでくる。スピードもパワーも人間離れしているし、肉を切らせて骨を断つような技術も持っている。ある程度、能力を把握した今でも、もう一度やって勝てるかどうかはかなり怪しい。
「あの人結構危なかったのよ。ヒールが遅れてたら死んでたかもしれない」
アルビン……やっぱり瀕死の重傷だったか。まともに食らったように見えたものな。
「あんなのがごろごろいるの?」
「そんなわけないでしょ。心配しないでも滅多に会うことはないわよ」
エリーが言うとフラグにしか聞こえない。おれはもう一度あのクラスに会うこともあるだろうと、覚悟を決めた。対策を練っておかねば。
「ほら、さっさと寝るわよ。私達はこのあと見張りがあるんだからね」
「わかった。お休み、2人とも」
寝る前にメニューをチェックすると、レベルが1つ上がっていたので剣術を5にしておいた。それで少しは安心して眠ることができた。
スキル 0P レベル21
スキルリセット ラズグラドワールド標準語 時計
体力回復強化 根性 肉体強化Lv3 料理Lv2
隠密Lv4 忍び足Lv4 気配察知Lv4
盾Lv3 回避Lv3 格闘術Lv1
弓術Lv3 投擲術Lv2 剣術Lv4→5
魔力感知Lv1 高速詠唱Lv5 魔力増強Lv5 MP回復力アップLv5
MP消費量減少Lv5 コモン魔法 生活魔法 回復魔法Lv5
火魔法Lv5 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv4
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「マサル、みんな。起きて」
ティリカにゆさゆさ揺すぶられて目が覚めた。
「おねーちゃんが何か来るって言ってる」
「わかった」
防具は着たまま寝ているので、横に置いてあった剣だけ背中にかけるとすぐに外に這い出した。
かまくらの外はライトの魔法で昼のように明るい。探知を発動すると、五つほどの反応が捉えられた。距離はまだかなりある。
「なんだと思う?」
サティに尋ねるが、わかりませんと首を振る。アルビンもかまくらから出てきた。
「何かいるんだって?」
「うん。何匹かあっちのほうからゆっくり近寄って来てるみたいだ」
「できれば来ないほうがいいんだけど」
アルビンが不安そうに森の奥をじっと見ながら言う。
「ゴーレムを動かして脅してみようか?」
あくびをしつつかまくらから出てきたエリーに聞いてみる。
「そうね。相手が複数なら追い払いましょう」
仁王立ちさせたゴーレムを魔物を探知したほうへと歩かせる。5mはちょっと大きかっただろうか。木々の間を抜けるのも大変だ。ばきばきと木の枝をへし折りながら進む。だが、それがよかったのだろうか。五つの反応はすぐに遠ざかって行った。もう少しだけ、ゴーレムを奥に進めてからまた騒々しい音を立てながら引き返す。
「どこかへ行ったみたいだ」
「そうか。複数だし森狼だったのかもしれないね」
森狼とは夜行性で集団で狩りをする、体格はでかいものは三mにもなるという強力な魔物だ。夜にしか出ないものの、闇に潜んで静かに接近し獲物に襲いかかるそうである。恐ろしい。
前に調査で森に行った時、夜の警戒とかどんな具合だったんだろう。もっとよく見ておけばよかったと、今更ながらに悔やまれる。
魔物が完全に探知外になったのを確認してたき火に集まる。
「ちょっと早いけど交代しようか。サティとティリカは休んできなよ」
サティはまだ元気そうだが、ティリカがかなり眠そうだ。
「はい。ティリカちゃん、行こう」
サティとティリカがかまくらに入るのを見送って、周辺を少し見てまわる。探知にかかるのは小動物のみだ。危険はないだろう。たき火に戻ってそう報告をする。
「それはどうやってわかるんだい?」
アルビンが聞いてきた。うん、もっともな疑問だな。おれには獣人みたいに耳もないし、確信持って言われても信用ならんだろう。
「気配のようなものかなあ」
「気配……?」
「そう、気配。えーと。ちょっと待ってね」
周辺の気配を探ると、かまくらの裏のほうの森の中になにか小さいのがいて、少しずつ動いてる。気配を殺してゆっくりと接近していく。蛇だ。ナイフを取り出して、投擲。首のあたりに命中して蛇は動かなくなる。
始末した蛇を持っていってアルビンに見せてやると、ちょっと驚いていた。
「本当にわかるんだな」
アルビンによるとこの蛇は食べられると言う。毒は持ってないので見つけたら捕まえて食べることもあるのだそうだ。捌き方など知らないのでアルビンに渡すときれいにさばいて塩をふって火にかけてくれた。
蛇なんかって思ったけど、こっちに来てから色々食べてるし、とりあえずかじってみる。骨っぽく歯ごたえがあったけど、よく焼けて香ばしくそう悪くない味だ。エリーも切り分けられたそれを、特に文句も言わずにかじっている。
「ごちそうさま。たまには悪くないわ」
「そうだね。食べられないこともない」
「旅の間は贅沢言っちゃだめよ、マサル。いつでも食料があるとは限らないんだから」
「そういうことがあったの?」
「特にないわよ?心構えの問題ね」
ないのかよ!そりゃアイテムボックスがあるものな。滅多なことではそんな目には合わないだろう。
「ん。何か来たよ。一匹だけだけど大きいね」
エリーにツッコミを入れようかと考えていると探知に何かがかかる。
「一匹だけなら狩ってみましょうか」
「うん、ちょっと行ってくるよ。アルビン!」
たき火から離れて周辺を警戒してるアルビンに声をかける。朝まではまだかなり時間はあるけど、退屈だけはしないで済みそうだ。
その後、朝まで三回の襲撃があった。うち一回は逃げてしまったが、二匹を仕留めた。黒いヒョウのようなやつに、でかい蛾だ。蛾は火魔法で焼き尽くしてしまって、エリーに怒られた。羽根が何かの素材になるんだそうだ。
だが聞いて欲しい。1m以上のサイズの蛾がこっちに向かって飛んでくるんだぞ?火矢で落としたあともばたばたと暴れるんだぞ?思わず焼き尽くしたとしても仕方あるまい。
黒いヒョウは上手く隠れながら忍び寄って来ていたが、気配探知の敵ではなく、隠密で背後を取ってあっさりと始末した。黒いつやつやの毛皮が大人気なんだそうだ。ご多分にもれず、地球の黒ヒョウより二回りほどサイズがでかく、夜の森でこんなのに奇襲されたら死者続出だろう。アルビンもこいつを見て青い顔をしていた。やはりかなり危険な魔物だそうだ。
薄ぼんやりと空が明るくなるのを見上げながら、アルビンがつぶやいた。
「なあ、見張りとか僕達いらなかったんじゃないのか?」
「うん、でもまあ、人数居たほうが何かあった時にね?」
「でも全然役に立ってないよね……」
「私だって何にもしてないわよ。マサルが全部やっちゃうんだもの。だから気にしない方がいいわよ?」
「忍び寄って倒すとか得意技だしね。夜のハンターとか言っちゃってちゃんちゃらおかしいわー」
夜のハンターは黒ヒョウの二つ名だ。それだけ恐れられているんだろうが、正直おれの敵ではない。
「本当にね。マサルがどこを目指してるのかよくわからないわ。暗殺者にでもなるつもりなの?」
「おれはメイジのつもりなんだけど……」
「それよ、それ。魔法使いのつもりでいるからオークキングなんかに遅れを取るのよ」
「えー。あいつすごく強かったんだけど。アルビンもそう思うよな?」
「一人で倒すのはちょっと無理じゃないか……」
「考えても見なさい。今まで怪我をしたのはどんな状況だった?接近された時でしょう。つまり魔法より近接戦闘能力を伸ばすべきなのよ。サティを見なさい。一度も怪我なんかしてないし、不意打ちとは言えオークキングを一撃よ。マサルが目指すのはその方向ね」
あまり考えないようにしていたが、やはりそっちに話が行くのか。前衛怖いんだけどなあ。
「おれほんとに前衛でやっていく自信ないんだよ。正直に言うと怖い。後ろで魔法を撃っていたい」
「オークが怖いの?」
「オークくらい怖くはないな」
オークとかただの雑魚だ。
「じゃあハーピーかしら?」
「あれも思ったほどじゃないな」
ハーピーは数頼みだし、前回は結構うまく対処できていたと思う。
「じゃあオークキング?」
「ちょっとは怖いけど、次に会ったら倒すよ」
剣術をレベル5にしたし、次は大丈夫のはずだ。
「じゃあ何が怖いのよ?」
おや?思ったより怖くないぞ?一体何が怖かったんだっけ……?
「オークだ。オークが最初怖かったんだ。それで魔法使いでやって行こうと……」
そうだよ。最初に森の方に行った時、複数のオークが迫ってくるのを見て前衛は無理だと思ったんだ。だが今の戦闘能力からすると五、六匹のオークくらいなら物の数ではないと思う。
「オークくらい何匹いても平気でしょう?」
「それもそうだな。よく考えてみるとそんなに怖くない。ドラゴンとかの前に立つのは御免被るけど」
「ドラゴンはみんなでやればいいのよ。楽勝でしょ?」
「そうだな。楽勝だ」
どらごも表情はよくわからなかったが、初召喚の時はきっと半泣きだっただろう。うちのパーティーの攻撃力は圧倒的だ。
「ドラゴンが楽勝なのかい?」
「うむ。あんなのただの火を吹くでかいトカゲだ。問題ない」
そうだ。前衛でも問題ないんだ。魔法でどうこうする方法を考えるより、前衛としての能力を鍛えたほうがいい。
「エリーは頭がいいな」
「な、何言ってるのよ。そんなの当たり前じゃない!」
今までのように自分の身を守るための剣術ではない。敵を倒すための剣術を習得するのだ。
最近修行をサボっていたし、町に戻ったら軍曹殿にじっくり相手をしてもらうことにしよう。
「とりあえずお腹が空いたわ。みんなを起こして朝食にしましょうよ」
「そうだな。蛇だけしか食ってなかったし、お腹がすいた」
「蛇、食べたの?」
ティリカがいつの間にか起きて側に来て立っていた。
「うん。でもあんまり美味しくなかったよ?」
「ずるい。私も食べたい」
「はいはい。マサル、あとで取ってきてあげなさいよ」
「じゃあ移動中居たら取っておくね」
「蛇楽しみ」
楽しみにするほどのものなのだろうか?そう思いながらアイテムボックスから食材を出し、朝食の準備を始めた。
次回投稿は5/17の予定です。
予定なのです。
「レベルが足りないわ。もう一周やるわよ!」
「マジか……」
転送で町に帰る案は却下され、もう一度森を踏破して戻ることに……
71話 新たなる盾(仮)
71話は今から書くので内容は変更の可能性が大です。
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
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