66話 召喚魔法レベル4
翌日。昼過ぎには魔力を万全にしたおれ達は森の近くまで来ていた。周囲には誰もいないのは確認済みだ。
「準備はいいか?」
おれの言葉に皆がうなずく。
ティリカが召喚の詠唱を開始した。続けてアンジェラが氷竜の詠唱を開始する。召喚と氷竜の詠唱がほぼ同時に完了した。アンジェラの上に氷竜が生まれ、そして目の前にレベル4の召喚獣であるドラゴンが姿をあらわした。体長7,8mといったところだろうか。森で倒したドラゴンよりはだいぶんと小ぶりだが、砦でみたワイバーンよりは大きかった。赤い体躯に大きな翼を持ちいかにも空を飛びそうだ。凶暴そうな面構えに長い尻尾もある。
召喚するドラゴンに関してはある程度の情報があった。スキルを覚えた時に得られたらしい。もちろん、何か違うものを選ぶこともできたが、ティリカがそのまま選ぶことにした。ドラゴン召喚とかやっぱりロマンだよね。
「汝が召喚主か?我が主たるや証明をし……」
ドラゴンはその赤い瞳で足元のティリカをしっかりと見据え、話し始めた。
おお、このドラゴン喋れるのか。すごいなー。
「そう。時間が惜しい。準備はできている」
ティリカがドラゴンを見上げながらそう言う。
「ちょっと待つがよい。これは……汝の仲間なのか?」
そう言ってドラゴンは周りを見回す。ドラゴンを囲む様に10m級のゴーレムが5体。いつでも襲い掛かれるようにドラゴンの頭上をゆっくりと周回する氷竜。エリーは戦闘が始まったら即、詠唱を始める手筈となっている。サティはティリカの横に護衛としてつき、剣と盾を構えている。
「そう。ここにいるのは私の家族でパーティーメンバーだけ。問題はないはず。さあ、やろう」
「……我は誇り高きドラゴン族!どれほど強大な敵だろうと簡単に負けはしないぞっ!!」
ドラゴンがゴウッと吠える。森の近くまで来ておいてよかったよ。街の近くでやったら大騒ぎになっただろうな。
ティリカがドラゴンから距離を取り、少しうなずくと戦闘が始まった。ドラゴンはそれを律儀に待ってくれていた。
ドラゴンはゴーレムの後ろに退避したティリカを、ゴーレムの間を抜けて追おうとした。頭上には氷竜がいる。悪くない判断だろう。
だがそれをゴーレム5体がかりで一気に襲い、押さえつけた。押さえつけるまでに正面に回った1体の片腕が噛みちぎられた。5体で無理やり押さえこんではいたが、暴れるドラゴンを押さえるのはかなりきつい。ゴーレム1体1体はドラゴンよりもサイズが大きいうえに、ゴーレムのパワーは決して貧弱なものではない。だがゴーレムを注意深く操作しないと、弾き飛ばされそうだ。4体なら押さえきれなかった可能性がある。3体なら絶対に無理だっただろう。
「もうお前に勝ち目はない!降伏しろ!」
ゴーレムを操作しながらドラゴンに呼びかける。ゴーレムだけでいけるだろうとの最初の予想を覆す、ドラゴンの想定以上のパワーに少し焦っていた。氷竜はおれの合図でいつでも攻撃をする手筈になっているし、もしブレスを吐く素振りでも見せれば即攻撃できるが、話が通じるならもう勝ち目はないとわかるはずだ。
そしてドラゴンはグルルルと一声唸ると力を抜いた。
「うむ。汝は我が主たるに十分な力を示した。今後は汝の召喚に従って我が力を振るうことを誓おう。だからこのゴーレムをどけて欲しい」
押さえつけていたゴーレムの力を抜き、起き上がらせる。エリーは詠唱してた呪文が不発に終わってちょっと残念そうだ。ドラゴンはゆっくりと体を起こし、ティリカに歩み寄ると頭を垂れた。
「名前は?」
「我は既に肉体を持たない存在。名前は汝が決めるがよい」
ティリカがこっちを見る。またおれが考えるのですか。竜、ドラゴン、ドラゴ?ドラゴで良さそうだな。
「ドラゴというのはどうだろう」
「どらご。いい名前。おまえの名前は今からどらご」
「承知した。我が小さき主人よ。我が名はドラゴ。今後ともよろしく頼む」
そういうとドラゴンはゆらっと崩れるように消滅した。
「マサル、魔力を。ちょっときつい」
「ああ、気が付かなかった。すぐに補充しよう」
ドラゴンが消えたのは魔力の限界だったらしい。召喚レベル4での消費に加えて、さすがにあのサイズとなると維持に使う魔力が大きいのだろう。
「次にレベルがあがったら魔力を増やそうな」
奇跡の光を詠唱しながらティリカに言う。
「うん。そうする」
魔力のチャージが終わってゴーレムを土に返し、帰ろうかと言うとティリカが突然こんなことを言い出した。
「師匠に見せる」
「え?」
「どらごを師匠に見せる」
「大丈夫なのか?」
「秘密は漏れることはない。見せたい」
自慢したいのか。気持ちはわかるが。
「それもあるが、今後のこともある。どらごを見せれば仕事を放棄した件も納得してもらえる。師匠は真偽院でもかなりの高位者。積極的に協力してもらえれば何かしらの役に立つはず」
確かにドラゴン召喚はインパクト抜群だろうな。世界の趨勢うんぬんという話にも信憑性が出そうだ。
「師匠さんってまだこっちに居たっけ?」
「年内は居ると言っていた」
「ここまで連れてくるのも大変だよ」
アンがもっともな指摘をする。確かに森の近くまで往復とか面倒くさい。
「街の近くでいいじゃない。マサルが大きい土壁作って見えないようにすればいいわ」
エリーが即座にいい案を出してくれたのでそれで行こうということになった。
「ねえ。そんなことより、どらご。乗って飛べたりするのかしら?」
「できる」
「「「おおー」」」
これはテンションあがる!ドラゴンに乗って飛ぶとかまさにファンタジーだな!
「ちょっと、乗ってみましょうよ!乗りたいわ!」
「いやいや、待てってば。こんな街に近いところでドラゴンで飛ぶとかやばいだろう」
「そうよ、エリー。あんまりわがまま言わないの」
「ゲートで昨日の狩場にいけばいいわ。帰りのゲート地点はここより街に近いし歩かずに済むわよ」
「いい考え。行こう、マサル」
「私も!私も乗ってみたいです、マサル様!」
「そうだな。今日はもう予定もないし、行くか」
さっそくエリーが転送を作動させて、昨日の狩場に移動する。もちろん警戒は怠らず、問題がないのを確認してティリカの召喚術を行う。
「いでよ、どらご」
ティリカの詠唱に従ってドラゴンが実体化していく。たいがあたりだと瞬時に出現したが、やはりでかいと手間がかかるのだろう。ティリカのMPを確認するとごっそりと減っていた。召喚完了後も徐々に減っていってるし、このペースだと30分ももたない感じだ。魔力の底上げは必須だな。とりあえずは奇跡の光で補充をしてやる。
「お呼びか、我が主よ」
「背中に乗せて飛んで欲しい」
「お安いご用だ」
そういうとどらごはぺったりと体を伏せた。だが伏せてもらっても登るのは大変な高さだ。2m以上はあるだろうか。大岩を1個だして足場にするとサティがひょいひょいとジャンプして登った。そしておれが大岩からどうやって登ろうかと考えていると、他の3人がレヴィテーションでふわりとどらごの背に飛び乗った。
「ほら、マサルも早く乗りなさいよ」
エリーがドラゴンの上から顔を出して言う。自分が飛べるのとかともすれば忘れそうになる。
「いま行くよ」
大岩を収納してレヴィテーションでどらごの背中の皆の側に移動をする。背中は広く、鱗でごつごつとしているものの、鱗はそれほど硬くもなく感触は悪くない。背中の中央部にはたてがみのようなものが走っており、それに掴まればいいのだろうか。だが風でも吹けば簡単に滑り落ちそうだ。
「これ落ちないかな?」
「少し待つが良い」
どらごがぐるりと首を巡らせ、顔をこちらに向けてそう言う。顔のアップこええな。あんまり近づけないで欲しい。食われそうな気分になる。
どらごが顔を前に戻すと、背中がぼこぼこと動きだし、鱗がくぼんで左右に3つずつの座席が出来上がった。器用なことをするなあ。硬めの皮の椅子のようですわり心地も悪くないし、前の座席の背に掴まれば多少乱暴な飛行でも落ちることはなさそうだ。器用ってレベルじゃないぞ。
「我の肉体は魔力で形成されておる。だからこのようなことも可能だ」
「もっと違う形にもなれるってこと?」
「それは無理だ。ドラゴン以外のものにはなれない。こうやって多少、体の表面を変えられるくらいだ。だが、我が主の魔力次第でもっと大きく強くはなれるだろう」
今もティリカのMPをどんどん吸ってるんだが、これ以上でかくなるとか無理だな。
「どらご、飛んで」
皆が座席に落ち着いたのを確認したのを見てティリカがそう言うと、グルルと鳴いてどらごが翼をばっさばっさと羽ばたかせ、ふいに上昇した。そしてそのままどんどんと高く上がっていく。ジェットコースターに乗った気分だ。あっという間に森の木々の上に出てホバリングをした。しかし、体の大きさに比べて翼が小さく見えるし、飛べるほど必死に動かしてるようには見えない。魔力感知をしてみると、やはり魔力の動きがある。レヴィテーションでも補助的に発動しているんだろう。そして、ティリカのMPを見てみると減りが加速していた。供給源はティリカのようだ。これは乗り物にして移動するのは無理がありそうだ。まあこんなので街に乗り付けるとかそもそも無理なんだけど。
「とりあえず、この周辺をぐるっと飛んでちょうだい」
エリーの指示でどらごが動いた。昔のプロペラ機ってこんな感じだったんだろうか。左右は翼で視界が悪いものの、前後は眺めがいい。そして数分間飛んでもらって元の地点に降り、すぐにどらごを消した。
「なかなかの乗り心地ね。これなら長距離の移動に使えそうだわ」
「でも使い所がね。街に乗り込むわけにもいかないでしょう」
「長時間は無理だよ。召喚するだけで魔力をかなり使うし、姿を維持するのにも、飛ぶのにもティリカの魔力を使うんだ。乗り物代わりは無理だな」
「あら、残念ね」
「魔力は増やす」
「じゃあがんばって狩りをしないといけないわね」
「そうだな。明日からがんばろうか」
今日のところはもう魔力が心もとない。転送魔法陣に使う魔力を考えるとあまり余裕はない。
「帰りましょうか。マサル、魔力を分けてちょうだい」
エリーに魔力を補充してやる。この後は土魔法も使わないといけない。久しぶりに魔力が底を尽きそうだ。
とりあえずは街に帰還して、ティリカの師匠に会いに行くことになった。エリーとアンは先に戻った。また料理の修行をやるらしい。サティとティリカと一緒に冒険者ギルドに行くと師匠の人はちょうど時間があるようだった。
「見せたいものがある。街の外に来て欲しい」
「いいだろう」
黙って街の外まで歩いて行く。この師弟、しゃべったりしないんだろうか。沈黙が重い。
さすがに城壁の近くはまずいので、門を出てさらに10分ほど歩く。
「ここでいいかな」
土魔法で土壁を3方向を囲うように形成する。どらごを隠さないといけないからかなりのサイズだ。とうとう魔力が底をついた。多少は残してあるから倒れはしないがだるい。今日はもう何もしたくない。
「仰々しいな。それで見せたいものとは何かね?」
「これを」と、ねずみを手のひらに乗せて見せる。まずはそれから見せるのね。
「ふむ?どこから取り出したのかは見えなかったが。新しい芸かね?」
師匠の人の手のひらにねずみのぱにゃが乗り移る。師匠の人はそれをじっと見て、なでたりしている。
「順番に見せる。次はこれ」
そういうとねずみのぱにゃを消してほーくを出す。
「確かに少し面白い芸ではあるが、こんなことのために街の外にまで出てこんな壁を作ったのかね?」
時間の無駄だと言いたげだ。師匠の人、きっついなー。でもやっぱりほーくは撫でるんだな。案外動物好きなのか?
「見せたいものはあと2つある」
ほーくが消えて、師匠の人の目の前にたいががあらわれた。
「ほう。今度のは少々強そうだな」
虎が目の前に突然あらわれても全然動揺した様子がない。胆力があるのだろうか。それともティリカを信頼してるってことなのか。
「これはたいが。強くてかわいい。護衛をしてくれる」
たいがは師匠の人の側に行くと行儀よく座り、師匠の人がなでなでするに任せている。今ためらいなく手を伸ばしたな。普通ちょっとはびびるもんなんだが。ほう、これは、などと言いながら座り込んでじっくり撫でている。
「乗って走れる。師匠も乗る?」
「お願いしよう」
重々しくうなずいた師匠の人は、立ち上がったたいがをそろっとまたいで乗り込む。そして師匠を乗せて走り出すたいが。あっという間に草原の向こうのほうに消えた。結構本気で走ってるな。虎程度なら大丈夫だとは思うが、誰かに見られなきゃいいんだけど。
「師匠は動物好き。屋敷で何匹も馬や犬を飼っている。それよりも、大変」
うん、なんとなく言いたいことはわかるよ。
「魔力が足りない」
ですよね。おれも足りないんだが……師匠に見せると言っているティリカに恥をかかすわけにもいかない。待ってる間に少しは魔力が回復はしているし。
収納から取り出し、2人で仲良く濃縮マギ茶を飲む。
「まずい」
我慢しなさい。おれもまずい。MPポーションを2本出し、ティリカに1本渡し、もう1本を飲みほす。
「じゃあ師匠の人が戻る前に魔力を補充しておくか」
深呼吸して、奇跡の光の詠唱を始める。魔力を使い切ったとて必ずしも気絶するわけではない。要は耐えればいいのだ。心の準備をしておけば耐えられるとはエリーの談だ。
そして奇跡の光が発動し、魔力が完全になくなるのを感じる。ふらついたのをサティに支えてもらう。顔から血の気がひいて、気が遠くなったが、なんとか気絶だけは回避できた。
「すまない、マサル。無理をさせた」
「いや、いいんだ。ティリカのためだし」
少しするとたいがが戻ってきた。おれは草むらに座り込んでサティとマギ茶を飲んでいた。ふらついているところを見せるわけにもいかない。
「馬とは違う、なかなかいい乗り心地だった」
「そう。では最後のを見せる。言うまでもないが、すべて秘密」
「うむ」
たいがを消し、ティリカがドラゴンの召喚を始める。
「いでよ、どらご」
そしてティリカの前に巨大なドラゴンが現れる。
「お、おお、これは……」
さすがの師匠の人もドラゴンを見上げて少々うろたえ気味だ。
「どらご。こちらは私の師匠。挨拶を」
「我が名はドラゴ。誇り高きドラゴンにして、ティリカ様のしもべである。よろしく、師匠殿」
「おお、これはご丁寧に……」
「驚いた?」
「驚いた。驚いたとも。これがそうなのかね?」
「そう。これが私の得た力」
「ドラゴンを従えるとは。確かに仕事を放棄するだけの価値はある」
「だがこれは一部分に過ぎない」
「触ってもいいかね?」
ティリカがこくりとうなずくと師匠の人は恐る恐るどらごに近寄り鱗に触れた。
「これがただの一部だと言うのか……」
「魔力が不足してあまり長くは出せない。そろそろ消す」
そういうとティリカはどらごを消した。
「どういうことなのかは……」
「今はまだ話せない」
「そうか」
そう言うと、師匠の人はちらりとおれのほうを見る。
「いいだろう。今までは正直半信半疑だったが、これで納得した。必要なら真偽院を挙げて支援もしよう」
「ありがとう、師匠」
「そこのおまえ。マサルと言ったな」
「あ、はい」
「困ったことがあったら私を頼るがいい。私の名は一級真偽官、クレメンス・オーグレンだ」
そういうと、ポケットから小さい記章のようなものを取り出し、おれに手渡した。何回か会ってるけど、初めて自己紹介されたな。
「真偽官は大きい組織になら大抵いる。どこの真偽官でもそれを見せて私の名前を出せば、何かしらの協力は得られるだろう。だが濫用はするなよ?」
「わかりました。ありがとうございます」
「ではティリカ。いつか話を聞かせてくれるのを楽しみにしているぞ」
そういうと、師匠の人は街の方へとさっさと歩いていった。
「ティリカ、これなんだ?」
「真偽官の身分証のようなもの。魔眼を見れば真偽官であるのはわかるから滅多に出すことはないが、私も持ってる」
そう言うと、色違いのものを出して見せてくれた。
「師匠のはミスリル製。私のは銅」
「ふうん。身分証なんだろ。もらっちゃっていいのかな?」
「わからないけど、平気だと思う」
「そうなのか?まあおれ達も街に戻ろうか」
記章は何かの役に立つかもしれないから、大事に仕舞っておこう。
「お腹がすいた。また熊鍋が食べたい」
「そうだな。昼はアンとエリーが何か作ってるだろうけど、夜はまた作ろうか」
家に戻るとお昼ご飯の準備ができていた。
「がんばって作ったのよ!スキルをチェックしてみて。そろそろ料理スキルがついてるんじゃないかしら?」
エリーの料理スキルをチェックしたがいまだに0のままだった。
「おかしいわね。コツのようなものを掴んだ気がしたんだけど……」
それは全くの気のせいだったようだ。アンがそれを聞いて苦笑していた。
その日の午後と、翌日をまるまる休みにあて、おれ達は改めて森での狩りを再開することにした。一度魔力を空にしてしまうと、回復にほぼ24時間かかる。
そして休みの2日間、ティリカのサービスがやけによかったのを付け加えておく。無理して魔力を放出したかいがあったと言うものだ。
次回投稿は5/5の予定です
森での狩りが順調すぎてこんなことを言い出すエリザベスさん
「今日は小物ばっかりで飽きたから、次はもっと大物がいいわね」
おい、馬鹿やめろ、そんなこといったら本当に出てくるんだぞ!
誤字脱字、変な表現などありましたらご指摘ください。
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