347話 対決
師匠とソロモンの戦いが突発的に始まった。有り難いことに魔物たちも俺たちの居る魔境側城門方面ではその動きを止めていた。しかしその間も他の戦線では戦闘が止まる様子は見えなかった。離れた場所でハーピーが城壁へとちょっかいをかけているのが見えたし、後方からは続々と魔物の軍勢がエルフの里へと押し寄せてきていた。
手を止めて師匠とソロモンの戦いを眺めている場合でもないのだが、かといってこの戦いを見届けないわけにもいかない。戦いが終わり次第、陸王亀周辺で待機している魔物たちが大挙して押し寄せてくるだろうからだ。
「万が一、師匠が負けた時は俺も出る。ああ、わかっている。サティも来い。一対二でやるんだ」
これは実戦なのだ。魔法が使えない状態であんな化け物とタイマンをしたいとは思わないし、するつもりも最初からなかったが、万が一も考えておく必要がある。師匠が負ける姿は想像もできないが、邪神から加護を与えられたのだ。どんな力を持っているのかもわからない。俺でさえ加護を貰えばこの強さ。魔法も使って戦った俺とほぼ同等の戦闘力があったソロモンならどれほど強化されてしまうのか。
戦いは今のところソロモンが優勢に見えた。元からでかいソロモンだったが、魔物化して更に体躯は巨大になり、使う剣も大型でそのリーチも相当に長い。威力も当然相当なものだろうし、師匠も積極的な打ち合いは避けている様子だ。普通であれば大きいなりに懐が甘くなりがちなのだが、ソロモンの剣技は健在だ。師匠をして攻めあぐねているように見えた。人質といってもそこらに転がされているだけでソロモンは利用する素振りはなさそうだし、倒せるならすぐにも倒していたはずだ。
「一対一でやる風に見せて、サティは隙を見て可能なら不意打ちを頼む」
人質は俺が戦っている間にサティか誰かが回収してしまえばいい。その間ソロモンを抑えるくらいは俺でもできる。もし他にも人質がいるようなら……その時は運が悪かったと諦めてもらうほかはない。
「弩弓砲の次弾の用意、完了しました。どうしますか?」
「しばらく待て。もし陸王亀が前進してくるようなら撃っていい」
陸王亀は停止中に攻撃されるのを嫌ったのだろう、少し後退している。
「了解しました」
弩弓砲の効果はあった。鉄の装甲があっても撃ち抜けるだけの威力があって肩付近に深く刺さっていた。それが痛いのか不快なのか。陸王亀が盛んに手を伸ばす仕草をして、魔物ががんばって引っこ抜いていたのだ。そこからはかなりの血も流れていた。急所に命中すればそれなりのダメージを与えられそうだ。ただ停止中の今は首が引っ込められて装甲が降ろされている。できれば首を出した時に狙いたい。
だがそれも弩弓砲を防ぐことのできるソロモンはここで倒しておく必要があるし、ソロモンを排除できたとしても弩弓砲が届かない範囲に回避して攻めてこられれば、弩弓砲をすぐに移動させる手段もいまはない。
後は俺とサティの剛弓で陸王亀の巨体に対してどれほど効果があるか。それで止められないようなら決死隊を編成して直接倒しにいくしかない。巨大な陸王亀だけは絶対に倒さないと城壁を壊される可能性があるし、城壁自体が耐えられても城壁を乗り越える足場にするには十分な全長がある。
オークを主力とする魔物たちは今も地を埋め尽くさんばかりの勢いで進軍してきている。俺たちとオークの戦力比は一〇〇倍以上は確実だ。大きな進入路が作られればそれで終わってしまいかねない。
その時にソロモンみたいなのに一緒に攻めてこられればどうなってしまうのか。やはりソロモンはここで確実に倒しておく必要がある。
ソロモンが城壁を背にしたタイミングで、誰かがこそこそと出てきて倒れている子どもを回収していった。兄弟子のコリンか。ナイスだ。ソロモンはそれに気がついているのかどうか。気にする暇もないのかもしれない。なにせ戦っているのは剣聖なのだ。
「勇者殿、あれは一体……」
人族の言葉を話す魔物だ。さすがに戦闘中とあって騒ぎ立てるような兵士も居なかったがやはり気になるのだろう。近くに陣取っていた兵士が俺に聞いてきた。
「魔物にも頭が良くてこちらの言葉が使えるやつくらい居るんだろう」
そう言う俺の説明に微妙な顔をするが、気にしても仕方のない話である。アンチマジックメタルで聴覚探知の性能は落ちている感じはするが、城壁上からでもかろうじてやり取りが聞こえる程度。俺への呼びかけは兵士たちにも聞こえただろうが、その他の言葉はほぼ聞こえていないようだし、何か説明する必要もないだろう。
気がつけば二人の動きが止まっていた。もとより師匠は人質の回収が目的の時間稼ぎだったのだろう。師匠はほとんど剣も交えず回避に専念し、いまソロモンは城壁を背に師匠と対峙している。
背を向けているし矢の射程内ではある。しかし城壁から集中砲火したとて倒せるイメージがない。ここはがんばってくれ、お師匠様。
「どうした剣聖。逃げてばかりでは俺に勝てぬぞ」
動きを止めたソロモンの問いには答えず、師匠が尋ねる。
「人質は良いのか?」
「どうでもよいことだ」
人質が居た場所を確認もせず気にした風もなく言う。さすがに人質の回収には気がつかないほど間抜けでもないはずだし、本当にどうでもいいのだろう。
「人質は他にはおらぬのか?」
「心配せずとも俺が知る限りではあれで最後だ」
「ならばこのまま貴様の相手をするのも支障はないが……こちらへ、人の元へと戻ってこんか?」
師匠の言葉に驚いたが、ソロモンもたぶん驚いたのか逡巡する様子をしばし見せた。ソロモンのこの様子、態度。人質に対する扱いは、どうでもいいというか投げやりなのか。魔物の側に望んでかどうかはわからないが付いたは付いたが、しかしエルフの里を攻めることに関しては、人族と魔物の戦いはどうでも良くて、こうして再び戦うことだけが重要なことだと。
だから師匠もこのように声をかけた。
「このような姿になって何を今更か」
邪神の加護をもらったのだろうが、魔物化までは不本意だったのだろうか。嫌そうな思いが言葉からもにじみ出ている。
「姿かたちなど些細なことだ。貴様から血の匂いがせぬ。まだ誰も殺しておらぬのだろう?」
それにはソロモンは答えず言う。
「この体は我が神への忠誠の証。もはや後戻りは叶わぬし、そのつもりもない」
神の名を持ち出す以上、考えが変わることはまずない。しかしソロモンは実際に邪神に会ったのか? できれば直接話を聞いてみたいが、今から城壁を降りるのも時間がかかりすぎるし、話をしたいと言えるような状況でもなさそうな気もする。
「そうか」
師匠はそれだけ言うと一歩踏み出した。
予備動作のない唐突な動きだったが、ソロモンは一瞬たりとも警戒を緩めてはいなかった。師匠の動きにも反応した。にも関わらずソロモンの腕が切り裂かれる。そして太もも、腰、反対側の腕。四回の攻撃をすべて、ソロモンは回避できなかった。致命傷には至らない程度の浅さだが、それでもそれだけの傷が何箇所もあれば出血で……
だがその黒い肌からは血もこぼれない。ソロモンの反撃の剣が振るわれ、師匠が飛び下がる。
「再生能力か。浅かったとはいえ血も出んとはな」
回避の失敗かと思ったが師匠の剣でダメージが出ない程度の、ちゃんと計算しての回避だったということか。
ソロモンの半裸はどうかと思ったが、体格に見合う鎧が用意できなかったというより、生半可な鎧など師匠の剣の前に無意味と軽装を選んだのだとしたら悪くない選択だ。
がっちりとしたプレートアーマーは本当に重量があるから、防御と動きやすさのバランスというのは前衛にとっての悩みどころなのだ。師匠も装備は軽装、上質ではあるが革装備のみの装備だ。ソロモンも革製の半ズボンのようなもので下半身を覆うだけで、靴すらないし、腹や胸などの急所もむき出しだ。どのみち重装備と言われるくらいの装備でないとお互いの攻撃は防ぎきれないのだ。
ソロモンの剣は俺の両手剣より大きく見たことのない赤黒い材質で、師匠のオリハルコンの剣を何度か受けても無事なことからかなりの業物だと思われる。
ソロモンの巨体剛腕から繰り出される剣は師匠をして正面から受けるのを避けるほど。当然俺も受ける自信はないし、重装備の騎士の鎧でも平気で叩き潰しそうだ。
「速度も力もかなり増してるな」
だがそれはどの程度だ? 俺とやった時の最終段階、二度目の狂化薬を飲んだ時くらいの力はあるように見えるが、城壁の上からだと距離が少々あって判断に自信が持てない。
師匠もリーチに加えて隔絶した速度に相変わらず攻めあぐねている様子だ。そう思ったが絶妙なタイミングで懐に潜り込み、ソロモンの体をまた斬り裂いた。
胸から袈裟懸けにかなり深く剣が入ったはずだが、ソロモンは気にした風もなく反撃し、師匠はまたも距離を取った。傷は即座に塞がれたようだが、今度はわずかに血が流れていた。回復能力にも限度があるようで、やはり多少パワーアップした程度で師匠に勝てるはずもない。
「力は増したようだが、邪神に魂を売ってまでしてその程度か?」
剣術自体は俺と戦ったときと違いはそうないように見えた。邪神が剣を教えてくれるわけもないだろうし、たかが二、三カ月程度で剣の腕はそうそう上がらんよな。
「それはこちらのセリフだ。剣聖がこの程度か? これならあの弟子のほうがマシだったかもしれん」
それはないと思うが、大口を叩くだけの根拠はあったようだ。ソロモンが全身に力を込める様子を見せるとその体が膨れ上がった。また舐めプしてたのか。それとも狂化薬のように時間制限でもあるのか。どちらにせよ、更に強化されたとは厄介な。
「またそれか?」
「これぞ我が神に頂いた力。今度は人が作った薬のような欠点はないし、それ以上の能力がある。もはやお前に勝ち目はない」
なんだ? いま一瞬ソロモンの体で魔力が膨らんだように感じたが、アンチマジックメタルのせいで魔力探知も曖昧だ。だけど嫌な予感がする。アンチマジックメタルが周囲に舞っているにも関わらず魔力が発動したということは、おそらく邪神からのなんらかの加護が発動した可能性が高い。
師匠に警告すべきかと考えたが眼の前のことに師匠とて気が付かないわけもないし、何をどう強化しようが師匠が簡単に遅れを取るとも思われない。
ソロモンの剣が振るわれる。その剣速に背筋が凍る。ただ踏み出して振るっただけの剣が雷光並の速度をもっていた。それが連続で襲いかかり師匠をして回避しきれず、剣で受け流すしかない。
研鑽を重ねたソロモンの剣は、化け物となっても当然健在だった。そこに強化されたパワーが乗る。
「もし師匠が負けるようなら、油をぶっかけて燃やしながら、矢で集中攻撃しよう」
「それで倒せるでしょうか?」
思わず出た俺の言葉にサティがそう答えた。無理か? あの再生能力だ。火くらいなんてこともないだろうし、矢が刺さっても平気そうだ。あるいは俺かサティの矢で頭を打ち抜ければ、倒せるかもしれない。当てられれば、だが。
しかし無理だからって俺がアレと正面から戦えるか? 刺し違えようにもこっちは回復魔法が使えないのに、ソロモンは俺の回復魔法を上回るような回復能力を見せている。力も速度も回復能力も負けていて、剣技もソロモンに及ばない。
下に直弟子が何人かいるから、それにも手伝わせるか。数に任せて叩けば勝てるか? しかし一対一じゃない状況になって、魔物が今のように大人しく見ているだろうか? 乱戦になって不利なのは明らかに俺たちのほうだ。
だがそれも師匠がもし負ければの話だし、俺が実際に戦うハメになった時のことを想定しているだけのことだ。あるいは今後師匠が居ない場面で同等の化け物と戦うことになるかもしれない。たとえば魔王城に潜入したとして、魔法が封じられて戦うことになるのは十分に考えられるのだ。
「師匠は読みだけでアレを回避してるのか」
恐らくゾーンに入っているのだろうが、師匠はソロモンの攻撃を完璧に躱している。師匠の速度は正直それほど早くはない。それでもソロモンの剣は師匠を捕らえられない。ソロモンの剣は俺と戦った時から力と速さが強まったものの、剣筋自体は変わってはいない。リーチの延長は厄介ではあるが、対処のしようはあるということだ。
「でも二人でやればなんとかなりそうです」
不意にサティがそう言った。確かに二人の動きははっきり見えているし、ソロモンの弱点、動きの読みやすさは解消されていない。単独で勝てるとも思わないが、俺とサティなら?
師匠もソロモンも最初は小手調べかと思った。本気じゃないのだと。だが今のこの切迫した状況で手を抜く余裕などあるだろうか? 師匠はさっさと倒したいだろうし、ソロモンも相手が剣聖なのだ。余力を残して戦うなどできようはずもない。
思ったより下で戦う二人と俺たちとの間に差がない? 確かにソロモンのスピードとパワーは厄介だ。だがソロモンも俺とサティが組んだ時の連携は経験があるまい。
ミズホ攻略が終わってから本格的な剣術の修行を始めると決め、師匠が張り切っていたのもあって、短い期間ながらも濃密な修練を積んできた。その中で磨かれたのが俺とサティの連携だ。実戦を想定するとやはりサティと組むことが一番多い。普段の修練でも一番多く戦っていた。
相手が三人、ウィルとミリアム、シラーちゃんでも圧倒できたし、四人掛かりでようやく勝負になるかというレベルにまで俺とサティの連携攻撃は強力になっていた。
ソロモンの回復能力も厄介だが、血を流すのも見た。無論勝てるかどうかはやらなくてはわからないが、俺たち二人なら十分に戦いになりそうだ。
「だけど師匠がもう終わらせる」
結局、強化したソロモンの攻撃でも師匠には届かなかった。
師匠が間合いを詰めた。終わった、そう思った。強力無比なはずのソロモンの剣が、師匠の剣に弾かれた。完全に虚を突かれたソロモンの体が無防備にさらされる。師匠の剣が袈裟懸けに振るわれた。そのまま深くオリハルコンの剣がソロモンの体を切り裂く。
完璧なタイミングだったはずだ。
しかし師匠の剣がソロモンの肩口で止まった。オリハルコンの剣がまるで強固な盾にぶつかったかのように、ソロモンの体に食い込み動かない。
師匠の動きが一瞬止まり、ソロモンの剣が師匠を襲った。ソロモンの剣を食らった師匠は数メートルは吹っ飛び、しかしゆらりと立ち上がった。
後ろに飛びながらなんとか剣を戻して致命傷だけは避けたらしい。懐からポーションを出してグイっと飲んだ。
「それがお前が得た加護か……」
「俺は神に剣聖に勝つ力を望んだ。そうして与えられた力だ。たとえオリハルコンでも俺の体を斬ることは叶わぬ」
骨か。神の加護で骨をオリハルコンでも通用しないほどに強化した。そして回復能力。
「どうしよう?」
「だ、だめかもしれません……」
サティすら動揺していた。アレに対して勝ち目があるのか?
「バルナバーシュ・ヘイダ、貴様はここで死ぬのだ……何を笑っている?」
「嬉しいのだ。久方振りの強敵。ワシが死ぬ? この歳で死ぬのが怖いはずもあるまい」
いやガチで困ったな。師匠はどうするんだ? まだまだやる気十分な様子だが。
師匠の使ったポーションはエルフ製の強力なやつだ。致命傷になりかねなかった一撃からも回復したように見えた。だがそれだけに使用制限は一日に一本が限界。二回目を使おうとしてもその効果は半分以下だ。恐らく緊急用に一本持っていただけだろうし、仮にもう一本使えたとしても、次のダメージは回復しきれない。そして今は回復魔法が全く使えない。ダメージを負えばそれで終わりだ。
防御を捨てていいのなら取れる戦術は大幅に増える。攻撃に全振りしたソロモンの攻勢に師匠もおいそれと反撃に移れない。
「つまらん剣になったな、ソロモンよ」
「その剣で貴様は死ぬのだ!」
ソロモンの動きが激しさを増し、師匠の動きにさらに余裕がなくなった。気がつけば異様なほどの汗が噴き出している。隠しきれない苦しげな様子は先程のダメージ、ポーションでも回復しきれなかったのか。
「光輪流秘奥義」
その師匠の言葉にソロモンが反応し動きを止めた。
「光輪流の御開祖が目指した光斬り」
師匠が静かに構えた。上段の烈火剣の構え。光斬りは源流の、そして光輪流の教えだ。岩を斬り、水を斬り、風を斬る。しかしその先がまだあるのだといつか師匠は言っていた。存在するのであれば斬れぬものはない。それがたとえ光であったとしてもだ。
「誰もなし得なかった、ただの絵空事に過ぎぬ」
師匠とてたどり着けなかった境地。
「そうだ。だがワシは絵空事とは思えぬ」
一歩、師匠が間合いを詰めた。ソロモンが防御の構えを取った。
「無駄だ。神に与えられしこの体。何物にも、どのようにしても切り裂くことはかなわぬ」
「なればこそ斬る価値があるというもの」
また一歩。完全に間合いに入った。しかし師匠の剣は動かない。焦れたソロモンが剣をーー
「見えたか?」
気がつけば師匠の剣が振り下ろされていた。しかし俺には見えなかった。
「見え……いえ、見えませんでした」
剣を振るうのは確かに見た。だが剣筋がはっきりとは見えなかった。
「奥義、光輪斬り」
ソロモンの剣が半ばからゴトリと地に落ち、ソロモンの体から派手に血が吹き出す。
「齢一〇〇にしてようやく届いた境地。感謝するぞ、ソロモンよ」
「ま、まだ……この程度では俺は……」
その言葉を最後にそのままソロモンはどうっと大地に倒れた。防御の剣ごと、肩から反対の腰まで真っ二つにされては、神の加護があったとしても生命を維持できなかったようだ。
「勝った?」
「勝ったみたいです」
ソロモンは倒れたままぴくりとも動かないし、血が流れ出る傷が治る様子もない。安心したようにサティがそう答える。剣聖の勝利に城壁でも歓声があがった。
だがホッとする間もなく魔物の側からも迸るような怒号が湧き上がり、エルフの里への進軍が再開された。
書籍13巻、3月24日の発売となります




