337話 友人 その2
「マサルの今の実力が見たい」
ラザードさんとクルック、シルバーの三人がシオリイの町での宿を引き払い、荷物を背負って戻ってきて、今日は休暇で特に用事もないと言ったところでのラザードさんからの申し出である。とりあえずまあいいかと頷いてはみたが、ラザードさんは休暇の意味をわかっているのだろうか。
「ここじゃ狭いですし、移動先でやりましょうか」
帝都での転移ポイントは王家の森のエルフの居住地だ。森にはスペースはたっぷりあるしエルフの領地でもあるから部外者も入り込まない。
「かなり強くなったんだろう?」
かなりなんてものじゃない。もはや剣において俺より上は片手で数えるほどだと確信を持って言える。
「剣聖の修行は相当なモノでしたよ」
その師匠は今日は完全休養。ミズホ制圧に備えて英気を養っている。
ラザードさんとはかつて王都の剣闘士大会で、俺がかろうじて勝てたくらいの実力者だったのだが、今となっては……実力は大きく開いた? だが実際のところはやってみないとわからないか。王都からどの程度俺が強くなったか比べてみるのも面白いかもしれない。
装備は変えるまでもなさそうだ。ラザードさんは冒険者用の完全装備で俺のほうは軽装ではあるが、服の下にはエルフ製の軽量鎖帷子を着込んでいてナイフくらいなら防げるようにしている。一戦だけだし攻撃を受けなければ何の問題もない。
集まって転移するとそこはもう帝都王家の森、エルフの居住地の一室である。
「もう着いたのか……?」
クルックがキョロキョロしながら言う。部屋から部屋だと転移も実に地味だ。特に転移部屋は安全面が考慮されて外部に開いた窓もなく、昼間でも薄暗い。
「そうだ。ここは帝都でも城に近い中心部だ。町を見たいか?」
「俺たち帝都には一度来たことがあるんだぜ!」
観光はまた今度だが帝都くらいは見せてやろうと思ったのだが、そんなクルックの返答だった。そう言えば一度護衛任務で行ったとか言ってたな。
「ならいいか。空からの眺めは結構見応えあると思ったんだけどな」
「いやいや、待って。見たいから」
建物を出てレビテーションでゆっくりと浮かび上がる。森の木々の上部を抜けると一気に景色が広がった。その光景に三人が感嘆の声を漏らす。
「あそこに見えるのが帝城で、あれが闘技場だな」
見渡す限りってこともないが、どちらを見ても建物が霞んで見えるくらいにまで都市が続いている。
「思ったよりもでかい」
「ここらへんは貴族街か。大きい屋敷ばかりだな」
シルバーとクルックが口々に感想を述べる。ラザードさんも黙って興味深げに見回している。少しの間景色を堪能し、そろそろ満足しただろうと降りたところでエルフ三姉妹の長女マルグリットから声をかけられた。
「マサル様。今しがた連絡がありまして、魔力開発院に追加の建物を作りたいとのことですが……」
そう休暇中の俺に言いづらそうに言う。欲しいのは俺発案の食堂だそうだ。俺がやらなくても他にもできるものも多いが、特に疲れるような仕事でもなし、俺がやれば一瞬で終わる。あと俺の言ったビュッフェスタイルというのがいまいち伝わらなかったので、もっと詳しい説明がほしいとのことだ。お城のパーティが立食のバイキング形式だったから、ふんわりしたイメージだけで伝わるかと思ったがそうでもなかったようだ。
「作りに行くから少し待っててもらってくれ。じゃあやりましょうか」
そうラザードさんに声をかけて、エルフ居住地の出入り口の前の、ちょっとした広さがある場所で武器の準備をする。足元は十分に平らだったし、森の土は柔らかかったが人の行き来でそこそこ踏み固められていた。
居住区に残っていたエルフが何事かと出てきて、シャルたちにこの立ち会いの説明をしてもらっている。ラザードさんがかつて俺の師を勤めたこともあると聞いて驚いていた。そんな説明はしたことはないはずだが、相変わらず俺の個人情報は筒抜けである。
「以前にあった甘さが消えて動きに迷いがない。構えだけで強くなったことが良く分かるぞ」
刃引きの鉄剣を構えた俺に嬉しそうにラザードさんが言う。それはそうだ。王都からこっち、戦いの連続だった。剣の頂きも見た。スキルだけに頼らない、積み上げた本物の強さを俺は手に入れた。もはやラザードさん相手なら苦も無く倒せるはずだ。
「魔法はなしで。向こうで学んだ剣技を見せましょう」
そう言ってスッと間合いを詰める。先手は俺に譲ってくれる様子だ。俺の力を見たいのだろうが、手加減は考えていない。下手すればすぐに終わる。
正面から連打はしかしギリギリ凌がれた。そこから足を止めての打ち合いを挑む。ラザードさんは冒険者の中でもかなり大きいほうだ。さすがにパワーがあって俺の力でも打ち負けることもない。そのうえ防御の硬い、手堅い剣を使う。強引に防御を抜けるかと思ったが、思いの外テクニカルに剣を受け流される。
「もう剣技でも俺を超えたな」
打ち合いは完全に俺の優勢でラザードさんは守りでいっぱいだった。しかし即座に倒せるほど弱くもない。
「だがこれが本気じゃないだろう?」
いまので八割といったところか。手抜きじゃない。全力だと身体的な負担が大きいから、このくらいが強さと出力のバランスがいいのだ。そこを技術で相手を倒せば効率がいいという継戦能力を考えたスタイルだ。
さてと。ここで分かり易くパワーを出してもいいのだが、それでは芸がない。最近の俺の修行テーマは安定感である。どんな相手でも負けない。特に格下相手に取りこぼさない。確実に勝つ。
そして同格のサティ、格上のデランダルさん、アーマンドさん相手にも簡単には負けない。粘って勝ち筋を探る。負けるにしてもダメージの少なさを考える。俺は無茶をしすぎだからその改善策であるが、とにかくどんな相手でも、どんな状況でも生き残るという安定した戦い方でもある。
間合いに踏み出し普通に剣を振るう。そしてしっかりと相手の動きを読んで、効率的に追い詰めていく。ラザードさんの技倆は以前とそう変わってない。相手の土俵、パワープレイに付き合わなければゾーンに入るまでもなかった。
ラザードさんは後退するが、間合いから逃さない。読みは完全にはまっていた。未来予知かというレベルでラザードさんの動きを先読みできていた。
実際のところ剣を振るう技倆に関しては大きな差異はないはずだ。速度は俺が優勢だがパワーは同程度。だがその速度と読みの深さでラザードさんの剣を完全に封じた。読みの深さや手順の組み立てに関しては高弟たちにはまだ及ばないが、読みの正確さにかけては誰にも負けないとの自負がある。何しろ探知系により実際に観ているのだ。ソロモン戦でコツを会得し習熟する時間は十分にあった。もはやこの第六の目ともいえる視点は自在に使え、さほどの負担にもならなくなっていた。
ドンッ、と俺の剣がラザードさんの肩に軽く当たって止まった。それでラザードさんも諦めて剣を下げて言った。
「これが才能か」
諦めをにじませた声でラザードさんが言う。ある意味そうだ。加護。回復魔法。そして環境。ビエルスでの修行に剣聖と高弟からの直接の指導。最高に恵まれた環境だ。しかし才能と一言で済ませたくはない。
「もちろんいくらかの才能は必要でしょうが、これは地道な修練と覚悟の結果ですよ」
なによりも覚悟だ。強くなるという覚悟と意思が必要だ。ラザードさんも本当に強さを望むなら、何もかも捨ててビエルスに向かえば良かったのだ。それが若い頃であれば、あるいは高弟の一人にすらなっていたかもしれない。
「ラザードさんも今からでも一年ほどビエルスで修行をすれば……」
「止めておこう。ゴルバスで俺の手が必要なんだろう?」
ラザードさんにとって剣の強さはあくまで手段か。冒険者として身を立て、そして俺にスカウトされた。敗北の悔しさはあるが、この上剣の強さは望まない。生涯を剣術に捧げるほうが異常なのだ。そしてそっちのほうが俺としても有り難いし、人として健全でもある。
「お前らもついでに相手をしてやろうか? いやいや。もちろん手加減はするぞ」
ちゃんとギリギリ限界を見極めていい修練になるように。しかし俺の言葉に二人はとんでもないと首を振る。厳しくなるのがわかっているようだ。
完全な善意なのだが、なるほどかつてのラザードさんの立場がこれか。確かにきつくやるつもりだが、未熟な者のため、機会があるごとに鍛えてやる。必要なことだと思うのだが、やられる側は恐怖すら感じるのだ。指導って難しいな。まあ今日のところはまだ用事もある。勘弁してやろう。
終わろうとしたところでサティが準備して待っていた。
「わたしもお願いします」
そうラザードさんに頭を下げる。サティもラザードさんと剣を交えてみたいようだが……
「あー、サティも強いんだよな?」
「ええ。俺とそんなに変わらないくらいですかね」
「すまんが勘弁してくれ」
苦笑しながら言う。まあそうだよな。仕方がないからがっかりするサティに声をかけた。
「じゃあ俺とやっとくか」
今日はまだやってないし、このままでは収まりもつくまい。ここのところまたサティが強くなって勝ったり負けたりなのだ。というか決着がつかない、決着まで時間のかかることが多くなってきた。もちろん魔法があれば俺が勝つのだが、剣技にほぼ差はない。双方が手の内を知りすぎて、新しい技を覚えてもすぐに対応されてしまう。
剣を構え、軽く間合いを詰める。ラザードさんとの戦いはいい感じだった。やりたいこと、やれることが一〇〇パーセントできた感覚。
サティの動きを読み、柔らかく受け流す。素早い攻撃も、強い攻撃も同じように躱し、流す。
ラザードさん相手のように完全とはいかない。読みも外されるし、早い動きで防御を強制されることもある。
八割なんて言っていられない完全な本気なのだが、決定打の見いだせない互角の攻防が続く。どこかで大きくパワーを乗せた一撃を加えたいのだが、サティには隙がない。
普段の立ち合いでもサティ相手は常にガチンコ勝負、真剣な削り合いをする。そうでなければ高弟たちには届かない。そして日常的に互角の相手、本気を出せる相手とやれるとなると色々試せるし、それだけに尚の事サティ相手は気を抜けない。
機を伺ううちに俺の剣を躱すサティが大きく後退し、その足が深く沈んだ。腐葉土の積み重なる部分に足を置いてしまったようだ。隙ともいえない隙だが、チャンスだと強打で追撃し連打を加える。俺の圧力でサティの後退した位置はさらに土が柔らかい部分だ。またしても足が沈み込む。しっかりと大地を踏みしめないと剣を振る力もどうしても落ちる。
俺なら足場の下も視えているがサティにそんな感覚はない。後退した先にどの程度の足場があるかもわからない。俺からの圧力で前へも出れない。サティは後退を諦め、その場で俺への対応をすることにしたようだ。
そこに体がぶつからんばかりに間合いを詰め、上段への攻撃と同時にサティの足に足払いをかけた。払うというより全力でのローキックだ。サティも気がついたが遅い。足を躱そうという動きをしたが間に合わない。
硬いブーツ同士のゴツンという激突音がして、サティが大きくバランスを崩し……俺の腕を掴んで道連れして引っ張った。俺は俺で足払いで足が踏ん張れる位置になく、そのままサティに被さるように倒れ込む。足払いとサティの腕引きで回転力がついてぐるりと体勢が上下入れ替わる。
片足で地面を蹴って倒れ込む動きをコントロールし、次への攻撃をーーできない。サティが手刀を首に向かって放つのを、腕を掴んで止める。
そのまま勢いよく二人で一回転し、逃れようとするサティへのマウントポジションを取る。流れるように剣をサティに押し込み、サティがそれを剣で防ぐ形で動きが止まった。倒れ込みながらも俺の首を狙った手刀はしっかり掴み取ったままだ。
空間把握による感覚は倒れようが一回転しようが完全な位置情報を俺へともたらす。動きを計算してのマウントポジションだったし、手刀も余裕を持って対処できた。しかしここまでのようだ。
「引き分けでいいな?」
戦闘を継続できなくもないが、マウントポジションからだと格闘戦、シンプルな殴り合いになりかねないし、そうなると決着が長引いて無駄に怪我を増やすことになる。あるいはサブの短剣を抜いてブスリとやるか。どっちにしろ休暇のちょっとした立ち合いでやることじゃない。
同意したサティも力を抜いたので、手を貸して立ち上がった。
「今の何がどうなったんだ?」
落ち葉を払って浄化、念のための回復魔法を俺とサティにかけて戻る。どうやらクルックたちからは足払いからの動きが落ち葉が舞ってよく見えなかったらしい。
「あれはサティが落ち葉の柔らかいところを踏んで足場が悪くなったところに、俺が間合いを詰めて剣で攻撃しながら足を引っ掛けてやったんだ。そこにサティがーー」
二人に一連の動きを説明していく。腕を掴まれたのは失敗だったが、間合いを詰めないことには足払いは決まらなかった。できれば膝を狙って破壊したいところだったが、さすがにそこまではサティも隙は見せないだろう。
それでもとっさの判断にしては良くできていたと思うが、その後の動きをあまり考えていなかったし、サティの反撃への対応で追撃は潰されてしまった。
足払いを完全に食らって倒れながら俺を道連れにして、さらに手刀での反撃。サティの手刀だ。今の軽装備で食らえば首の骨くらい破壊されていたかもしれない。やはりサティは手強い相手だ。
「ビエルスでそんなことまで教えてもらうのか?」
「流派によるんじゃないか? 実戦に寄せた流派だと何でも有りだし、いつでも剣が手元にあるとは限らないからな。手足も武器として使えれば便利だぞ?」
まあ魔物には使えないが、体術の習得は対人ならかなり有効だ。俺が絡め手でよく使うからサティも使うようになった感じだな。
お待たせしましたと、そのままぞろぞろと移動を開始したところでラザードさんが話しかけてきた。
「これからは俺のことはラザードと呼べ。今後はマサル……マサル殿の命じる通りに動こう」
俺たちの実力を見て、剣を教えていた時期とは区切りをつけるということなのだろうか。まあ配下になるのだ。敬意を持って接してくれるのはいいことだ。
「ではラザード殿は当面、俺の護衛をお願いします」
さすがに呼び捨ては無理だ。
「護衛か。必要なさそうだがな」
サティや周囲のエルフを見ながらラザード殿は言う。
「一度かなり危ないところまでいったんですよ。毒を使われましてね。それからは用心することにしたんです」
毒対策は一部の護衛エルフが常時マスクで動いているから、以前のようにいきなり全滅とかはもうないはずだ。
「ふむ。誰かの恨みを買ったか、怒らせでもしたか?」
「それはおいおい説明を。少なくとも俺を殺したいと思っている勢力がそれなりにあるとだけ覚えておいてくれれば」
魔物、魔族を別としても、帝国にしろ王国にしろ、俺が目障りだと思う貴族は潜在的にはいるはずだし、どこで魔族と繋がっているかもわからない。用心に越したことはない。
「護衛だな。了解した」
俺の言葉にラザード殿はしっかり頷き、その表情を引き締めた。ラザード殿が付いてくれれば、俺以外に護衛を回せる。エリーやアン、ティリカにしても命を狙われる理由はあるのだ。各人になるべく腕利きをつけておきたい。
「俺たちもマサル様って呼んだほうがいいかな?」
歩きながらクルックが言う。師匠でもありパーティリーダーでもあるラザードさんが殿で、自分たちが呼び捨てでは外面が悪いとでも思ったのだろう。
「普段はいつもどおりでいいぞ? お偉いさんが居る時は注意してほしいが……あとは仕事中くらいはかしこまっておいてくれ」
気を使うような偉い人って王様たちくらいか? それと公式の場だが、こいつらを公式の場に連れて行くような予定はしばらくはあるまい。
「マサル殿か? それともマサル様か? うーん、様はないよなあ」
「様はないな。ラザード殿と同じ、殿にしておけ」
「了解いたしました、マサル殿!」
「うん。で、次は魔力開発院に行くんだけど……」
スカウト活動が終われば、次は魔力開発院での食堂建設だ。
「これが終わったら少し早いけどお昼にしよう。この近くにいいレストランがあるんだ」
動いたからお腹が減ってきた。エルフにレストランの予約を頼んで、シャルにアンへお昼をこっちで食べるとの伝言を頼む。
魔力開発院で担当の神官を捕まえて予定地へ案内してもらう。行ってみると整地まで済んでいた。食堂のだいたいのサイズはそれに倣い、平屋の豆腐ハウスにする。足りなければいつでも増設はできる。
イメージを固め建物を土魔法で完成させ、ビュッフェ形式の食堂のシステムを食堂運営担当の神官とエルフに内部の配置を示しながら話していく。モデルはアメリカの学食だ。セルフサービスでトレイを持って好きなメニューを入れていく。料金は……当面は無料でいいか。寄付で賄えるし職員の福利厚生も兼ねているのだ。それであまりにもコストが嵩むようなら有料化を検討しようと話す。
調理スペースや食事をする席の配置。メニューや必要な人員に運営システムについてもその場で決めていく。
営業時間か。朝から営業はしておこう。ただし朝食のメニューはシンプルにしておく。昼食と夕食の時間を決めて、それ以外の時間も食事はできるがメニューは減らす。軽食だな。
水以外の飲み物はどうするか。ジュースはこの世界じゃ手絞りだし手間もコストもかかりすぎる。お茶の葉の用意だけして、自分で入れさせよう。酒類の提供? なしだなし。
「最初は試験的な運営ってことを周知して、料理の量や必要な人員は探りながらやってくれ」
馴染のないセルフサービスだ。食堂利用法や注意書きを入口や要所に貼って、それから提供するメニューや本日のメイン、おすすめなんかの掲示もしておくか。食堂の机や椅子、調理具などの備品に関してはエルフレストランの支店用に用意したものを流用してもらう。食材の仕入れなんかもだな。
「営業しながら利用者の要望を聞いて改善していくんだ」
エルフにはレストラン運営のノウハウはすでにあるし、職員以外の食堂利用者はしばらくは金持ちばかりだ。そうトラブルも起きまい。
「ところで引っ越しは順調か?」
ついでに聞いておく。もし手間取るようなら、明日の休みも考えなければならない。こういうことは俺が決めて指示をするのが手っ取り早い。
「はい。我々は基本的に身ひとつですし、大神殿からはそう遠くもないですから、引っ越しは手間でもありません」
ただ、急な休みにしたせいで苦情が来ているという。さっさと施術をしてくれとの要望だな。魔力開発の施術は早ければ一日で終わって魔力を操れるようになる。しかし待機者は大量に居るのだ。個別の要望を聞いていては切りがない。
これはクルックとシルバーをねじ込めというのはダメだな。明日からでもいいが、とりあえずお昼を食べたらエルフの里へ行って、そっちでできないか聞いてみよう。
帝都でやるべきことは終わったかな? うん、終わった。帝都の研究所の様子も見たいところではあるが、研究は難航しながらも進んでいて、多少のトラブルも現地の者で十分に処理できている。
「しばらく顔を出せないかもしれないから、後は頼みますと神殿長に伝えておいてくれ」
一応緊急時の連絡だけは付くようにしてあるが、戦場以上の緊急事態もあるまい。
そうして魔力開発院からそう遠くないエルフレストランに移動する。レストランは相変わらずの行列で混雑していたが、二号店もできたこともあって最初のような混乱はない様子で、すぐにVIP席、個室に案内された。
「俺はAコースで。飲み物か。じゃあそのフルーツミックスジュースで」
コースと言っても定食をちょっと豪華にしたものだ。サティやラザード殿たちも同じ物を頼んだ。VIP席でもメニューは共通だし、予約受付が周知されたので待っている人も居ない。
「そう緊張することもないぞ。この店はリリアがオーナーなんだ。つまり俺の店ってことだな。メニューもお前らが食ったことがあるやつだ。ただプロの調理人が作っているから味はもっと良くなっている」
あとは見た目、盛り付けも高級そうになっている。俺も料理は上手い方だとは思うが、さすがにプロには勝てない。
「ビエルスで修行してヒラギスで戦ってたんじゃないのか? なんでカメラ作ってたりこんな高そうなレストランをやってんだ?」
クルックが疑問に思ったのか聞いてくる。なんでだっけ? お金儲けと、そうそう。帝国とエルフの友好のためだな。
「これも勇者としての活動の一環なんだ」
結局はそれに尽きる。まあそれだけだとわからんよな。今後のこともあるし、俺がやっていることをもう少し話しておくか。
「ビエルスで修行して、その後ヒラギス奪還に参加したんだが、この時点で俺は無名だった」
しかもどこにも所属してなくて立場も曖昧だった。それにも関わらず、いきなり軍が壊滅して、最前線に立たざるを得なかった。
「で、ヒラギスで戦果を上げて有名になったし、魔物は撃退したわけなんだけど」
戦いも大変な苦労だったのだが、そこからも大変だった。
「魔物に散々に荒らされたヒラギスは壊滅状態。人は減ったし町や村もぼろぼろ。住居や農地の再建もこれからで、残った魔物でそれすらままならない。もちろん俺の役目は終わったと褒美を貰ってそこで引き上げても良かった」
しかし魔物との戦いはそれで終わらない。次もヒラギスが攻められてまた落ちればどうなる? もっとひどいことになるかもしれないし、ヒラギスの先へと侵略の手は伸びるかもしれない。だからヒラギスを支援して独自の力をつけてもらう必要があるんだと話す。
「結局俺がいくら強くても他が弱ければ魔物には勝てないんだ」
いくら加護が強力でも転移が便利でも、俺たちだけで世界中を守るわけにもいかない。そう考えるとヒラギスだけ復興できても大きな意味はない。
「そこでもっと抜本的な解決方法を考えた。つまり人族全体がもっと力を持てばいいんだ」
ダークエルフからの情報や、イオンから古の神託を聞いたせいでもあるが、現代知識での技術革新は前々から考えていたことだった。しかし俺の知識は不十分だったし、他にやることも多かった。王都へ行ったあたりから常に忙しい状態だった。
それがエルフの全面支援や帝国との繋がりで、どうにかできそうな状況になっていた。
「一番改善したかったのは食糧不足だな」
飢えて餓死者が出るのにどうやって魔物と戦える? 千年計画はそれだけでもないんだけど、分かり易い部分はそうだ。
「それからヒラギスに領地をもらったけど、これがまた金がかかる」
建設が魔法でできても人を雇ったり運営したりするにはどうやってもお金がいる。収入は収穫が始まる来年以降だ。
エルフからの支援はあったが、そればかりに頼れないし、エルフの資金にも限度がある。まあレストランもエルフ頼りになっているが、エルフの稼ぎにもなっている。
「それで金になりそうな物も色々と作った。カメラとか、あそこの大きい窓ガラスも俺のところで作っている。そからこんなのもあるぞ」
そう言ってセラミックナイフを見せてやる。
「で、肝心の食糧事情を良くするにはどうすればいいか。農業で大変なのって開墾とか収穫だと思うんだが、そこをゴーレムみたいなのに手伝わすことができれば楽になるし、馬車での運搬も例えばゴーレムを使って一人で馬二匹分運べるとなったらずいぶんと捗るだろ?」
今の人数で倍、あるいは三倍の食料を生産、輸送できるようにする。そんな研究をしているのだと話す。
「それで俺は王国民だし、今度爵位も貰うから王国でも活動することになったんだけど……」
そこでも資金問題だ。これは王国自体の資金問題だが、ゴルバス開拓で失敗して弱体化した王権の強化をする必要もあった。
「リリアから提案があって、以前失敗したゴルバス開拓も、今の戦力なら余裕だろうってな」
新しいことをするにもヤマノス村だと手狭だし、王国での食料生産も増やしたかった。
「王国で活動するにも子爵じゃ位が低いし、戦果や功績もない。開拓が成功すれば俺としても王国としても利益は大きい」
シオリイの町とゴルバス砦の間にも耕作に良さそうな土地は点在しているが、人口を分散させると、魔境に近いこともあって小規模な村はちょっとした魔物に壊滅させられる。ある程度固まって住む必要がある。しかし開拓が成功すれば、ゴルバス砦とシオリイの間はかなり安全になる。開拓地をミズホの後方にも増やせるのだ。
「お、きたきた。好きに食べていいぞ。それでなんだっけ。領地開拓には資金が必要だってんで、評判のいい俺の故郷の料理をエルフ料理ってことで広めることにしたのがここだな」
王国では独立戦争で共に戦ったエルフの立場は良いが、帝国では敵側で近寄るのも嫌だという人間も多い。その帝国でのエルフの立場の改善。店も作ってエルフ産の物品や千年計画の成果物も売る。俺の要請でヒラギスに多額の資金を投入してエルフの資産が目減りしたのを補填したかったのもあるのだと話す。
千年計画の一番の目標は根本的な人族救済であるが、こいつらそこまで話すのはまだ待ってもいいだろう。うん、もっと領地運営にどっぷり浸かってからだな。
「エルフの魔力開発法もそうだ。エルフへの差別感情の改善と人族全体の強化だ」
富国強兵。国が豊かになれば兵はおのずと強くなる。
「もちろん勇者としての仕事、魔物と戦うことが一番重要で、領地運営は俺でなくてもできるだろ? お前らの任務はそれだ」
「え? 俺たちがやるの?」
やらせるって言ったじゃないか。いや、最初は助手とかからだったか?
「いやいや。大丈夫だ。王様からは当面の人材は派遣してもらえるし、エルフも手伝ってくれる。さっきも言ったがお前らができることで手伝ってくれればいいんだ。やることは難しくない。領地を守って食料をたくさん作る。それだけだ。簡単だろ?」
俺のほうが大変だ。勇者としての活動と修行に加えて、各地の領地運営。ヤマノス村、ヒラギスのビースト領、ブランザ領に、ここにミズホ領が加わる。それからこのレストランや魔力開発院に、最重要の千年計画。
「分業だよ、分業。できる者ができることをやる」
だから信用できる者に仕事をぶん投げる必要がある。
「なるほど単純だ。俺は領地を守ることを考えていればいいんだな?」
そうラザードさん。話が早くていい。
「ええ。そのためには領民軍の編成や運用が必要なんですが、最初は王様から人の派遣を約束してもらってますから、わからないことは教えてもらってください。最大で五年は教育期間があるものと考えてもらえれば」
食べながらミズホのことも話していく。
「農作業は農夫がやるし、それを村長が取りまとめる。お前らがやるのはそれがちゃんとできているか。時期になったらきちんと税が払われているか。それも実際の作業は王国から送られてきた官吏がやってくれるから、最初は色々教えてもらうだけでいい。全体の方針とか難しい話は俺が決めるし、最終的な責任も俺が持つ」
「そう聞くとなんか簡単そうだな」
話を聞いていたクルックがそう言う。ブランザ領も最初は大変だったけど、今は安定したからエリーもある程度は部下任せにできている。実際、普通の開拓に比べると恐ろしく簡単だ。資金は問題ないし、移動や輸送は転移が使えるし、建築関係は魔法でローコスト。
まあそれでも何もトラブルが起こらなければという前提はつくし、こいつらがその任せる部下に相当するんだけど、冒険者をやっているより楽だろう。と思う。
「実際覚えてしまえば簡単だし、たぶん楽だぞ」
それで安心した表情のクルックとシルバーと違い、ラザード殿は含みを持たせた俺の言葉を正しく理解しているようだし、口や表情に出さないだけの良識もある。開拓初期が楽なわけないのだ。
それでもその責任者の俺より楽なのは確実だろうが。そんなことを考えながらこのあと予定を話していく。二人はミズホ攻略の始まるギリギリまで魔法を習得、指導を受けてもらう。ラザード殿はどうするか。エルフの里で二人を託せば今日と明日はフリーだし、護衛の要りそうな場面でもない。
「ラザード殿は魔法は使えるんですよね?」
「初級の火魔法くらいだがな」
「じゃあ一度エルフの里で指導を受けてはどうですか? 回復魔法や空間魔法が使えれば便利ですよ」
魔力開発法が普及して千年計画で科学が進歩しても、魔法の価値は減ることはないだろう。
「それにこのセラミックナイフは土魔法と錬金術の応用でーー」
何より千年計画が現状魔法を全面活用しての進捗なのだ。これからは魔法と科学の両方を習得する者の時代となるのかもしれない。
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