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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第十六章

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333話 ビエルスの後継者

 アーマンドさんの二刀から繰り出される攻撃にヴォークト殿はまたしても防戦一方になっていた。一方を防いでももう一方が襲いかかる。二本の剣はオーソドックスなサイズの片手剣だったが、左右の区別がないように自在に操られていた。


「二刀の持ち味は圧倒的な手数による攻撃力よ」


 師匠が言う。連戦での体力の消耗もあるのだろうが、アーマンドさんの左右からの間断のない攻撃は守るだけで手一杯で、反撃すら許さなかった。


「元々は左利きだったらしいのだが、右も使えるように矯正されたのだ。それがいつしか両手とも使えるようになっていた」


 この世界でも右利きが一般的だ。道具やなんかも基本右利き用に作られていて、左利きは多少の不便を被ることがある。それでも平民なら気にもならない程度だが、アーマンドさんの実家は商人だったのだという。たくさんの人、それも時に上流階級の人と付き合う都合上、マナー的なことも求められた。


「こっちに来た当初は左右に剣を持ち替えて戦っていたようだが、特に目立ったところのない剣士であったな」


 それが何かの拍子に二刀持ちに変わってから頭角を現した。


「実家は商人だったんですよね? それがなんで剣士に?」


 今まさに戦闘中な本人をよそに個人情報を聞くのもどうかと思ったが、特に気にすることもなく師匠は答えていく。


「行商の途中に魔物に襲われたのだ。幸い、死人は出なかったらしいが、少年だったアーマンドは震えているしかできなかったことを悔いてな。まあよくある話だ」


「その時の冒険者が~、アーマンドをかばって怪我して引退したの~」


 そうホーネットさんも話す。エリーと同じ。消すことのできない後悔。それがアーマンドさんの原動力か。それで強くなることを選びやがて才能を開花させた。それも剣聖を望めるほどに。


「ここでもしヴォークト殿が負ければどうするんですか?」


 誰も剣聖になれないのかもと思ったが、アーマンドさんにも資格はある。というか本当に一方的な展開になっていて、ヴォークト殿がまだ攻撃を食らっていないのが不思議なくらいだ。


「三年前、ワシはアーマンドに剣聖を継がせるつもりだったのだが……アーマンドはここで勝ったところで剣聖を継ぐとは言わんだろうな」


 アーマンドさんは師匠に勝てなければ剣聖を名乗る気はないらしい。修行はこの三年間もずっと続けていたが、それでも未だ届かないと考えているようだ。もちろん負けたほうが剣聖を名乗ることなどできるはずもない。となるとやっぱりしばらく剣聖の座は師匠のままか?


「師匠に勝てなければ剣聖を継げないって言うなら、もう誰も剣聖は名乗れませんよ?」


「あやつらがそう考えたならそれも仕方がなかろう」


 ならなんで後継を探したのかと思ったが、それは残ったビエルスの剣士たちのためなのだという。師匠が居なくなった後、その存在が巨大過ぎるから、少しでもその不在を埋める準備が必要だったのだ。


「剣聖の名乗りは好きにすればよいが、勝ったほうがビエルスの今後を担ってもらう」


 俺のせいでそれどころじゃなく棚上げしていたが、ヴォークト殿が復活したお陰でいい加減、方を付ける気になったと。


 その当事者の二人の戦いはある意味膠着していた。何をどうしてもアーマンドさんの攻撃が決まらない。数発、剣が当たったかという場面があったが、どれも致命傷には届かず、戦闘を止めるほどのダメージは一つもない。それでも痛みはあるはずだがヴォークト殿の動きは落ちてはいない。

 ヴォークト殿をアーマンドさんの剣が確実に追い詰めてはいるのだ。休ませない。攻撃の手を止めない。しかしヴォークト殿は弱った様子を見せない。


 むしろ攻勢を重ねるアーマンドさんが疲れを見せた。完全な二刀流を止めて、器用に左右をスイッチしての効率的な戦い方になっている。さすがに二刀を同時に振るうのは体力の消耗が激しいようだ。しかし片手ずつでもその連打は圧倒的で、ヴォークト殿は反撃できないまま、ひたすら攻撃を耐えている。


 俺が戦うとすれば……正面からはどうやっても無理だな。手数の多さは詠唱に手間のかかる魔法攻撃の天敵だ。ろくに反撃もできずに倒されるのがオチだ。


 ああっ、と闘技場に悲鳴が上がった。アーマンドさんの剣が決まるかと思われたが、ヴォークト殿はまたどうやってかするりと抜け出してしまった。


「ヴォークトは良き経験を積んで来たようだな」


 諦めるなという俺への教え。怪我で一線を退いてなお、剣を握り続けたのは無駄ではなかったということか。しかし……

 広げるように大きく剣を二手に構えるアーマンドさんにヴォークト殿はジリ、と後退する。たぶん守って反撃の隙を待つ作戦だったのだろうが、アーマンドさんはまったく隙を見せなかった。前五人での戦いでの消耗が大きすぎた。


「先ほども言ったが、剣聖はマサルかサティがやればいいではないか?」


 師匠は戦いに目をやりながらも雑談を続け、俺も戦いから目を離さずに答える。


「サティはともかく、俺もですか?」


 俺は剣もかなり強くなりはしたが、ヴォークト殿や高弟たちには及ばないし、戦い方が邪道すぎる。

 

「お前らにもここに居る誰にも劣らぬほどの才能、能力はあるのだ。そして何より若い。その年でここまで至ったのだ。年齢を重ねればどれほど高みに到達するか。ミズホが終われば修行に集中するつもりであろう?」


「ええまあ。何も予定外のことが起こらなければ、ですが」


 少々きな臭い話もある。魔境での魔物の動きが活発になってきていることが報告されていた。だが多少規模のでかい攻勢であっても、事前に察知できればさほどの脅威ではない。使える戦力も増えた。こちらが先手を取れば、ヒラギスでの戦いほど大変なことにはならないはずだ。


「一年もあればこやつらと勝ち負けするところまでいけるはずだ。能力は問題なくある。あとは経験だな。疑わしいか? お前らと同じ年の頃、あやつらはマサルとサティより確実に弱かった。お前たちは若く、修行の時間も伸びしろもたっぷりある」


 予定している剣の修行をするとして、どこまで高みを目指すのか。サティは剣聖を目指す、超えるとはっきりしているが、俺はそもそも剣は身を守れる程度であれば十分と考えているのだ。

 それが一年真面目に取り組めば俺も剣聖の座すら伺えると? しかしわざわざ師匠が話すのだ。相当な覚悟が必要だろう。


「師匠は俺やサティくらいの時、どうだったんです?」


「ワシは天才だったからな」


 師匠の弱かった時期など想像もつかないが、サティくらいの年ですでに強かったのか。 


「マサルは自分のことを才能がない凡人だと言うが、加護もまた才能の一つなのだ。剣だけに打ち込めば誰よりも強くなる可能性があるとワシは思っておる」


 それはまあわかる。ブルーの肉体やデランダルさんの記憶力と、言ってしまえば変わりない手持ちの才能ではある。そして目立った能力はないがそれは加護で補える。たぶん俺はなろうと思えば何にでもなれる可能性を秘めている。一〇年二〇年打ち込んでも師匠の域にはさすがに届かないだろうが……


「魔法があるから剣はほどほどにと考えているようだが、剣でも最強を目指してもいいではないか?」


 だが茨の道だし、千年計画の片手間にできることでもない。


「まあすぐに決めるようなことでもない。心の隅にでも留め置いておけ」


 俺の実力が、それは無理だとは否定しきれないレベルになっているのは確かだ。加護での強化と探知系での読みは俺の唯一無二の技だ。ふうむ。どのみち一年は修行をするのだ。目標は高いほうがいいのか?


 戦いのほうは佳境に入ってきた。いい加減焦れたのか、アーマンドさんの剣が更に加速する。奥義だが、防御に専念しているヴォークト殿を捉えられない。押し切れると思ったのだろうが、奥義の発動がわかり易すぎる。焦ったか、それともヴォークト殿の防御が想定以上だったか。


「アーマンドに足りぬのは修羅場とライバルだな。どちらも簡単に用意してやれるものでもなかった」


 今度の攻撃もヴォークト殿はしのぎ切った。アーマンドさんも疲労したのか一旦距離を取った。ギリギリの戦いで決めきれないのは修羅場の差と、同格のライバルとの戦いを経験してきたかどうかなのだろうと師匠は言う。


 俺の側に常にサティが居たように、ヴォークト殿もエルド将軍と常に競い合う宿敵ともいえる間柄だった。俺でいえばシラーちゃんやウィルたちはいい練習相手ではあるが、常に背後を脅かすライバルたり得なかった。実力が近いだけではダメなのだ。


 修羅場もダメだな。師匠が俺に用意する試練も突き詰めれば安全面を考慮した上での立ち合いだ。一つ間違えれば、一手判断を誤れば自分ばかりか、仲間までも全滅するという戦いとは濃度、戦いに対して必要な覚悟が違いすぎる。

 いざという時、命すべてを賭けた選択ができるかどうか? そんなもの、用意しようとして用意できるものでもないし、仮に用意できたとしてもそんな修行を何度もしていればいつか死ぬ。

 

「難しいですね」


 俺は勝手にあっちから修羅場がやってくるが、普通の人はそうもいかないし、俺みたいな立場でそう何度も生き延びられるわけでもないだろう。そんなどうしようもないことで強さにわずかな差が出るというのは酷な気がするが、あくまで実力が伯仲した場合の話だ。普通に修行して相手を下せるくらいに強くなればいいだけのことなのだ。


「そうだな。教えて強くなるのならばいくらでも教えてやるのだが」


 結局は自分で強くなるしかない。俺にそこまでの覚悟が持てるか?


 ヴォークト殿は最後の賭けに出るようだ。腰を落として剣を後ろに引いた見え見えの雷光の構えに、しかしアーマンドさんは踏み込めない。奥義を使っても死に体のヴォークト殿を仕留め切れなかったのだ。その手強さは骨身に染みているのだろう。


「あの二人は良きライバルとなろう」


「師匠にもライバルとかいたんですか?」


「我が師も宿敵もとうの昔にこの手にかけた」

 

 何気なく口にしてしまった俺の言葉にあっさりと師匠が答えた。光輪流の門弟だった師匠はその才能を見込まれ、光輪流を率いる後継者として指名されるまでになった。しかし門外不出の剣を良しとしなかった、剣技をもっと広めるべきだと師匠は出奔。秘技の流出を許さなかった光輪流は執拗に追手を放ち、それをすべて返り討ちにしたと以前聞いていた。


 戦いから目を離し、思わず師匠の顔を見てしまう。師匠やサティ、あるいは剣を学んだ仲間たちを手にかける。それはどれほどの苦しみだったのだろうか。


「すべてを無くしたワシは剣に生きるしかなかったのだ。ああ、気にするな。昔の話だし、最後に弟子たちに恵まれた」


 師匠は話しながらも二人をしっかりと見据えている。眼の前の戦いはいつ決着がついてもおかしくない状況だ。


 ジリ、ジリ、と今度はヴォークト殿が間合いを詰めていく。ただでさえ体力は限界だ。全力の雷光剣を放てばヴォークト殿にもう後はない。しかしアーマンドさんにしても食らってしまえば終わりだ。


 防ぐか躱すか。しかしヴォークト殿は師匠を除けば世界最高峰の雷光剣の使い手だ。その全力を読み切れるかどうか。普通に戦ってもこの二人相手だと、その剣の速度や間合いを測るのは困難で、さらにそれが滅多に見せることのない全力の奥義だとどうなるか? 一瞬のタイミングを見誤れば終わってしまう。しかもヴォークト殿の、相手の間を読む技術は飛び抜けている。


 躱すのは難しい。構えは中段だが、上中下どこでも狙えるし、後退するより踏み込むほうが速度は上だ。反撃はもっと無理がある。最速の雷光剣だ。間合いの長さにも差はない。よくて相打ち。速度で負ければ敗北だ。

 それでもアーマンドさんなら二刀の片方で受けてもう片方で反撃すればそれで勝てるはずなのだが、ただ受けるにしても奥義の威力は剣ごと持っていかれるほどだ。片手で奥義を受けきれるのか?

 遠距離攻撃はない。逃げる選択肢もない。俺なら嵌まることのない、剣士同士の戦いならではの恐ろしい状況だ。


 最後の一線を踏み超えたのはアーマンドさんだった。先手を取られることを嫌ったのだろう。

 間合いに侵入したアーマンドさんを即座に雷光剣が襲い、そしてアーマンドさんの重ねられた二刀がヴォークト殿の剣を受けきった。うまい。これならば打ち負けることはない。

 弾かれたヴォークト殿の剣が……違う、切り返しだ。雷光剣の二連撃。

 しかし二連撃目もアーマンドさんの左の剣に弾かれる。しかしこれはフェイントだった。ぶつかった音が軽く、そしてまた即座に剣が切り返された。そして打ち払ったアーマンドさんの左の剣がその勢いで流れてしまう。

 恐らく本命、三連目の剣。再び切り返されたヴォークト殿の剣がアーマンドさんを狙い、そしてアーマンドさんの右の剣もまたヴォークト殿を……

 ドカッという革鎧を叩く音と、金属音。ヴォークト殿の剣はアーマンドさんの体を捉え、アーマンドさんの剣はヴォークト殿の腕に付けた小さな盾に防がれていた。


「最後に受けに回ってしまったのがアーマンドの敗因であったな」

 

 雷光剣を打たせるべきではなかったのか。アーマンドさんが崩れ落ちる。ヴォークト殿がゆっくりと剣を掲げた。


「うおおおおおおー、勝った!? マジか」


 闘技場中に湧き上がる歓声。俺も思わず声に出てしまった。ああ、すぐにアーマンドさんを治療しないと。もろに剣を食らって意識も落ちてしまっている。


 駆け寄り治療をしながら師匠の言葉を考えた。とことんまで、それこそ限界を超えてでも攻撃を続行していれば、ヴォークト殿が先に限界を迎えていた。あるいは最後、先手で攻撃して、もう片方で受ければよかったのだ。完全には受けきれなくともアーマンドさんの勝ちだったろう。それが確実に雷光剣を防ぐことを選び敗北した。結果論ではあるが、これも修羅場経験の差だろうか。


「ヴォークトを我が後継者とする。異論はないな?」


 再び闘技場の中央に出てきた師匠の宣言に、わあああああ、と歓声が上がる。剣聖の名を継ぐことに多少は異論でもあるのかと思ったが、ずっと後継者を探していたことは良く知られていたからだろう。いや、後継者か。剣聖を継ぐかどうかは今後の話になるのだろうか。


「ビエルスの今後に関してはヴォークトにすべて任せる」


 そう集った弟子たちに師匠が言う。頷きながらヴォークト殿が尋ねた。


「師匠はこの後はどうなさるので?」


「ワシは勇者の仲間として最後まで戦場に立とう」


 これまで通りってことか。


「お前たちもこれからはマサルにできうる限りの協力をするのだ」


 戦闘があれば無論のこと、護衛でも修行の相手でも、配下と思って好きに使っていいらしい。なるほど。それで観戦しながら個人情報を色々話していたのか。


「有り難いんですが、それでいいんですか?」


 ビエルスの私物化、師匠の権力の濫用な気がしないでもない。


「振るってこその剣だ。マサルの側以上に剣が役に立つ場所もあるまい?」


 それはそうだし、実際間もなくミズホの制圧作戦も始まる。腕の立つ剣士が手札に加わるのはとても助かるのだが問題は……


「ブルーさんも?」


「戦いがあれバ、呼べ」


 それならいいか。


「ワシの屋敷もヴォークトに譲ろう。詳しいことはブルーに尋ねるがいい」


 師匠は完全に俺のところで世話になるつもりのようだ。ここのところ俺やサティの育成と護衛ばかりで、ビエルスにはほとんど戻っていないし、元から大所帯だ。一人や二人増えたところでそれは問題ない。

 それよりもデランダルさん以外の高弟、アーマンドさんとホーネットさんの役目をどうするか相談しないとだな。今日はさすがにアレだし、ミズホの相談もあるから明日にでも全員で集まるか。


「いや見事であった。良きものを見せてもらった」


 そう言って出てきたのはイオンのお兄ちゃんだ。こんなイベント、告知でもしたら見学したい人間で収集がつかなくなるのはわかりきっていたのでひっそりとやったのだが、お忍びで来ちゃったのだ。イオンが話したのではなく、イオンの監視人から漏れたのだろう。それで仕方なく連れてきた。

 服装も護衛の騎士風で目立ったところはなく、ヴォークト殿も誰なのか気がついていないようだ。試合前に皇帝陛下が御観戦ですとか言う訳にもいかないし、もちろん知らせていない。


「スカウトとかはダメですよ?」


 ヴォークト殿に声をかけようとする皇帝陛下に釘を刺しておく。面倒事が増えそうだと帝王陛下やリシュラ王はもちろん、不公平になるからとエルフ王にも知らせてないのだ。ヴォークト殿が負けて剣聖、ビエルスの後継者が決まらないケースも有り得たことだし。


「わかっておる。ヴォークトと言ったな。家名はないのか?」


 ヴォークト殿は誰だと言う風に俺を見るので仕方なく言う。お忍びの意味わかってるのかね? さっさと帰ってくれればよかったのに。


「ヴォークト殿。こちらは神国皇帝です。ああ、お忍びでの見学ですので、礼儀は気にしなくてもいいですよ」


 素早く平伏しかけたヴォークト殿を押し止める。軽く頭を下げるだけでいい。俺の師匠で、剣聖の後継者なのだ。今後もちょくちょく顔を合わせることになるかもしれないのだ。堂々としていればいい。


「家名はありませぬ。農村出の平民ですので」


 緊張した面持ちで、それでも堂々と受け答えをする。まあさすがにいきなりじゃなければ、この程度で狼狽えるような人ではないか。


「剣聖の後継者が家名もなしでは格好がつくまい。どれ、ひとつ余が考えてやろう」


 いやダメだろう。神国皇帝が名字を下げ渡す。貴族や政治に疎い俺でも、これが後ろ盾になるも等しい行為だとわかる。出身のリシュラ王国や、これから居住する地の帝王陛下を差し置いてだ。師匠は少し困った顔をしているし、一緒にやってきていたエリーやリリアも困惑気味だ。唯一止められそうなイオンはよくわかってない様子である。

 ダメだと言おうにもとても名誉なことなのには違いはない。止めるべきかどうか、俺には咄嗟に判断がつかない。


「確かに家名もなしではビエルスの主として問題がありますな、皇帝陛下」


 師匠のその言葉にうんうんと頷く皇帝陛下。ヴォークト殿は他人事のように黙っている。


「しかし皇帝陛下の手をわずらわすまでもありますまい。マサル、名付けはお前が得意であろう?」


「そうですな! 家名をいただけるのであれば、勇者であるマサルにぜひとも頼みたい!」


 師匠の提案にヴォークト殿が食い気味に反応する。やはり内心ヤバいのではくらいに思っていたようだ。しかしまた俺!? 確かに俺なら角は立たないが、家名の付け方なんぞわからんぞ……


「じゃあ、えーっと……」


 いつもみたいに日本名でいいか。宮本は二刀流か。柳生? 佐々木、山田、佐藤、徳川、織田。なんか違うな。ああ、良いのがあった。


「ミナモト、なんてどうです? 俺の生国にある武家の名門で、源流と近い意味もあります」


 源流の後継者に相応しい名前だ、と思う。


「ヴォークト・ミナモト。悪くない響きではないか?」


 ヴォークト殿は師匠の言葉にそうですな、と頭を下げる。良かった。これでいいらしい。


「ヴォークトよ。源流の師範(マスター)として、今後はミナモトを名乗るがよい」


「はっ。源流のマスター、しかと拝命いたしました」


 俺たちの流派は対外的には源流と呼ばれていたが、師匠自身は一度も名乗らなかった。光輪流から奪い取った剣技であるとの負い目がずっとあったからだ。だがそれも次代のヴォークト殿で区切りをつけるということなのだろう。


「とりあえず明日、ミズホの件も含めて話し合いをしましょう。朝に迎えを出すのでエルフの里に集合で。俺たちはこの後ヒラギスに行きます。時間もあるし治水作業をやってしまおう」


 集まった仲間たちにそう言う。仕事だ。仕事をやると言っておけば面倒事を押し付けられることも、巻き込まれることもない。


 ミズホ攻略開始まで一〇日ほど。物資の収集などの準備は概ね終わっていて、珍しく時間の余裕がある。帝国からも治水の依頼はあったが帝国ではライナス川とブランザ領周辺の治水をやったし、王国ではまだ派手に動けない。神国は古い国だけあって治水は行き届いているそうだ。

 予定している場所はヒラギスの最南端。先年、領土紛争が起こりヒラギス陥落の原因の一つとなった河川だ。隣国との国境ともなっており、下流域は他の国へも通っている。そいつを一気にやってしまおうという企画である。


 師匠は今日はビエルに残るようだ。さすがにいきなりヴォークト殿を放り出すわけにもいかないのだろう。代わりにアーマンドさんが俺の護衛についた。働かせたほうが敗戦のショックが減るだろうとのことだ。


「俺の何がダメなんだろうね……」


 一度エルフの里へと戻って人員の招集を待っていると、意気消沈したアーマンドさんがぽつりと俺に言う。修行が足りないみたいな話じゃないんだろうな。剣術に関してならアーマンドさんが俺のアドバイスを求めても無駄なのはわかりきった話である。

 もっと根本的な、人生ってなんだろうって考えている顔だ。それとも単に愚痴を聞いてほしいだけかもしれないが、アーマンドさんに向き直り少し真剣に考えてみる。


「そうですねえ」


 今日の戦いでは最後に守りに回ってしまい押しきれなかった。あるいは三年前に剣聖を受けていれば今日の戦いすら不要だったのだ。

 王国で出会った時も手は抜いたにせよフランチェスカに負けていたし、俺とリベンジだとヒラギスで戦った時もスタンボルトを使われてあっさり負けた。


「正直に思ったことを言いますよ? アーマンドさんって立ち位置が踏み台なんですよ」


「踏み台?」


 噛ませ犬とも言うがこちらにはそれに相当する言葉がない。主人公に対する脇役、二位に甘んじる立場に自らはまり込んでいるのではないだろうかと話してみる。


「もっと物語の主人公のように派手に生きるべきだったと?」


 それもちょっと違うように思う。


「アーマンドさんは何のために強くなったんです?」


 師匠は強くなるだけなら光輪流から出奔する必要はなかったはずだ。門外不出の剣術を持ち出せばどうなるかくらいはわかっていたはずなのだ。

 ヴォークト殿は足を悪くしても剣を握り続けた。ギルドの教官として初心者の指導に腐心し、難しい依頼であれば不完全な足でも自ら先頭に立った。ドラゴンの時もゴルバス砦でもヒラギスでもだ。何を思ってそうしていたのかはわからないが、そこになにかの理想、考え方の芯のようなものが間違いなくあるのだろう。


「アーマンドさんは強くなることが目的になってませんか? たとえば剣聖になった後、何をするつもりだったんですか?」


 剣聖が目的だったから、負けた時それでも剣聖を譲ろうという師匠の申し出を断った。剣聖になるのが他の目的のための手段だったなら、受けてもよかったはずだ。


「ただただ強さを求めたことが間違っていたというのか?」


「それはそれでいいと思いますよ。でもそれで視野が狭くなっていませんか?」


 師匠は常に強くなるにはどうすればいいか、俺たち自身に考えさせた。


「弟子でいるうちはそれで良かったかもしれませんが……うーん。言葉にするには難しいですね」


 しかし師匠を目標とするなら普通じゃダメだというのはわかる。平凡さを捨てる。それこそ物語の主人公に取り上げられるくらいの異常さがないと師匠にはきっと届かない。


「俺は剣聖になりたいわけじゃなかった、のか? ただ強くなればその先になにかが……」


「もう十分に強いでしょう? エルド将軍やギュンターさんはビエルスで得た力で軍人として剣を振るっていますよ」


 振るってこその剣だ。


「アーマンドさんは魔物を倒したかったんですか?」


「違う」


「魔物から人を守りたかった?」


「違う。弱い自分が許せなかった。師匠のように誰にも負けない剣士で有りたかった」


「じゃあ剣聖に拘る必要はなかったんですよ。傲慢に、自らの剣をただ高めることだけを考えていれば良かった」


 俺の言葉にアーマンドさんは考え込む。剣聖だ勇者だなどと言ってもただの称号だ。意味はない。そしてビエルスという場にあってはアーマンドさんは最強だった。アーマンドさんにとってはぬるい環境だ。俺に負けたこともただの不意打ちやまぐれであると軽く考えていたのかもしれない。殺意や死への恐怖が希薄なのかもしれない。敗北は死につながる。もちろん理解はしているのだろうが重く受け止めきれていないのか?


「近々戦場を用意しますから、一度自由に剣を振るってみては?」


 たぶんアーマンドさんは人がいいのだ。育ちがいいのか、人を思いやる優しさがある。それは周りの目を気にする弱さでもある。そういった弱い部分を一度削ぎ落とす。

 魔物を斬って斬って斬りまくる。無心に剣を振るう。それで何かに覚醒するかもしれないし、少なくとも気分転換くらいにはなるだろう。


「近々とはいつだ?」


「一〇日後、俺たちは魔境に攻め入り、人族の領土とします。かなり広いし相当数の魔物が確認されています。好きなだけ暴れられますよ。でもそれまでは俺の護衛と、修行の手伝いをお願いします」


 そして俺は俺にしかできないお仕事だ。使ってこその力なのだから。




コミック11巻、6月7日発売しました

https://www.comic-valkyrie.com/nitorowa/

累計120万部売れたそうです!

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― 新着の感想 ―
剣聖継承編の熱い闘い良かったです! ただ個人的に只のラブコメスキーとしてウィルの結婚式辺りの描写もコレぐらい濃かったら嬉しかったなーと(苦笑)
[一言] 素晴らしいです。
[一言] 11巻購入済みです! なんか、ちょっと前のストーリーが出てきててびっくりしました(^^; これからどうなるのか…?! もちろん小説も楽しみです!お話が丁寧に作られててすごく好きです!
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