307話 ソロモン・ライトマン
前回のあらすじ
・剣聖を狙う光輪流最強の刺客、ソロモン・ライトマンは帝都剣闘士大会でフランチェスカとウィルを歯牙にもかけず下し、優勝を収める
・ソロモンは剣聖との立ち会いを望むが、これも修行だとマサルが矢面に立たされるのであった
「ウィルフレッド王子に治療は必要ない」
ウィルの治療に駆け寄る神官に、俺はそう告げる。さすがにソロモンも驚いた顔で武舞台の下の俺のほうを見た。
「その痛み、心と体に刻んでおけ」
そして敗北の後悔も。ウィルは俺の言葉に応えて治療を拒絶し、自らで回復魔法を唱え始めた。これも修行だ。
「俺はそいつの兄弟子だよ。そしてあんたの次の相手だ、ソロモン・ライトマン」
そう簡潔に告げるが納得した様子もなく、気に入らないとギロリと睨まれた。
「もはや弟子の出る幕ではない。俺はバルナバーシュ・ヘイダとの立ち会いを所望する」
俺もそれでいいと思うのだが、これは師匠の指示、俺のための修行である。
「奥義も覚えていない未熟者を倒して師匠へ挑戦か? 思い上がりも甚だしいぞ。そもそもが高弟は大会には出ないんだ。強すぎて勝負にならんからな」
俺やサティ、ギュンターさんみたいなのが毎年出たらそれはもう大会荒らしである。一般の剣士には迷惑なんてものじゃない。
「どうせ師匠には勝てないんだ。賞金を貰ってこのまま神国へ帰ったらどうだ?」
「賞金など不要。欲しければくれてやろう。さあ、武舞台に上がられるが良い」
そう言って師匠に剣を向ける。ここですぐにやろうってか。
「まずは俺が相手だと言っただろう」
「……バルナバーシュ殿は未だ現役か?」
なるほど。俺がソロモンに師匠とやらせたがらないのを疑問に思ったのだろう。
「師匠はまだまだ俺より強いぞ。それは保証しよう」
しかしなんで今年に来るかね。どっちかに一年ずらしてくれれば、俺とは遭遇しなかっただろうに。この忙しい時期にタイミングが悪すぎる。
「ならばバルナバーシュ殿が出てくるまで何人でも相手をしてくれよう」
「俺一人に勝てばそれでいいが、今からか? 疲れてるだろう?」
「本番前の手慣らしにちょうどいいというものだ」
それならそれで構わんが。本番があるといいな。
「少し待て」
装備を出してサティに手伝ってもらって着替えているうちに、ウィルが立ち上がって戻ってきた。
「すいません、兄貴」
そう言いながらウィルは泣きそうな顔をしている。
「いい戦いだったぞ。お前とフランチェスカのことは一旦保留だ。ソロモンを片付けたら話し合おう」
まったく本当に面倒なことをしてくれたものだ。二人のことに関しては自主性に任せても放置してもいいのだが、俺が介入してちゃっちゃと話をまとめたほうがたぶん早い。任せてこじれても余計な面倒事になりかねない。
「あのー、そろそろ表彰式などを……」
恐る恐るそう声をかけてきたのは大会の運営のようだ。
「ウィル、詳しい説明は任せた。俺のことは……剣聖の高弟ってことで紹介しておいてくれ」
勇者というのはもはや隠すことでもないが、ここで大々的に名乗りたくもない。それで俺のほうはソロモンとの戦いの条件の確認だな。
「さて、ソロモン・ライトマン。俺を倒せば師匠は挑戦を受けるそうだ。ただし俺は魔法剣士だ。魔法を自由に使わせてもらう」
ここを納得してもらわないと話にならないが、ソロモンは鷹揚に頷いた。一定レベルの剣士になると魔法使いは敵ではなくなる。初級魔法では攻撃力が足りないし、中級以上の魔法は詠唱に時間がかかりすぎる。普通は脅威ではないのだ。
「これは流派同士の立ち合いだ。剣闘士大会のルールは適用しないし審判もなしだ。ただし剣は刃引きの物を使うし防具もそのまま。もちろん殺しもなしだ」
ソロモンは戦いぶりからしても無茶はしなさそうだし、特に異論もなさそうで軽く頷いている。
「それから俺は王子様の倍くらい強いから、最初から全力でかかってきたほうがいいぞ」
「お前が次代の剣聖なのか?」
始めて俺に興味を惹かれたようでそう尋ねてくる。
「次の剣聖か。俺はそんなものには興味はないし、なる予定もない」
そう言いながら光魔法の詠唱――【加護】と【鼓舞】を自らにかける。
「俺の名はマサル・ヤマノス。勇者だ」
「勇者。噂には聞いていたが……面白い。それでこそ帝国まで来た甲斐があったというものだ!」
勇者に剣聖。さぞかし倒し甲斐があるだろうさ。ソロモンはようやくやる気になったようだ。
「兄貴、説明してきました。それで賭けがしたいから待ってくれって言ってますが」
「賭けはなしだ。観戦できるだけ有り難いと思って貰わんとな」
今から一〇分二〇分も待機しろって? なんなら場所を変えてもいいし、観客を追い出してからやってもいいのだ。
話しているうちにみんなも観覧席から出て、武舞台近くでの観戦にやって来た。アンに治癒術師の役を頼んでおく。イオンもいるし、万一どちらかが死にそうになっても安心だ。多少の無茶はしてもいいだろう。
武舞台に登ると、観客は何事かとざわついている。
「大会の優勝者、ソロモン・ライトマンは剣聖への挑戦を望んだ! 対する剣聖は挑戦の条件に高弟である――」
司会から試合に関するアナウンスが入る。大声であるが、会場中に届くはずもないので何人かで告知して回っているのでしばしの待機である。暇なのでソロモンに話しかけてみた。
「光輪流はあまり技を見せないと聞いていたがいいのか?」
しかし改めて相対してみると大きいな。二〇〇は無いにしても一九〇は超えてそうか?
「そんな古い考えが流派の衰退を招いた」
「望みは剣聖を倒して光輪流の復興か?」
「そんなものは老人が勝手にやっておればいいのだ」
「じゃあ最強の剣士か。そんなものが何になる?」
「知らぬ。気がつけば俺より強い剣士が居なくなっていた。ならばどこまで行けるのか、確かめたくなっただけだ」
ああ、格好いいね。できれば俺と関係ないところでやっていてもらいたかったよ。
「そんなもの、魔境に行って魔物でも斬っとけよ……」
「魔物などをいくら斬ったところで意味などなかった」
やったのか。それで最後に剣聖か。確かに一つの到達点だろうが、果たして挑戦の資格があるのかどうか。
「そろそろ始めても良さそうだな」
会場のざわめきは静まらないが、立ち会いに関するアナウンス終わったようだ。
作戦は……特にないな。剣の腕はソロモンが上なのは確実だ。ならば加護のパワーで正面から押し通すだけだ。やってることはウィルと一緒だな。それ以外にやりようもない。
俺が構えを取ってもソロモンはこれまで見た戦いの通り、こちらの動きを待ち、先手は譲ってくれるようだ。余裕なのか、それが基本のスタイルなのか。
たぶん強すぎるせいで先手で動いたら戦いにすらならないんだろうな。
ならばと【エアハンマー】を十分な詠唱をして打ち込む。牽制の予定ではあるが、当たったら当たったで人が空を飛ぶ威力だ。そして即座に間合いを詰める。
ソロモンはエアハンマーを正面から剣で叩き落とそうとした。威力があろうと所詮は風、空気の塊。鉄にぶつかれば雲散霧消する。普通なら。
使っていたのが鋭い剣ならまた違った結果があったかもしれない。しかし刃引きの剣の丸まった剣先、その狭いながらも存在する接地面は、エアハンマーと面で接触。激突する。
そうなるともう力と力のぶつかり合いである。そして俺の本気のエアハンマーは人を、ブルーほどの巨漢だろうが軽々と空に飛ばすだけの威力があった。
ソロモンの剣が風圧に跳ね上げられる。余波は暴風となり上半身に叩きつけられ、ほんの刹那の時間、目を開けることも困難な状況となった。しかしソロモンの体は仰け反ったものの、飛ぶどころか倒すまでもいかない。
そこに間合いを詰めていた俺が中段、隙だらけの腰の辺りに剣を打ち……寸前で止めた。ソロモンは剣のみで盾を持たない。体と剣の間には手が差し込まれていた。片手を犠牲にして致命傷を防ぐつもりだったのか。刃引きの剣だが俺の剣だ。手だけでダメージが止まることはあるまい。
「なぜ止めた?」
俺の剣払い除け、立ち上がりながらソロモンが言う。
「俺の勝ちだろう」
「片手で十分戦えた」
そうかもしれない。しかし今のでわかった。俺に勝ったところで、この程度の攻撃も防げないようでは師匠には到底届かない。
「まあいい。これは試合じゃない。納得するまで相手をしてやる」
今ので負けたとして、それで素直に国に帰ったかどうか? それにこのまま続けても普通に勝てそうだし、たとえ俺が負けたとしても実質勝っていたということになる。師匠の出番が発生するだけで、俺には特に損もない。
「どうせ勝つのは俺だ」
しかしその俺の言葉にソロモンは獰猛な笑みを見せると、手に持った剣を軽々と、まるで木の枝でもあるかのように二回三回と振るった。これまでとは一段も二段も剣の速度が上がっている。
「勇者の名を侮ったことを謝罪しよう」
まだ力を抑えていたのか。それで負けそうになっては世話はないんだが、俺も本気でやらないと少々ヤバそうだ。
間合いは一息で詰められるくらいの距離だ。ソロモンは十分に警戒していて、魔法を妨害できると間合いだと思っているようだが……もう一度試してやろう。
構えを取るのを装ってスッと半歩後ろに下がり、詠唱を始めた。俺の詠唱に反応して今度はソロモンも即座に動いた。
しかしそれでもわずかに、半歩分遅い。ソロモンが迫る前に火矢が三本生み出され、妨害される前に発射された。周囲に人がいる状況では使えない高火力の魔法であるが、角度を少し上にすれば安全に打つことができた。
詠唱速度優先で威力を弱めたとしても、一本がかすりでもすれば致命傷になり得る火力だ。ソロモンも危険を感じたのだろう。火矢が出現したとたん、俺への攻撃を断念して回避行動に移っていた。そうして二本は回避。一本を剣で斬った。
その斬られた一本が圧縮された火力を開放し、二つの火球が出現し、小さな爆発を起こした。これも切れ味のいい剣でちゃんと切れば無効化できるのだが、刃引き剣ではそれも相当難しい。
もちろん俺はそれを見越してすでに移動し、攻撃態勢に入っていた。ソロモンが火に怯んだ隙……いやそのまま無視して突っ切って来た。
だが火で一瞬視界が塞がれたはずだ。放たれた俺の劣化雷光剣の一撃は確実に……しかし火を胸の辺りに浴びながらもソロモンはきっちりと剣で受けてみせた。
そのまま剣を切り返して攻撃を加えるが、軽く振るっただけに見えたソロモンの剣に、俺のほうの剣が弾き飛ばされる。
続けて何合か打ち合うが、鼓舞をかけた上でのフルパワーで力負けしていた。
そうなると攻撃をスムーズに繋ぐことができない俺のほうが後手後手となり、一気に劣勢となった。ソロモンの攻勢に防御だけで手一杯となる。
パワーだけならいいが、剣技もソロモンが上。唯一上回っているスピードも、剣の動きを読まれては十分に活かせない。
腕が同程度なら追加の魔法が大きな効果を発揮するのだが、接近されて剣技で抑え込まれると魔法を使う余裕すら与えられない。
中でも体格差によるリーチの差が不利な戦いを生み出していた。俺が攻撃を届かせるには間合いをソロモンより踏み込む必要があるし、発動させようとした魔法は剣が届けば簡単に中断させられる。
なんとか攻撃に織り交ぜた出の早いエアハンマーは見切られる。ここぞという場面で出した奥義も冷静に対処されてしまう。
スピードの優位と魔法への警戒で辛うじて戦いになってはいたものの、気がつけば武舞台の端へと追い詰められていた。
ソロモンは極めて慎重に、まったくの油断も慢心もなく俺を封殺にかかっていた。
まずいまずいまずい。このままだと何もできないまま負ける。
ゾーンに入ろうと探知系を全開にしたところでソロモンが動いた。フェイント、そこからの奥義。見えていたのにフェイントに少し反応してしまった。奥義を剣で受けるのはかろうじて間に合った。しかしソロモンの奥義、全力の剣だ。単に受けただけの剣ごと、俺の体は場外まで弾き飛ばされた。
ダメージは剣で受けたのと防具で許容範囲。精々受けた部分の骨が折れた程度だろう。無理に踏ん張らなかったのが良かった。空中で冷静に地面との距離を空間把握により測り、倒れることもなく着地に成功した。どこかでゾーンに入っていたらしい。
剣を叩きつけられた痛みと苦しみが加護の回復効果で抜けていく。ダメージは問題ない。大きく息を吐く。
「俺の勝ちだ」
俺を見下ろしたソロモンがそう告げる。とことん負けず嫌いだな。
「これが試合ならな?」
場外に落ちれば試合なら負けだし、もしソロモンが場外まで追ってきて追撃があれば少々厳しかったかもしれない。
ボクシングなら第一ラウンドは俺のポイント。第二ラウンドはソロモンのポイント。どちらもダウンが一回ずつで同点ってところだな。
レビテーションを発動させ、ゆっくりと上から武舞台の中央に戻る。第三ラウンドだ。
ゾーンでどの程度強くなっているのか、その検証はろくにできていない。せめてパワーは互角くらいにならないと勝ち目はない。
ついでにリジェネレーションもかけておくか。出し惜しみはなしだ。ここで、ゾーンで勝負を決める。対処する時間も与えたくない。多少の優位くらいなら簡単にひっくり返されそうだ。
リジェネレーションでピクリと反応したが、ソロモンは動かない。回復する時間くらいは与えてやろうということだろう。
ソロモンは強い。付け入る隙がない。
体格に恵まれ、素質にも恵まれ、光輪流の宗家に生まれて幼少期よりひたすら厳しい研鑽を積んで、今が三〇代半ばの全盛期か。
片手で十分戦えるというのも決して虚言や強がりではないのだろう。圧倒的なパワーと繊細な剣技。源流の元となった光輪流のあらゆる術理と奥義を習得した剣士の最高峰。ゾーンという奥の手がなければ普通の手で勝つのは諦めていたところだ。
いっそ空から攻撃魔法を撃てばそれで勝てるんだけど、ダメだろうなあ。
リジェネレーションを掛け終えるとゆっくりと深呼吸をして目を閉じる。近づいてきたソロモンが足を止める。警戒したか、戸惑ったか。
上段に構え、無造作に踏み込む。烈火剣を打ち込んだ。ソロモンはそれを余裕をもって躱す。
ここからだ。本気の、最速の雷光剣を放つ。切り返しも含めて最速だったはずだが、受けられた。が、反撃はない。
ソロモンは受けるので精一杯だったはずだ。剣を振るった俺の手も剣がぶつかった衝撃で痺れ、なんなら肩や肘にも違和感が生じていた。しかしそれも即座に加護とリジェネレーションの相乗効果で消え去る。
続けて不動剣でソロモンの剣を打ち上げた。止めは……まだ無理か。俺の動きを読んですでに後退しながら防御体勢に入りつつある。
間合いを詰めながら、止めにしようとした剣の動きをフェイントにして烈火剣――逃げるソロモンに大きく踏み込みながらレビテーションで剣先を止め、放つ。打ち下ろした上、魔法で加速した真・烈火剣をソロモンは受け止めようとして、がくんと膝をついた。
ソロモンを倒すまたとないチャンスではあるが、俺のほうも無茶な動きでダメージを受け、ほんの一瞬、動きがもたついてしまう。
それでも追撃を試みようとするが、ソロモンは膝をついた状態から恥も外聞もなくバタバタと後退して俺から距離を取っていた。
全力の奥義四連はやはり無理があるな。呼吸が続かないし、なんか体も全身熱っぽくてやばい感じだ。
だが無理を押せば追撃もできそうだ。スピードもパワーもゾーン状態なら完全にソロモンを上回った。加えて魔法もある。今のも止めに魔法を選べばそのまま勝っていただろう。
「まだ続けるのか?」
この程度で諦めないだろうが、ゆっくり立ち上がるソロモンに一応尋ねてみる。
「いま少し、付き合ってもらおうか」
そういうと懐から小袋を取り出し、その中から何かを取って口に含み飲み込んだ。なんだ? 首を傾げる俺にソロモンが説明をしてくれた。
「これは奮戦丸という。一時的に肉体強化をする光輪流の秘薬。対剣聖用の取って置きだ」
なんかいい感じの名前になってるが奥義開眼に使う狂化薬、ドーピングか。公衆の面前で堂々とやってはいるが、審判もいないし観客には何をしているかわからないはずだ。そもそもドーピングも反則でもなんでもない。さすがに公式の試合中飲んだりするのはダメだろうが。
「うちにも似たような薬はあるが、体への負担が物凄いぞ」
狂化薬は実戦でコントロールできるような代物じゃないはずだ。
「バルナバーシュが秘薬を持ち出してから何十年経った? 当然改良は進んでいて、実戦で使えるようにしたものだ。身体への負荷もほぼない」
そりゃそうか。負荷がほぼないというのも恐らくその通りなのかもしれない。なにせ回復魔法のある世界なのだ。多少の無茶は簡単に治療が可能だし、危なくなれば解毒魔法ですぐに解除もできる。
……いま解毒魔法を掛けたらさすがにドン引きだろうな。
話しているうちにソロモンの肉体に変化があった。顔に赤みが差し、肩や胸の筋肉が大きく盛り上がっていく。
ゾーンも奮戦丸もその本質は肉体の限界突破だ。奮戦丸の性能は不明だが、力を増幅する元の肉体の性能差は明白だ。
嫌な予感がものすごくするな。やっぱ先手で解毒しちゃダメかな? ダメだろうなあ。




