301話 エルド将軍邸パーティ その3
ギュンターさんともう一戦、今度は完全に魔法は無しで立ち合いをした。
やってみてやはり剣術のみでは俺では及ばない強さがあるのだが、身体能力の差でなんとかまともな戦いに持ち込めている。だが対抗できてるからには大きな実力差はないのだ。何か突破口があれば十分な勝算があるし、実際魔法があれば互角以上の戦いに持ち込めたのだ。
しかし双方に決定打がないままじりじりと押され、順当に負けて終える。
続けてやった二戦目も似たような展開で、起死回生と奥義を使っては受けられ、そうしてまたあっさりと剣を当てられた。二戦ともちゃんと寸止めしてくれて優しい。
「一度見ているからな。わかりやすすぎる」
もちろんいきなり使ったりはしていない。戦いの流れの中で、ここぞという場所での使用なのだが、やはり奥義の起こりというのは知っていれば察知は難しくない。そのために色々な技で隙を作るなり不意を打つなりするのだが、同門で格上のギュンターさんには通用しない。
疲労で足元も覚束なくなってきた。格上相手の一瞬たりとも力も集中力も抜けない厳しい立ち合いだ。ほぼ互角なサティとやればどこかで息を抜く余裕があるのだが、それすら許されない。
スタミナは限界に近いが、それはギュンターさんも同じこと。かなり疲れた様子がある。腕が鈍ってるわけではなさそうだが、やはり軍の指揮官として修行は疎かになるし、現役時代と比べて体力は落ちているのだろう。
「もう一戦お願いします」
さらにもう一戦、最初から数えて四戦目も頼んだ。疲労感を振り払い、集中力を高める。光魔法を使えば多少楽にはなるのだが、それではいい修行にならない。
休憩と水分補給をしながら考えを巡らせる。以前できたゾーンだ。もう少し。もう少しで掴めそうな気がするのだ。一度入れたきりだが、まだその感覚は覚えている。
スイッチを入れるように使えれば便利なんだが。魔法やスキルなら一度使えばさくっと使えるようになるんだけどな。
……便利とかできればいいなじゃないな。師匠はそのうちまたできるだろうと言っていたし、自分は楽にできるようなことを言っていた。
なら今日、今ここでやるのだ。自分で可能性を信じなければ何事も成し遂げられない。
もう一度できた時の状況を思い起こす。あの時は騎士五人がまとめてかかってきて全方位を警戒する必要があった。そして連戦で休ませてもらえなかったので、かなり疲労していてなるべく楽に勝とうと効率的に動こうとした。
恐らく精神的、肉体的に追い込むことでトリガーが引かれる。
まずは持てる感覚を総動員する。それを目の前のギュンターさんだけでなく、周囲すべてを感じることに使ってみる。気配察知、聴覚探知、空間把握。そしてもちろん自前の視覚や触覚もだ。
ここまで感知、探知系は使っていても戦う相手以外はほとんど注意を払っていなかった。すぐ隣ではシラーちゃんが兵士三人を相手取って戦っている。それを観戦している仲間たち。兵士。師匠も居た。エルド将軍と何か会話をしている。
感覚を維持したままギュンターさんに頷いて四戦目を始める。剣を合わせ、躱し、また剣をぶつけ合う。
剣の動き。体の動き。剣の風切音に衣擦れや足を踏み込む音。息遣いから心臓の鼓動まで、手に取るようにわかる。
乱れる風。周囲の声援。たくさんの人々の動き。会話。何気ない呟き。特に隣で戦っているシラーちゃんには注意を払う。実戦なら仲間の動きは当然把握してしかるべきだ。
やはり全体に注意を払いながらの強敵の相手は、できないこともないがかなり神経をすり減らす。情報量が多すぎる。
ギュンターさんの動きがどこか緩慢に感じる。まさかもうゾーンに入って動きがゆっくり見え……一瞬そう思ったが、俺の動きが変わったので警戒されただけのようだ。守って様子を見られている。
視覚は戦いにおいて最も重要な感覚だ。暗闇では普通は戦えないし、後ろから襲われれば為す術がない。攻撃するにも相手を視界に捉えていなければ的確な動きなどできるはずもない。
だから明らかに視線を外している俺からの攻撃に戸惑い、その対処に迷いを生んだようだ。
ならば相手が戸惑っているうちにと俺から仕掛けてみたのだが、しかし俺の動きが良くなったわけでも強くなったわけでもなく、ガードの硬いギュンターさんは崩せない。そしてどうやら変わった動き以上のことはなさそうだと判断されて反撃にかかられた。
押されながらも後退はしない。至近距離での捌き合いになると視覚に頼らない分、動きが効率化できるから多少なりとも有利さがある。攻防の中で剣や相手の体が視界から外れても、それを追う必要がまったくないからだ。
「なるほど。見なくてもこちらの動きがわかるのか」
しかしそれもあっさりと種が割れた。そりゃ死角からの攻撃を何度も防がれもすればわかるよな。
「目隠しでも戦えますよ。面白いでしょう?」
そう言いながら離された間合いを詰める。どうやらギュンターさんはスタミナ切れが近いようだ。汗が吹き出し、呼吸や鼓動がかなり荒い。やはり現役を退くと体力は落ちるのだろうか。
俺のほうも余裕はまったくないが、とことんやるという覚悟が体を動かす。
引き気味に戦うギュンターさんとようやく互角に戦えている。しかしそれも長くは続かない。どうやら俺が休ませるつもりがないと理解し、あちらも覚悟を決めたようだ。あっという間に形勢が悪くなってしまう。
防ぐので精一杯。息は切れ切れだし剣を振るう腕がひどく重いが、それでも踏み止まる。
二人してかつかつのスタミナを無理やり絞り出して、攻防を続ける。
ギュンターさんの動きの僅かな変化。剣を交えながらも動きを抑えて息を整えているのか。それでいて俺には無用な動きを強いる。器用なことを。そうして呼吸が十分に静まったところで俺の動きを丁寧に崩した。
何か仕掛けが来そうだとわかっていたはずが、コンカンコンと数合の打ち合いの緩急だけで俺の体は誘導され、気がつくと体勢が崩れ剣が大きく流されていた。
ギュンターさんもそれで半ば体勢を崩していたが、これは絶好のタイミングだった。奥義を使おうとしている。恐らく逆手の雷光剣。
回避は無理だ。剣での防御を……俺は剣を体に引き付けるように持ち上げた。
無理やりな体勢から放たれる逆手での雷光剣。奥義としては不完全だが人を一人仕留めるには十分すぎる技だ。
そこに強引に持ち上げた剣の柄を合わせた。俺の剣の柄とギュンターさんの剣がぶつかる。完全には止めきれなくてそのまま押し込まれてしまうが、剣の勢いはもうなく革の防具を力なく叩いただけになった。
スタミナが限界の中での奥義は起死回生の一撃だったはずだ。呼吸は乱れ、すぐには力も戻らない。そこに追撃を仕掛けた。
どこか時間が引き伸ばされたような感覚があった。気がつけばゾーンに入っていた。
今度は俺がギュンターさんを追い詰めていく。これまで以上に動きがよく見える。亀のように防御を固めるギュンターさんの防御を切り崩し、追い詰め……どうにも追い詰め切れない。
初戦は無理やり防御を打ち破って勝てたが、光魔法の支援がないとこれほど難敵なのか。
しかしギュンターさんの動きも鈍っている。俺も苦しいがそれでも休まず、攻撃を加えていく。
思考が加速し、はっきりと動きが感じ取れる。体力は限界のはずだが、驚くほど体が軽い。
ギュンターさんの防御の癖も四戦目も戦って、もはや完全に把握した。
もう一度粘り強く、防御を切り崩していく。剣の動きははっきりと読め、動きも俺のほうが上回る。それでもここぞという一撃を二度三度と見事に受け、回避される。
しかしついにギュンターさんに限界が来た。防御のためにも奥義を使っていては当然だ。錆びついたように腕の動きが鈍り、ようやく俺の攻撃が軽くコツンと当たることとなった。
ちゃんと手は緩めたのでダメージは皆無のはずだが、ギュンターさんが膝をがくりと折り、ぜはーぜはーと激しく呼吸をする。もう疲労の極に達していたのだろう。
「もう一戦は?」
俺も呼吸を整えながらそう尋ねる。ゾーンが続いているのだ。切れないうちに戦いたい。
「む、無理に決まってるだろう……」
だよな。
「次! 誰でもいいぞ!」
俺の言葉に動いたのが誰かはすぐにわかった。兵士の輪をかき分けてエルド将軍が準備万端といった様子で現れた。
いいだろう。以前やった時は到底勝てないと思った。しかしサティは勝ったのだ。
「少し休憩を取ってはどうだ?」
もう呼吸は整った。
「必要ありません。いきますよ?」
そう言うと剣を構え、無造作にエルド将軍の間合いに踏み、剣を打ち込んだ。即座に剣戟が交わされる。最初からトップスピードの俺に、エルド将軍が押されている。
いきなりで体が温まってないのか? 力はあるが動きは遅いし、防御もギュンターさんのほうが上だな。
これなら勝てそうだ。そう思ったところに加速した剣が飛んできたのをするりと躱す。
これがサティの言っていた予備動作なしの奥義か。通常の剣のつもりで防御しようとすると、予測より加速した重い剣に不意を打たれることになる。
しかし察知できないかというと全然そんなことはないな。予備動作も少ないがしっかりとあるから、感覚が鋭くなっている俺からすると見逃すこともない。
問題はパワーとリーチだ。リーチ差はそれだけで不利をもたらすし、スタミナが底の俺にはパワーでの対抗も難しい。奥義をまともに受けてしまうと、それだけで押し負けて倒れてしまうかもしれない。
ギュンターさんを真似て防御を固め、エルド将軍の動きをじっくりと観察する。
二発目の奥義もしっかりと見て回避することができた。
やはり事前の感知はできるし、それに奥義後の硬直も多少見えた。押された振りをしてじりじりと下がる。いや振りでもないな。体格差はパワーの差に繋がる。少しでも気を抜くと普通に押されてしまう。それにスタミナもいよいよヤバくなってきた。
あとどれくらい動ける? そろそろこちらから仕掛けないと自滅もあり得る。ならば次が最後のチャンス。
奥義の硬直後を狙うのがセオリーであるが、当然そのくらいは予想されているだろう。
スタミナを絞り出し、エルド将軍の剣に対応しながら機を伺う。息が段々と荒くなる。ともすれば膝が落ちそうになるのをなんとか堪える。エルド将軍の剣を受けるのも限界に近い。受けるより回避するほうがいいのだが、回避しようにも足ももうおぼつかない。
奥義がなかなか来ない。二度もさらっと回避して警戒されてしまったか。それで俺の限界が近いと見て、通常攻撃で仕留めきるつもりだろうか。
いっそ俺から仕掛けるか? しかし並の攻撃が通用するとは思えない。
なお一層防御を固める。ギュンターさんの動きを思い出せ。守って守ってチャンスを待つ。
エルド将軍の剣に押され、剣が流される。止めとばかりの剣をギリギリのところで回避する。
後退して守りを固める。今のは危なかった。あそこで奥義を使われていたら終わっていた。
「どうした? 守ってばかりでは勝てんぞ?」
エルド将軍も息切れで一旦休憩か。その言葉には答えず息を整えるのに集中する。ゾーンはまだ切れていない。
今なら使えるだろうか。
無拍子。不意に動いた俺の剣は、だが簡単にエルド将軍に受けられた。そのまま至近距離での打ち合いの応酬を始める。
リーチがある分、俺の間合いだとやりづらいようで、距離を取ろうとするのを追いすがる。僅かな休憩で得た最後のスタミナが急速に失われていくのを感じる。限界か? さすがに連戦は無謀だったか。
しかしスタミナ切れで自滅する前に機会は訪れた。ほんの僅かな予兆。奥義を出す前の、探知スキル全開でもなければわからない癖、かすかな動き。
奥義に奥義を合わせる。俺の雷光剣はほんの少しだけエルド将軍の剣より早く、確実にその体を捉えた。
そして上から勢いのついたエルド将軍の重い剣が、奥義での硬直状態の俺の肩にそのままぶち当たる。衝撃を軽減すべく攻撃に逆らわずに倒れて転がってはみたが、ダメージは深い。
肩の激しい痛み。左手はしびれたような感覚で動かせもしない。ゾーンも切れた。奥義の使用で腕と肩も痛む。回復魔法のための魔力集中も痛みと乱れた呼吸ですぐには難しい。
エルド将軍がゆっくりと俺に近づく様子を大の字に転がって見上げた。
「引き分けだな」
エルド将軍がそう俺に声をかけた。
「これは俺の負けでしょう」
剣闘士大会ルールだろうが立ち合いだろうが、最後に立っていたほうが勝者だ。俺の攻撃に先に当たったとかは関係がない。
少なくとも相打ちには持ち込んだと思ったのだが、攻撃が軽かったか。それでもエルド将軍の痛みやダメージはかなりのものなのだろう。呼吸は浅く、苦痛による脂汗らしきものも浮かんでいる。
「俺の防具は特注品でな。普通の革装備に見えるがプレートメイル並の防御力があるのだ」
そう俺にだけ聞こえる程度の小声で言う。ずるい。レギュレーション違反じゃん。
ようやく回復魔法をかけて、よいしょと立ち上がる。まあでも負けは負けだ。
「さすがはエルド将軍。聞きしに勝る腕前です」
そう言ってパーティの主催者を立てておく。防具が良かったとしても、俺の奥義をまともに受けて立っているのは大したものだ。体がでかい分、タフさもあるのだろう。
「いやいや、連戦でなければ負けていたのは俺のほうだったろうさ」
万全なら勝てただろうか? かなり疲労していたとはいえ、最後の攻撃は今の俺にできる最高の攻撃だったはずだ。ゾーンがあってようやく互角といったところか。それとやはりスタミナが課題だな。
エルド将軍に一礼し、疲労困憊になりながらも、しっかりとした足取りで席に戻ったところでギュンターさんに捕まった。
「途中から動きが良くなっていたが、何をしたんだ?」
「どう良くなってました?」
「動きがスムーズで速度も一段上がっていた。光魔法を使った時に似ていたが、少し違うようにも感じた」
前回も今回も、速くなった感じがしたのは気のせいじゃなかったか。
「師匠は相に入ると言ってましたね」
しかしそれだけじゃない。普通はゾーンに入っても身体能力が上がるなんてことはないはずなのだ。
前々から俺のスキルとステータスからすると、もっと力と速さがあってもいいはずなのだと思っていた。それがゾーンによって一部開放されるのかもしれない。
「聞いたことがあるな。確かヴォークトさんが使っていたとか」
あの人はまだそんな手を隠してたのか。絶剣のヴォークト。ゾーン状態からの極めた雷光剣は一撃必殺。絶剣と呼ぶに相応しい剣なのだろう。剣闘士大会では敵側のコーチなんで、相談できないのが残念すぎる。
「どうやってやるんだ?」
恐らく過負荷をかけることが発動の決め手だ。身体的な過負荷。感覚の過負荷。そして精神を危機感で追い込む。
「精神と肉体を追い込むんですよ」
「いつもやっていたが……」
普通の人は感覚の過負荷は無理だろうな。
「師匠はできる人はできるし、無理な人は無理だろうと」
がっかりするギュンターさんを前にすべての感覚を再び総動員してみる。ゾーンの時はもっと、すべてが自然に統合されたような感じがあった。心臓の鼓動や空気の流れすら感知できる完全な感覚だ。
しかしすぐに頭が痛くなってきたので感覚を緩める。物理的な脳への負荷もかなりあるのだろうか。あまり長時間は無理そうだ。
「サティも行ってきたらどうだ?」
どこか上の空のサティにそう声をかける。しかしちらりと戦いを続けている広場を見て首を振った。
「わたしはマサル様と……」
俺とやりたいのか。たぶん記憶した俺の戦いを頭の中でずっと反芻してたんだな。
だが今日はさすがに無理だ。頭が痛いし、エルド将軍から受けたダメージも大きかった。
「……とりあえずなにか食べるか」
そう言って立ち上がる。簡単な食事も用意されていて、アンとかもそっちで話し込んでいるようだ。
「食べて少し休んだら相手をしてやろう」
その言葉にサティが驚いた顔をした。本当に無理かというと、全然そんなこともない。足はカクつくがまだ立てるし、力は入らないが剣も持てる。砕かれた肩は治療を終えて傷もまったくない。それで戦えないわけがない。
きっと本当に追い込まれた時はもっと厳しい戦いになるはずだ。
「ちょっと疲れただけだ。一休みしたらすぐに戦えるようになる」
浄化魔法で汗や汚れを消し飛ばし、ゆっくり深呼吸して足を踏み出した。
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