292話 ヒラギス国境掃討作戦
「多くない?」
ヒラギス国境の魔物の残党処理の日の朝。ヒラギスにおける俺の領地、ビースト領ビーストの町、俺の館の庭に集まった人々を見てそう感想を漏らした。
もともとはイオンへ与えられた加護の力を神国の禁呪関係者へと見せるための観戦イベントで、エルフが面倒を見てくれるならということで増員を認めた経緯があるのだが、種族も階級も装いも、民間軍人神官が入り混じって一〇〇人は最低いるだろうか。
「あやつらは我らで面倒を見る故、心配はいらぬ」
俺の言葉にリリアがそう答えてくれた。エルフから風精霊使いを何人も連れてきて、俺たちの後ろから追随させて観戦させる予定だという。
観戦する人員は帝国、神国、ヒラギスから、それに治療を手伝ってくれた帝都の神殿の神官や千年計画の研究者たち。帝都の冒険者ギルドからも、昨日昇格の話をした職員に加えて何人かが来ていた。エリーのSランク昇格は確定だが一応実際の力も見せておこうということか。
それからもちろん真偽院からオーグレン氏と他二名が来ていた。
滅多にない機会だからと各方面から人を呼んできたらしく、彼らは用意された観戦用の望遠レンズで遊んでいる。
皇帝陛下は今日もイオンにくっついているし、帝国からは帝王陛下とウィルパパにエルド将軍まで来ていて、帝王と皇帝が何やら歓談していた。
カマラリート女大公陛下もその二人の傍に居て、この世界でも最高の権力を持つ者たちの会話をどこか怯えた様子で見ている。話に加わるなんてとんでもない、しかし自国でのことでホストとして避けるように距離を取るのも失礼と、針のむしろに座っている気分なのだろうか。不憫な。
「いや、あれ。ほんとうに平気か?」
何かあったらヤバいなんてもんじゃない。俺と関わりのある三国の首脳が壊滅である。エルフ王が来てないのが唯一の救いだ。いや、弟君がいるな。弟君はヒラギスにはもちろん、エルフの里での防衛戦でも真っ先に逃されていたので、俺たちの力を間近で見たことがないから連れてきたのだろう。
「我らは魔物の殲滅に注力すれば良い。それで手に負えぬようなことにはならんじゃろ?」
まあそうだが、一応護衛も多めに連れていくことになっているようだ。
「何かあればすぐに撤退することにしよう」
「まあそうじゃな。無用な危険に晒すこともないしの」
エリーたちも加わって撤退の手順を相談して決めた。エルフの風精霊でいくつかの集団に分かれて飛んで移動することになるのだが、どの集団でも危険を察知したらまずは危険から距離を取る。
大きく後退、または高度を取る集団を見たら、俺たちで原因を特定して安全確保をする。もしその危険が大きく、対処が厳しいようならすぐに撤退をする。
配置も帝王陛下や重要人物の集団を中心に、高度もしっかり取る。優秀なエルフもつける。
あとは現地の様子次第。いつもの臨機応変と、行動方針も決まったので出発することにした。
「出発だ。集まれ!」
そう言って全員を集める。結局全部で一五〇人くらいか? 北方砦から出撃する予定なのだが、陸路も空路も少し距離があるので転移で一気に移動。ついでに全員に光魔法もかけておく。
「ここから先は魔境となります。危険だという話は聞いているとは思いますが、もし何かあっても今みたいに移動は一瞬で戻ってこれます。心配はいりません」
ちょっとは何か言っておくべきかなと思ってそれだけ言っておく。後はまあエルフにお任せでよかろう。
俺たちはリリアのフライでの移動だ。なのだが、帝王や皇帝などの重要人物たちも俺たちと一緒になるようだ。
「今日はよろしく頼むぞ!」
俺の視線に気がついた帝王陛下が呑気にそんなことを言う。考えてみれば俺たちの周りが一番安全でもある。転移持ちも複数いる。まあやるべきことは変わらない。あまり気にしないようにしよう。
そうして飛び立って数分後、探知に魔物がかかった。谷間のちょっとした空間にかなりの数のオークが、何をするでもなくうろうろしている様子だ。
「速度を落とせ。数は……一〇〇……二〇〇くらいか?」
「二〇〇と少しっすね。どうしますか?」
今日の一発目だ。さっそくイオンにやってもらうか? 考えているところに師匠からの命令が入った。
「ウィル、シラー、ミリアム。お前たちでやれ」
修行か。二〇〇は多いが、この程度に勝てない俺の仲間ではあるまい。
「弓は使うなよ。三人で斬り込んで殲滅するのだ」
ふむふむ。これは前衛の見せ場でもあるな。後衛がバンバンやりだす前ならそれなりにインパクトもあるだろう。
「やれるな?」
ミリアムなんかは不安そうな顔をしていたが、俺の言葉で覚悟を決めたようだ。地上に降り、三人がオークの集団に接近していく。それに気がついたオークたちが雄叫びをあげる。
「おい、大丈夫なのか!?」
ウィルパパは息子が心配なようだし、普通なら無茶な行動ではあるが、剣聖の弟子が三人もいるのだ。
「ご心配なく」
俺からはそうとしか言いようがない。普段からこんなことをやっているのだと言っても、余計に安心はできないだろうし、実際これがウィル一人でも、倒し切るのは難しくとも逃げ帰ってくるようなことにはならないだろう。
大きな盾を構えたシラーちゃんを先頭にオークの集団とぶつかる。先頭のオークが盾で弾き飛ばされ、ウィルとミリアムの剣がそれぞれオークを切り裂いていく。
そのまままっすぐ突き進みオーク集団を蹂躙したかと思うと、進路を左に取り、集団を突き抜けた。
囲まれるのを嫌ったのだろう。ウィルの指示かな。一気に二〇ほど倒されて、オークも危機感を覚えたのだろう。包囲するような動きを見せるが、それよりも三人の殲滅スピードのほうが早い。ウィルが全体を見て包囲されているように移動しているのもあって、バタバタと倒されていっている。
「サティ」
後方の俺たちに気がついたオークが一隊を差し向けてきたのでサティに声をかける。そんな余裕はなかろうに。
俺たちのほうへ向かってきた十数体のオークは、半分の距離も踏破しないうちにサティの弓で頭を撃ち抜かれ殲滅されてしまう。
ウィルたちが集団の半数ほども倒したところで一際でかい咆哮が響き渡った。集団を割って出てきたのはオークキング。ボスだろう。混乱する集団を立て直し、大きく手下を散開させ、数で三人を押しつぶそうとでもするつもりだろうか。
だが全体を俯瞰できる探知持ちにそれは悪手だ。ウィルたちが手薄になったオークキングに迫り、あっという間に仕留めてしまった。
「俺たちも行こう」
そうサティに声をかけて、フライでオーク集団の後方へと二人で移動する。ほとんどはボスを倒された中でも果敢に攻撃を続行しているが、逃げ出すヤツもいたので俺とサティで仕留めて回った。
ついでに倒したオークをアイテムボックスに収納していくと、ほどなくすべてのオークを殲滅し終える。
「ご苦労。いい働きだったぞ」
そう言って肩で息をする三人と合流し労う。少し逃したので減点だが、三対二〇〇なのでそれはまあ仕方あるまい。
俺たちが戻っていくと拍手でもって迎えられる。
「ちょっと時間がかかりましたし、あとは魔法でやりますからね?」
師匠にそう釘を刺して再び移動を開始する。しばし移動し、谷間の隘路を抜けて平地へと出る。俺のメテオでの傷跡も新しい平原に魔物は見当たらなかった。
「あちらに見えますね」
サティがそう教えてくれた。探知外か。
「じゃあイオンからだ」
居そうな場所を移動して探しながら、オークの集団を殲滅していく。確かに普通では考えられないほど魔物は多いのだが、ヒラギス戦や大規模襲撃に比べると獲物の数が段違いに少ない。
その集団は多くて一〇〇や二〇〇。それが分散しているものだから、かなり非効率だったが、一発ずつ大魔法で消し飛ばしていく。単独または数匹でうろついてるのは放置だ。
「貴様はやらんのか?」
イオンとエルフ組の攻撃が二順ほどしたところで皇帝陛下がそう言ってきた。
まずはイオンとエルフ組の経験値稼ぎが優先だ。シャルレンシアはもうすぐ転移を覚えられるし、リリアとルチアーナが空間魔法を4から5に上げたいのだが、この程度では全然足りてない。
「マサルの力であれば、ほれ。そこここにある破壊後はすべてマサルの魔法じゃぞ?」
「なんだと」
このあたりでのことは報告がしてあったはずだが、さすがに神国までは伝わってなかったようだ。
「我らと比べてもマサルの力は一段抜けておるからの」
「でもそうだな。俺たちもそろそろやっておくか」
それで観戦は終了にしてお帰りいただこう。考えてみればずっと連れ回す必要などどこにもないのだ。
エリー、アン、ティリカと一発ずつ撃ってもらい、最後に平原の外れのほうにちょっとした集団を見つけたのでメテオの詠唱を始める。
「お、おお……」
誰かの呻くような驚きの声。空一面に岩石の火球が生まれ、それが大地に降り注ぎ、えぐり取っていき、生きとし生けるものの生命を刈り取っていく。
メテオの使い手はエルフにもいないし、むろん今現在生きている人族にもいないレアな魔法らしい。
「これで一旦帰還します。観戦はもうこれくらいでいいでしょう?」
皇帝陛下たちは目の前で行われた破壊に飲まれているようだ。メテオは俺も初めて見た時は自分でびびったものな。
「これほどとは……」
皇帝陛下の言葉には特に答えない。本気を出せばもっと威力は増すがこの様子では言わずともよかろう。
「我らが味方で良かったのう?」
リリアが誰にともなくそう言うと各国の首脳はそれぞれの反応を示した。皇帝陛下は少々気に入らない様子で、女大公陛下はぶんぶんと首を縦に振り同意し、俺たちと一度は殺し合いを演じた帝王陛下たちは冷や汗をかいていた。
俺たちやエルフと敵対することの意味を、今やっと心から理解できたらしい。
もしあの時俺やサティに何かあればどうなっていただろうか? リリアが、エルフたちが絶対に容赦しなかっただろうことは容易に想像できる。現に今でさえ、あの時のことを思い起こしてチクチク言うのだ。
「何かあったら力をお貸しますよ。もちろん気軽に呼んでもらっても困りますが。リリアは嫌味はほどほどにしておけ」
「すまぬ。そなたらがマサルの味方である限り、我らは正真正銘味方じゃ。それは信じてもらっても良いぞ」
まーたそういう。ウィルも困った顔してるじゃねーか。だがまあエルフにしてはそれで譲歩したということなのだろうし、本心なのだろう。俺が言うから帝国とも仲良くしている。
少なくとも千年計画の現場で、何か軋轢があったという話は見たことも聞いたこともないし、今はそれで十分か。
「じゃあ帰還するぞ」
神国皇帝はそのまま俺たちに付き合うらしい。暇か? 暇なのか? 他は手分けして送り届け、少し休憩を挟んで今度は東部砦へと転移する。
「さっきのアレじゃがな。帝都の王家の森を我らに譲るという話、中々進まないらしくての」
東部砦から飛び立ちながら、リリアがそんなことを言う。なるほど。それで軽く嫌味を言ったのか。まあ俺たちの力を見て、エルフからの警告も伝わったのだ。本腰を入れるだろう。
「神殿からも強めに言ってもらってるんだけどね」
そうアンも言う。そもそも治療大会の事の起こりが帝都の水事情を、水精霊からの清浄な水で改善しようという話だったのだ。突然エルフが援助すると言っても、事情を知らない帝国の人間は困惑するだろうし、治療大会で高めた聖女様の名声で、エルフの水精霊を帝都に誘致するのだという計画だ。
まあその設置場所が王家の森という、帝都のど真ん中、王城の敷地内ともいえる重要拠点だったことで反発も大きかったのだが、エルフとしても貴重な水精霊を差し出すのだからその程度は飲めと譲れない話なのだ。
「結局水質汚染の原因は判明したのか?」
そうウィルに思い出して聞いてみる。
「戻ったら聞いてみるっす」
水質汚染の原因は人口増加による生活排水だと当初は思われていたのだが、鉱毒の可能性も浮上して、帝王肝いりで調査中で、まだその結果は出ていないようだ。
ウィルも修行とヒラギスの魔物の件で忙しかったからな。少なくとも王家の森の件はこれで進展するだろうし、ヒラギスの魔物は今日明日で片付ける。
あと喫緊の課題はウィルの修行だな。戻ったら俺も見てやるか。
帝都の治療が思ったような効果がなかったのは残念だが、そのことで救われた者も多いし新たな仲間も加わった。
「そういえば貧民窟から移住した獣人たちはうまくやれているか?」
今度はシラーちゃんにそう尋ねる。
「どこに住もうと獣人は獣人だ、主殿。すぐに馴染んだよ。あとはあの老人、長年兵士をやっていただけあって、新兵教育はお手の物だった。思わぬ拾い物だったな」
確かに戦える者は多くはなかったが、今のビーストの町では人手はいくらあっても困らないとのことで、思ったより負担になるようなこともないようだ。
「結構。じゃあ俺たちの新しい町のためにも、もう少し働くか」
俺たちだけになって小回りがきくようになったし、速度も上げられる。見せる必要もないから、効率優先で魔法のレベルも敵の規模に合わせて使うようにした。
それからやはり倒した魔物の回収だ。高レベルの魔法で吹き飛ばすと死体すら残らないことも多いのだ。それが多少なりとも回収できる。まだまだヒラギスには食料が足りない。
「待て。おかしくないか?」
「何がです?」
皇帝陛下の疑問の言葉に、心当たりがありすぎてそう尋ね返すしかない。
「貴様のアイテムボックスだ。量もそうだし、転移もしていたな?」
「あー、それですか……」
帝王陛下たちは他が衝撃的すぎて気が付かなかったようだが、さすがにずっと見ていれば俺のアイテムボックスの収容量が桁違いなのはわかるし、そうなると中身を保持したまま転移していたことにも考えが至る。
「俺のアイテムボックスは空間魔法のアイテムボックスじゃないんですよ」
そもそもが空間魔法を覚える以前、最初から持っていたスキル。機能だ。
「どういうことだ?」
「通常、空間魔法のアイテムボックスというのは個人がその身辺に保持するものです」
目の前の空間を歪め、荷物を入れるための異空間を作り、それをキープする。だからその収容量は魔力次第だし、転移するのにアイテムボックスごと移動するから、その荷物分の質量の魔力を消費して、転移との併用が難しくなる。空間魔法の一番の欠点だな。
「で、俺のアイテムボックスはアイテム倉庫とでも呼ぶべきでしょうか。どこかの場所に倉庫があって、そこにアクセスして荷物の出し入れする魔法なんですよ。これも俺のもらった神の加護の一つですね」
エリーが調べてそこまで判明して、どうにか再現できないかと研究しているようなのだが、使っている魔法が高度なのか異質なのか。今のところまるで進展はない。
「物資の輸送がし放題ではないか!」
「そうなんですけどやりませんよ?」
「なぜだ」
「俺の仕事、これ以上増やす気ですか?」
皇帝陛下もここのところ、俺の働きは見ているはずなのだ。優先は千年計画と魔物への対処。領地も二カ所になったし、修行もあるし、俺自身の生活もある。まだ結婚して一年も経っていない新婚だし、子どももできるのだ。
「マサルはできることが多すぎるからの。全部おっ被せてしまえば、マサルが死んでしまうぞ」
「そういうことです。俺のアイテムボックスはあくまで非常時の手段だと思ってください。自分で使いたければ自分のところで研究するんですね」
冷たいようだが、どこかで線引きしなければ過労死一直線だ。あとは内緒にしておいてくださいねとしっかり釘も刺しておく。
「それにほら、馬車一台や二台分くらいならイオンもすぐに転移で運べるようになりますよ」
そのための今日の魔物の殲滅作業だ。ついでにヒラギスも助かるし、食料も手に入る。
話しながらも探知で魔物を発見し、先制攻撃で効率よく刈り取っていく。
「強いな。いっそこのまま魔物を殲滅してしまえば良いのではないか?」
「できればね」
「できぬのか?」
「例えば恐ろしく強い魔物が居て、俺たちを端から殺して回って、どうやら俺たちを全滅させるつもりだってなればどうします? しかもなんだかそれが成功しそうな勢いだ」
「当然反撃する」
「人族を挙げての反撃です。魔物も当然、すべてを賭けての反撃に打って出るでしょう。この世界の広さは説明しましたよね? 魔物の領域は人族の数倍。戦力も恐らく一〇倍じゃききません。それが一斉に攻めて来られては俺たちだけじゃどうしようもありません。ヒラギスですらかなりぎりぎりだったんですよ?」
よくて泥沼の消耗戦。最悪そのまま絶滅だ。
「だが向こうは最初からそのつもりなのだ。先制攻撃も考えるべきではないのか?」
「ちゃんと計画を作って勝算があるのならって話になるんですよ。俺たちは魔物の領域も、数も、何もわからない。まずはそれを知らねば、総攻撃なんてただの暴挙です」
できれば今回の攻撃もしたくなかった。一応とはいえ休戦協定を結んだのだ。非は魔物側にあるとはいえ、これを口実に動かないとも限らない。
「やつらはなぜ攻めてこない? 一息に終わらせようとしない?」
「予想や想像はできますが、本当のところはあいつらに聞きでもしないとわからないですね。もし皇帝陛下が調べてわかったらぜひとも教えてください」
俺の言葉にようやく黙り込んだ皇帝陛下がやがてぽつりと呟いた。
「神は……」
神はなぜ俺たちにこのような困難を与えるのか? 助けてはくれないのか。その疑問への回答は一応は持ち合わせてはいるが、結局のところ、神々も全知全能ではないということなのだ。
それからは皇帝陛下とは特に会話らしい会話もないまま、俺たちは魔物の殲滅をひたすら続けていった。




