200話 帝国軍との交渉【ヒラギス地図】
これまでのあらすじ
・ヒラギス奪還作戦二日目。ラクナの町を奪還して帝国軍と合流
・リリアとサティを連れて将軍との軍議へと向かう
軍の司令部は町の中心部にある例の領主の館に設置されていた。だが長期間魔物の住処になっていた館がそう簡単に清掃できるはずもなく、会談は庭の一角に建てられた大きな天幕で行うこととなったようだ。
「エルフの……」
「ダークオレンジ魔導親衛隊じゃ」
どもった案内の兵士にリリアが助け舟を出した。そういえば一切名乗ってなかったか?
「ダークオレンジ魔導親衛隊の方々がご到着です!」
そうして俺とサティとリリアが天幕の中に入ると当然のような顔をして師匠たちが居て、リゴベルド将軍と談笑していた。
師匠にフランチェスカに神殿騎士。大きく立派なテーブルは館から持ち出したのだろう。将軍を中心に他にも知らない老兵士が一人、席に付いていた。
ちょっと動揺してしまったが、ビエルスの剣士隊が先陣に同行していたのは聞いていたし、神殿騎士団も別に居てもおかしくない。聖女様を追いかけて来るだろうと思ってはいたが、案外早かっただけだ。
しかし師匠は大丈夫として他のやつは……デランダルとフランチェスカはウィルのことがあるし、身バレがまずいのは重々承知しているはずだ。迂闊なことは言うまい。
問題があるとすれば神殿騎士だが、俺たちを見ても特にリアクションはない。まさかフード程度の変装でまったく気がつかないということもあるまい。アンも見当たらないことだし、すぐにどうこうするつもりはないということなのだろうか。
聖女様に逃げられたなんて外聞が悪いことをこんなところで問い詰めるのもないのだろう。それに身バレしたところでやることに変わりはない。後々面倒は増えそうだが、ことヒラギスに限れば軍との円滑な協力体制が取れればそれでいいし、最悪軍とは決裂しても構わない。少なくとも師匠と剣士隊は協力してくれるだろうし、それ以上に俺たちの自由の確保が重要だ。
「まずは礼と賛辞を述べたい。エルフ殿の働きで被害もほとんどなくラクナの町を抑えることが出来た」
リリアがテーブルについたところで将軍が話し始めた。俺とサティの席も用意されたようだが、俺たちは護衛代わりにリリアの後方である。
「我らに出来ることを行っただけじゃ。礼を言うには及ばぬ」
リリアが淡々と言う。賛辞ならもう十分に兵士たちから受けた。
「ふむ。ではまずは紹介しよう。このお方がかの剣聖バルナバーシュ・ヘイダ殿だ。そしてお弟子のリシュラ王国公爵令嬢、フランチェスカ・ストリンガー殿」
ドヤ顔で将軍が各人の紹介を始めた。わざわざ紹介してもらってきっと俺は変な表情をしていただろう。フルヘルムで助かった。
続いて神殿騎士の隊長に、将軍の後ろに控えていた副官や参謀に部隊長たち。まだ到着していない部隊も多いそうだが、とりあえず今いる今回の軍を動かしている指揮官クラスとの顔合わせをしたかったようだ。俺たちは顔は全く出してないけど。
リゴベルド将軍の指揮下にあるのは、直属の帝国軍第五方面軍にまだ後方にいる第十一方面軍を主力として、ヒラギスの残存兵力をかき集めたヒラギス軍にリシュラ王国を始めとする各国からの援軍や神殿騎士団。それに加えて剣聖率いるビエルス剣士隊に、魔導師部隊も千名を超える規模で、総勢二十万を超えるという。思ったより大規模だ。
(二十万はかなり盛っているかもしれないっすね)
宿舎で待機しているウィルがそんなコメントをしてくれた。いま俺のほうにティリカの召喚ねずみをサティが連れてきてきて、俺の召喚獣をエリーたちのいる宿舎に置いているから擬似的な双方向通信が可能となっている。
エリーたちはティリカの実況を聞きながらあーだーこーだとくつろぎながらおしゃべりをしていてとても楽しそうだ。どうせ話はリリア任せだし俺もあっちが良かった。
「この陣営にエルフ殿の部隊が加われば、魔物どもを容易く打ち倒せよう!」
そう機嫌良さげに将軍が締めくくった。棚ぼたで手に入った剣聖とエルフの極めて強力な部隊だ。初日の部隊壊滅があっただけに機嫌も良くなろう。
「それでダークオレンジ魔導親衛隊の陣容であるが……」
「我らオレンジ隊は今現在百十名がここに来ておる」
「僅か百名ほどでこれほどの戦果を」
「しかし強力な魔法使いならば一人で一軍に匹敵すると言うぞ」
「それにしたって先ほどの魔法は桁違いではないか?」
「エルフは魔法に秀でているとは聞いていたがこれほどとは……」
将軍の後方の士官たちがざわめく。実際のところ実働部隊は俺たち一〇人で他は補助だが、わざわざ教える必要もない。
「部隊の詳細は後ほど聞き取るとして当座の間、エルフ殿の部隊は私の直属の配下として動いてもらうことになった」
ことになったって配下になるのが決定事項かよ。
「我らは将軍殿の指揮下には入らぬ。誰の指図も受けぬ、そう言ったはずじゃぞ」
エリーが冒険者ギルドの上層部から仕入れてきた情報によると、北方軍への指令はラクナの町の奪還と維持だ。ここで魔物を牽制しつつ南方軍の侵攻を待って、共同して一気に北へと攻め上る。
つまりはしばらくここで足止めを食らう。防衛に関しては戦力は十分なようだし、まったくもって時間と火力の無駄だ。
だがそれ以上に問題なのは魔物の抵抗が激しい場合、帝国軍はヒラギス南部の奪還をもって軍を停止することを検討しているという。南部さえ抑えておけば、帝国本土や東方国家の安全は保証される。帝国軍にヒラギス全土を奪還する利は少ない。魔物に当初の想定より戦力がありそうで、被害が嵩むとなれば尚更だ。
「他国からの援軍や義勇兵はすべて帝国軍の指揮下に入ることになっている。むろん要請という形ではあるが、そうせねばこれほどの規模の軍は立ち行かん」
リリアの反対を気にした風もなく、これはごくごく標準的な手続きだと将軍は言う。まあそれは理解出来る話だ。各国の軍どころか冒険者個人に好き勝手動かれては現場は混乱するだろう。
「帝国が今回の戦いの指揮を取るのは周辺諸国すべての賛同を得ておる」
「それは我らには預かり知らぬ話じゃ」
取り付く島もない様子でリリアも言うが、将軍も尚も言い募る。
「しかしエルフ殿の部隊はエルフが正式に援軍として送り込んで来たのだろう?」
「王は派兵に消極的でな。ここに来ておるのは皆志願した義勇兵じゃ」
少し考えてリリアが答えた。エルフ王の認可もちゃんとあるし、エルフ本国とまったくの無関係と強弁するのも悪手だろう。それでいて公式な派兵ではないと。
「帝国の指揮が気に入らぬというのならフランチェスカ殿の下でも良いのですぞ。エルフ国はリシュラ王国の属国なのだろう?」
うーん、フランチェスカなら話はわかるだろうが、必要以上に俺たちに深入りさせたくないな。
「誤解があるようだ、リゴベルド将軍」
それまで黙っていたフランチェスカが話し始めた。
「誤解とは?」
「現在のエルフとリシュラ王国の関係は非常に友好的なもので、勝手にエルフの部隊の指揮を取る権限などありませんし、属国扱いしたなどと我が王に知れたら私の立場がありません」
エルフの国はリシュラ王国の属国として作られたのは確かなのだが、現在の関係は曖昧で、エルフに領土的な野心があるわけもないし、相互に利益があるのでそれでいいだろうというふんわりした関係のようだ。
「構わぬよ、フランチェスカ殿。実際のところ我らは数も少なければ領土も爪の先ほどを領有しているにすぎぬ。他国から属国と見られても致し方あるまい」
国としては小さすぎるし、どこかと外交関係を結ぶわけでもないからこの問題は棚上げされているということらしい。
「欲を出すものではないぞ、将軍殿。これほどの短時間で被害もなしに最初の町を制圧したのじゃ。それは大した功績であろう? 大いに誇るが良い」
手柄は譲るから口出しはするなということだ。
「ええい、聞き分けのない。好き勝手に動かれては困る。そう言っておるのだ!」
ドンと将軍がテーブルに拳を付いた。将軍の怒気を込めた言葉は結構な迫力だ。俺が正面に座ってたら首をすくめていたな。
それにまったくもってその通りではある。俺としては元々冒険者として誰かの命令で動くことになるだろうと思っていたし、そこまで勝手を主張する気もないのだが、リリアに交渉を任せたら案外強硬だ。
「だから協力はするといっておろうに。だいたい軍の動きが遅すぎるのじゃ。今日とてそちらの動きに合わせてやったのはわかっておろう?」
「今日はたまたま上手くいっただけだ。今後の連携を考えるなら指揮権の確立は必須だぞ」
(どうせ私たちを配下にしてもっと大きな功績がほしいんでしょう)
(帝国軍の威信もあるっすからね。いくら力があっても正体も良くわからないエルフに好き勝手やられたくはないんでしょう)
エリーやウィルたちのコメントを聞きながら、やはり関わってしまうと面倒くさいと考える。
「じゃがの、何をもって将軍殿が我らの指揮権を主張する? 帝国が強国だからか? 力であれば我らが上位にあってもおかしくあるまい?」
リリアの言葉に将軍の陣営がざわめいた。
「大義だ」
だが将軍が迷わずそう答えた。
「帝国には人族国家の盟主として周辺諸国を糾合し、魔物に対する剣となり盾となるという大義がある。決して力のみでこの軍の指揮を任されておるのではないのだ」
(魔境からの防衛を普段は他国に任せて、有事だけ軍を動かすほうがコストがかからないんすよね)
今回みたいに丸ごと国が落ちてしまえば取り戻すのにかなり戦力を出さねばならないが、放置しておけば国境が荒れるし、他の国にも戦費や兵力も負担させれば帝国にとってさほど不利益もないということらしい。
(主に戦費を出すのはむろんヒラギスっす)
首尾よく国を奪還してもヒラギスは当分借金にあえぐこととなるだろう。機会に乗じてヒラギスの占領は簡単だが、国を奪ってしまえばヒラギスの負債も負担することになる上、手に入るのは魔物に散々荒らされた土地である。
(それでも将軍の言う大義には正当性がある)
ウィルの話を受けてティリカが言う。ヒラギスを奪う利などないのだとしても、帝国が大義を掲げ、領土的野心を持たないというのは周辺国にとっては安心材料だ。
「良かろう。オレンジ隊の一〇〇名は好きにするが良い」
だが満足そうに頷いた将軍の表情がすぐに変わった。
「……待て。一〇〇名? 後の一〇名はどうするのだ?」
いいところに気がついたな。
「我らは北を目指す」
まあ好き勝手やるにせよ、ある程度知らせておいたほうがいいだろう。
「たった一〇名でか?」
「我らの力、その目で見たであろう」
「無謀だ。連日の戦いでもはや魔力は心許ないだろう? それに本国から遠く離れ、補給も支援もなしにどうするつもりだ?」
ああ、それで妙に強気だったのか。大規模魔法を連発してさすがにもう魔力がないだろうと。
俺たちは二四時間で魔力が回復するが、普通の魔法使いはもっと遅いらしく、使い切ってしまえば最低でも二日や三日は満タンまで戻らない。エルフの精霊もそんな感じだな。
エルフ本国でさえ魔物に短期間に戦力を集中されて落ちかけた。魔法使いを長期運用するには十分な支援と計画性が不可欠だ。
「この町にいれば問題なかろう? それとも我らを追い出すか?」
「む、それは……」
この町を奪還したのは俺たちだし、用済みだといきなり追い出すなどさすがに無理だろう。
まあ町から追い出されても転移魔法があるから補給も支援もまったく問題ないのだが、それもここでは語れない話だな。
「そもそも目的は同じではないか! 独自に動くことに何の意味がある!?」
意味は十分にあるのだが、それも話せない。不便だ。やはり軍など見切って好き勝手やるほうが楽そうだ。
「……そういえばヒラギス南部の攻略はどうなっておるのかな?」
突然リリアが話を変えた。それは俺も気になっていた。
「最初の町を攻略中だと最新の知らせがあった」
「ほう。手間取っておるならそっちを手伝ってやっても良いのう」
「南方攻略軍はこちらの倍以上の戦力を有している。歓迎されるとも限るまい」
渋い顔で将軍が言う。確かにそうだ。オレンジ隊を含めても軍としては一見すると一〇〇名ほどのちっぽけなものだ。こちらの情報が伝わっているかもしれないが、そうでなければ適当に扱われておしまいだろう。
まあ南方に行くなら、基本こっちでやったように勝手にやるつもりだからさほど関係はないのだが。
「いや! それよりもだ。何の承認もなく他国に軍を入れるとは、国際問題ではないか? これまでのことは戦果を鑑みて見逃しても良いが、これ以上好き勝手をするというならエルフ本国に苦情を入れねばなるまい!」
良い事を思いついたとばかりに将軍が言った。
(そういえば帝国国境も空から勝手に通過してたわね……)
エリーの言う通りまずい。不法入国に関しては調べられては非常にまずい。最悪ここまで隠していたゲートもばれるかもしれない。
「ならば我らは軍を引こう」
「何!?」
リリアの返答に将軍が驚きの声を上げた。そりゃそうだ。援軍に来たのに、不法入国だとか国際問題だとか言われてまでここに留まる理由もない。あまり突っ込まれると困るしな!
少々動きにくくなるが仕方ない。オレンジ隊の支援は最低限にして俺たちのみで動けばいい。俺たちだけなら招聘された冒険者として戦場にいる資格はある。
「リゴベルド将軍。許可なら私が出そう」
だがリリアと将軍が睨み合ってるところに老兵士――ヒラギス軍の指揮官が割り込んできた。
「し、しかし、ネイサン卿……」
「私が言うのだ。何か不服が?」
(恐らくその人物はネイサン・パルファージ公爵っすね。先代の王弟で元宰相。かなり昔に引退した人物っすけど、祖国の危機に現役復帰したんすね)
ヒラギス軍司令のネイサン卿としか紹介はされてないが、結構な偉いさんだったらしい。
「ネイサン・パルファージ公爵。先代の王弟で元宰相」
リリアのために繰り返してやる。
(息子か親戚かもしれないっすけど……)
おい、それを早く言えよ!
「さすがはエルフ。古い話にお詳しいですな」
ほっとしたことに間違いではなかったようだ。まあ最悪親類縁者ならそう恥ずかしい話にもならなかっただろうか。
「王族で元宰相殿の許しがあればもはや何の問題あるまい?」
「ぬう」
リリアが嬉しそうに言い、将軍が悔しそうに顔を歪めた。お前ら仲悪いなあ。
「南方軍の指揮はエルド・サバティーニ将軍が取っておる」
ここまで黙っていた師匠も会話に加わってきた。
「ほう。剣聖殿のお弟子で高名な、あの?」
わざとらしくリリアが言う。
「そちらを訪ねるならワシも同行して紹介して進ぜよう」
味方だと思っていたのだろう。思わぬ方向からの裏切りに将軍は愕然とした表情を浮かべていた。
「それは良いな。エルド将軍はもう少し話のわかる人物なら良いのう」
「ワシの口添えもあればうるさいことは言わんであろうさ」
リゴベルド将軍が非協力的なのは残念であるが、南方軍から助力があればそう変わらんか? そうなると最初から師匠と接触してれば話が早かったな。
「将軍殿に与えられた命令はこの町の奪還と防衛であろう? 我らの目的はヒラギス全土の奪還じゃ。将軍殿が協力せぬというなら、南方軍に声を掛けよう。それもダメなら単独でも我らはやるぞ」
そう言ってリリアが立ち上がった。交渉は決裂か。だがまあ師匠の伝手で最悪でも単独でってことにはなるまい。
「その時はワシと弟子たちでエルフ殿に協力しようではないか」
師匠は当然ながら俺たちの味方だし、むしろ身内だ。
「リシュラ王国軍もぜひとも戦列にお加えください。我が王もエルフに協力するなら労を惜しまないとおっしゃるでしょう」
フランチェスカも協力してくれるようだ。
「神殿もエルフ殿への支援は惜しみません」
間違いなくアンが一緒なのばれてるな。取り戻す見込みがないなら、せめて味方はするということなのだろう。アンはヒラギスを助けたがってたし。
「ヒラギス軍も全軍をもってともに戦いましょうぞ」
そしてネイサン卿もひどく熱の籠もった声で協力を約束してくれた。あれ? これって帝国軍以外は全部うちに協力するってことになってないか?
「これは素晴らしい。これだけの協力があれば、もはや帝国軍は必要あるまい。将軍殿はこの町で留守番でもしているが良いぞ」
「ま、待たれよ、エルフ殿!」
立ち去る素振りを見せたリリアに剣聖とフランチェスカどころか、神殿騎士とネイサン卿までが立ち上がったのを見て、将軍が焦った声を掛けた。
「何かな、将軍殿? 南方に移動するなら日が落ちる前に急がねばならぬ」
「命令からは少々逸脱するが……エルフ殿がどうしても北を目指すというのなら協力をせんこともない」
「協力をせんこともない?」
「我が軍も、むろん最大限の協力をしよう」
リリアの問いかけに唸るように将軍が言った。よっぽど悔しいのだろうか。だが膝を屈せねばエルフは剣聖と共に南方軍に取られてしまう。戦力的には帝国軍のみで十分だろうが、士気はガタ落ちとなるだろう。そう考えると最初から将軍に勝ち目などなかったのだろう。
「良い心がけじゃ。我らは遠からずヒラギス首都を目指す。その時は帝国軍も戦列の一端に加えてやろう」
そうリリアが完全に上位者の風格で締めくくった。
(うわあ。これって将軍に恨まれないっすかね?)
そりゃ気に入らんだろうよ。二十万を指揮する将軍が、たかが一〇〇名ほどを連れたエルフにいいようにあしらわれたのだ。交渉結果はうちの完全勝利だが、リリアにまかせて果たして本当に良かったのか?
(すべて終わってみれば、うちに協力したのが正解だったってわかるでしょうよ)
エリーが確信がありげにそう述べるが、そうそううまくいくのだろうか。まあ帝国関係でトラブルになったら、その時はウィルになんとかしてもらおう!
だが俺は重要なことを失念していた。ダークオレンジ魔導親衛隊が誰の親衛隊なのかということを。そしてすべての責任を最終的には誰が取るべきなのかを……




