199話 ラクナの町防衛戦
前回までのお話
・ヒラギス奪還作戦開始2日目、最初の町を制圧
・軍との合流
・魔物の残存兵力が町へ
魔物は見渡す限りの平原一面を埋め尽くすように布陣していた。どこに居たのか、よくもまあ短時間で集めたものだ。地竜も二頭、ちらりと見えた。
まずはみんなをこっちに呼んで合流を……そう考えた視線をリリアにやった刹那、平原一面に布陣した魔物たちから一斉に咆哮が上がった。咆哮とそれに続く進軍で大地自体が揺れたように感じるほどだった。
それが聴覚探知でダイレクトに入ってきて俺は顔をしかめた。城壁を守る兵士たちが一層慌ただしく動き始めた。罵声が飛び交う。
「まずい」
リゴベルド将軍が焦った声で言った。確かにまずい。町の外で備えていたのか、それともこちらへと移動していたのが丁度このタイミングになったのか。再度の襲撃がこれほど早く大規模だとはさすがに俺も思わなかった。
軍のほとんどは俺が入り口で止めておいたせいでまだ南側のほうだ。だが町中の殲滅をしてる最中に来られても困ったことになっただろうし、例え今すぐ全軍を北側の防衛に回せたところで地竜まで居てはまず受け止めきれまい。
俺たちのお陰で最速で町へと到着してしまったのだ。数も防衛の準備も何もかも足りてない。
不幸中の幸いなのは北側に空いていた穴をすでに塞いでおいたことだろう。城壁は頑丈そうで適切に防衛すれば防御力は高そうだ。
「心配はいらぬというに。奴らから来るなら願ったりじゃ。まとめて殲滅してくれよう」
「任せていいのだな?」
任せるも任せないも他に選択肢はなかろうに。将軍のことは気にせずに、その場で【霹靂】の詠唱を開始した。
地竜の移動速度が早い。リリアは高速詠唱がないし、エリーたちを呼んで到着を待っていては城壁近くまで接近を許してしまう。地竜に突っ込まれては少々まずい。
あまり派手に動くのはどうかと俺たちだけで移動したのが裏目に出た形だが、まあ不都合は特に無いな。ここは俺だけでも十分。みんなは呼ばずともおっつけやってくるだろう。
「我らがここにいることを神に感謝するが良かろう」
詠唱を始めた俺を見てリリアは静観することにしたようだが、将軍はなおも心配なようだ。
「おい、部隊は呼ばんのか?」
詠唱をしているのは騎士風の俺一人。他がまったく動く様子もない状況で神に感謝とか言われてもさすがに意味がわからないだろう。
「必要なかろう。見よ」
指差す先には巨大な雷雲が発生しようとしていた。
自然の雷の発生メカニズムは現代ではわかっていて、一度調べたことがある。
雲が発生して中の水蒸気が上空のほうから冷えて氷の粒になる。それが落ちてきたり気流で動いてぶつかり合って静電気が発生する。しかし空気は絶縁体でどこにも行き場がなくて電気は貯まり、限界を超えると地上に向けて発射される。
つまり氷の粒を大量に発生させて、より激しく動かしてやれば――
詠唱に従って積乱雲が発生し、急速に広がっていった。より広く、そして巨大に。通常の威力では取りこぼしが出るかもしれない。大型の地竜もいるし、ここは確実に殲滅したい。
魔法はイメージだ。本当のところ魔法がなぜ成り立つのか、ちゃんと発動するのか根本のところ俺はよくわかっていない。しかしそれでも魔法で再現する現象についての理解が有用なのは、これまでの経験でわかっている。
ぶっつけ本番ではあるが、上手くいかない理由もない。
冷静に考えると普通に範囲を広げて魔力を多めに込めれば良かったのだが、魔法を強化するイメージをする時にふと思いついてしまったのだ。
魔法はイメージと、そして意思の力だ。そこに迷いを持つことは障害にしかならない。やり直す時間などあるはずもないし、もはや始めてしまった以上やりきるしかない。
本気を出した詠唱で、雲はこれまでの範囲雷撃ではなかったほど巨大に育とうとしていた。そして雲の動きも徐々に激しさを増して行く。イメージ通り、上手くいきそうだ。
自然現象であればここから雷のチャージに時間がかかるのだろうが、そこは魔法で短縮出来ているのだろう。
「エルフの魔法とはこれほどのモノか」
将軍は感嘆を滲ませた声で言った。将軍ほどの地位にあれば先陣を切ることもないだろうし、恐らく俺たちの魔法を実際に目にするのは初めてか、遥か遠目に見ただけだったのだろう。
雷雲の下では魔物たちに混乱が生じているのが探知に映っていた。突如現れた雷雲に戸惑う魔物に、気にせず突き進もうとする魔物。
そして自分たちの上で発生した雷雲が何を意味しているか理解できる一部の魔物にとって、それは死刑宣告そのものに他ならない。逃げ出そうとしている魔物もかなりな数がいるようだが、勢いのついた軍勢からはそう簡単に離脱できるものでもない。
結果として魔物たちの足並みは相当乱れ、時間の余裕が少し出来た。
みんなもやってきたようだ。エルフが俺たちの周囲に次々に降り立った。
「霹靂ってあんなのだっけ……?」
エルフの誰かが呟いた。俺もちょっと違うんじゃないかと思い始めたところだ。
昨日今日と詠唱を繰り返してきた霹靂の数倍する規模の巨大な雷雲が渦を巻き始めていた。成長する雷雲に膨大な魔力が吸い取られる。渦になっているのは撹拌するイメージが漏れたのだろうか。それにちょっと大きくしすぎたか?
巨大な黒雲は雷光を纏わせ、その渦をますます激しくしていき、城壁にもまるで台風が訪れたような強風が吹き荒れだしていた。
その内部には膨大なエネルギーの蠢きが感じられたが、それに伴ってさらに大量の魔力が制御のために消費されようとしていた。
通常の魔法というのは洗練されていて、威力と魔力消費のバランスが良く出来ている。そこを思いつきでいじろうとすると何かと無理が生じるし、無駄に大きな魔力を消費し最悪暴走する危険すらある。
魔力が枯れたり制御に失敗するほどではないのだが、今回のこれもどうにも魔力効率が悪い感じだ。無事発動しそうだが、魔法としての使い勝手は微妙だな。
だがそろそろいい頃合いだろうか? 地竜の動きが鈍ったお陰で、雷雲に溜め込んだエネルギーは膨大で進軍してきた魔物のほとんどを範囲内に収めることが出来た。
「各自閃光に注意しろ」
周りに注意を促す。眩しいのはわかっているとは思うが、今回は威力がマシマシである。雲を見上げているエルフちゃんも居たので改めて念を押しておく。
「各自、音と閃光に注意!」
オレンジ隊の一人が叫ぶの確認し、手を高く掲げる。
「テラサンダー」
手を振り下ろし【霹靂】を発動させた。
刹那、大地を雷が埋め尽くした。術者の俺ですら生命の危機を感じるほどの激しい閃光と轟音を発する無数の雷撃が、何度も荒れ狂い魔物たちをなめ尽くす。
耳をつんざく凄まじい落雷が止み風が凪いだ後には、生きとし生けるものは効果範囲には何一つ存在しなかった。
城壁から周囲を確認すると、地竜は二頭とも倒れ、運良く範囲外に居た魔物たちは散り散りに逃げ出していた。どうやら当面の危機は去ったようだ。
「あれほどの数の魔物がたった一撃……エルフとはこれほどの……」
ようやく落ち着いたらしい将軍の呟きが聴覚探知に入った。その声は僅かに震えていた。ぶっつけ本番だったが威力は想定通りだったし、示威効果はたっぷりあったようだ。
エルフちゃんたちがちらちらこっちを見ている。ああ、獲物の回収か。地竜の肉は欲しいが……
「回収は必要ない」
回収の様子は見せたくないし、軍にはいくら食料があっても困らないだろう。俺たちのほうは今日の分だけで有り余るほどだ。
「それよりも休息を」
仕事がなくてがっかりした様子のエルフちゃんたちを尻目にリリアに声をかける。エルフちゃんたちも朝から動いてていい加減疲れてるだろうに。
「そうじゃな。後は軍でも十分じゃろう」
俺も少々疲れた。大規模な魔法を使った後のちょっとした脱力感だとは思うが、この二日間そこそこ魔法を使っていた。
もしこれが前兆で、無理をして魔力酔いになってしまうと数日は身動きが取れなくなるし、あれはガチの病人になってしまうのでとても辛い。大事を取って十分に休んでおくべきだろう。
リリアが将軍と話にいって、後ほど会談を持つことにしてこの場はとりあえず撤収することになった。
ゆっくり休めるなら村に戻りたいところだがさすがに無理か。どこかそこらへんの建物で、と考えていたら、エリーが崩れ落ちた大きな建物を見つけて敷地を確保し、更地にして新しい建物を作ってくれた。北側城門にも近いから魔物の襲来にも即応できる。高い塀付きでプライバシーもばっちり確保だ。
細かい整備はいつもの大工の親方エルフさんである。建物を作った後エリーが転移で連れてきたのだが、多少数が増えてもオレンジ隊の制服を着ていれば誰が誰やらわからないから、転移で連れて来たとはわからないだろう。制服のアイデアはなかなか役に立つな。
完成にはまだ時間がかかる様子だが、家具を置いてしまえば居住性に関してはすでにもう何の問題ない。ピカピカの新築物件に、少しは町に滞在してもいい気分になってきた。
「思った以上に魔物の攻勢が激しいな」
新居に腰を落ち着け、まずは食事をしながらの家族会議である。
ちなみにオレンジ隊も交代でエルフの里に戻って食事中だ。俺たちだけならアイテムボックスの手持ちでどうにでもなるが、さすがに一〇〇人分ともなると準備に手間だ。
俺たちもまだ戦闘があるかもしれないし、装備はそのまま。全然くつろげない。
しかしエルフの里の時を思えばまだ軽いほうだろうか? あのときは本当に後から後から湧いて出てきたしなあ。
「重要な拠点じゃからな。取り戻そうとまたやってくるじゃろう」
帝国国境から最寄りの町でありヒラギス中央部に位置し、北方の首都も南方の東方国家群方面もどちらでも伺える好立地である。無事軍の拠点に出来そうであるし、ヒラギス攻略は捗るだろう。
「そうなると放置も出来ないわね」
そうエリーも言う。軍も続々と後続が到着している。弓兵や魔法使いの部隊に様々な物資。準備さえ万端なら防衛戦だ。そう簡単に町は落ちたりしないだろう。
だが城壁や町の修復も必要だし、長期で籠城するための物資を集めるには二、三日ではすまないだろう。しばらくは様子を見守らねばなるまい。
予定とか立てても毎日情勢が変わってしまうな。まあ立てないよりマシなんだろうけど。
「やはり予備隊の編成が必要じゃな」
リリアがそう提案した。オレンジ隊を作った当初は一〇〇人でも多いと思ったのだが、二〇〇人でも足りなくなるか。二〇〇名で回せなくもないが、体力面だけなら多少の無理がきいても、魔力を考えるとどうしても休養を挟まねば万全な状態で戦えない。そう考えての交代制だ。防衛にまで人員を割くとなると増員は必要だろう。
「一〇〇……二〇〇人、防衛用に志願を募ろう」
リリアが頷いた。そこから一〇〇人ずつ編成して交代で防衛に投入する。全員エルフの里の戦いを経験している。防衛戦なら心配もないだろう。
だが先程の魔物の攻勢を見るにまだ不安が残る。
「それと俺たちの中から誰か一人残す」
パーティを分散するのは苦渋の選択なのだが、防衛戦ならすぐさま危地になるということもないだろう。軍もなんとしても町を守り抜くつもりはあるのだろうし、エルフの部隊と加護持ちの魔法使いがいるならなおさら盤石だ。
それで定期的に転移で様子を見ておけばいいし、例え対処が間に合わなくても空から帝国方面へと逃げれば危険はさほどないだろう。志願してくるのはエルフの中でも精鋭だ。一人として失いたくない。
「誰を残すの?」
「エリーとリリアはパーティに固定したい」
エリーの問いかけに考えながら答える。遊撃部隊は魔物の只中に突入するのだ。万全の体制で望みたい。となると戦士は減らしたくないから魔法使いの中からアンとティリカにルチアーナの誰か一人ということになる。召喚魔法持ちのティリカも戦力的に出来れば連れていきたいし、アンは体型的にエルフに混じっていると少々胸が目立つ。そうなると……
「ルチアーナ?」
「そうですね。期間が長くなるならエルフのほうがよろしいでしょうし、私が残りましょう」
俺の問いかけにルチアーナが頷いた。察しが良くて助かる。
「それが良い。オレンジ隊と共にエルフの武威を存分に示すが良いぞ」
「はっ、リリア様」
それでラクナの町の防衛は問題ないとして、俺たちは予定通り行動できるな。南方を荒らし、北方首都を目指す。
ルチアーナが残り、里からエルフを一〇〇名。それで将軍殿も誤魔化せるだろう。少数での出撃は威力偵察ってことにすればいい。
「防衛組とはこまめに連絡を取って、何かあれば適宜対応することとしよう」
後は当面は近場の町を狙うことになるだろうし、しばらくはここを拠点に動くことを決めた。快適な住まいが確保できるなら村の屋敷に無理をして戻る必要もない。
食事と相談が終われば一番面倒そうなお仕事、将軍との会談が残っている。ぞろぞろと行っても仕方がないし、俺とリリアとサティだけで会いに行くことにした。
ウィルは将軍殿がまた知った顔らしい。フルヘルムでバレる心配はまずないだろうが、あえて危険に近づくこともあるまい。
新たな屋敷――オレンジ隊も寝泊まりするから宿舎と呼ぼうか――から飛び出すと、すぐにリリアが飛ぶ速度を緩めた。何かと思えばリリアが手を振って、眼下から歓声が上がりだした。
「大人気ではないか」
手を振りながらリリアが言う。今日はかなり戦ってるところ見られちゃったしな。特に最後の俺の魔法は兵士の多くが間近に目撃したはずで、それが休憩の間にすっかり広まってしまったのだろうか。
歓声は俺たちが移動するにつれゆっくりと伝播し、大きくなっていった。
「派手にやりすぎたか?」
「そういうことではなかろう。窮地を救った救世主じゃ。大歓迎もしよう」
確か死んでも峠を突破しろって命令が出てたんだっけか。命令もひどいし、その命令に従って逃げもせず進軍するほうも俺の感覚ではどうかしてる。
だが結局のところ、どこかで戦わないと魔物はどこまでも押し寄せてくる。他国のことだと高をくくれないし、そのためには情け容赦なく人命を消費するのがこの世界ではまかり通っている。ひどいものだ。
「女の子も結構いるな」
ふと気がついて口に出す。兵士らしからぬ可愛らしい娘も視界に入っていた。
兵士っていうと野郎ばかりのイメージだったが、そこそこ女の子も混じってるんだな。オレンジ隊は全員女の子だし、冒険者にも結構な割合で女性がいた。特にヒラギス軍は戦えそうな者を根こそぎ徴兵したって話で、女性の比率が大きいのだろう。
それに死ねと命令をした将軍はひどいやつだな!
「余所に目を向けんでもオレンジ隊ならいつでも準備万端じゃぞ?」
「さすがに今はそんな暇はないだろ」
「先ほどの魔法はなかなか衝撃的じゃったようじゃからの。もう一押しで加護が付く者がいるやもしれぬのじゃが……」
ほほう。それはそれでちょっとだけ興味があるな。暇さえあれば。
暇が欲しい。お休みが欲しい。追加の女の子どころか嫁やメイドちゃんたちと仲良くする時間もろくに取れない。
ヒラギスでの戦いが終わればきっと休みが取れるはず。だがそれまではもうちょっと頑張ってみようか。
休みほしいって言えるような雰囲気じゃないしな!




