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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第十章

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188話 赤い羽根

「マサルよ。真の強さとはどのようなモノだと思う?」


 ある時剣聖が俺に問いかけた。

 剣聖は俺の修行に関して余りあれこれ言わない。確かにちゃんと教えはしてくれるしサボらないよう見張りもするが、うちに入り浸ってる割には俺に対する指導にどこか一歩引いた印象がある。

 だってずっと型と素振りに走り込みだぞ? そんなのそれこそ町の道場でだって十分に習える。剣聖の弟子になった意味がどこにあるのだろうか。

 その疑問に対する返答がこれだった。


 真の強さか。俺にとって強さとは常に生き延びることと結びついていた。あらゆる敵を相手にし、どんな状況でも生き残れる力。剣聖のように一〇〇歳まででも。

 剣聖は実に理想的なモデルだ。俺もがんばって一〇〇歳まで生き延びたい。


「ならばそれがお前にとっての真の強さなのだろう」


 考えを話した俺に剣聖がそう答えた。


「そのための手本を見せることはできる。手助けできるところもしよう。だがそれをずっと出来るわけでもなかろう。結局のところ人は自分で強さとは何かを見つけねばならん。そうでなければ本当の意味での成長は望めぬ」


 本当の意味での成長か。こっちにきてずいぶんと強くなったのは間違いない。だがそれは状況に流されただけものだった。


「焦ることはない。ワシとて真の強さとは何かをいまだ理解しておらぬし、そんなワシがお前を型に嵌めて教えたところで、出来上がるのはただの劣化にすぎぬだろう」


 劣化剣聖でも十分だと思います。


「お前はお前自身の強さを見出し目指すのだ」


 俺の強さとはすなわち加護の力そのものだった。だからちょっと強化をリセットしただけで、剣術スキルやステータスはいまだ常人を凌駕しているにも関わらずこの体たらく。


「俺は加護頼りの何の才能もない凡人です。鍛えたところでどこまで強くなれるか……」


 俺なんかに張り付くよりサティたちを指導するほうが、全体にとって有意義なんじゃないだろうか。


「それはまだ力を十分に使いこなせておらんだけだ。年端のいかぬ小僧に上等の剣をもたせたとしよう。それを分不相応と感じるか、あるいは自分の力と過信し増長するか」


 そう言うと剣聖が腰の剣を抜いた。淡い金色の刀身のオリハルコンの剣。


「だが相応しき者が持てば、それは大きな助力となろう」


 加護に相応しい強さか。果たしてそんなものが俺にあるのだろうか? いつか得られるのだろうか?

 そう自問自答しながら黙々と型と走り込みを続けていたのだが……


「師匠。今日は休んで、明日オーガに行こうと思います」


 サティとリュックスの戦いのあと、いつものようにビエルスの道場屋敷に来ていた剣聖を捕まえて言った。


「良かろう」


 リュックスに勝ったサティを見て焦りを感じたのもあるが、体力もかなりついて元に戻した大剣も再び自在に振るえるようになった。

 そろそろ力を確かめてもいい頃合いだろう。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 修行は順調だったが、他では多少の問題もあった。サティのソードマスター就任後、珍しく家族勢揃いしたのでお祝いで食事会でもとなって、その席でのことである。


「それで例の寄付金集めはどうなったんだ?」


 食事が落ち着いたのを見計らい、そうアンに尋ねた。

 話は先週あたりまで遡る。アンが深刻そうな顔でお金が足りないと言ってきたのだ。


「もちろんすぐにじゃないんだけど、今のペースだとヒラギス奪還が早めに成功しても、到底そこまでもたないの」


 獣人のほうは余裕があるし養育院の維持は絶対に譲れないとして、どうにもならないのが居留地本体の食糧事情である。なにせ人数が多い。

 帝国からの援助は相変わらず低調だし、しかも食料価格が上昇しているという。足りないだろうことはわかっていたが、想定よりもずいぶんと厳しい状況になりつつあるようだ。


「じゃあ狩りに行くか」


 俺らが何もかも面倒を見る必要はないのだろうが、乗りかかった船だ。稼ぐのは簡単だし、修行の丁度いい骨休めにもなるだろう。それに俺の個人的なお小遣いも補充しておきたい。修行修行で使う暇もないし、必要な物があればリリアがお金をくれるんだが、やはり自由に使えるお金は確保しておきたい。


「今はマサルたちにそんな余裕ないでしょ? そろそろ寄付を募るパーティをすべきね!」


 毎度言い訳めいたことを考えないと人助けにもひっかかりがある俺と違い、エリーたちにはそんな葛藤はないようだ。

 というかそもそもが俺が助けると決めたからこそ、色々考え積極的に動いてくれているのである。面倒臭いなどと思ってはいけない。

 それに修行があるから俺はそっちには関われないだろうし。


「普通の寄付って募集しないのか?」


「普通って?」


「パーティはどうせ貴族とか大きい商人とかしか来ないだろ? もっと一般の人から寄付を募るんだよ」


 そういえばこっちでは街頭募金とか見かけたことがないな。


「庶民から搾り取ろうだなんてマサルも悪辣なことを考えるわね。でもそうね。いよいよとなったら、その時は臨時税を課すんだけど、反感を買うからあんまりやらないほうがいいのよね」


「そういうのじゃなくて俺たちがやったみたいにもっと自主的なのだよ」


「そういう時は神殿に寄付するんじゃないかしら?」


「でもそれだと寄付がヒラギスの避難民に届くかどうかわからないだろ?」


「まあそうね」


 エリーの返答にアンもちょっと苦い顔である。さすがに砦の神殿に寄付すればほとんどが直行するだろうが、それにしたって神殿の運営費にいくらかは絶対に取られてしまう。たぶん一定の上納金もあったはずだ。


「じゃあどうするの?」


「街頭で寄付……募金を呼びかけるんだ。広場や人の流れのあるところで小さい子に箱を持たせて、そこで寄付を呼びかける。銅貨一枚、銀貨一枚からでいい」


「そんなので集まるのかしら?」


 エリーが疑問を呈する。


「うちの国じゃ赤い羽根募金って言って、結構な額が集まってたよ」


 どうせなら丸ごと真似するかと、もう少し詳細を話してみることにした。

 寄付をした証に赤い羽根をあげて身につけてもらう。それをアンが、リシュラの聖女様がにっこりと微笑んでありがとうとやる。

 アンが治療をやるとどこでも男が群がったものだ。今はさらに聖女としてのネームバリューまである。これはかなり受けるんじゃないだろうか?

 

「お金の用途は居留地への食糧支援に限定して、寄付金の額や経費はすべてオープンにして誰にでも見れるようにする。神殿の前にでも立て札するとかな。自分たちの寄付が積もり積もって一〇〇万ゴルトとかになるのを見るのは嬉しいもんだ。真偽官にも手伝ってもらおう。信頼が増す」


 ティリカが頷いた。


「最初は知名度がないからアンとティリカには張り付いてもらうことになるだろうけど、活動内容がある程度周囲に広まれば、後は子供たちに任せておけばいい」


「お金が集まるなら護衛も必要ね」


「それは神殿騎士団に頼みましょう」


「あと子供たちにも募金の趣旨をちゃんと理解させて、募金に来た人にきちんと説明できるように。募金はその日のうちに金額を集計してなるべく早いうちに掲示をしていく。何よりも大事なのは信頼だ。庶民がなけなしのお金を寄付するんだからな」 


 この募金のいいところはお手軽に、誰でもどこでも出来るってことである。パーティなんてまったく必要ない。


「これが上手くいかなかったらその時はがっつり狩りをしよう」


 そうしてすぐにスタートした赤い羽根募金活動だったが、赤い羽根は矢羽にもならないハーピーのクズ羽でいいと、エルフのところへ聞きに行ったら大量に手に入った。染料はちょっとお金がかかったから色をつけるのは羽の先だけにして、その作業は養育院の子供たちがやった。


 実際の募金活動もすぐに始めることが出来て、順調だとはここ数日エリーから報告が上がっていた。


「かなりの額が集まったわよ! みんな思ったよりお金を持ってるのね」


 エリーが嬉しそうな顔で言う。


「小銭が積もり積もってだろ」


「兵士や冒険者の人が結構な額を入れていってくれるのよね」


 そうアンが言った。男どもか。まあ今回は大目に見ておいてやろう。


「このペースだとうちが寄付した額はすぐに超えそうね」

 

「そりゃすごいな。さすがはリシュラの聖女様」


「それやめてよ……」


「アン、笑顔よ!」


 エリーの言葉で沈んでいたアンの顔がピシッと笑顔になった。


「おお、見事な営業スマイルだ」


「えいぎょう……?」


「商人とかがするお仕事用の作り笑顔のこと」


「商人に見られるようじゃまだまだね。アンも子爵家の奥方なんだから、もっと自然な笑顔を出せるようにしないと。こんな感じよ」


 エリーがぱあっと笑顔になった。営業スマイルにはまったく見えない、とても自然な笑顔である。


「無理」


「無理じゃないの。アンも暇が出来たら礼儀作法を習う時間を取りましょうか」


 礼儀作法ってそんなことまですんのか。


「もちろんマサルもよ」


 マジか。


「村を出た時は子爵なんて話はなかったし、まだまだ先でいいと思ってたんだけどね」


 普通は新しく村を作って貴族になるにしても、叙任には五年ほどかかるのが通例であるし、それも男爵か準男爵スタートである。


「じゃあサティたちもだな」


 矛先が自分たちに向いてサティやティリカ、シラーちゃんが驚いた顔をしている。いやいや、猫耳の二人はともかくティリカは絶対に必要だろうに。


「そうね。私も勉強しなおさなきゃ。リリアはどうなの?」


「エ、エルフは礼儀にうるさくないのじゃ」


 リリアもダメそうだ。ウィル以外は全員でお勉強か。


「ウィルは?」


「俺は小さい頃からやってったすよ」


「そりゃいいな。ウィルに教えてもらおう」


「基本的なことは教えられるっすけど、女性の礼儀作法はまた別っすよ? それに王国の情勢にも詳しくはないし、ちゃんとした教師を探すほうがいいっすね」


 むう。色々面倒そうだが相当先の話だろうし、今は目の前のことだ。


「それで募金の話だけど、次の段階にかかろうか」


「次? これだけ集まるなら十分じゃないかしら?」


「次は組織を他の町に拡げるんだ。砦だけじゃ限界があるからな」


 今回みたいな災難は何度でもあるだろうし、ノウハウは蓄積しておいたほうがいい。


「当然ね。これだけ上手くいくんですもの」


「またアンには頑張ってもらわないとダメだけどな」


「頑張るわ」


 アンが悲壮な表情で頷いた。養育院の運営に神殿の治療だけでも相当忙しいのに、さらに他の町で寄付金集めである。


「これはしっかり計画を作って時間をかけてじっくりやる。今後のことも考えると焦って失敗したくないからな」


 たぶん神殿が協力してくれるだろうが、その辺りの詳細は丸っと人任せである。


「そうね。この手はなかなか使えるわ」


「組織はあくまで臨時にしておけよ? 本当に厳しい災難の時だけにしておかないと、庶民のお金にも善意にも限度があるからな」


「それはそうね」


「で、それが上手くいくようなら更に次の段階だ」


「組織を世界中に拡げるの?」


「それは最終手段だな。そこまでやると俺たちでコントロール出来ないだろうし、ヒラギスに行くまでの時間を考えるとちょっと無理だろ」


「じゃあどうするの?」


「パーティを開くんだよ。庶民だけに寄付させて貴族がなしってわけにもいかないだろ? 募金のペースもだんだん落ちるだろうし、タイミングを見てパーティを開催して寄付させよう。庶民がこれだけ寄付したんだって言われて、貴族や金持ちがしないわけにもいくまい?」


「おお」


 俺の案にエリーは感銘を受けたようだ。


「これは忙しくなりそうね!」


 エリーは元気だな。エリーもアンの手伝いに加えて兄の領地のこともやっていて、間違いなく忙しいはずだ。

 エリーの実家はうまいことヒラギス居留地から住人をゲットできたようで、彼らが通常ルートで到着するまでに第二村の建設が必要だし、周辺への連絡がしやすいように街道も新しく作っているそうだ。

 修行組はともかくエリーたちは今頃は暇になるだろうと思ってたのに、ほんと俺たちって余裕のない生活をしてるな……


「今日はゆっくりしていくんだろ?」


「泊まりよ。アンもたまには休みを取らないとね。放っておくと全然休まないんだから」


 エリーは来れる日はなるべくビエルスに来ていたし、疲れると電池が切れたように活動を停止してまるっと休みを取っていたが、アンが休暇らしい休暇を取るのは砦に到着して以来初めてなんじゃないだろうか。

 ティリカは基本付き添い状態なんで、エリーほど仕事はないようだ。


「状況も落ち着いてきただろうし、そろそろペースを落とすべきだな」


 それにはみんな同感なようで、一様に頷いていた。


 今日はアンはお泊りか。別に夜まで待つ必要もないし、この後俺の部屋……ここは人口密度が高いし村の屋敷にするか。そこでベッドにでも潜り込んでゆっくり話しをするとしよう。ここのところアンとは全然仲良くする時間が取れなかったし、色々ストレスが溜まってるだろう。発散してやらないとな!


「人は働きすぎでも死ぬんだ。過労死って言ってな。体力があるから一ヵ月くらいなら平気だろうけど、あんまり長く続くと危ない」


「へー」


「俺も今日は休みにしたし、アンは俺がしっかり休ませておくよ」


「あー、はいはい。マサルに任せるわ」


 以心伝心。多くを言わなくともちゃんと伝わるっていいな。


「じゃあ邪魔の入らない村で休もう」


 有無を言わせずアンを捕獲。ゲート発動! 拉致いっちょ上がりと。


「いいからいいから。ベッドにでも寝転がってゆっくりお話しでもしようぜ」


 抵抗する素振りを少しはみせたが所詮形だけのものである。アンは昼間からってのが苦手なだけで、お楽しみは嫌いじゃないのだ。


「大丈夫大丈夫。話しをするだけだから。ん? お風呂を先に? じゃあ一緒に入ろうか」


 変なことなんてもちろんしない。これは夫婦として当然の行為、営みなのである。




 そうそう。赤い羽根募金の後日談を付け加えておこう。

 近隣の幾つかの町へと拡げた募金活動は順調にお金が集まり、さあチャリティパーティの準備だというところで、貴族や大商人からの寄付があっちから来たのである。


「庶民があれだけ寄付をしてるんだから我らもしないわけにもいくまいって……」


 募金額を誰にでも見れるように公開していたのが良かったのだろう。面子が大切な貴族たちである。一人が始めるとあっという間に寄付の流れは加速する。

 そうなると砦周辺で商売する商人たちも寄付しないでは外聞が悪く、合わせて相当な金額が集まり、当然ながらエリーが楽しみにしていたチャリティパーティは開く必要がなくなってしまった。


 そして赤い羽根を身につけるのは庶民貴族問わずちょっとしたブームになったという。

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