184話 魔法使い対剣士
魔法使いの最高称号たる大魔法使いを剣聖により与えられたエリザベスさんであったが、続く剣聖の弟子との立ち会いで速攻の敗北を喫し、ご機嫌だったのもそこまでであった。
せっかく高ランクの魔法使いがいるのだから修行の手伝いをということで始めたのだが、アマンダとザック相手に連戦連敗を続け、思い余って高位魔法を使おうとしたところで、長々とした詠唱を許すほど相手は甘くはない。
結果、一度もいいところもなくすごすごと戻ってきた。
まあ負けたところで剣士側は寸止めルールだから危険はない。エリーにはいい経験になったことだろう。
「これじゃあいい修練にならんな」
そう剣聖が容赦ない追撃をかけ、エリーが涙目になる。
エアハンマー縛りとはいえエリーほどの魔法使いですらこの体たらく。魔法があれば剣などいらないと考えたこともあったが、剣の出番が折に触れてある。やはり剣の修練もやらざるを得ないのだろうか。
「次はお前だ!」
「今日はもうやらないよ」
ザックが俺をご指名だが、もう装備も外してゆったりと休憩中だ。やる気はない。
体調的には戦えなくもないがやるとなれば死闘となるだろう。ベストコンディションでもやりたくない。
「なんだと!?」
「次は妾が出よう」
リリアでもどうだろうな。精霊の防御もあり魔法の威力は十分だが、高速詠唱がない。なんでもありならともかく、エアハンマーのみでは厳しいだろう。
「いいえリリア。二人でやるわよ!」
エリーも俺と同じように考えたのかと思ったらこれは違うな。目がどんな手を使ってもギッタンギッタンにしてやると言っている。
エリーが負けず嫌いなのはもう性格だしどうしようもないな。エリーにとって敗北とは死と、ひいては家の消滅を意味する。今ここで負けたところでどうなるものでもないことはわかっているのだろうが、感情的になってしまうのまではどうしようもないのだろう。
まあこんな稼業だ。負けず嫌いも悪いことじゃない。
さすがに二対一はどうかと思ったが、指導者からゴーサインが出た。弟子の意思は完全無視である。
「お前らはエルフの精霊使いとやるのは初めてだろう? 実にやっかいな相手だぞ」
そしてふわりと空へと舞い上がったリリアを見て、その言葉を実感したことだろう。剣が届かない。俺もまさか飛ぶとは思わなかった。
まあエリーはそのまま地上にいるんで勝利条件は一緒なのが救いだ。
しかしエリーとリリアのエアハンマー連打に、距離を取って逃げ惑うしかない。そこにホーネットさんから激が飛ぶ。
「逃げてないでもっと突っ込みなさーい! 無様な真似をしたら後で特訓よー!」
特訓と聞いてアマンダの動きが変わった。少しずつ間合いを詰めようとしている。
しかし案の定無理な踏み込みをして、真正面からエアハンマーをもろに食らい、派手にぶっ飛んでしまった。
「慣れない相手だからとおたおたしおって」
続けてザックもやられたのを見て剣聖が言う。
「いやあ無理じゃないですかね?」
エリーだけでも倒すのはそう簡単なことではないのだ。リリアを加えて二人ともなると……いやそれよりも問題は、修行が始まったら俺もこんなのをやらされるのか? エリーのエアハンマーとか痛いってレベルじゃなくて、数日前旅の途中で試した時に危ないからやめとこうって話しをしたところなんだけど。
「無理なものか。ホーネット、見せてやれ」
「はい、お師匠様」
スタスタとそのままの普段着でエリーたちの前に立った。剣は抜いてあるが、構えもないゆったりとしたまるで緊張感のない立ち姿だ。
「見た目に騙されるなよ。あれでブルーより強い」
マジか。あれに勝てるのか。ホーネットさんは背は女性にしては高いが、体格は普通。特に目立った筋肉があるわけでもない。かなりムキムキなアマンダとは対照的だ。
そして剣聖の言葉通り、始まるやエリーとリリアのエアハンマーを一発ずつ躱しあっという間にエリーに迫り、首筋にピタリと剣を当てて見せた。エリーが引きつった顔をしている。
もう一回。
もう一回。
何度やってもエアハンマーは回避され、簡単に懐に入られる。回避が恐ろしく上手い。
「ホーネットは見切りが上手い」
剣筋を見、相手の動きを見切る。そして自分の動きは読ませない。理屈は単純だが、いかに実現するかというと、それはもう経験によるものだという。
「だからこそこういった実戦に近い修練は重要となる」
ふうむ。だいたいにおいて軍曹殿と同じことを言うな。まずは体力。そして実戦練習。
エリーとリリアのほうもアドバイスを受けている。もっと相方の動きをよく見て連携を重視しろって言われてるな。
「エルフのほうは経験不足だな。動きが熟れておらん」
リリアの実戦経験はほぼ狩りでのものだ。それもうちのパーティだと相当に安全で、実戦経験を積むには適してない。あとはエルフの里での戦いだが、あれは城壁での防衛戦だった。それが昨日の剣聖との戦いであっさり遅れを取ったことにも繋がったのだろう。
「リリアはこっちに残るんで、いつでも相手をさせましょう」
「そういえばお前らはどこに宿を取っている? 見ての通り、屋敷には十分余裕がある。引き払ってこっちに来るがいい」
「町に元が剣術道場だった家を買いまして」
買ったというかもぎ取ったというか。
「ほう。短期間と聞いていたが、腰を据えて修行をするつもりだったか。結構結構」
「それが成り行きでして」
説明すると借金とか夜逃げの話もちゃんと把握していたようだ。だったらどうにかしてやれよと少し思ったが、立場上、どっちかに肩入れしても余計に混乱を招くようだ。
「バルナバーシュ様」
引き続き修行を見学しながら話していると、剣聖の付き人のジェロームさんが湯呑みに入った何かを持ってきてくれた。
「体力回復によく効く薬湯だ。飲んでおけ」
そう言って自分もぐいっと飲み下した。漢方か何かだろうか。顔を近づけなくても妙な薬品臭さが漂ってくる。
「何、ティリカ。味見するか?」
湯呑みを覗き込み、ふんふん臭いを嗅いでいるティリカに湯呑みを回す。
「毒味か? どこでも飲まれてる薬草で妙なものは入っておらんぞ」
「ただの味見ですよ」
まさか今までのも毒味のつもりもあったのだろうか。まあそんなこともないか。会った時から珍しいものを食わすって言えば、知り合ったばかりの俺の家まで来るほどだ。
「美味しくない」
「薬は苦いものだ。幾つかの薬草に竜の肝を煎じたのを加えたシチミセキリュウトウという。後で分けてやるから毎日飲んでおけ」
どうやら竜の肝が入ってる以外は、一般で流通しているごく普通のお薬らしい。
異世界でも日本と同じことを言うんだな。ぐいっと一気に飲み干し、慌ててお茶で味を流す。苦いというかエグいというか、喉に残る。うむ、薬だな。
それからも特にすることもないので剣聖を相手の雑談である。エリーたちの戦闘を観戦しながら最近の、こっちに来てからのことを昼飯時まで根掘り葉掘り喋らされた。聞かれても大丈夫な当たり障りのないバージョンだ。
その間もずっとザックとアマンダの苦難は続いていた。一体何度エアハンマーを食らったのだろうか。
そして俺もああいうのをやるのかと思うと、家に逃げ帰りたくなってきた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そういえばー、朝のはなんだったのかしらー?」
午後の一時、剣聖のいない時を狙ってホーネットさんに絡まれた。朝のとは言わずもがな、剣聖が俺に剣を捧げたことだろう。
エリーとリリアは引き続き修行の手伝いをしている。今度は他の攻撃魔法の対処法を試しているところだ。
「本人が言わないなら俺からはなんとも」
剣聖には仕方なく話したが、理由などそうそう言えるものじゃない。
「ふうん。でももしお師匠様を利用して何かしようっていうのならー」
顔も言葉もにこやかだったが目が笑ってない。
「死んで貰うわよ?」
いつの間にか腰にあったはずの剣が首筋に当てられていた。ひんやりと背筋が寒くなる。
「あれはバルナバーシュ殿が考えたこと。マサルも困っていた。剣を引きなさい」
ティリカの口調が少し早口になっている。死んで貰うってこの人本気か!?
「そ、それはちゃんと断ったし!」
ティリカと俺でなんとか弁解しようとしていると、ようやっと剣聖が現れた。
「そう脅してやるな、ホーネットよ」
「でもお師匠様ー」
不満があるようだが、剣はとりあえず引いてくれた。助かった。ティリカが反応したし、たぶん本気だったのだ。
「こいつらは大丈夫だ」
「そうですか? こそこそと何か話してるし、どう見ても怪しい集団じゃないですか? 帝国か神国あたりの回し者ってことも」
どこかの回し者では断じてないが、怪しいと言われれば返す言葉もない。隠し事が多いから、剣聖との会話したこととかもエリーたちと情報のすり合わせが必要なのだ。
「こいつらの事情は把握している。何の心配もない」
「わかりました」
そうあっさり頷いた。
「で、何者なんです?」
「ヴォークトとアーマンドが寄越した新しい弟子だ」
「そういうことじゃありません」
「ちと事情が複雑でな」
「そんなの誰だってそうでしょうー」
「少々普通ではないのだ」
「私にも話せないほどの?」
「他人が勝手に話していいことでもないであろう」
「では本人たちに聞くとしましょうかー」
再び剣を抜こうとする。
「やめろ、ホーネット」
「なんですか。私だけ仲間外れですか!?」
ぷーと可愛くふくれてるが、この人ちょっと怖いよ!
「あー、マサル。こいつは役に立つぞ」
ホーネットさんにも事情を話して仲間にしようってことか。確かにブルーさんより強いってことだしな……
「それにワシが言うことは必ず守る」
今まさに言うことを聞いてないんですが。
「ええ。殺せと言えば殺すし、死ねと言えば死にますよー」
さらっと怖いことを言う。
「どうだ?」
「あんまり情報が広がるのも困るんですが」
ティリカは口をつぐんでいる。問題はなさそうだから俺に判断を任すってことか。
「わかっておる。話すのはホーネットで終わりだ。ブルーは隠し事はできんし、そもそも細かいことは気にせん。あとの者も大丈夫だろう」
まあ剣聖も加護が欲しいから俺に不利益なことはしないはずだ。信じていいだろう。
「では構いません」
「この話は絶対に他言無用だ。いいな、ホーネット?」
「むろんですとも、お師匠様」
「簡単に言うとマサルは勇者候補だ。真偽官公認のな」
勇者候補じゃないんだが、訂正するほど違ってもいないと皆には思われているのが困るところだ。
「まあ!」
「それでワシも仲間に入れてもらおうと思ったんだが断られたというわけだ」
どうやら加護のあたりはぼかして、最低限の情報だけを話すことにしてくれたようだ。
「もしかして一緒にアレを倒しに行くんですか?」
アレって魔王(仮)のことか。
「まずは修行だ。今のままではまるで敵わんだろう」
その言葉にホーネットさんは頷いた。
「もしワシに何かあれば、こいつらを助けてやってくれ」
「お師匠様!?」
「ワシも来年には一〇〇だ。この先何年生きられるかもわからん。ワシがこいつらをきっちり鍛え上げるつもりだが、もし半ばで倒れた時はお前に託そう。そしてその後は手助けもしてやるんだ。それがワシがお前にする最後の頼みとなるだろう」
「お師匠様~」
「泣くな、ホーネットよ。今ここにマサルが来たのは、くたばる前に勇者を育て上げよとの神の思し召しであろう。手伝ってくれるな?」
「はい、お師匠様……必ずや」
「それでいい」
何やら勝手に盛り上がってるが、俺は勇者じゃないし、剣士としてはほどほどでいいんだけど。
「人間族の最高齢は一二〇を超えるそうですよ」
医療体制の整った日本での話だが、剣聖は一〇〇にはまったく見えない元気さだ。それくらい生きてもぜんぜんおかしくないように思える。
「ほう。ではあと二〇年は頑張らねばな」
二〇年か。ちょうどいいな。さすがにその頃にはまともに戦うのは無理だろうが、それまで頑張って有能な弟子をたくさん育ててくれればすごく助かるだろう。
そして日が落ちてしばらくした頃、ようやくライトの明かりを先頭に、サティたちが走り込みから帰ってきた。
なぜかブルーさんも居て、獲物を肩に担いでいる。
「狩りに出てたところで途中で会ったから一緒に帰ってきたんです」
そういうサティも獲物を一体担いでいる。子ヤギ?
シラーちゃんはたどり着いたところで膝をつき、ウィルはぱたんと倒れた。まあこいつらフル装備だしな。
サティも疲れた様子はあるが、足取りはしっかりしてる。
「お腹が空きました」
一応保存食は持っていったそうだが、到底足りる量じゃなかったようだ。
「サティはよく食欲が出るな……」
フランチェスカもふらふらしてるし、コリンも獲物を担がされていたようでぐったりしている。担いでいたのはサティと同じく子ヤギでまだ生きているようだ。
ブルーさんが俺の前に獲物をそっと下ろした。こっちは親ヤギか。
「プリンの材料ダ。エリーが教えてクレタ。コレから乳をシボル」
そこからか!? エリーは何て教えたんだ。普通に町の市場で買ってくれば……
いやだめか? ブルーさんが商店に買い物する姿なんて想像できないし、行ったら大騒ぎになりそうだ。
「卵」
そう言って背嚢からサッカーボールくらいあるでかい卵を二つ。
「作れるカ?」
お乳は出るのかな? 作り方を教えるだけならコップに一杯分もあれば十分だけど。
目を覚ました親ヤギは逃げようと暴れたが、ブルーさんにしっかりと首を捕まえられ、あえなく乳を徴収された。
とりあえずロープを出してそこらの木に繋いでおく。
「かわいい」
「どうしたのこのヤギ?」
夕食の準備ができたと報せに出てきたエリーたちが、繋がれたヤギ親子を見つけた。
「ミルクを取るのに捕まえてきたらしい」
「ああ。じゃあこの子たちを入れる小屋が必要ね。ロープに結びっぱなしも可哀想だし、とりあえず囲いだけ作っておきましょうか」
ヤギはエリーに任せて良さそうだ。
「とりあえず台所に行きましょうか」
夕食の火がまだ残っているし、ちゃっちゃと作ってしまおう。
「あのヤギ飼うんですか?」
「アレは明日食ウ」
ですよねー。
「雄も捕まえて繁殖させればいつでも乳が取れますよ」
さすがに即肉にして食べるのはちょっと罪悪感がある。
「ソウカ」
これであのヤギ親子は助かるのだろうか。
新たな犠牲になる雄のことはあまり考えないようにしよう。この世界は弱肉強食。弱き者は食われる運命なのだ……




