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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第九章

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182話 修行開始

 エリーがご機嫌に俺が破壊の限りをつくした広場の整地をしている。大魔法使いとやらがよっぽど嬉しかったのだろうか、鼻歌でも歌いだしそうな様子である。

 前衛組は全滅で意気消沈だし、まあせめてエリーだけでも機嫌が良くて大変結構なことである。

 そして俺たちはいよいよ修行が始まるようだ。


「デランダル。こいつらはお前が見ろ」


「……」


 剣聖の言葉にデランダル氏はその端正な顔をとても嫌そうに歪めた。


「何のためのソードマスターだ? お前をサボらせるためじゃないぞ」


「ホーネットさんは……」


「私はもう四人見てるしー」


 俺も教わるならあっちがいいなあ。


「まずは基本だけでいい。それが嫌ならすぐに実家に戻るか、デランダル・カプラン?」


 実家と聞いてデランダル氏がまた嫌そうな顔をした。戻りたくないのか。

 

「仕方ない……付いてきたまえ、諸君」


 ぞろぞろと広場の隅っこ、建物近くに案内される。


「そこの石を持ってみろ。まずは力の強さを見せてもらう」


 大きさの異なる円柱状の石が、サイズ順に並べてあった。体力測定か。


「記録は二番目の石で、師匠とブルーブルーさんだ。一番大きいのはまだ誰も持ち上げたことがない」


 抱えやすいように円柱状で手をかける部分もあるが、一番でかいので高さは俺の身長ほど。太さは腕が半分にもかからないほどだ。

 だがそれを聞いてまずはサティが二番目の石に歩み寄った。石に手をかけるが、やっぱり半分にも届いてない。

 それでもしっかりと全身で抱えるように石を掴むと、ふんぬーと力を込め始めた。


「チャレンジャー精神は結構だが時間の……」


 無駄と言おうとしたのだろうが、じりっと石が動き始めたのを見て言葉を失ったようだ。

 だがサティでもほんの少し、石の片側を地面から離すのが精一杯で、ちゃんと持ち上げるには程遠い。


「無理でした」


「君たちの師匠はヴォークト殿と言ったか。不動はもう指導を?」 


「まだ教わってません」


 そうサティが言う。何を教わるのかは知らないが、教えてもらったらパワーが何倍にもなるものなのかね?


「ヴォークト殿はどんな指導を?」


 次の石にかかったサティを見ながらデランダル氏が俺に尋ねてきた。


「冒険者の合間であまり時間がないからって、ひたすら実戦に近い形式の立ち会いをしてましたね」


「ふむ。じゃあ何か、力が増えるポーションだとかは飲まされなかったかね?」


 ドーピングを疑われてるのか。いや、そもそもこの世界で禁止薬物なんかあるのかね? でももしそんな便利なものがあれば教えて欲しいものだ。


「そういうのはまったく。ただここへ向かう直前に雷光は見せてもらったんで型の練習だけはしてました」


「そうか」


 結局サティは最初から二段階下、四番目の重さの円柱を持ち上げてみせた。


「体格にしてはパワーがありすぎるが……師匠もそうだと言っていたし、自然にということもあるのか?」


 ぶつぶつ言っているデランダル氏を横目にサティがどうぞと、自分が持ち上げた円柱を俺に指し示した。

 俺にもこれを試してほしいのか。確かにステータス上はサティとそう大差ない力はあるはずなのだが……


 円柱を抱え、段差に手をかける。腰を沈め、力を入れていく。

 が、びくともしない。うん、無理だ。サティはよくこんなの持ち上げたな。

 だが、ここで俺ができないとサティががっかりするだろう。


 そのまま息を整える。修羅場をいくつもくぐって、ここのところなんとなく力を限界まで出すやり方が掴めてきた。

 要は死ぬ気でやればいいのだ。これを持ち上げられなければ後がないという思いで死力を振り絞る。たとえ体がぶっ壊れようが、回復魔法がある。


 再び円柱に取り付いた手に、足に、全身に力を注ぎ込む。

 石ごと抱え潰すイメージで、一気に全力を込めた。

 動け! オークキングやリュックス、ブルーブルーに相対することを考えれば、ただの石ごとき――


「「おおっ」」


 石がわずかに持ち上がり、周りの感嘆の声が聞こえた。

 力を抜くと、ズンッと石が地面に落ちる。

 はぁはぁと息も絶え絶えだが、やれば出来るもんだな。


「さすがです、マサル様!」


 サティはキラキラと期待するような目でチラチラともう一段重いのを見る。あれも試せというのだろうが、さすがに今日はもう限界だ。力を出しすぎたせいだろうか。頭がくらくらする。目を閉じると頭からすーっと血の気が引く感じがする。

 あ、ヤバい。ちょっと無理しすぎた。

 深呼吸して……おーけー。大丈夫だ。


「今日は疲れたから無理は止めとこう」


 続いてシラーちゃんが同じ重さに挑戦するようだが、これはまあ無理だな。

 ウィルは堅実に下から試していっているようで、結局二人はシラーちゃんが一段重い石を持ち上げて終わった。


「コリン、フランチェスカ殿。走る準備だ。こいつらの分も手伝ってやってくれ」


 走る準備と聞いて嫌な予感がする。そしてフランチェスカたちが中身の詰まった背嚢が転がっている場所に案内してくれて確信に変わった。


「これってアレっすかね」


「アレだろうなあ」


 潰れるまでグランドをひたすら走らされる、初心者講習でやったやつだ。

 力を見たのは背中に背負う重しの重量を変えるためだったようだ。俺とサティは当然、余分に重しを増やされた。


「初日だから軽い目でいいだろう」


 これで軽いってすでに初心者講習よりも重く、しかもフル装備のままだ。


「装備はそのままだ。君たちも魔物と素手で戦いたくはあるまい?」


 てきぱきと手慣れた様子で背嚢を背負わされ、今日は見学と言い出すタイミングを逃してしまう。まあ疲れたところで棄権すればいいか。


「あそこ、あの遠方の山の上に目立つ高い木が見えるだろう?」


 フランチェスカに連れ出され、説明する方をと見ると、確かにぽつんと一本高い木がある。山を登る上にかなり遠いぞ。広場をぐるぐるとでもするのかと思ったら、あそこまで走るのか……

 だが現実は想像以上だった。


「あれを越えると正面に一際高い岩山が見えてきて、そこの山頂まで行って戻ってくるんだ」


 フランチェスカの声もげんなりした様子だ。


「これは奥義の習得に耐える力と体力をつけるためだ。さあ行った行った。急がないと暗くなるまでに帰ってこれなくなるぞ?」


「行きは私が案内しよう。迷うような場所はないが、休憩できる水場も覚えておいたほうがいいからな」


 そう言うとフランチェスカは軽快に走り出し、コリンと皆も後に続いた。


「どうした?」


「体調が悪いから今日はもう休ませてもらいたい」


 振り返りこちらを心配するサティに行けと手を振りながら言う。


「そうだな。無理はいけない。彼らが戻ってくるのは日暮れくらいだろう。それまでゆっくり休んでいようじゃないか」


 おや。案外話がわかるな。言い訳じみたことを言うことも考えてたのに。


「まったく。剣聖の弟子になれば実家の仕事から逃げられると思ったのに、師匠に仕事を押し付けられては何も変わらない。君もそう思わないか、マサル君?」


「仕事はほどほどが一番ですよね」


 働くのが嫌いなのか。まあ気持ちはとてもとてもよくわかる。


「そうだよ。仕事や剣などで時間を潰すには人生は貴重すぎる。人はもっと有意義に、文化的に生きるべきなんだ」


 剣もダメなのか。この人なんで剣聖の弟子なんてやってんだろう?


「ところで君は詩や音楽に興味はあるかい?」


「デランダル、お前の下手な詩を披露するのは後にしろ。ワシはマサルに少し話がある」


 また剣聖が気配もなく現れ言った。姿が見えないと思ったらティリカも一緒だ。


「下手な詩とは失礼な。私の詩はいずれ世に認められ……」


「これで剣の才能は飛び切りときたもんだから、カプラン家も頭が痛かろうよ」


「師匠もうちの実家も、詩を下手だの下賤だの、野蛮にすぎるのですよ。詩こそこの世界に美と真実を知らしめる崇高な――」


「わかったわかった。今日はゆっくりと詩想でも練ってるがいい」


「そうですか? では遠慮なく。マサル君、時間があれば後できたまえ。君は話がわかりそうだ」


 そう言うとデランダル氏は嬉しそうに去っていった。


「あれで剣の腕はソードマスターを与えたくらいだ。指導に関しては心配はいらぬ」


 そう言うと剣聖はため息をついた。


「難儀な奴よ。余人が望んでも得られんような才と貴族としての生まれを持ちながら、詩などという益体もないものに囚われるとは」


 芸術に人生を捧げることを益体もないとは俺はまったく思わないけどな。それは俺の元いた世界ではごく普通の、それどころか尊敬されるべきことだ。


「デランダルの動機は詩だ。頭もよく剣の腕も恐ろしいほど立つ。一族は奴に期待をし、重責を負わせようとした」


 領民軍の指揮はもちろん、領地経営。あるいは中央への仕官。領主を譲る話まで出ることもあったという。だがそこからデランダル氏は逃げた。ビエルスでの剣の修行という名目での時間稼ぎだ。

 デランダルの計算違いは時間稼ぎのつもりが才能がありすぎて、剣聖の目に留まってしまったということだ。


「詩への情熱は本物なのだろう。ワシの厳しい修行によく耐え、ついにソードマスターの称号を得るまでになった」


 そして実家からの召還は、剣聖から仕事を仰せつかっている、修行がまだあると逃げ回っているらしい。


「だがお前の動機はなんだ? なぜ強さを欲する?」


 俺の動機。


「我が剣、我が技は極めればあらゆる物を切り裂く力となろう。正体のわからぬ者に我が奥義を伝えることはできぬ」


 俺の正体。


「お前は一体何者だ? 真偽官殿はだんまりで何も話さん」


「エリーは?」


 ついでにそうティリカに聞く。


「ここの屋敷の修理もするって」


 リリアもそっちに付いていったらしい。エリーも便利になったな。雑用も魔法でなら喜んでやるし。

 それでここには俺とティリカと剣聖のみ。周りには誰もいない。


「俺の動機は生き残ることですね。あと家で家族とのんびり暮らしたい」


「それにしては過分な力だ」


 世界が滅ぶってのにこれでも足りるかどうか。


「エリーがどうしてもSランクになりたいって言うもんで。この力です。冒険者は稼げますしね」


「ならばこれ以上の修行は必要あるまい」


「いやあ、これで結構死にかけたこともあるし、うちのメンバーの強化もしたかったし。何よりヴォークト殿がここに行けって」


「それだけか?」


「概ねそんな感じです」


 まあだいたい合ってる。


「アダマンタイトをあっさりと切り裂いた魔法。伝説の召喚魔法。転移や巨大なゴーレムを使いこなし、そしてあれほどの火魔法だ。どれもこれもワシの長い生涯でもお目にかかったことがないものばかりだ」


「転移くらい使う人はいるでしょう」


「魔法使いではな。昔ワシを暗殺しようとしたのがいて危うくやられかけた。そいつにお前の半分も剣の腕があれば、今頃こうしては居られなかっただろう。だがヴォークトは鍛えただけでほとんど何も教えてないという。それらすべて、どこで学んだ?」


 なんと言えばいいのか。話すべきか。


「そういえば魔境でワシが戦ったやつのことを聞きたいらしいな? その力で魔王でも倒しに行くつもりか?」


 ごくりと息を飲む。決断はまだ出来ていない。剣聖が戦って勝てなかった相手だ。パーティ全員が万全だとしても厳しい戦いになるだろう。絶対に避けたい。

 だが神託が出れば? それどころか向こうから来てしまえば?


「……必要とあらば」


 俺の生命を、家族を、のんびり生活を邪魔するのなら、断固として排除せねばならない。


「ま、いいだろう。それは話してやろう」


 おっと。色々話さなきゃならんと思ったが大丈夫だったか。情報漏洩はなるべく少ないに越したことはないからな。


「だがお前に何が出来るかだけは、修行をするのに洗いざらい話してもらわんとな。それすら出来ないというのであれば、今すぐにここから去れ」


 ダメだった。俺自身は修行の必要はさほどないと思っているが、あの秘技の数々をみんなが覚えられないのは痛い。

 それに既に何人かは知っている話だ。いや、エルフをいれれば何人かどころじゃないな。


「全部?」


「余すところなくな」


 余すところなくかー。確かに修行するのに能力の開示くらいはいるよな。


「転移や召喚魔法がのんびりした生活の障害になるのはご理解いただけますよね?」


「ああ。すべて胸に納めておこう」


「真偽官の前で誓うか?」


 そうティリカが言う。


「誓おうじゃないか」


 面白そうに剣聖が答える。


「だがそれほどの話なのか?」


 それほどの話なんですよ……


「まずは火魔法、土魔法は極めています」


「そうだろうな」


「転移はゲート魔法まで」


「ほう! そいつは便利そうだ」


 すごく便利です。


「エリーのあれは空間魔法をさらに極めるとできるようになります」


「お前も出来るのか?」


「まあいずれは。それと回復魔法も使えない魔法はないはずです。水とか風はそこそこですね」


「魔法は全種類か」


「あとは召喚魔法。いいえ、ティリカのじゃなくて俺もです。ほら」


 そう言って(マツカゼ)を出してみせる。


「……」


 すぐに消したがさすがに声もないようだ。だがここからが問題だ。どうスキルの説明をしたものか。


「剣の腕は見せたとおり。あれ以上はありません。それから気配察知ですが……実際は生命探知とでもいうべきでしょうか。生き物ならなんであろうと位置がわかります」


「魔法か?」


「わかりません」


 俺にもわからん。たぶん魔法的な何かだと思うが、一体どういう理屈なんだろう。

 あとスキルは何があったか。

 そう弓だ。弓があった。レベル5だけどあんまり使わないもんな。


「弓も相当に使えて、あとは素手の格闘とか投擲も少し。盾の使い方もなかなかのものですよ」


 強化関係や暗視や鷹の目なんかは別にいいな。説明が難しいし、戦闘に直接関係ない。


「もうないのか?」


「ええっと、隠密に忍び足なんかも得意かな」


「不動や雷光は自力で覚えたのか?」


「それは……」


「洗いざらいだ」


「たぶん不動や雷光とは別の、肉体強化です。不動ってどうやってやってるんですかね?」


「人は普段、使う力に制限をかけている。だがやり方さえ知れば、その制限を解除でき、力や素早さは数倍にも伸ばすことができる。むろん負担は相応にかかるから正しい使い方をせねば体がもたぬし、濫用もできん」


 うーん。たぶん違うよなあ。俺のは恐らくパワーアシストみたいなもんだと思うんだ。もし潜在パワーとやらを使っていたら、全力を出す度に体はもっとひどいことになっていただろう。


「俺のは力や敏捷が三倍ほどになるスキルです」


「スキル?」


「スキルです」


「それはどうやっているんだ?」


「スキルにポイントを振ると使えるように」


 色々隠して話すのにはそもそも無理があったな。


「ポイント?」


「ポイントは経験値を稼ぎレベルアップすることで得ることが出来て、それを欲しいスキルに分配します」


「経験値にレベルアップとは?」


「経験値は魔物を倒すと得ることができます。一定値が貯まるとレベルアップをして、スキルポイントが貰えるのです」


 何を言ってるんだこいつという顔をして、ティリカのほうを見るが、ティリカもうんうんと頷いているのを見て頭を振った。


「魔物を倒してその肉を食うことで、力が増すとは聞いたことがあるが……」


「それはたぶん俗説ですね。倒した時点で経験値が入ってますし」


「魔物を倒せば強くなるのか? それだけで?」


「ええまあ。もちろんスキルを得ただけでは使いこなすまでには至りませんから、こうやって修行をする必要があるんです」


「それは魔法もか?」


「ええ」


「剣も?」


「はい」


「……」


 剣聖は険しい、考え込んだ表情だ。


「一体、お前は、何者だ?」


 再び同じセリフを、剣聖は静かに、俺を睨みつけるようにして言った。まあ避けては通れない問題だな。

 剣聖のご所望は洗いざらい、余すところなくだ。


「俺は……神の使徒っていうだけの普通の一般人ですよ」


「つまり勇者か! ヴォークトめ、こいつは英雄の相があるどころじゃなかったぞ!」


 だから勇者とは違う、普通の一般人だって言ってるじゃないですか…… 

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