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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第九章

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169話 エリザベスの実家その3

 屋敷の三階にある転移部屋に出ると、すぐに空間把握で周囲を探った。マサルは部屋で、ティリカといっしょに大人しく寝ているようだ。

 いいな。私もあそこに混じってゆっくりと休みたい。ここのところずっと忙しすぎてちょっと辛くなってきた。マサルじゃないが、休みがほしいと言いたくなるというものだ。


「ようこそ、ヤマノス村へ」


 お兄様たちにそう言ってはみるものの、扉は開け放たれているが部屋には窓もなく薄暗く、あまり人を歓迎するのに向いた場所じゃない。


「ここはリシュラ王国のアッパス地方にあるヤマノス村のうちの屋敷。位置的には王国の東の果てね。帝国の国境からなら、馬車で最低二週間はかかるかしら」


 王国でならエルフの里と言えば通じるが、帝国人にはわからないだろう。私も以前は知らなかった。

 地理的なことを更に補足で説明しながら廊下に出ると、サティがマサルの部屋の方をちらちら見るので頷く。


「寝ていたら起こさないでもいいわよ」


「はい、エリザベス様」


 そう返事をしたサティが、タタッとマサルの部屋に駆け出していき、リリアもそれについていった。休憩の度に戻って確認はしているのだが、それでも見に行かずにはおれないのだろう。


「私たちは屋上に行きましょう。まずは村を見せたいわ」


「あー、マサル君は……?」


 お兄様がマサルの部屋に入っていくサティたちを見て言う。やっぱり気になるのか。まあそうだよね。


「怪我をしたのが今日のことなんで、軽くお見舞いするくらいになるんだけど……」


 マサルの部屋にいるのはティリカにシラーにたいが。

 フル装備のシラーはともかく、たいがはちょっと刺激が強いかもしれない。でもうちに出入りするならいずれ会うことになるだろうし、マサルも寝かしたままで少し挨拶をするくらいなら、大した負担にはならないだろう。


「ああ、それで構わない」


「あとね。あそこの部屋には虎がいるのだけど、お兄様たちは平気かしら?」


 でもあの部屋に入りたいというのなら、確認だけはしておこう。


「虎? 虎というとあの森とかにいる四本足の」


「その虎よ。ティリカのペットなんだけど――」


 説明しようとしたところで、その必要がなさそうなことに気がついた。シラーとたいがが部屋から出てこようとしている。

 シラーに扉を開いてもらい、たいががその姿を現した。突然現れた巨大な獣に二人が息を飲む。


「知らない人がいるんで様子を見に来たのね。怖がらなくてもとてもよく懐いてるから、間違っても襲ってきたりしないわ。」


 マサルを起こさないために動けないティリカが寄越したのだろう。

 更にその後ろからシラーもぬっと姿を見せた。フルの暗黒装備でたいがと並んで立つと、本人たちの意図はともかく、客人を歓迎しようという雰囲気は皆無である。

 これも我が家の日常の風景だ。お兄様を連れてくる話はしていたものの、今日いきなりで予告もなしとは私も想定してなかった。こういうこともあるだろう。


「普通?」


「村はね」


 確かに村は普通だと言った。だが我が家は別だ。普通なところなどほぼない。


「そうか」


「黒い鎧のほうは最近加わったパーティメンバーで義妹のシラーよ」


 シラーがこっちに来たが、幸いたいがは一目見るだけで満足したのか戻ってくれた。お兄様はちょっと表情を硬くした程度だったが、お姉様がお兄様の後ろに隠れてあからさまにおびえている。


「義妹ということは……」


「六人目よ」


 今更ごまかしても仕方あるまい。


「あと何人いるんだ?」


「今のところシラーで最後ね」


「今のところか」


「今のところね」


 これも加護のためには必要なことなのだが、お兄様が考えているだろうことも概ね事実で、風評被害でもないのが困ったところだ。


「シラー。こちら私のお兄様のウェインとお姉様のアニエスよ」


「お初にお目にかかります、ウェイン殿、アニエス殿。光栄にもヤマノス家の末席に連ならせていただいている、シラーと申す者です。以後お見知りおきを」


 シラーが面だけ上げて、そう一気に挨拶をする。緊張しているだけなんだろうが、声が堅い。まるで怒っているように聞こえる。


「ウェイン・ブランザだ。よろしく」


「ティリカ姉様は身動きが取れないので、よろしくお伝え下さいとのことです。では、私は主殿の警護がありますのでこれで」


 そう言って軽く頭を下げるとすぐにマサルの部屋へ戻っていった。


「それでお見舞いはしていく? こちらとしてはマサルの体調が良くなってから、きちんとした席を設けようと思ってるんだけど」


 お兄様の後ろのアニエス姉様がぶんぶんと首を振っている。お兄様は兵士を率いることもあるから、さすがに肝は座っているようだが、お姉様には恐ろしかったかもしれない。悪いことをした。


「そのほうがいいようだな。家には子供も残してある。あまり放置もできない」


 シラーと入れ替わりに、ちょうどサティとリリアも戻ってきたので屋上へ向かうことにした。

 上の道場ではウィルが練習をしている。出来れば素通りしたいが、屋上へ行く階段は道場の前を通る。まあなるようにしかならないだろう。


 階段を上り、道場の前に出ると、そこではウィルが右に左に激しく動き回り、実戦さながらに鋭く剣を繰り出している。マサルが教えた、仮想の相手との対戦を想定した訓練だろう。

 こちらに気がつかないくらい熱心なのはいいことだが、薄々探知でわかっていた通り防具をつけてない。顔は当然むき出しだ。


「最近パーティに入ったジョンよ」


 お兄様が足を止めたので仕方なしに説明する。


「ずいぶんといい腕をしている」


 幸いにもそれ以上の感想はないようだ。考えてみれば何年も前に、会ったか会わなかったかも覚えてない程度の相手で、ウィルの顔付きも冒険者生活でかなり精悍になっている。名前はさすがにごまかしたが、自国の王子がこんな場所にいると気付く理由はない。


「ようやく様になってきたというところじゃな」


「これで?」


「実力的にはマサルが一番で、続いてサティにシラーで最後がこやつじゃ。まだサティからは一本も取れておらぬ」


 ウィルも剣術はレベル5まで上げてある。それで道中みっちり修行をしたお陰か、もうマサルやサティと遜色ない動きが出来ているようだ。

 それでもマサルやサティと比べると見劣りするのだが、まあ普通の敵ならもはや相手にはならないくらいにはなっている。


「うちのパーティは並の腕じゃ務まらないのよ」


 こちらに気がついたウィルに、続けてと言い手を振る。状況を察したのかぴくりと僅かに表情を変えたが、軽く頭を下げるとさり気なく顔を背け、練習に戻った。よしよし。


「それは……危険じゃなかったのか?」


「そりゃあ危険だらけだったわよ。もうダメだって思ったこともあったわ」


 それも何度も。


「エリー!?」


「そうでなきゃ、あんなに稼げるわけがないでしょう?」


 私の言葉に押し黙ったお兄様を屋上へと連れていく。ずるい物言いだとは思うが、私とナーニアが稼いだお金はすべてお兄様に送っていたのだ。


「でもね。ほら、見て」

 

 最上階に上り、展望室の扉を開け放しテラスに出ると、村と農地が一望できた。


「ここはもともと森で何もなかったのを、たった二ヵ月でここまでしたのよ。危険を冒してきた価値は十分にあったわ」


 広大な農地に、立派な村と城壁。市場は夕刻にも関わらずいまだ人で賑わっている。これからもっと人は増えるし、農地をさらに広げる計画もある。


「王国じゃエルフは人気があって、それを目当てに観光客がきてるの。市も常設して、そっちも繁盛してるわ」


 しっかりとした街道も整備して、砦やミヤガの街に行くついでに、ほんの少し遠回りをすれば立ち寄れるようになっている。


「あそこに壁が見えるでしょ。あの向こう側が元から有った農地でね。あそこからこっちの農地は全部マサルが作ったのよ」


 ここにきて最初に作った村の雛形のような場所は、潰すのももったいないとそのまま残っている。


「マサルが怪我さえしなきゃ、二人でお兄様の手伝いをするつもりだったの」


「わずか数人でエルフを救い、短期間でこのような村を作る。偉大な力を持ったこの二人の助力を無条件に得られるのは、掛け値なしの幸運だと思わねばならぬぞ、兄上殿」


 そうそう。私が危険なことをしていただとか、マサルに六人嫁がいるだとか、そんな些細な事にこだわっている場合じゃないはずだ。


「一緒にブランザ家の栄光を取り戻すのよ、お兄様。そのためにずっとがんばってきたんだから!」


 ようやく、ようやくお兄様の表情に希望の光が見えた。長い戦いだった……



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



「うちのメインの活動はあくまで冒険者なのよ」


 実家に戻ったあと、日が落ちるまでに少し建物を作った。収穫をいれるための倉庫を屋敷の敷地に作り、村の外れに家を何軒か。もう一度私の力を確認したかったようだ。

 そして夕飯を食べながら、今後の計画について話し合った。


「土魔法とゲートで稼ぎ放題なのはその通りだけど、魔物を狩るほうがもっと得意なの。冒険者を続けるのは、我が家の総意よ」


 ゲートを堂々と使えれば色々と捗るのは確かだが、大事なのは神託だ。神様からの指示が何より優先で、村作りなどは余技にすぎない。


「だからゲートが使えるとなるとトラブルの元になるし、当分は公表しないわ」


「ゲートに関しては我らエルフが優先的に利用させてもらっておるし、エリーはもうマサルの嫁で、王国の人間じゃ。欲をかいてはいかんぞ、兄上殿」


「一応帝国の上のほうにも私のゲートを知ってる人はいるし、余計なことをするとその人に迷惑がかかるわよ?」


 言わないとは約束してはくれたが、そう念を押しておく。


「上のほうとは?」


 もちろんウィルのことだが、嘘でもないし、このタイミングでゲートが公表されて注目を浴びるのはウィルにとっても有り難い話ではないだろう。


「絶対に口外しないなら教えてもいいけど、かなり胃が痛くなる話ね。帝室の権力争いなんかに関わりたくなんかないでしょう?」


 箸にも棒にもかからない扱いだったらしいウィルも、いまでは使徒の付き人、勇者パーティのメンバーだ。もし色々と判明した暁には、得た力も相まって確実に騒動が起きるだろう。


「それは……」


 ただでさえやらかして降格させられたのに、男爵風情など吹けば飛ぶような存在だ。中央の権謀術策に関わる力も余裕もない。ウィルの件でもし何かあっても知らぬ存ぜぬで通してもらう。


「私たちはたまたま関わっちゃってどうしようもないけど、お兄様は深入りしないほうが正解よ。とにかく、まずは村のことに集中しましょう」


 そして村の開発計画に関して一通りの相談が終わると、これまで手紙でもほとんど知らせてなかった旅の話になった。


「そうね。やっぱり転機はマサルと会ったあたりかしら。冒険者ギルドのとある調査依頼だったんだけど、かなり大物のドラゴンの棲家を見つけて――」


 あの時のマサルはなかなか格好良かった。情けなさそうな顔をしつつも、私の無謀な作戦に泣き言一つ言わずに付き合ってくれた。

 戻ってしばらくマサルの家にやっかいになって、別れてゴルバス砦へ。

 そして魔物の大規模な襲来とマサルとの再会。オルバの怪我と暁の戦斧の解散の危機。

 話は夜半まで続いて、その場の勢いで結婚を決めたことも結局白状させられたのだが、最後にはマサルとの結婚は良縁だと心から祝福する気になってくれたようだ。


 やはりマサルのことはサティに話させるのが一番だ。話せることは限られてるのに、どこの聖人か英雄かってほど、格好良く聞こえる。

 お兄様もずいぶんと感銘を受けたようだし、こうやってマサルの活躍を改めて聞くのは悪くない気分だった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 翌日は朝から忙しかった。家を作り、水路を延長し、井戸も作った。農地の拡張もお試しにやった。

 居留地へ行ってアンを拾って村へ送り届け、ついでエルフの里と王都を巡って御用聞きも行う。何もなくとも、三日に一回くらいはこうやってエルフのところへと顔を出し、転移で便宜を図っているのだが、いまは居留地での調査もあって、ほぼ毎日のように顔を出している。

 ヤマノス村、ブランザ村、エルフの里、王都、ブルムダール砦と実に忙しい。

 そしてただでさえ忙しいところに、大人しく寝てたはずのマサルが新しい仕事を持ち込んできた。


「新しい神託があったの!?」


「神託っていうか、がんばってる俺へのご褒美かな」


 マサルの故郷の食べ物は置いといて、重要なのは新しいお酒と調味料の製法とお米という農作物。どれもマサルの国では大きな産業になっていて、他国にも盛んに輸出されるほどだという。

 この世界のどこにもない、神様からの特別な贈り物だ。


「でも作るのに人が足りないわね」


 試作だけなら家庭でも出来るらしいが、マサルがレシピは遠慮なく使えばいいと許可をくれたことだし、ここはやはり大規模にやりたい。

 ブランザ村は辺境で何もないところだが、この神様からの贈り物があれば、考えていたよりもはるかに短時間で村を大きく発展させることができるかもしれない。

 結局作るのはエルフを頼ることにしたのだが、レシピの出処は話せないし、ヤマノス村とブランザ村で作るのはエルフが製法を確立してから伝えてもらうので正解だろう。

 

「忙しくなりそうだし、修行は……」


「まあまあ。この件は私とリリアにすっかり任しておいてくれればいいから。マサルはゆっくり休んで修行に備えなさい。ね?」


 可哀想だが、修行が外せないのはマサル本人も含めて、みんなで話し合って決めたことだ。何としてもやり遂げてもらわないと。

 それでもレシピに関しての知識があるのはマサルだけだし、お兄様関連にマサルが関わるのはビエルスで落ち着いて余裕が出来てからということになった。ブランザ村でやることは私が全部引き受けることができるし、居留地からの移住がどうなるにせよ、二つ目の村は立ち上げる予定でお兄様は手一杯の状態だ。

 

「じゃあマサルはゆっくり休んでるのよ。ティリカ、あとはよろしくね」


 予想外の出来事で思ったよりも時間がかかってしまった。この後はリリアをエルフの里へ送り届けて、ブランザ村での作業の続きだ。仕事はいくらでもある。

 本当に忙しいが、これも勇者を支える嫁の務めなのだろう。

 しかしマサルもいい加減、自分を勇者だって認めればいいのに。こんなに何度も神託を受けて神様に手厚くされておいて、ただの使徒もないだろうと思うのだけど。



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